しょうがない
そりゃあ、楓ちゃんはかわいいよ。いつだってかわいい。今、僕の目の前でぬいぐるみを撮ってるところもかわいい。かわいいとかわいいが掛け合わさった図って、最強だよね。
「見て、可不可! これ、自分でもうまく撮れてる気がするんだ!」
スマホの画面をこっちに向けて見て見てってそわそわしてるところなんて、かわい過ぎて抱き締めたいくらい。
でも、ものごとには限度があると思う。たとえそれが楓ちゃんであっても。
「うん、すごいね。生命力を感じる」
「でしょ? あとは、昨日もこれとか、これとか。こっちは糖衣くんのところの千弥くんぬいと。すごいよね、この千弥くんぬいの服、糖衣くんの自作なんだって。応援うちわのセンスもいいし、絵もうまいし、器用なんだろうなぁ」
「……そうだね」
画面をスワイプして次々に写真を見せてくれる。あれもぬい、これもぬい、全部、ぬい。もしかして楓ちゃんのここ最近の写真って、ぬいぐるみしかいないんじゃない? 仕事で使う写真は社用のスマホとカメラで撮るようにお願いしてあるからいいとして、今、見せてくれた感じだと、この子の私用スマホのここ一週間の写真、ぬいぐるみしか映ってなさそう。一週間にしては結構な枚数だったけど。
「朔次郎さんって本当にすごいなぁ。この服が非売品なの、ちょっともったいないかも。ねー、かふぬい」
「かふぬい!?」
「え、可不可のぬいだから」
朔次郎がつくったおもてなしライブ衣装に身を包んだ〝かふぬい〟と目が合った……気がする。商品化すれば売れるのになぁと、いきなり仕事モードに切り替わったみたいで、楓ちゃんがうんうん唸り出した。
「……今回は初の試みだからね。おもてなしライブ衣装も、検討の余地はある。特にアイドル売りの夕班は、広いグッズ展開を望む声も多い」
「ある程度のところまでは再販の需要に耳を傾けて、既にお迎えしてくれてるひとたちのコレクション魂を刺激できそうな頃合いを見計らって新作発売! って感じにしたほうがよさそうだね。でも、どこかで中だるみしそうだし……あ、ぬいポーチとかぬいショルダーなんてのはどうかな。夕班目当てのお客さんには結構そういうの持ってるひとが多くて……」
そのあとも、糖衣から聞いたらしいアイドルファンの持ちもの事情を一生懸命話してくれてる。うんうん、仕事熱心なところは素敵だけど、今は部屋デートの時間だよ。
「……」
楓ちゃんの膝の上を陣取ってる〝かふぬい〟を見る。僕を差し置いて抱っこされてるなんて、ずるくない? しかも、楓ちゃんの気持ちは僕にありますとでも言いたげな顔をしてる。
あのね、楓ちゃんは僕の恋人だから。キミのじゃないから。そうやって抱っこしてもらえてるからって勘違いしないで。いつまでも年下扱いされないために自重してるだけで、本来、そこは僕の場所なんだよ。――そんな念を込めて睨んでも、僕をモデルにしたぬいぐるみは、ぽやぽやと平和の象徴みたいな表情のままだ。僕、こんな表情しないと思うんだけど。もっと格好よくない?
悔しい。当然とはいえ、相手が反撃してこないせいで、恋人であるはずの僕が、ぬいぐるみに敵わない気すらしてきた。さっきからずっと暖簾に腕押しの気分だよ。
モデルとなった僕に合わせてぬいぐるみまで美人につくられてるのも、よくない。そんなだから、ちょっと面食いなところがある楓ちゃんが夢中になっちゃうんだ。僕だって母さん似で顔は美人なんだから、もっと夢中になってよ。っていうか、本体は僕だから。
「……可不可?」
「うん、聞いてるよ。ランダム系はそれだけで敬遠する層がいるから慎重にやらないといけないけど、さっき言ってた、ジューススタンドのお店を盛り上げる施策はいいんじゃない?」
大丈夫、昔から、そのときの自分がどんな心境だろうと相手の話は一言一句聞き逃さないスキルがあるから、ちゃんと聞いてる。楓ちゃん相手ならそのスキルもレベルがカンストしてるから任せて。
「ありがとう、早めに企画書つくるよ」
「待って」
大慌てで腕を掴んだ。だって、今すぐにでもパソコンを開いて企画書に取りかかりそうな勢いだったから。
楓ちゃんは本当に仕事熱心で、社長の僕としてもすごく頼りにしてる。今は仕事のパートナーで恋人だけど、いずれは人生のパートナーにもなってほしい。HAMAのためにやるべきことがあるし明確な目標もあるから、今は左手の薬指に触れて「ここは開けておいてね」って予告するまでにとどめてるけど、僕は子どもの頃からずっと本気なんだ。……もちろん、この子が遊びの恋をするタイプじゃないのは長年の付き合いでわかってるから、同じように真剣でいてくれてると思ってる。
でも、ふたりきりで過ごせる貴重な時間くらいは、仕事より僕を優先してくれてもいいんじゃないかな。僕がキミを名前で呼んでる、イコール、プライベートの時間なんだけど。――なんて、そのまま言ったら、格好悪いよね。
珍しく言葉に迷ってる僕を見かねたのか、楓ちゃんが座り直した。
「ごめん、つい、仕事の話になっちゃった」
「ううん、楓ちゃんがこの仕事を好きになってくれたこと、僕も嬉しいから」
決して、謝ってほしかったわけじゃない。ただ、僕が拗ねてただけ。でも――
「……があれば、話は違ったのかな」
「ん? なに?」
――楓ちゃんのぬいぐるみがあったら、僕も同じように遊べて、こんなふうに拗ねることもないのかななんて思った。
商品として流通させるものだから、当然、観光区長として顔も名前も出してる二十人の区長のぬいぐるみしかない。楓ちゃんのぬいぐるみがこの世に流通でもしたら大変なことになる。本人は完全に無自覚だけど、楓ちゃんってお客さんから結構モテるんだよ。うん、やっぱり、絶対にだめ。この子は僕の恋人です。
「ううん、なんでも。それより、――」
いつまでも年下扱いは困るけど、年下の武器を使わないとはいってない。楓ちゃんの好みくらい熟知してる。だてに長年恋してないからね。
「可不可?」
楓ちゃんの膝の上を陣取ってるぬいぐるみをそっと手に取って、膝の上に乗って向かい合わせで抱き着く。これで、楓ちゃんの視界からぬいぐるみは見えない。ごめんね、僕と同じで美人なぬいぐるみだけど、やっぱりここは僕専用なんだ。一緒に寝るのは譲ってあげてるんだから、起きてる時の部屋デートは僕に譲ってよ。……いずれは、一緒に寝るのも僕の特権にするけど。
「――酔ってない僕のことも抱っこして、甘やかしてくれる?」
「……もしかして、拗ねてた?」
「ちょっとだけね」
うそ、ちょっとどころじゃない。心が狭いと自己嫌悪するくらいには拗ねてた。でも、そんなところ、キミには絶対見せたくないんだ。格好いいって言ってくれてるままでいたい。それが、生きてる限り絶対に年齢差が埋められない、僕なりの矜持。
「もう、しょうがないなぁ、可不可は」
「そんなこと言って、ちょっとにやけてるよ」
「えー?」
ほら、やっぱり、楓ちゃんって僕に甘えられるのに弱い。そのくせ、キスしだしたらあとはずっと僕が甘やかす側になるんだから、楓ちゃんこそ〝しょうがないなぁ〟だよ。
「見て、可不可! これ、自分でもうまく撮れてる気がするんだ!」
スマホの画面をこっちに向けて見て見てってそわそわしてるところなんて、かわい過ぎて抱き締めたいくらい。
でも、ものごとには限度があると思う。たとえそれが楓ちゃんであっても。
「うん、すごいね。生命力を感じる」
「でしょ? あとは、昨日もこれとか、これとか。こっちは糖衣くんのところの千弥くんぬいと。すごいよね、この千弥くんぬいの服、糖衣くんの自作なんだって。応援うちわのセンスもいいし、絵もうまいし、器用なんだろうなぁ」
「……そうだね」
画面をスワイプして次々に写真を見せてくれる。あれもぬい、これもぬい、全部、ぬい。もしかして楓ちゃんのここ最近の写真って、ぬいぐるみしかいないんじゃない? 仕事で使う写真は社用のスマホとカメラで撮るようにお願いしてあるからいいとして、今、見せてくれた感じだと、この子の私用スマホのここ一週間の写真、ぬいぐるみしか映ってなさそう。一週間にしては結構な枚数だったけど。
「朔次郎さんって本当にすごいなぁ。この服が非売品なの、ちょっともったいないかも。ねー、かふぬい」
「かふぬい!?」
「え、可不可のぬいだから」
朔次郎がつくったおもてなしライブ衣装に身を包んだ〝かふぬい〟と目が合った……気がする。商品化すれば売れるのになぁと、いきなり仕事モードに切り替わったみたいで、楓ちゃんがうんうん唸り出した。
「……今回は初の試みだからね。おもてなしライブ衣装も、検討の余地はある。特にアイドル売りの夕班は、広いグッズ展開を望む声も多い」
「ある程度のところまでは再販の需要に耳を傾けて、既にお迎えしてくれてるひとたちのコレクション魂を刺激できそうな頃合いを見計らって新作発売! って感じにしたほうがよさそうだね。でも、どこかで中だるみしそうだし……あ、ぬいポーチとかぬいショルダーなんてのはどうかな。夕班目当てのお客さんには結構そういうの持ってるひとが多くて……」
そのあとも、糖衣から聞いたらしいアイドルファンの持ちもの事情を一生懸命話してくれてる。うんうん、仕事熱心なところは素敵だけど、今は部屋デートの時間だよ。
「……」
楓ちゃんの膝の上を陣取ってる〝かふぬい〟を見る。僕を差し置いて抱っこされてるなんて、ずるくない? しかも、楓ちゃんの気持ちは僕にありますとでも言いたげな顔をしてる。
あのね、楓ちゃんは僕の恋人だから。キミのじゃないから。そうやって抱っこしてもらえてるからって勘違いしないで。いつまでも年下扱いされないために自重してるだけで、本来、そこは僕の場所なんだよ。――そんな念を込めて睨んでも、僕をモデルにしたぬいぐるみは、ぽやぽやと平和の象徴みたいな表情のままだ。僕、こんな表情しないと思うんだけど。もっと格好よくない?
悔しい。当然とはいえ、相手が反撃してこないせいで、恋人であるはずの僕が、ぬいぐるみに敵わない気すらしてきた。さっきからずっと暖簾に腕押しの気分だよ。
モデルとなった僕に合わせてぬいぐるみまで美人につくられてるのも、よくない。そんなだから、ちょっと面食いなところがある楓ちゃんが夢中になっちゃうんだ。僕だって母さん似で顔は美人なんだから、もっと夢中になってよ。っていうか、本体は僕だから。
「……可不可?」
「うん、聞いてるよ。ランダム系はそれだけで敬遠する層がいるから慎重にやらないといけないけど、さっき言ってた、ジューススタンドのお店を盛り上げる施策はいいんじゃない?」
大丈夫、昔から、そのときの自分がどんな心境だろうと相手の話は一言一句聞き逃さないスキルがあるから、ちゃんと聞いてる。楓ちゃん相手ならそのスキルもレベルがカンストしてるから任せて。
「ありがとう、早めに企画書つくるよ」
「待って」
大慌てで腕を掴んだ。だって、今すぐにでもパソコンを開いて企画書に取りかかりそうな勢いだったから。
楓ちゃんは本当に仕事熱心で、社長の僕としてもすごく頼りにしてる。今は仕事のパートナーで恋人だけど、いずれは人生のパートナーにもなってほしい。HAMAのためにやるべきことがあるし明確な目標もあるから、今は左手の薬指に触れて「ここは開けておいてね」って予告するまでにとどめてるけど、僕は子どもの頃からずっと本気なんだ。……もちろん、この子が遊びの恋をするタイプじゃないのは長年の付き合いでわかってるから、同じように真剣でいてくれてると思ってる。
でも、ふたりきりで過ごせる貴重な時間くらいは、仕事より僕を優先してくれてもいいんじゃないかな。僕がキミを名前で呼んでる、イコール、プライベートの時間なんだけど。――なんて、そのまま言ったら、格好悪いよね。
珍しく言葉に迷ってる僕を見かねたのか、楓ちゃんが座り直した。
「ごめん、つい、仕事の話になっちゃった」
「ううん、楓ちゃんがこの仕事を好きになってくれたこと、僕も嬉しいから」
決して、謝ってほしかったわけじゃない。ただ、僕が拗ねてただけ。でも――
「……があれば、話は違ったのかな」
「ん? なに?」
――楓ちゃんのぬいぐるみがあったら、僕も同じように遊べて、こんなふうに拗ねることもないのかななんて思った。
商品として流通させるものだから、当然、観光区長として顔も名前も出してる二十人の区長のぬいぐるみしかない。楓ちゃんのぬいぐるみがこの世に流通でもしたら大変なことになる。本人は完全に無自覚だけど、楓ちゃんってお客さんから結構モテるんだよ。うん、やっぱり、絶対にだめ。この子は僕の恋人です。
「ううん、なんでも。それより、――」
いつまでも年下扱いは困るけど、年下の武器を使わないとはいってない。楓ちゃんの好みくらい熟知してる。だてに長年恋してないからね。
「可不可?」
楓ちゃんの膝の上を陣取ってるぬいぐるみをそっと手に取って、膝の上に乗って向かい合わせで抱き着く。これで、楓ちゃんの視界からぬいぐるみは見えない。ごめんね、僕と同じで美人なぬいぐるみだけど、やっぱりここは僕専用なんだ。一緒に寝るのは譲ってあげてるんだから、起きてる時の部屋デートは僕に譲ってよ。……いずれは、一緒に寝るのも僕の特権にするけど。
「――酔ってない僕のことも抱っこして、甘やかしてくれる?」
「……もしかして、拗ねてた?」
「ちょっとだけね」
うそ、ちょっとどころじゃない。心が狭いと自己嫌悪するくらいには拗ねてた。でも、そんなところ、キミには絶対見せたくないんだ。格好いいって言ってくれてるままでいたい。それが、生きてる限り絶対に年齢差が埋められない、僕なりの矜持。
「もう、しょうがないなぁ、可不可は」
「そんなこと言って、ちょっとにやけてるよ」
「えー?」
ほら、やっぱり、楓ちゃんって僕に甘えられるのに弱い。そのくせ、キスしだしたらあとはずっと僕が甘やかす側になるんだから、楓ちゃんこそ〝しょうがないなぁ〟だよ。