fetichism
*kfkeワンドロワンライ第3回から『匂い』を選択
明日から可不可は三日間の出張でHAMAを離れる。大黒家と長年の付き合いがある相手だから、朔治郎さんが付き添うことになってるんだよね。可不可は「会社としてだけなら、主任ちゃんを連れて行くのに」って言ってたけど、創業メンバーとはいえ主任って一般職だから、会社としての出張に帯同するのは、俺よりも立場が上のひとたちであるべきなんじゃないかな。……可不可のこれは多少の公私混同もあるみたいだから、俺からそれを言うのはやめておく。言ったら最後、可不可はいかに俺のことが大事か語りだして、俺が恥ずかしい思いをするだけだから。
そして、その可不可はというと、明日朝早いのに、俺の部屋にいる。俺を壁際に追いやってベッドに入り込んで、完全に、ここで一緒に寝ますって姿勢。
「自分のベッドのほうが、ゆっくりできるんじゃないかなぁ」
添くんと練牙くん、今夜は部屋飲みはせず静かにしておこうって気を遣ってくれてるんだよ? ――そう言ったら「そこまで気を遣わせたくない」だって。それなら、今夜だけでも実家の広い部屋でのんびり過ごすって手もあっただろうに。
「なに言ってるの、明日から三日間も会えないんだよ。今夜は離さないから」
「えっ」
びっくりした。可不可とは先月から恋人として付き合い始めたし、キスとかちょっとだけ触りっことかしてるけど――
「……もしかして、期待した?」
「してない! 今夜はしません!」
――まだ、最後まではしてない。でも、いつそうなってもおかしくないくらいには触れ合ってる。俺の心の準備ができてるか、可不可が慎重過ぎるくらいに様子を窺ってるから、触りっこにとどまってるだけ。……本当は、もうとっくに覚悟決めてるんだけどな。俺も俺で照れちゃって、そんなこと言えない。
「えー……僕は、キスくらいはしたいなって思ってるよ。三日間もあいだが空くわけだし」
三日間。俺が研修や出張でここを空けることはあるけど、可不可がっていうのは初めてだ。ふたりずつ行く海外研修も、可不可の当番はまだきてないから。
「……三日間ってあまり強調しないでほしいんだけど」
「さみしくなっちゃう?」
「それは……うん。可不可も、昔はこんな気持ちだった?」
訊いてから、こんな質問はずるいなって自分でも思った。さみしくないわけない。答えがわかりきった質問をするなんて、俺はどこまで傲慢なんだろう。
俺が秒で後悔したのは顔に出てたみたいで、可不可は怒るでもなく、しょうがないなぁって顔をした。
「さみしかったよ。昔は三日間どころじゃなかったしね。でも、キミが会いにきてくれるっていつも信じてた。だから、倒れるわけにはいかない、僕も楽しい話を用意しておくんだって、そう思いながら過ごしてたよ」
「可不可……」
胸がきゅーって締め付けられて、可不可に体を寄せる。俺、可不可のこと好きだなぁ。
「……そうやって、かわいいことするんだから」
「別にかわいくなん、っ、ん……」
最後まで言い返せなかった。簡単に覆いかぶさられて、まんまとキスされちゃって、一気に顔が熱くなる。
「んっ、ふぁ……あ……」
舌がぬるって入ってきて、腰から首筋のあたりまでを、よくないそわそわが駆け抜けた。たったこれだけで腰が揺れちゃうの、もしかして俺ってそういう欲が強いタイプだったのかな。今まで、そっち方面はそんなに興味なかったのに。
「かふ、っ……」
気持ちよさで体がばらばらになりそう。思わず可不可にしがみついたら、ほんの少しだけ汗のにおいがふわっと香って、背中がぞくんとする。せっかくお風呂に入ったのに、ちょっと汗ばんじゃうくらい、可不可も興奮してるってことだよね。俺も、俺もだよ。
くちびるや舌を好き勝手に吸われてて可不可から見えないのをいいことに、こっそりと、そのにおいに意識を傾ける。恋人になったとはいえ特に意識したことなかったけど、俺、このにおい好きかも。どきどきするのに、ずっとくっついていたくなる、そんなにおい。
「……考えごと? ちゃんと集中してよ」
「ちが、ん、んぅ……」
両耳を手で覆われて、濡れた音が頭のなかに響く。快感を誤魔化そうと爪先でシーツを何度も擦って、せめて耳は解放してもらおうと頭をゆるく振った。この音、気持ちいいのが止まらなくなるから、本当によくない。
「は、ん……っ」
今度は可不可の指先が耳の孔を浅く出入りする。そのたびに、頭のなかに響く音の反響度合いが変わって、平衡感覚がおかしくなりそう。もっと捕まってないと、いよいよ振り落とされるかも。そもそもどこから振り落とされるんだって感じだけど、とにかく、しがみついた腕に力を入れる。
「本当、かわいいなぁ。ずーっとキスしてたい」
キスの合間、くちびるがあと数ミリでまた触れる距離で囁かれて、可不可の吐息にすら頭がぐらぐらした。俺も、可不可とこうするの好きだよ。
「……色っぽい顔。あーあ、出張が今すぐ終わればいいのに」
「はぁ、は……、まだ始まってもないでしょ……」
こっちは息を荒らげるくらい大変だったっていうのに、可不可はちょっと汗ばんだ程度で、いつもより艶っぽく笑ってて、全然平気そう。おかしいな、先に好きになったの、可不可のほうだと思うんだけど。なんか、俺ばっかり心乱されてない?
俺がむっとしてるのなんて気にも留めないって顔で、可不可がまたくっついてきた。
「……こうやってくっつくと、楓ちゃんのにおいがする」
「俺、ちょっと汗ばんじゃったんだけど」
汗くさいとか思われてたらどうしよう。そう思うと余計に汗が滲んだ気がした。だめだよ、好きなひとと一緒にいるんだから、格好よくてちゃんとしてるって思われたい。
「そう? 僕、このにおい好きだな。……こういうの、遺伝子レベルで相性がいいんだって」
それは俺も聞いたことある。でも、相手のにおいを意識する前から、普通に相性よかったんじゃない? なにせ、俺たちは恋とか愛を知らない頃から一生を約束してたくらいだし。――そう言うと可不可は唖然とした顔になった。俺、変なこと言ったかな。
「じゃあどうしてこんなに苦労したんだって気もするけど……まぁいいよ。それより、毎晩電話していい? 楓ちゃんの声聞きながら眠りたい」
「それは……いいけど……」
俺って、昔から可不可の〝お願い〟に弱い。地球がひっくり返っても無理なレベルのことは言わずに、ちょっときつくても頑張れば叶えてあげられるかもって思える範囲の〝お願い〟なんだよね。それも、俺が可不可に敵わない理由。
「ふふ、嬉しいなぁ。……じゃあ、明日早いから、そろそろ寝ようか。おやすみ」
「え?」
「なに?」
「なんでもない……」
あんなキスされて、今もこんなにくっつかれて、正直、結構やばいんだけど、本当に寝ちゃうんだ? いや、出張は大事だから早く寝てほしい。でも、それならそれで、こんなふうに燻らせないでほしかったなぁ!
明日から可不可は三日間の出張でHAMAを離れる。大黒家と長年の付き合いがある相手だから、朔治郎さんが付き添うことになってるんだよね。可不可は「会社としてだけなら、主任ちゃんを連れて行くのに」って言ってたけど、創業メンバーとはいえ主任って一般職だから、会社としての出張に帯同するのは、俺よりも立場が上のひとたちであるべきなんじゃないかな。……可不可のこれは多少の公私混同もあるみたいだから、俺からそれを言うのはやめておく。言ったら最後、可不可はいかに俺のことが大事か語りだして、俺が恥ずかしい思いをするだけだから。
そして、その可不可はというと、明日朝早いのに、俺の部屋にいる。俺を壁際に追いやってベッドに入り込んで、完全に、ここで一緒に寝ますって姿勢。
「自分のベッドのほうが、ゆっくりできるんじゃないかなぁ」
添くんと練牙くん、今夜は部屋飲みはせず静かにしておこうって気を遣ってくれてるんだよ? ――そう言ったら「そこまで気を遣わせたくない」だって。それなら、今夜だけでも実家の広い部屋でのんびり過ごすって手もあっただろうに。
「なに言ってるの、明日から三日間も会えないんだよ。今夜は離さないから」
「えっ」
びっくりした。可不可とは先月から恋人として付き合い始めたし、キスとかちょっとだけ触りっことかしてるけど――
「……もしかして、期待した?」
「してない! 今夜はしません!」
――まだ、最後まではしてない。でも、いつそうなってもおかしくないくらいには触れ合ってる。俺の心の準備ができてるか、可不可が慎重過ぎるくらいに様子を窺ってるから、触りっこにとどまってるだけ。……本当は、もうとっくに覚悟決めてるんだけどな。俺も俺で照れちゃって、そんなこと言えない。
「えー……僕は、キスくらいはしたいなって思ってるよ。三日間もあいだが空くわけだし」
三日間。俺が研修や出張でここを空けることはあるけど、可不可がっていうのは初めてだ。ふたりずつ行く海外研修も、可不可の当番はまだきてないから。
「……三日間ってあまり強調しないでほしいんだけど」
「さみしくなっちゃう?」
「それは……うん。可不可も、昔はこんな気持ちだった?」
訊いてから、こんな質問はずるいなって自分でも思った。さみしくないわけない。答えがわかりきった質問をするなんて、俺はどこまで傲慢なんだろう。
俺が秒で後悔したのは顔に出てたみたいで、可不可は怒るでもなく、しょうがないなぁって顔をした。
「さみしかったよ。昔は三日間どころじゃなかったしね。でも、キミが会いにきてくれるっていつも信じてた。だから、倒れるわけにはいかない、僕も楽しい話を用意しておくんだって、そう思いながら過ごしてたよ」
「可不可……」
胸がきゅーって締め付けられて、可不可に体を寄せる。俺、可不可のこと好きだなぁ。
「……そうやって、かわいいことするんだから」
「別にかわいくなん、っ、ん……」
最後まで言い返せなかった。簡単に覆いかぶさられて、まんまとキスされちゃって、一気に顔が熱くなる。
「んっ、ふぁ……あ……」
舌がぬるって入ってきて、腰から首筋のあたりまでを、よくないそわそわが駆け抜けた。たったこれだけで腰が揺れちゃうの、もしかして俺ってそういう欲が強いタイプだったのかな。今まで、そっち方面はそんなに興味なかったのに。
「かふ、っ……」
気持ちよさで体がばらばらになりそう。思わず可不可にしがみついたら、ほんの少しだけ汗のにおいがふわっと香って、背中がぞくんとする。せっかくお風呂に入ったのに、ちょっと汗ばんじゃうくらい、可不可も興奮してるってことだよね。俺も、俺もだよ。
くちびるや舌を好き勝手に吸われてて可不可から見えないのをいいことに、こっそりと、そのにおいに意識を傾ける。恋人になったとはいえ特に意識したことなかったけど、俺、このにおい好きかも。どきどきするのに、ずっとくっついていたくなる、そんなにおい。
「……考えごと? ちゃんと集中してよ」
「ちが、ん、んぅ……」
両耳を手で覆われて、濡れた音が頭のなかに響く。快感を誤魔化そうと爪先でシーツを何度も擦って、せめて耳は解放してもらおうと頭をゆるく振った。この音、気持ちいいのが止まらなくなるから、本当によくない。
「は、ん……っ」
今度は可不可の指先が耳の孔を浅く出入りする。そのたびに、頭のなかに響く音の反響度合いが変わって、平衡感覚がおかしくなりそう。もっと捕まってないと、いよいよ振り落とされるかも。そもそもどこから振り落とされるんだって感じだけど、とにかく、しがみついた腕に力を入れる。
「本当、かわいいなぁ。ずーっとキスしてたい」
キスの合間、くちびるがあと数ミリでまた触れる距離で囁かれて、可不可の吐息にすら頭がぐらぐらした。俺も、可不可とこうするの好きだよ。
「……色っぽい顔。あーあ、出張が今すぐ終わればいいのに」
「はぁ、は……、まだ始まってもないでしょ……」
こっちは息を荒らげるくらい大変だったっていうのに、可不可はちょっと汗ばんだ程度で、いつもより艶っぽく笑ってて、全然平気そう。おかしいな、先に好きになったの、可不可のほうだと思うんだけど。なんか、俺ばっかり心乱されてない?
俺がむっとしてるのなんて気にも留めないって顔で、可不可がまたくっついてきた。
「……こうやってくっつくと、楓ちゃんのにおいがする」
「俺、ちょっと汗ばんじゃったんだけど」
汗くさいとか思われてたらどうしよう。そう思うと余計に汗が滲んだ気がした。だめだよ、好きなひとと一緒にいるんだから、格好よくてちゃんとしてるって思われたい。
「そう? 僕、このにおい好きだな。……こういうの、遺伝子レベルで相性がいいんだって」
それは俺も聞いたことある。でも、相手のにおいを意識する前から、普通に相性よかったんじゃない? なにせ、俺たちは恋とか愛を知らない頃から一生を約束してたくらいだし。――そう言うと可不可は唖然とした顔になった。俺、変なこと言ったかな。
「じゃあどうしてこんなに苦労したんだって気もするけど……まぁいいよ。それより、毎晩電話していい? 楓ちゃんの声聞きながら眠りたい」
「それは……いいけど……」
俺って、昔から可不可の〝お願い〟に弱い。地球がひっくり返っても無理なレベルのことは言わずに、ちょっときつくても頑張れば叶えてあげられるかもって思える範囲の〝お願い〟なんだよね。それも、俺が可不可に敵わない理由。
「ふふ、嬉しいなぁ。……じゃあ、明日早いから、そろそろ寝ようか。おやすみ」
「え?」
「なに?」
「なんでもない……」
あんなキスされて、今もこんなにくっつかれて、正直、結構やばいんだけど、本当に寝ちゃうんだ? いや、出張は大事だから早く寝てほしい。でも、それならそれで、こんなふうに燻らせないでほしかったなぁ!