流星
「わぁ、雨上がってる!」
目を覚ましてカーテンを開けるなり、陸が声を上げた。
「んん……」
相変わらず寝起きのよくない一織は、今もベッドの住人。呻き声を上げたから目を覚ましたのかと思いきや、しっかりと目を閉じたまま。彼が設定したアラームは十時半。それより一時間も早く目を覚ましてしまったのは、今日が一年で一番特別な日だから。
二〇一八年七月、IDOLiSH7・TRIGGER・Re:valeの三グループによる合同ライブが開催された。二日間のライブを終えた昨日、宿泊していたホテルで打ち上げをして、日付が変わるとともに、サプライズで天とともに誕生日を祝ってもらい、たくさんのプレゼントを受け取った。今日は夕方からソロナンバーのリリースイベントがあるから、あまりはしゃぎ過ぎてはいけなかったのだが、気分が高揚していたことと、一織が同じ部屋に宿泊していたことで、つい、いつもよりも盛り上がってしまったのだ。
「いーおーりー、起きて。起きろ! 起きないと……」
ふかふかの布団に包まれた一織の体。その脇腹に手を滑らせる。
「……っ?」
「こうだ! こちょこちょこちょこちょ~~!」
「っふ、ふふ、やめ、……ちょっと、……」
布団の中で一織が震えているのがわかる。おもしろい。やめどきがわからなくて、布団の中に突っ込んだ手でそのままくすぐり続けていると、一織ががばりと体を起こした。
「っ、やめてください!」
はぁはぁと肩を上下させ、頬が紅潮している。くすぐった過ぎて苦しかったらしい。寝起きの格好よくない顔ではなく、これでもかというくらい眉をつり上げた顔だ。
「起きた? おはよ!」
「……おはようございます」
「今日は最初から格好いい一織だ。あ、そうだ」
枕元のスマートフォンに手を伸ばそうとしたのだが、手首を掴まれてしまった。
「させません」
「ちぇー」
残念。スマートフォンの中の一織コレクションに、珍しく寝起きから目の開いている一織が増える貴重な機会だったのに。
「……お誕生日、おめでとうございます」
「ん、ありがと」
いつもは恥ずかしがるくせに、誕生日だからだろうか。今朝の一織は、自分から積極的に、陸の頬にキスをしてきた。次いで、陸の手を取り、甲に唇を押し当ててくる。昨晩のことを思い出して少し恥ずかしい。けれど、一織からキスをしてもらえたことがとても嬉しくて「お返し!」と陸からも頬にくちづけた。
「あと一時間、ゆっくり寝ていてもよかったんじゃないですか?」
「ううん、いいんだ。今日は夕方からソロ曲のリリースイベントだし! どきどきしたら目が覚めちゃった!」
「んん……」
にっこりと笑った陸に対し、一織は咳払いをする。陸は未だに、一織が陸を見たあとに咳払いをする理由がわかっていない。おもしろいなぁ、とは思うけれど。
「な、一織」
チェックアウト後は皆で車に乗り込んで一旦寮に戻り、荷物を置いたらすぐにリリースイベントの会場へ向かうことになっている。イベントが終わったら、メンバー揃っての夕食兼誕生日会。明日の陸は終日オフだが、一織は学校があるので完全なオフではない。そうなると、次に二人きりになれるのは、少し先ということになる。こうして、今、せっかく早起きして、時間に余裕があるのだから。
「だめです。それでなくても昨晩は」
「もう、そういうことじゃないってば。一織のエッチ」
「なっ……」
そりゃあ、一織のことは大好きだし、くっつくのも大好きだけれど、今はそういうことを言いたいわけではない。
「なぁ、今日のリリースイベント、一織も見てくれるだろ」
「……それはもちろん、全員で見ますよ」
今日と明日は陸のソロナンバーのリリースイベント以外、他のメンバーに仕事は入っていない。仕事が入っていなければ、当然、見に行く。これまでのメンバーの時もそうしてきた。
「オレさ、今まで七人でステージに立ってばっかりで、一人きりでステージに立つの、初めてだよ」
「確かに……そうですね」
陸に言われて、そういえばそうだ、と気付く。一織は一月にソロナンバーを発表し、リリースイベントをこなした。そのあとも、大和、三月……と、IDOLiSH7のメンバーはそれぞれの誕生日にソロナンバーを発表し、リリースイベントをおこなっている。七月生まれの陸は、七人の中で最後だ。
普段、IDOLiSH7のセンターとして歌っている陸の、一人きりのステージ。
「わくわくするし、どきどきもするけど、緊張、してる。うまくいくかな、いつもはみんながすぐ傍にいるのに、一人でなんて」
「大丈夫ですよ」
陸の様子とは正反対で、一織はいやに自信満々だ。
昨晩の打ち上げの最中、日付が変わるとともに陸はソロナンバーを歌って聴かせてくれた。皆の前だから照れくさくて言えなかったのだが、その時も、一織の心の中では、陸の歌声が星となって降り注いでいたのだ。
「七瀬さんの歌声については、誰よりも私が知っています。あなた、前に言っていたでしょう。ステージに立っている時、流れ星を降らせているような気分だって。力を入れ過ぎないで、いつものように歌ってください。そして」
きっと、ソロナンバーのリリースイベントでも、歌声を聴いた皆の心に星が降り注ぐのだろう。きらきらと輝くそれに、人々は瞳を輝かせ、願いを込める。
「……流れ星を降らせて、虹を越える?」
「そうです」
一織が頷いたあとの陸の顔は晴れやかだ。
「わかった。……でもさ、知ってる?」
「……? なにをですか?」
一織の髪に手を伸ばし、夜空のような色をしたそこに触れる。癖のない、まっすぐで艶やかな髪。一歩踏み込んで、一織の瞳を覗き込んだ。
「流れ星はさ、夜空がないとみんなに見えないんだ。オレがステージの上で流れ星を降らせることができるのは、一織の心が絶対、いつも隣にいてくれるってわかってるからなんだよ」
少しの間を置いて、陸の言葉を理解した。
「……恥ずかしい人ですね」
「なんとでも。だからさ、今日は一人のステージだけど、そんな時でも、おまえの心がちゃんと隣にいるって思っていいんだよな?」
そう尋ねる陸の瞳には、隣にいてと乞う色が含まれている。
陸が降らせる星が皆に見えるよう、一織は夜空になってやろう。初めて歌声を聴いたあの日から、そう心に誓っている。置いていかないから置いていかないでと、誰にも内緒の約束をした。いつだってこの心は隣にある。
「そんなの、……当然です」
朝、目を覚ました時と同じように陸の手を取り、その甲にくちづける。
それはまるで、誓いの儀式のようだった。
目を覚ましてカーテンを開けるなり、陸が声を上げた。
「んん……」
相変わらず寝起きのよくない一織は、今もベッドの住人。呻き声を上げたから目を覚ましたのかと思いきや、しっかりと目を閉じたまま。彼が設定したアラームは十時半。それより一時間も早く目を覚ましてしまったのは、今日が一年で一番特別な日だから。
二〇一八年七月、IDOLiSH7・TRIGGER・Re:valeの三グループによる合同ライブが開催された。二日間のライブを終えた昨日、宿泊していたホテルで打ち上げをして、日付が変わるとともに、サプライズで天とともに誕生日を祝ってもらい、たくさんのプレゼントを受け取った。今日は夕方からソロナンバーのリリースイベントがあるから、あまりはしゃぎ過ぎてはいけなかったのだが、気分が高揚していたことと、一織が同じ部屋に宿泊していたことで、つい、いつもよりも盛り上がってしまったのだ。
「いーおーりー、起きて。起きろ! 起きないと……」
ふかふかの布団に包まれた一織の体。その脇腹に手を滑らせる。
「……っ?」
「こうだ! こちょこちょこちょこちょ~~!」
「っふ、ふふ、やめ、……ちょっと、……」
布団の中で一織が震えているのがわかる。おもしろい。やめどきがわからなくて、布団の中に突っ込んだ手でそのままくすぐり続けていると、一織ががばりと体を起こした。
「っ、やめてください!」
はぁはぁと肩を上下させ、頬が紅潮している。くすぐった過ぎて苦しかったらしい。寝起きの格好よくない顔ではなく、これでもかというくらい眉をつり上げた顔だ。
「起きた? おはよ!」
「……おはようございます」
「今日は最初から格好いい一織だ。あ、そうだ」
枕元のスマートフォンに手を伸ばそうとしたのだが、手首を掴まれてしまった。
「させません」
「ちぇー」
残念。スマートフォンの中の一織コレクションに、珍しく寝起きから目の開いている一織が増える貴重な機会だったのに。
「……お誕生日、おめでとうございます」
「ん、ありがと」
いつもは恥ずかしがるくせに、誕生日だからだろうか。今朝の一織は、自分から積極的に、陸の頬にキスをしてきた。次いで、陸の手を取り、甲に唇を押し当ててくる。昨晩のことを思い出して少し恥ずかしい。けれど、一織からキスをしてもらえたことがとても嬉しくて「お返し!」と陸からも頬にくちづけた。
「あと一時間、ゆっくり寝ていてもよかったんじゃないですか?」
「ううん、いいんだ。今日は夕方からソロ曲のリリースイベントだし! どきどきしたら目が覚めちゃった!」
「んん……」
にっこりと笑った陸に対し、一織は咳払いをする。陸は未だに、一織が陸を見たあとに咳払いをする理由がわかっていない。おもしろいなぁ、とは思うけれど。
「な、一織」
チェックアウト後は皆で車に乗り込んで一旦寮に戻り、荷物を置いたらすぐにリリースイベントの会場へ向かうことになっている。イベントが終わったら、メンバー揃っての夕食兼誕生日会。明日の陸は終日オフだが、一織は学校があるので完全なオフではない。そうなると、次に二人きりになれるのは、少し先ということになる。こうして、今、せっかく早起きして、時間に余裕があるのだから。
「だめです。それでなくても昨晩は」
「もう、そういうことじゃないってば。一織のエッチ」
「なっ……」
そりゃあ、一織のことは大好きだし、くっつくのも大好きだけれど、今はそういうことを言いたいわけではない。
「なぁ、今日のリリースイベント、一織も見てくれるだろ」
「……それはもちろん、全員で見ますよ」
今日と明日は陸のソロナンバーのリリースイベント以外、他のメンバーに仕事は入っていない。仕事が入っていなければ、当然、見に行く。これまでのメンバーの時もそうしてきた。
「オレさ、今まで七人でステージに立ってばっかりで、一人きりでステージに立つの、初めてだよ」
「確かに……そうですね」
陸に言われて、そういえばそうだ、と気付く。一織は一月にソロナンバーを発表し、リリースイベントをこなした。そのあとも、大和、三月……と、IDOLiSH7のメンバーはそれぞれの誕生日にソロナンバーを発表し、リリースイベントをおこなっている。七月生まれの陸は、七人の中で最後だ。
普段、IDOLiSH7のセンターとして歌っている陸の、一人きりのステージ。
「わくわくするし、どきどきもするけど、緊張、してる。うまくいくかな、いつもはみんながすぐ傍にいるのに、一人でなんて」
「大丈夫ですよ」
陸の様子とは正反対で、一織はいやに自信満々だ。
昨晩の打ち上げの最中、日付が変わるとともに陸はソロナンバーを歌って聴かせてくれた。皆の前だから照れくさくて言えなかったのだが、その時も、一織の心の中では、陸の歌声が星となって降り注いでいたのだ。
「七瀬さんの歌声については、誰よりも私が知っています。あなた、前に言っていたでしょう。ステージに立っている時、流れ星を降らせているような気分だって。力を入れ過ぎないで、いつものように歌ってください。そして」
きっと、ソロナンバーのリリースイベントでも、歌声を聴いた皆の心に星が降り注ぐのだろう。きらきらと輝くそれに、人々は瞳を輝かせ、願いを込める。
「……流れ星を降らせて、虹を越える?」
「そうです」
一織が頷いたあとの陸の顔は晴れやかだ。
「わかった。……でもさ、知ってる?」
「……? なにをですか?」
一織の髪に手を伸ばし、夜空のような色をしたそこに触れる。癖のない、まっすぐで艶やかな髪。一歩踏み込んで、一織の瞳を覗き込んだ。
「流れ星はさ、夜空がないとみんなに見えないんだ。オレがステージの上で流れ星を降らせることができるのは、一織の心が絶対、いつも隣にいてくれるってわかってるからなんだよ」
少しの間を置いて、陸の言葉を理解した。
「……恥ずかしい人ですね」
「なんとでも。だからさ、今日は一人のステージだけど、そんな時でも、おまえの心がちゃんと隣にいるって思っていいんだよな?」
そう尋ねる陸の瞳には、隣にいてと乞う色が含まれている。
陸が降らせる星が皆に見えるよう、一織は夜空になってやろう。初めて歌声を聴いたあの日から、そう心に誓っている。置いていかないから置いていかないでと、誰にも内緒の約束をした。いつだってこの心は隣にある。
「そんなの、……当然です」
朝、目を覚ました時と同じように陸の手を取り、その甲にくちづける。
それはまるで、誓いの儀式のようだった。