魔除けのおまじない
*kfkeワンドロワンライ第12回から『指』を選択
日にちが変わる頃に来てくれる? ――どう考えてもなにか計画してるとしか思えないお誘いに応じて、楓ちゃんの部屋のドアをノックする。寝支度を済ませてしまってからでいいっていうから、普通に、寝間着姿での訪問。
「いらっしゃい、入って入って」
ドアを開けきらないうちに腕を引っ張るものだから、ちょっとぶつかりかけた。
「あ、ごめん」
そこまで急ぐくらい、その計画とやらは楓ちゃんをそわそわさせるものなのかな。きっと一分も経たないうちに明かされるであろうそれへの緊張が増す。
「えぇと……とりあえず、座って」
肩を押されるように腰掛けたのはベッドの端。今年の春から、本人を除けば、僕だけが座るのを許された場所だ。
いくら見慣れた部屋とはいえ、あまりじろじろ見るものじゃない。そうは思っても、楓ちゃんが好きなお店の紙袋がテーブルの上に鎮座してるのが視界に入るんだから、気にせずにはいられないよね。
「俺、こういうのって学生時代に友だちから見聞きしたくらいの知識しかないんだけど、その……付き合って三ヵ月経つ、し……」
テーブルの上に置いてあった紙袋を持って、僕の前に膝をつく。あ、やっぱり、僕のためなんだ。
「あと、高いのはちょっとなぁって思ったんだけど、手頃なものでとなると、あんまりわからなくて……見知ったところにしちゃったんだ」
胸に手を当てなくても、抱き着かなくても、わかるよ。今、すっごくどきどきしてるよね。さっきから全然目が合わないし。
「あ、でも、サイズは完璧なはずだから」
前置きがどんどん長くなってて笑いそうになるのを必死でこらえた。笑いそうだけど、それを上回るくらい、僕もどきどきしてるからじっと黙った。
しょうがないなぁ。楓ちゃんが次の一歩を踏み出しやすいよう、そうっと、右手の指を開く。キミがしてほしいのは、こうでしょ?
「……柄じゃないって笑う?」
童話に出てくる王子様みたいな所作で、楓ちゃんが〝計画〟の中身を見せてくれた。見せられた側である僕は全然お姫様じゃない、どちらかといえば僕のほうが楓ちゃんより王子様キャラなのに、たぶん、すごく絵になってたと思う。
「笑わないけど、どうしたのかなとは思ってるよ」
中指に収められたきらめきに視線を落とす。運気が上がるとか、トラブルを回避できるとか、そういう場所だよね、ここ。楓ちゃんのことだから、僕たちがお付き合いをする前からきっと祈り続けてくれてたであろうことだ。
「可不可のことだから、そのうちとんでもない値段のを買ってきそうだなぁと思って」
「あはは、ばれてるんだ?」
でも、高ければいいってわけじゃないし「そんなに高いのもらっても困る」って言うのがわかるから、いきなり買ってきたりしないよ。キミみたいにね。――そう言うと、楓ちゃんはちょっとばつが悪そうに視線を彷徨わせた。
「高くなくても身に着けるものだし、相談すべきだとは思ったけど……それはそれで、可不可が張り合ってきそうだから」
「まぁ、確かに? 負けず嫌いの自覚はあるかな」
中指に行儀よく収まったきらめきを、部屋の灯りにかざす。見た目は全然違うけど、楓ちゃんがつけてるピアスと同じお店のものだ。嬉しい。ある意味、これもおそろいだよね。
「ところで、どうしてこの指?」
恋人なんだから、もうひとつ隣の指でもよくない? 純粋に気になる。
「……だって、薬指は、可不可が選びたがるでしょ」
「あはは! ……いいんだ? 楓ちゃんがいやがる値段のもの、買うかもしれないのに?」
思わず大きな声で笑っちゃった。
「別に、……あまり高価過ぎると傷付けないようにしなきゃって一生ひやひやするからちょっと困るけど、可不可が俺のためにって選ぶものなら、ちゃんと受け入れる覚悟は……こう見えても、できてるつもりだよ」
そうだよね。今の楓ちゃんなら、僕がどうしてそれを選んだのかを正しく受け止めてくれる。それだけ、心の裡を理解し合えるくらいの付き合いになってるものね。
いつまでも冷たいフローリングに跪いてないで、こっちに来てほしい。本来、このベッドは楓ちゃんのものなんだし。――腕を軽く引くと、楓ちゃんがベッドに乗り上げてきてくれた。さっきまでよりもだいぶ視線が近くなる。
「あと、魔除け、的な意味もあって」
顔の近さに、顔ちゃんの頬がふわっと染まった。三ヵ月経っても、この距離でまだまだ照れるらしい。もっと照れる時間を何度か過ごしてるんだけどな。
魔除けは魔除けでも、このタイミングでいう魔除けはどちらかというと〝悪い虫が寄ってこないように〟って感じかな。それこそ、僕に遠慮せず薬指にしたほうがよかったんじゃない?
「楓ちゃんがそばにいるだけで、魔除けも虫除けも完璧だと思うけどなぁ」
本人も言葉にこそしないけど、すっごく稀に、変なところでやきもちをやくことがあるみたい。指摘すると落ち込むだろうから、気付いても、黙ってる。その代わり、そういう日はいつもの何十倍も甘やかすんだ。僕はこんなに一途なんだから、心配しなくていいのに。
楓ちゃんの了解はまだだけど、もそもそとベッドに潜り込む。寝支度を済ませてからでいいってお誘い自体、今夜は添い寝していいってことだろうから。
「あ、寝るときは外して」
「うん、わかってる。もう少ししたらね」
いつも僕から誘ったり迫ったりって感じのお付き合いだから、こんなふうに積極的なプレゼントをされて、すごくどきどきしてるんだ。すぐには眠れそうにないよ。
日にちが変わる頃に来てくれる? ――どう考えてもなにか計画してるとしか思えないお誘いに応じて、楓ちゃんの部屋のドアをノックする。寝支度を済ませてしまってからでいいっていうから、普通に、寝間着姿での訪問。
「いらっしゃい、入って入って」
ドアを開けきらないうちに腕を引っ張るものだから、ちょっとぶつかりかけた。
「あ、ごめん」
そこまで急ぐくらい、その計画とやらは楓ちゃんをそわそわさせるものなのかな。きっと一分も経たないうちに明かされるであろうそれへの緊張が増す。
「えぇと……とりあえず、座って」
肩を押されるように腰掛けたのはベッドの端。今年の春から、本人を除けば、僕だけが座るのを許された場所だ。
いくら見慣れた部屋とはいえ、あまりじろじろ見るものじゃない。そうは思っても、楓ちゃんが好きなお店の紙袋がテーブルの上に鎮座してるのが視界に入るんだから、気にせずにはいられないよね。
「俺、こういうのって学生時代に友だちから見聞きしたくらいの知識しかないんだけど、その……付き合って三ヵ月経つ、し……」
テーブルの上に置いてあった紙袋を持って、僕の前に膝をつく。あ、やっぱり、僕のためなんだ。
「あと、高いのはちょっとなぁって思ったんだけど、手頃なものでとなると、あんまりわからなくて……見知ったところにしちゃったんだ」
胸に手を当てなくても、抱き着かなくても、わかるよ。今、すっごくどきどきしてるよね。さっきから全然目が合わないし。
「あ、でも、サイズは完璧なはずだから」
前置きがどんどん長くなってて笑いそうになるのを必死でこらえた。笑いそうだけど、それを上回るくらい、僕もどきどきしてるからじっと黙った。
しょうがないなぁ。楓ちゃんが次の一歩を踏み出しやすいよう、そうっと、右手の指を開く。キミがしてほしいのは、こうでしょ?
「……柄じゃないって笑う?」
童話に出てくる王子様みたいな所作で、楓ちゃんが〝計画〟の中身を見せてくれた。見せられた側である僕は全然お姫様じゃない、どちらかといえば僕のほうが楓ちゃんより王子様キャラなのに、たぶん、すごく絵になってたと思う。
「笑わないけど、どうしたのかなとは思ってるよ」
中指に収められたきらめきに視線を落とす。運気が上がるとか、トラブルを回避できるとか、そういう場所だよね、ここ。楓ちゃんのことだから、僕たちがお付き合いをする前からきっと祈り続けてくれてたであろうことだ。
「可不可のことだから、そのうちとんでもない値段のを買ってきそうだなぁと思って」
「あはは、ばれてるんだ?」
でも、高ければいいってわけじゃないし「そんなに高いのもらっても困る」って言うのがわかるから、いきなり買ってきたりしないよ。キミみたいにね。――そう言うと、楓ちゃんはちょっとばつが悪そうに視線を彷徨わせた。
「高くなくても身に着けるものだし、相談すべきだとは思ったけど……それはそれで、可不可が張り合ってきそうだから」
「まぁ、確かに? 負けず嫌いの自覚はあるかな」
中指に行儀よく収まったきらめきを、部屋の灯りにかざす。見た目は全然違うけど、楓ちゃんがつけてるピアスと同じお店のものだ。嬉しい。ある意味、これもおそろいだよね。
「ところで、どうしてこの指?」
恋人なんだから、もうひとつ隣の指でもよくない? 純粋に気になる。
「……だって、薬指は、可不可が選びたがるでしょ」
「あはは! ……いいんだ? 楓ちゃんがいやがる値段のもの、買うかもしれないのに?」
思わず大きな声で笑っちゃった。
「別に、……あまり高価過ぎると傷付けないようにしなきゃって一生ひやひやするからちょっと困るけど、可不可が俺のためにって選ぶものなら、ちゃんと受け入れる覚悟は……こう見えても、できてるつもりだよ」
そうだよね。今の楓ちゃんなら、僕がどうしてそれを選んだのかを正しく受け止めてくれる。それだけ、心の裡を理解し合えるくらいの付き合いになってるものね。
いつまでも冷たいフローリングに跪いてないで、こっちに来てほしい。本来、このベッドは楓ちゃんのものなんだし。――腕を軽く引くと、楓ちゃんがベッドに乗り上げてきてくれた。さっきまでよりもだいぶ視線が近くなる。
「あと、魔除け、的な意味もあって」
顔の近さに、顔ちゃんの頬がふわっと染まった。三ヵ月経っても、この距離でまだまだ照れるらしい。もっと照れる時間を何度か過ごしてるんだけどな。
魔除けは魔除けでも、このタイミングでいう魔除けはどちらかというと〝悪い虫が寄ってこないように〟って感じかな。それこそ、僕に遠慮せず薬指にしたほうがよかったんじゃない?
「楓ちゃんがそばにいるだけで、魔除けも虫除けも完璧だと思うけどなぁ」
本人も言葉にこそしないけど、すっごく稀に、変なところでやきもちをやくことがあるみたい。指摘すると落ち込むだろうから、気付いても、黙ってる。その代わり、そういう日はいつもの何十倍も甘やかすんだ。僕はこんなに一途なんだから、心配しなくていいのに。
楓ちゃんの了解はまだだけど、もそもそとベッドに潜り込む。寝支度を済ませてからでいいってお誘い自体、今夜は添い寝していいってことだろうから。
「あ、寝るときは外して」
「うん、わかってる。もう少ししたらね」
いつも僕から誘ったり迫ったりって感じのお付き合いだから、こんなふうに積極的なプレゼントをされて、すごくどきどきしてるんだ。すぐには眠れそうにないよ。