ヒーローで、救世主
*2025/9/22~2025/9/30開催シーズンイベントIF『Welcome to hotel NOTTE』イベントストーリー及び用語集HO一覧読了前提
ホテル・オーグロの社長に就任してすぐ、都心に近いホテルに兄妹を住まわせた。観光ガイドの仕事は続けてるから、彼らがこれなら通勤できると思える範囲だ。本当はもっと遠くに住まわせたかったけど、僕にも仕事があるから仕方ない。
それでも、できるだけそばにいられるよう、僕も実家を使用人たちに任せて、ホテル暮らしをしてるというわけ。
「また逃がしてあげたいひとがいた?」
観光ガイドの仕事を終えて帰ってきてすぐ、部屋で着替え始めた楓ちゃんに尋ねる。
夜に溶け込む暗い色の服、足音が目立たない靴、壁を傷つけるための大きなナイフ、呪いの言葉を紡ぐ赤いインク。彼の持ちものも、ずいぶんと見慣れたものだ。
僕の質問に楓ちゃんは答えず、スマホで地図をチェックしてる。たぶん、隣の部屋では相棒――である彼の妹――が同じように準備を進めてるはず。
出かけるのかと訊かないのは、僕がとっくに兄妹の裏稼業を知ってるから。……裏稼業というと語弊があるな。彼らは無償で、ただ、今の生活から逃げたがってるひとを救いたい一心でやってる。DVやストーカーの被害者、毒親との完全な別離を望むひとたちを、観光ガイドの仕事で得た知識を使って、追われないで済むような地域に逃がしてあげてるんだ。
残された側は「いなくなった」とだけ騒ぐ。自分の意志で去ったのは薄々わかってるだろうに、認めない。すべてを白日のもとにさらけだすには、己の行いを告白しないといけなくなるからだろうね。
ただ、大きく傷つけられた壁や残されたメッセージから、警察は誘拐事件と断定した。SNSでは〝人攫いの怪物〟なんて騒がれてる。……もっと閉ざされたコミュニティでは、その〝人攫いの怪物〟は〝ヒーロー〟だとか〝救世主〟なんて祀り上げられてるんだよ。兄妹はそのコミュニティの書き込みから、本当に困ってるひとの情報を得てるらしい。
「舘森町に行くの?」
今度は黙って頷いた。でも、その目は、本当はこんなことしちゃいけないんだよねって僕に訴えかけてる。
「キミたちがこれまでに逃がしてあげたひとたちは、きっと、ううん、絶対、今でも感謝してるよ。それこそ、ヒーローとか救世主なんて思ってるんじゃないかな」
「そんないいものじゃ」
「人助けでしょ? 悪いことなんてない」
うそ。誘拐は立派な犯罪、悪いこと。でも、苦しんでるひとを助けたい気持ちが勝って、己の善性を抑え込んでまで逃がし屋を続けてるんだよね。
「逃がしてあげようと決めたなら、今夜の案件は遂行しないと」
「わかってる。でも、次は」
次はどうするのかな。もうやらないって言っては、困ってるひとがいるのを知って、夜に溶けにいくよね。わざわざ舘森町から離れてもこうなんだから、キミたちはやめないと思うよ。
優しい子だから、約束を反故にできない。自分を犠牲にしてでも守ろうとする。僕はキミのそういうところに惹かれてるんだ。見倣おうとも思ってる。ううん、見倣ってるつもり。僕も、どんな手を使ってでもキミを守りたい。
「次のことはまた今度考えよう」
楓ちゃんの頬に触れる。下瞼にはうっすらと隈ができていて、そろそろ僕の出番だなと感じた。
「可不可……」
この子より僕のほうが平熱が低くて冷え性だからかな。気持ちよさそうに頬擦りしてる。かわいいな。
「帰ってきたら〝寝かしつけてあげる〟から、絶対、僕のところに帰ってきてね」
「……うん」
楓ちゃんの頬が淡く染まった。
視線が絡み合う。僕たちは、どちらからともなくくちびるをくっつけた。
――ちなみに、hotel NOTTE支配人・夜半子タろにはふたりを追及しないよう交渉済みだ。
どう交渉したかって? 支配人の大好物を〝紹介〟してあげただけだよ。飽きたから次って言われたとしても、もちろん対応できる。こういう職業だから、人脈の広さには自信があるんだ。
僕も、楓ちゃんのヒーローで救世主になりたいからね。
ホテル・オーグロの社長に就任してすぐ、都心に近いホテルに兄妹を住まわせた。観光ガイドの仕事は続けてるから、彼らがこれなら通勤できると思える範囲だ。本当はもっと遠くに住まわせたかったけど、僕にも仕事があるから仕方ない。
それでも、できるだけそばにいられるよう、僕も実家を使用人たちに任せて、ホテル暮らしをしてるというわけ。
「また逃がしてあげたいひとがいた?」
観光ガイドの仕事を終えて帰ってきてすぐ、部屋で着替え始めた楓ちゃんに尋ねる。
夜に溶け込む暗い色の服、足音が目立たない靴、壁を傷つけるための大きなナイフ、呪いの言葉を紡ぐ赤いインク。彼の持ちものも、ずいぶんと見慣れたものだ。
僕の質問に楓ちゃんは答えず、スマホで地図をチェックしてる。たぶん、隣の部屋では相棒――である彼の妹――が同じように準備を進めてるはず。
出かけるのかと訊かないのは、僕がとっくに兄妹の裏稼業を知ってるから。……裏稼業というと語弊があるな。彼らは無償で、ただ、今の生活から逃げたがってるひとを救いたい一心でやってる。DVやストーカーの被害者、毒親との完全な別離を望むひとたちを、観光ガイドの仕事で得た知識を使って、追われないで済むような地域に逃がしてあげてるんだ。
残された側は「いなくなった」とだけ騒ぐ。自分の意志で去ったのは薄々わかってるだろうに、認めない。すべてを白日のもとにさらけだすには、己の行いを告白しないといけなくなるからだろうね。
ただ、大きく傷つけられた壁や残されたメッセージから、警察は誘拐事件と断定した。SNSでは〝人攫いの怪物〟なんて騒がれてる。……もっと閉ざされたコミュニティでは、その〝人攫いの怪物〟は〝ヒーロー〟だとか〝救世主〟なんて祀り上げられてるんだよ。兄妹はそのコミュニティの書き込みから、本当に困ってるひとの情報を得てるらしい。
「舘森町に行くの?」
今度は黙って頷いた。でも、その目は、本当はこんなことしちゃいけないんだよねって僕に訴えかけてる。
「キミたちがこれまでに逃がしてあげたひとたちは、きっと、ううん、絶対、今でも感謝してるよ。それこそ、ヒーローとか救世主なんて思ってるんじゃないかな」
「そんないいものじゃ」
「人助けでしょ? 悪いことなんてない」
うそ。誘拐は立派な犯罪、悪いこと。でも、苦しんでるひとを助けたい気持ちが勝って、己の善性を抑え込んでまで逃がし屋を続けてるんだよね。
「逃がしてあげようと決めたなら、今夜の案件は遂行しないと」
「わかってる。でも、次は」
次はどうするのかな。もうやらないって言っては、困ってるひとがいるのを知って、夜に溶けにいくよね。わざわざ舘森町から離れてもこうなんだから、キミたちはやめないと思うよ。
優しい子だから、約束を反故にできない。自分を犠牲にしてでも守ろうとする。僕はキミのそういうところに惹かれてるんだ。見倣おうとも思ってる。ううん、見倣ってるつもり。僕も、どんな手を使ってでもキミを守りたい。
「次のことはまた今度考えよう」
楓ちゃんの頬に触れる。下瞼にはうっすらと隈ができていて、そろそろ僕の出番だなと感じた。
「可不可……」
この子より僕のほうが平熱が低くて冷え性だからかな。気持ちよさそうに頬擦りしてる。かわいいな。
「帰ってきたら〝寝かしつけてあげる〟から、絶対、僕のところに帰ってきてね」
「……うん」
楓ちゃんの頬が淡く染まった。
視線が絡み合う。僕たちは、どちらからともなくくちびるをくっつけた。
――ちなみに、hotel NOTTE支配人・夜半子タろにはふたりを追及しないよう交渉済みだ。
どう交渉したかって? 支配人の大好物を〝紹介〟してあげただけだよ。飽きたから次って言われたとしても、もちろん対応できる。こういう職業だから、人脈の広さには自信があるんだ。
僕も、楓ちゃんのヒーローで救世主になりたいからね。