ずるいキス
〝お付き合い〟に至ったところで、それはスタート地点に過ぎないとはわかってたけど、実際に自分が経験してみて、思いのほか堪えるものがあると感じた。
「可不可のことは好きだよ。大好き。キスだって、可不可としかしたくないし」
僕に覆いかぶさられて顔を真っ赤にする楓ちゃんが必死でしゃべってる。かわいい子がたくさん話すのって、すごくかわいい。一生懸命動く口が、特に。だからキスしたくなるのかも。走り回る獲物を捕まえる捕食者の気分。
「うん」
「でも、その、子どもの頃から知ってるからか、まだ、その先のイメージが湧かなくて」
キスをするようになってしばらく経つし、そろそろ――最後までとはいかなくても――ちょっとだけでも触りたいなと迫ってみたら、こうなった。小さい頃から一緒にいるから、性的なところが想像できないんだって。まるで、楓ちゃんの知らない僕なんてひとつもありませんみたいな顔。そんなことないと思うけど。一緒にいるっていっても会えない期間は普通にあったし、僕の知らない楓ちゃんも、楓ちゃんの知らない僕も、まだまだたくさんあるはずだよ。僕はそれが知りたいし、教えたい。
「……怒った?」
「ううん、楓ちゃんの意志をもっと確認すべきだったね」
怒ってないのは本当。むしろ、楓ちゃんの〝まだ〟の二文字に希望を感じたくらい。まだってことは、いつかは変わる可能性があるってこと。闘志に火をつけた自覚あるのかな。なさそう。
「たぶん、想像できないだけで、したくないわけじゃない、と思う。だから、もうしばらくはキスまでで……」
「わかった。キスはしてもいいんだよね?」
「うん……」
触れ合うのが本当にいやなら、キスだって減らしたがるだろうに、キスはいいという。
「舌を使ったキスも? 楓ちゃん、いつもこわばっちゃってるけど、軽いキスまでがいいなら、僕、気を付けるよ。無理はさせたくない」
「大丈夫、そういうキスも……頭のなかがふわふわするのをどうにかしなきゃって、こわばっちゃうだけだから」
すっごくいいことを聞いちゃった。こんなの、勝算しかない。
◇
「今日は来るの早いね、可不可」
「うん、楓ちゃんと早くふたりきりになりたくて」
「可不可……」
楓ちゃんは僕に甘えられるのに弱い。今だって、瞳がきらきらして、ときめいてくれてるのがわかる。
僕から甘えて喜ばれるのは年下扱いされてるみたいで癪だけど、そもそも年齢差は変わらないし、だったら、持てる武器すべて使って、楓ちゃんが甘えたくなるよう仕向けるしかない。だって、楓ちゃんはいつも頑張ってるから。張り詰めた糸が切れないよう手入れするのは、恋人の役目で、特権でしょ。
僕は付き合うなら堂々としていたいけど、ふたりきりのときの楓ちゃんを誰にも想像させたくなくて〝隠してはないけど報告もしてない〟状態を保ってる。付き合ってるのかって訊かれたら答えるつもり。眠る前に楓ちゃんの部屋に行ってるのは添と練牙に知られてるし、楓ちゃんが僕を受け入れてくれたことが嬉し過ぎて隠せてない自覚もある。
後ろ手にこっそり鍵をかけるのはいつものこと。楓ちゃんは「万が一にも見られたら恥ずかしいもんね」なんて言ってたけど、違うよ。僕は見られたって恥ずかしくない。ただ、僕とふたりきりの時間を過ごしてるときの楓ちゃんを、他の誰にも見せたくないだけ。
「昨日、キスならいいって言ってたから、……いい?」
言質は取ってあるから「だめ?」とは訊かなかった。その言葉を使うのは、次に、楓ちゃんの肌に触れてもよさそうな雰囲気になったときって決めてる。
ベッドに並んで腰掛け、楓ちゃんの太腿に触れる。成長期に伸びなかったの、悔しいな。でも、この子は僕のこういう顔が好きらしいから――
「んっ……」
――上目遣いでもう一度了解を取って、くちびるを押し当てた。すぐに舌は入れず、まずは、くっつけては離す時間を楽しみたい。そういえば、安物のリップ塗ってるだけだよなんて笑ってたことがあるけど、楓ちゃんのくちびるはリップトリートメントでもしてるのかなってくらいつやつやで、やわらかい。たぶん、生まれ持った素材のよさ、みたいなものかな。
ときどきこっそりと薄目で確認する。楓ちゃんは初めてキスしたときからずっと、目をかたく瞑って、息を止めようと必死だ。
「……だめ、ちゃんと息して」
首を横に振られた。舌を触れ合わせたらそれどころじゃなくなるくせに、変なところで意地っ張りだ。
くちびるを擦り合わせながら、手探りで楓ちゃんの手を探す。そんなに迷うことなく見つけられるのは、僕にキスされてる最中の楓ちゃんの手は、お行儀よく、腿の上で握りこぶしになってることがほとんどだから。
手の甲を指先でなぞったらくすぐったそうにされたけど、すぐに僕の意図を汲んで、指先をひらいてくれた。そう、手を繋ぎたかったんだ。幼馴染みだけだった頃にはしなかった繋ぎ方がいい。
「ちゃんと、息、してね」
予告してから、くちびるを舌先でつつく。
「は、んんっ……」
濡れた音に、楓ちゃんの肩が跳ねたのがわかった。
ここで僕の舌を受け入れてくれるみたいに、いつかでいいから、体の奥深いところでも、僕を受け入れてほしい。絶対の絶対に優しくするし、痛くしないって約束する。
どちらの唾液かわからなくなるくらい舌をねぶり、歯列を辿るふりをして口蓋をくすぐってあげた。ここは誰でもくすぐったがるって知って、初めて舌を入れたときに試したら、楓ちゃんがへろへろになった場所だ。
「ん、かふ、かっ……」
楓ちゃんの力が抜けてきたのを見計らって、心の準備ができるくらいの時間をかけて覆いかぶさる。くちびるを離したら、案の定、顔がこわばってた。
「安心して、キスしかしないよ。約束したでしょ?」
「うん……」
申し訳なさそうな顔になったけど、たぶん、またすぐに、こわばっちゃうんだろうな。
「でも、楓ちゃんすぐ息するの我慢しちゃうから、くちびるへのキスは休憩にしようか」
「ん……え?」
反応が遅れた隙に行動に移す。自分でもずるいことをしてる自覚はある。
「……いい香り。楓ちゃんのシャンプーの香り、好きだな。僕も同じのにしていい?」
髪にくちづけながらそう囁くと、楓ちゃんは「えー?」と笑った。
「可不可が使ってるのと違って、ドラッグストアで買えるやつだよ? それに、可不可の髪に合うかわからないし」
「いいと思うよ。急に足りなくなっても次の日にすぐに買いに行ける、よその地域でも簡単に買えるって。今度貸してね」
髪から同じ香りがして、ずっと隣にくっついてたら、さすがに何人かに気付かれちゃうかな。でも、それもいいかも。
「ひゃっ……なに?」
まさか鼻にくちづけられるとは思ってなかったのか、楓ちゃんが小さく叫んだ。
「んー? 顔中にキスしたい気分、だから、ここにもキスしたい」
「んっ」
たくさんの景色を見て、幼い頃よりもさらに輝きを増した瞳。キスをするときにそれを覆う瞼すら愛おしくて、端のほうに軽くくちづけた。
「さっきから、っ、あっ!」
いいこと知っちゃった。楓ちゃんって、耳が弱いみたい。ここは今後にとっておこうかな。今ここにたくさんキスしたら、大変なことになっちゃいそうだし。
首筋に顔をうずめると、楓ちゃんが脚をばたつかせた。
「ちょっと、顔だけ、って」
「お風呂上がりでいい香りがして、つい。……ここにもキスしてみていい? 痕はつけないから」
拒絶されないのを了承と受け取って、首筋にくちびるを寄せ――
「あっ……」
――舌先で肌をなぞり上げた。ねぇ、まだ僕との〝性的なこと〟想像できない?
寝間着の襟首から見える鎖骨を、痕がつかない程度に甘噛みする。もう、キスの域を越えつつあるんだけど、まだ、許してくれるの? 僕が相手とはいえ、そんなに簡単に許してくれちゃうの?
自分でも、そんなに性急にことを進めなくてもいいのにとは思う。僕の気持ちに応えてくれただけでも幸せなことなんだから、次から次に求めてばかりじゃだめだとも、わかってる。それでも、ずっと、ずーっと好きだった気持ちを、幼馴染みの延長とは思わせたくなくて、もっと恋人として意識してほしくて、必死なんだよ。
きっと、僕は楓ちゃんとの関係に〝恋人〟というタグを増やすだけじゃなくて、恋人とじゃないとしないようなことをして、あと戻りできなくなりたいんだ。知らなかった頃には絶対に戻れなくさせたい。それくらい、知りたいし、知ってほしい。
「楓ちゃん……」
本当は全身にキスさせてほしい。楓ちゃんの手を取って、手首に、てのひらに、くちびるを押し当てた。そのまま腕を引いて抱き寄せ、深くくちづける。
「んんっ、ん……、ぁふ、……んっ」
わざとらしく音を立ててからくちびるを離した。
「すごく色っぽい顔。鏡見てみる?」
楓ちゃんはまたしても、首を横に振った。いやいやばっかりで、子どもみたい。かわいいから、なんでもわがまま聞いてあげたくなっちゃうけど、もうひと押ししてからかな。
「じゃあ、今、考えてること教えて。楓ちゃんにこんな顔させた恋人のこと、ひどいって思った?」
髪を撫で、小さな子に尋ねるみたいに顔を覗き込む。これじゃあ、どっちが年下なんだかわからないよ。
「ひどいよ……こんなに、どきどきさせて」
「うん、ごめんね。でも、ちょっとは想像できたでしょ?」
今夜キスを始めたときみたいに太腿に触れたら、楓ちゃんが大袈裟なくらい体を跳ねさせて飛び退いた。
「えっと! 今はちょっと、あ、可不可がいやとかじゃなくて、ちょっと本当にだめで……」
膝を抱えて顔まで隠しちゃった。わざわざそんなふうにしなくても、キスの最中から気付いてたよ。だって、いつもそうだったじゃない? 今までは見逃してあげてただけ。
「わかってるよ、僕も同じだし」
「うぅ……」
「今夜はキスだけって約束だからここまで。でも、これからちょっとずつ慣れていきたいんだけど、どうかな」
相変わらず顔を隠したままだったけど、それでも僕にはわかるくらいに、頷くのが見えた。
「可不可のことは好きだよ。大好き。キスだって、可不可としかしたくないし」
僕に覆いかぶさられて顔を真っ赤にする楓ちゃんが必死でしゃべってる。かわいい子がたくさん話すのって、すごくかわいい。一生懸命動く口が、特に。だからキスしたくなるのかも。走り回る獲物を捕まえる捕食者の気分。
「うん」
「でも、その、子どもの頃から知ってるからか、まだ、その先のイメージが湧かなくて」
キスをするようになってしばらく経つし、そろそろ――最後までとはいかなくても――ちょっとだけでも触りたいなと迫ってみたら、こうなった。小さい頃から一緒にいるから、性的なところが想像できないんだって。まるで、楓ちゃんの知らない僕なんてひとつもありませんみたいな顔。そんなことないと思うけど。一緒にいるっていっても会えない期間は普通にあったし、僕の知らない楓ちゃんも、楓ちゃんの知らない僕も、まだまだたくさんあるはずだよ。僕はそれが知りたいし、教えたい。
「……怒った?」
「ううん、楓ちゃんの意志をもっと確認すべきだったね」
怒ってないのは本当。むしろ、楓ちゃんの〝まだ〟の二文字に希望を感じたくらい。まだってことは、いつかは変わる可能性があるってこと。闘志に火をつけた自覚あるのかな。なさそう。
「たぶん、想像できないだけで、したくないわけじゃない、と思う。だから、もうしばらくはキスまでで……」
「わかった。キスはしてもいいんだよね?」
「うん……」
触れ合うのが本当にいやなら、キスだって減らしたがるだろうに、キスはいいという。
「舌を使ったキスも? 楓ちゃん、いつもこわばっちゃってるけど、軽いキスまでがいいなら、僕、気を付けるよ。無理はさせたくない」
「大丈夫、そういうキスも……頭のなかがふわふわするのをどうにかしなきゃって、こわばっちゃうだけだから」
すっごくいいことを聞いちゃった。こんなの、勝算しかない。
◇
「今日は来るの早いね、可不可」
「うん、楓ちゃんと早くふたりきりになりたくて」
「可不可……」
楓ちゃんは僕に甘えられるのに弱い。今だって、瞳がきらきらして、ときめいてくれてるのがわかる。
僕から甘えて喜ばれるのは年下扱いされてるみたいで癪だけど、そもそも年齢差は変わらないし、だったら、持てる武器すべて使って、楓ちゃんが甘えたくなるよう仕向けるしかない。だって、楓ちゃんはいつも頑張ってるから。張り詰めた糸が切れないよう手入れするのは、恋人の役目で、特権でしょ。
僕は付き合うなら堂々としていたいけど、ふたりきりのときの楓ちゃんを誰にも想像させたくなくて〝隠してはないけど報告もしてない〟状態を保ってる。付き合ってるのかって訊かれたら答えるつもり。眠る前に楓ちゃんの部屋に行ってるのは添と練牙に知られてるし、楓ちゃんが僕を受け入れてくれたことが嬉し過ぎて隠せてない自覚もある。
後ろ手にこっそり鍵をかけるのはいつものこと。楓ちゃんは「万が一にも見られたら恥ずかしいもんね」なんて言ってたけど、違うよ。僕は見られたって恥ずかしくない。ただ、僕とふたりきりの時間を過ごしてるときの楓ちゃんを、他の誰にも見せたくないだけ。
「昨日、キスならいいって言ってたから、……いい?」
言質は取ってあるから「だめ?」とは訊かなかった。その言葉を使うのは、次に、楓ちゃんの肌に触れてもよさそうな雰囲気になったときって決めてる。
ベッドに並んで腰掛け、楓ちゃんの太腿に触れる。成長期に伸びなかったの、悔しいな。でも、この子は僕のこういう顔が好きらしいから――
「んっ……」
――上目遣いでもう一度了解を取って、くちびるを押し当てた。すぐに舌は入れず、まずは、くっつけては離す時間を楽しみたい。そういえば、安物のリップ塗ってるだけだよなんて笑ってたことがあるけど、楓ちゃんのくちびるはリップトリートメントでもしてるのかなってくらいつやつやで、やわらかい。たぶん、生まれ持った素材のよさ、みたいなものかな。
ときどきこっそりと薄目で確認する。楓ちゃんは初めてキスしたときからずっと、目をかたく瞑って、息を止めようと必死だ。
「……だめ、ちゃんと息して」
首を横に振られた。舌を触れ合わせたらそれどころじゃなくなるくせに、変なところで意地っ張りだ。
くちびるを擦り合わせながら、手探りで楓ちゃんの手を探す。そんなに迷うことなく見つけられるのは、僕にキスされてる最中の楓ちゃんの手は、お行儀よく、腿の上で握りこぶしになってることがほとんどだから。
手の甲を指先でなぞったらくすぐったそうにされたけど、すぐに僕の意図を汲んで、指先をひらいてくれた。そう、手を繋ぎたかったんだ。幼馴染みだけだった頃にはしなかった繋ぎ方がいい。
「ちゃんと、息、してね」
予告してから、くちびるを舌先でつつく。
「は、んんっ……」
濡れた音に、楓ちゃんの肩が跳ねたのがわかった。
ここで僕の舌を受け入れてくれるみたいに、いつかでいいから、体の奥深いところでも、僕を受け入れてほしい。絶対の絶対に優しくするし、痛くしないって約束する。
どちらの唾液かわからなくなるくらい舌をねぶり、歯列を辿るふりをして口蓋をくすぐってあげた。ここは誰でもくすぐったがるって知って、初めて舌を入れたときに試したら、楓ちゃんがへろへろになった場所だ。
「ん、かふ、かっ……」
楓ちゃんの力が抜けてきたのを見計らって、心の準備ができるくらいの時間をかけて覆いかぶさる。くちびるを離したら、案の定、顔がこわばってた。
「安心して、キスしかしないよ。約束したでしょ?」
「うん……」
申し訳なさそうな顔になったけど、たぶん、またすぐに、こわばっちゃうんだろうな。
「でも、楓ちゃんすぐ息するの我慢しちゃうから、くちびるへのキスは休憩にしようか」
「ん……え?」
反応が遅れた隙に行動に移す。自分でもずるいことをしてる自覚はある。
「……いい香り。楓ちゃんのシャンプーの香り、好きだな。僕も同じのにしていい?」
髪にくちづけながらそう囁くと、楓ちゃんは「えー?」と笑った。
「可不可が使ってるのと違って、ドラッグストアで買えるやつだよ? それに、可不可の髪に合うかわからないし」
「いいと思うよ。急に足りなくなっても次の日にすぐに買いに行ける、よその地域でも簡単に買えるって。今度貸してね」
髪から同じ香りがして、ずっと隣にくっついてたら、さすがに何人かに気付かれちゃうかな。でも、それもいいかも。
「ひゃっ……なに?」
まさか鼻にくちづけられるとは思ってなかったのか、楓ちゃんが小さく叫んだ。
「んー? 顔中にキスしたい気分、だから、ここにもキスしたい」
「んっ」
たくさんの景色を見て、幼い頃よりもさらに輝きを増した瞳。キスをするときにそれを覆う瞼すら愛おしくて、端のほうに軽くくちづけた。
「さっきから、っ、あっ!」
いいこと知っちゃった。楓ちゃんって、耳が弱いみたい。ここは今後にとっておこうかな。今ここにたくさんキスしたら、大変なことになっちゃいそうだし。
首筋に顔をうずめると、楓ちゃんが脚をばたつかせた。
「ちょっと、顔だけ、って」
「お風呂上がりでいい香りがして、つい。……ここにもキスしてみていい? 痕はつけないから」
拒絶されないのを了承と受け取って、首筋にくちびるを寄せ――
「あっ……」
――舌先で肌をなぞり上げた。ねぇ、まだ僕との〝性的なこと〟想像できない?
寝間着の襟首から見える鎖骨を、痕がつかない程度に甘噛みする。もう、キスの域を越えつつあるんだけど、まだ、許してくれるの? 僕が相手とはいえ、そんなに簡単に許してくれちゃうの?
自分でも、そんなに性急にことを進めなくてもいいのにとは思う。僕の気持ちに応えてくれただけでも幸せなことなんだから、次から次に求めてばかりじゃだめだとも、わかってる。それでも、ずっと、ずーっと好きだった気持ちを、幼馴染みの延長とは思わせたくなくて、もっと恋人として意識してほしくて、必死なんだよ。
きっと、僕は楓ちゃんとの関係に〝恋人〟というタグを増やすだけじゃなくて、恋人とじゃないとしないようなことをして、あと戻りできなくなりたいんだ。知らなかった頃には絶対に戻れなくさせたい。それくらい、知りたいし、知ってほしい。
「楓ちゃん……」
本当は全身にキスさせてほしい。楓ちゃんの手を取って、手首に、てのひらに、くちびるを押し当てた。そのまま腕を引いて抱き寄せ、深くくちづける。
「んんっ、ん……、ぁふ、……んっ」
わざとらしく音を立ててからくちびるを離した。
「すごく色っぽい顔。鏡見てみる?」
楓ちゃんはまたしても、首を横に振った。いやいやばっかりで、子どもみたい。かわいいから、なんでもわがまま聞いてあげたくなっちゃうけど、もうひと押ししてからかな。
「じゃあ、今、考えてること教えて。楓ちゃんにこんな顔させた恋人のこと、ひどいって思った?」
髪を撫で、小さな子に尋ねるみたいに顔を覗き込む。これじゃあ、どっちが年下なんだかわからないよ。
「ひどいよ……こんなに、どきどきさせて」
「うん、ごめんね。でも、ちょっとは想像できたでしょ?」
今夜キスを始めたときみたいに太腿に触れたら、楓ちゃんが大袈裟なくらい体を跳ねさせて飛び退いた。
「えっと! 今はちょっと、あ、可不可がいやとかじゃなくて、ちょっと本当にだめで……」
膝を抱えて顔まで隠しちゃった。わざわざそんなふうにしなくても、キスの最中から気付いてたよ。だって、いつもそうだったじゃない? 今までは見逃してあげてただけ。
「わかってるよ、僕も同じだし」
「うぅ……」
「今夜はキスだけって約束だからここまで。でも、これからちょっとずつ慣れていきたいんだけど、どうかな」
相変わらず顔を隠したままだったけど、それでも僕にはわかるくらいに、頷くのが見えた。