過去からの続き
*未来に続いてるよと同じ設定
朝起きるなり可不可が「指輪外して!」ってまくし立てるものだから、面食らった。
「今日はもうひとつ、大事な日でしょ?」
「今日……?」
夕べは日にちが変わる少し前から、結婚記念日だねって話をした。つまり、お付き合い記念日でもある。それ以外にあったっけ? 可不可も俺も記念日は大事にするタイプだから、今まで〝相手が記念日を忘れてたことによるケンカ〟はしたことない。もしかしてこれが、そのケンカに……?
「僕たちがお付き合いすることになった日のことだよ」
「え……、あ!」
寝起きすぐで頭がまわってなかったけど、何年も見てる可不可のピアスに視線がいって思い至った。当時は夢だったのかもしれないと片付けたから、毎年のこの日を大事にしつつも、七年前の朝のことは考えてなかった。
「本当は一生外さないでいてほしいんだけど、もし、あれが夢じゃなかった場合のためにね。僕も断腸の思いだから、ほんのひととき外すこと、哀しまないで」
「うん、わかってるよ」
可不可とふたり、おそろいのマリッジリングを外してジュエリーボックスに仕舞った。ここには、可不可が仰々しく跪いて俺に差し出してくれたプロポーズリングや、俺が可不可の誕生日にプレゼントしたアクセサリーなんかを入れてある。ふたりともピアスとかリングとかを身につけるタイプとはいえ、わざわざ収納するものを買うほどたくさん持ってるわけでもない。ベッドのそばにあるチェストに適当に並べてたら、可不可が「ふたりで使う?」って言い出した。これまでの日々をふたりで並べるみたいな提案を、俺は素敵だなって思ったんだ。
ジュエリーボックスはチェストの引き出しのなかに隠して……他に、見られちゃまずいものってないかな。寝室をぐるっと見渡してたら、可不可がちゅっとくちづけてきた。
「ん、ちょっと、……」
夕べ散々キスしたのに、まだしたりないの? ――文句のひとつでも言ってやりたかったけど、舌先で上顎をくすぐられて、思考がふわふわしてしまう。そうだよね、夕べしたから今朝はいらないなんてことないよね。そういうことは毎日ってわけにいかないけど、キスは毎日するって決めてるもんね。
「ふぁ、あ……っ」
寝間着代わりにしてるシャツの裾から不埒な手が入ってきた。めいっぱいいちゃいちゃした翌朝にまたいちゃいちゃするのって、最高に贅沢で気持ちいい……って、違う違う!
「可不可、ストップ!」
不埒な手を捕まえる。危ない、あれ以上手が伸びてたら、俺が我慢できなくなるところだった。
「……ごめん、いつもの癖で」
その言葉に、七年前のことを思い出す。あの頃の俺たちはまだ付き合ってなかった。可不可から告白されたのをきちんと受け止められなくてケンカした翌朝――つまり七年前の今日――、今より七歳若い俺は、目の前の可不可が頬にキスしてきて、それはもう驚いたものだ。
目の前の可不可は、これから七年前の俺に会うまで、頬のキスのことは知らないんだよね。当時、戻ってきた可不可が同じように頬にキスしてくれて、未来の可不可からのキスが上書きされたされたような気がしたし、お付き合いしようってなってからくちびる同士でもちゃんとしたキスをしたから、俺も俺で許しちゃったんだ。
でも、お付き合いを経て結婚して……合計で七年も〝両想い〟やってると、俺も一丁前にやきもちとか妬くようになるわけで。
「可不可のその癖、よくないよ」
……頬とはいえ、可不可は昔の俺にキスしたってことだ。俺であることには変わりないけど、普通に腹が立ってきた。
「え? どうして?」
「どうしてって……」
あぁ、俺も、七年前に許しちゃったとはいえ、どうして言わなかったんだろう。言ってたら、このあと可不可が過去の俺にそんなことしなかったかもしれないのに。
今から言う? 七年も前のこと今更言うなんて心が狭いって思われそう。そうだよ、この七年で、可不可に対してだけ、ちょっぴり心が狭くなった。
「もしかして、七年前のことに関係ある?」
「それは……」
そのとおりです。というか、それしかない。同じ俺でも、目の前の可不可が今の俺以外を甘やかすなんていやだよ。可不可は俺のパートナーなんだから。昔の俺にだって譲りたくない。
「それは、そう、だけど、やっぱり言わない」
「意地張っちゃった」
「違う。言っても仕方ないことだし、……それに、今の可不可じゃなきゃ、あのときの俺はずーっと鈍感だっただろうから」
当時の俺は驚きつつも、可不可への気持ちをゆっくりと引き出してもらえたことで、自分の気持ちを自覚したんだ。
「なるほどね。だいたいわかった」
可不可のことだから、ちょっかい出しちゃってたのかなってとこまで想像したんだろうか。
「……可不可はいやじゃない? その、未来の自分が、今の自分より一枚も二枚も上手で」
「そりゃあ、腸が煮えくり返るくらい、いやだよ。でも、一枚も二枚も上手なのはあたりまえ。それに、自分がぎりぎり許せるラインを僕自身が越えるはずはないから」
つまり、頬へのキスはぎりぎり許せるラインってこと? 俺は――しょうがないとは思いつつも、やっぱり――許せないんだけど。むっとしたままなのをやめられない。そんな俺を見かねたのか、可不可はまた頬にキスしてきた。
「許せるラインの寸前だから、僕も普通に腹は立つよ。その気持ち全部抱えて楓ちゃんに一生償うから、そろそろ機嫌直してくれる?」
そこまで言われると、俺もいつまでも拗ねてられない。
「……昔の俺に色目使わないで」
「当然。僕が色目を使うのは目の前の楓ちゃんだけだよ」
そうだよね。俺が恋を自覚したのは未来の可不可じゃなくて、同じ時代を生きる可不可だった。色目なんて使ってなかったことは、当時の俺自身が証人だ。
「楓ちゃんこそ、二十歳の僕にメロメロにならないでよね」
「ならないよ! 隠しごとへたな自覚あるから、あまりしゃべらないようにするし」
「どうかなぁ。僕って昔から顔がきれいだったし。昔の楓ちゃんなら平気だろうけど、今の楓ちゃんは過去の自分にやきもち妬くくらい、僕に惚れてくれてるからね」
自分で言うんだ。いや、確かに可不可はすっごく美人だし格好いいけど。そして相当惚れ込んでるのも、そのとおりだけど。
でも、可不可はまだ知らないんだよね。あ、このあと知ることになるのか。……俺が最初にやきもちを妬いたのは、七年先の未来からきた可不可が、プレゼントにもらったっていうピアスを嬉しそうに揺らしたときだったんだよ。
少しずつ意識がまどろんでいくのがわかる。なるほど、こうやって今の可不可と七年前の可不可が入れ替わったんだ。
「じゃあ、少しのあいだだけ、いってくるね」
「いってらっしゃい」
目の前の可不可に、子どもの頃からずっと続けてる〝いってきます〟と〝いってらっしゃい〟のハグをする。
恋から派生する気持ちは、全部、未来の可不可と目の前の可不可がくれた。この未来に辿り着けるように、七年前の俺にも、思い知らせてきてね。
朝起きるなり可不可が「指輪外して!」ってまくし立てるものだから、面食らった。
「今日はもうひとつ、大事な日でしょ?」
「今日……?」
夕べは日にちが変わる少し前から、結婚記念日だねって話をした。つまり、お付き合い記念日でもある。それ以外にあったっけ? 可不可も俺も記念日は大事にするタイプだから、今まで〝相手が記念日を忘れてたことによるケンカ〟はしたことない。もしかしてこれが、そのケンカに……?
「僕たちがお付き合いすることになった日のことだよ」
「え……、あ!」
寝起きすぐで頭がまわってなかったけど、何年も見てる可不可のピアスに視線がいって思い至った。当時は夢だったのかもしれないと片付けたから、毎年のこの日を大事にしつつも、七年前の朝のことは考えてなかった。
「本当は一生外さないでいてほしいんだけど、もし、あれが夢じゃなかった場合のためにね。僕も断腸の思いだから、ほんのひととき外すこと、哀しまないで」
「うん、わかってるよ」
可不可とふたり、おそろいのマリッジリングを外してジュエリーボックスに仕舞った。ここには、可不可が仰々しく跪いて俺に差し出してくれたプロポーズリングや、俺が可不可の誕生日にプレゼントしたアクセサリーなんかを入れてある。ふたりともピアスとかリングとかを身につけるタイプとはいえ、わざわざ収納するものを買うほどたくさん持ってるわけでもない。ベッドのそばにあるチェストに適当に並べてたら、可不可が「ふたりで使う?」って言い出した。これまでの日々をふたりで並べるみたいな提案を、俺は素敵だなって思ったんだ。
ジュエリーボックスはチェストの引き出しのなかに隠して……他に、見られちゃまずいものってないかな。寝室をぐるっと見渡してたら、可不可がちゅっとくちづけてきた。
「ん、ちょっと、……」
夕べ散々キスしたのに、まだしたりないの? ――文句のひとつでも言ってやりたかったけど、舌先で上顎をくすぐられて、思考がふわふわしてしまう。そうだよね、夕べしたから今朝はいらないなんてことないよね。そういうことは毎日ってわけにいかないけど、キスは毎日するって決めてるもんね。
「ふぁ、あ……っ」
寝間着代わりにしてるシャツの裾から不埒な手が入ってきた。めいっぱいいちゃいちゃした翌朝にまたいちゃいちゃするのって、最高に贅沢で気持ちいい……って、違う違う!
「可不可、ストップ!」
不埒な手を捕まえる。危ない、あれ以上手が伸びてたら、俺が我慢できなくなるところだった。
「……ごめん、いつもの癖で」
その言葉に、七年前のことを思い出す。あの頃の俺たちはまだ付き合ってなかった。可不可から告白されたのをきちんと受け止められなくてケンカした翌朝――つまり七年前の今日――、今より七歳若い俺は、目の前の可不可が頬にキスしてきて、それはもう驚いたものだ。
目の前の可不可は、これから七年前の俺に会うまで、頬のキスのことは知らないんだよね。当時、戻ってきた可不可が同じように頬にキスしてくれて、未来の可不可からのキスが上書きされたされたような気がしたし、お付き合いしようってなってからくちびる同士でもちゃんとしたキスをしたから、俺も俺で許しちゃったんだ。
でも、お付き合いを経て結婚して……合計で七年も〝両想い〟やってると、俺も一丁前にやきもちとか妬くようになるわけで。
「可不可のその癖、よくないよ」
……頬とはいえ、可不可は昔の俺にキスしたってことだ。俺であることには変わりないけど、普通に腹が立ってきた。
「え? どうして?」
「どうしてって……」
あぁ、俺も、七年前に許しちゃったとはいえ、どうして言わなかったんだろう。言ってたら、このあと可不可が過去の俺にそんなことしなかったかもしれないのに。
今から言う? 七年も前のこと今更言うなんて心が狭いって思われそう。そうだよ、この七年で、可不可に対してだけ、ちょっぴり心が狭くなった。
「もしかして、七年前のことに関係ある?」
「それは……」
そのとおりです。というか、それしかない。同じ俺でも、目の前の可不可が今の俺以外を甘やかすなんていやだよ。可不可は俺のパートナーなんだから。昔の俺にだって譲りたくない。
「それは、そう、だけど、やっぱり言わない」
「意地張っちゃった」
「違う。言っても仕方ないことだし、……それに、今の可不可じゃなきゃ、あのときの俺はずーっと鈍感だっただろうから」
当時の俺は驚きつつも、可不可への気持ちをゆっくりと引き出してもらえたことで、自分の気持ちを自覚したんだ。
「なるほどね。だいたいわかった」
可不可のことだから、ちょっかい出しちゃってたのかなってとこまで想像したんだろうか。
「……可不可はいやじゃない? その、未来の自分が、今の自分より一枚も二枚も上手で」
「そりゃあ、腸が煮えくり返るくらい、いやだよ。でも、一枚も二枚も上手なのはあたりまえ。それに、自分がぎりぎり許せるラインを僕自身が越えるはずはないから」
つまり、頬へのキスはぎりぎり許せるラインってこと? 俺は――しょうがないとは思いつつも、やっぱり――許せないんだけど。むっとしたままなのをやめられない。そんな俺を見かねたのか、可不可はまた頬にキスしてきた。
「許せるラインの寸前だから、僕も普通に腹は立つよ。その気持ち全部抱えて楓ちゃんに一生償うから、そろそろ機嫌直してくれる?」
そこまで言われると、俺もいつまでも拗ねてられない。
「……昔の俺に色目使わないで」
「当然。僕が色目を使うのは目の前の楓ちゃんだけだよ」
そうだよね。俺が恋を自覚したのは未来の可不可じゃなくて、同じ時代を生きる可不可だった。色目なんて使ってなかったことは、当時の俺自身が証人だ。
「楓ちゃんこそ、二十歳の僕にメロメロにならないでよね」
「ならないよ! 隠しごとへたな自覚あるから、あまりしゃべらないようにするし」
「どうかなぁ。僕って昔から顔がきれいだったし。昔の楓ちゃんなら平気だろうけど、今の楓ちゃんは過去の自分にやきもち妬くくらい、僕に惚れてくれてるからね」
自分で言うんだ。いや、確かに可不可はすっごく美人だし格好いいけど。そして相当惚れ込んでるのも、そのとおりだけど。
でも、可不可はまだ知らないんだよね。あ、このあと知ることになるのか。……俺が最初にやきもちを妬いたのは、七年先の未来からきた可不可が、プレゼントにもらったっていうピアスを嬉しそうに揺らしたときだったんだよ。
少しずつ意識がまどろんでいくのがわかる。なるほど、こうやって今の可不可と七年前の可不可が入れ替わったんだ。
「じゃあ、少しのあいだだけ、いってくるね」
「いってらっしゃい」
目の前の可不可に、子どもの頃からずっと続けてる〝いってきます〟と〝いってらっしゃい〟のハグをする。
恋から派生する気持ちは、全部、未来の可不可と目の前の可不可がくれた。この未来に辿り着けるように、七年前の俺にも、思い知らせてきてね。