Call
*kfkeワンドロワンライ第10回から『電話』を選択
*2024/7/26~2024/8/3開催シーズンイベント~夜班SP~『ジョー様の仰せのままに』イベントストーリー読了前提
子タろの知り合いの刑事さんからの依頼で、夜班の面々がブリュンヒルトの忘れ形見であるAI搭載テディベアを警護することになったと知って、僕はまず、あの子がその件に関われないようにしなきゃと思った。国際窃盗団が狙ってるものを警護するなんて、危険極まりないから。
その結果、急なことは百も承知で主任ちゃんを出張に行かせたのが、JPNでいう一昨日の話。本当は見送りに行きたかったけど、僕のスケジュール調整までは叶わず、断腸の思いで朔次郎に任せた。仕事の合間に夜班の動向も見ておかなくちゃならなかったし。
八時間の時差と二十時間あまりの移動時間を越えて、無事に着いたよとメッセージがきたのが、こっちでいう朝の六時。
危険から遠ざけたいのが僕の本音だけど、出張が建前になってる以上、あの子は真面目に仕事をしてくるだろうから、到着してすぐの今は体を休めてほしい。向こうは夜だしね。でも、できることなら、声が聞きたいな。
少し考えてからメッセージを返して、仕事に向かった。
◇
練牙はお肌のためにってもう眠ってるし、添は僕が不在にしてたところでいちいち気にするタイプじゃない。お昼過ぎに届いてた「いいよ」の返事を何度も反芻しながら、大浴場から各々の部屋に戻るひとたちに気付かれないよう、周囲を気にしながら目的の場所に向かう。
電子音とともに解錠したドアをこれまたそうっと開いて、部屋の中に滑り込んだ。たった一日しか経ってないのに、主のいない部屋の静謐さが、やけに心をざわつかせる。それを追い払いたくて、後ろ手に鍵をかけながら、スマホをぱぱっと操作した。
数コールののち聞こえてきたのは、リヒテンシュタイン公国にいる、あの子の声だ。開口一番、どこにいるのか訊かれた。
「うん、キミの部屋のソファーを借りてるよ」
空港に向かう前、この子はなぜか、僕に部屋の鍵を預けていった。鍵を預かってるとはいえ、主の不在時に勝手に入るつもりはなかったんだけど、今朝、僕が声を聞きたいってお願いしたら、了承の返事とともに『俺の部屋の鍵、使っていいよ』って言われたんだ。三階のバルコニーは静かだから電話をかけるのに向いてるけど、先客がいたら気が引ける。夜は冷え込むから、風邪を引いてもよくない。それらを見越して、ここを指定したのかな。
「長旅お疲れさま。そっちはどう?」
幸いにも天気がよくて、空気がからっとしてる、爽やかな風がたまに吹く程度、らしい。今日は博物館と美術館、それからお城の近くを散歩したんだって。他にも博物館がいくつもあるから全部立ち寄ったんだよって、僕の相槌が追い付かないくらい、たくさん話してくれる。
「ドイツ語が多いのかな。え、英語ばっかり?」
年々観光客が増えてる国だからか、明らかに旅行客とわかるひとは、英語だけで済んじゃうみたい。久しぶりにドイツ語を使う機会だって張り切ってたのにね。子どもの頃からあちこち飛び回ってたから、滅多なことがなければ翻訳アプリいらずなところ、すごいなって思う。僕もいくつかは話せるけど、今のところ、投資家界隈とのオンライン通話でしか実践できてない。……いつか、この子とふたりでいろんな国に行きたいな。
「明日はトリーゼンベルクに行くんだね。うん、レポートも期待してる」
僕はあとは眠るだけだけど、向こうはそろそろ夕食のお店を考え始める頃だと思う。あまり長話をしてもよくない。それとなく話を終わらせようとしたら、呼び止められた。
「……気付いてたんだ」
僕の私情まみれで行ってもらってる出張とはいえ、仕事である以上、僕は社長として接しなくちゃならない。だから、電話をかけてから一度も名前を呼ばなかった。かといって役職名で呼ぶのもさみしくて、相槌を打って切り抜けてたんだよ。でも、呼ばないようにしてること、指摘されちゃった。どうして? って。
仕事だからってまるめこむことも、できなくはない。ただし、役職名ですら呼んでないことをつつかれたらおしまいだ。答えたらすぐに別の話題に切り替えて、できるだけ早く電話を終わらせなきゃならない。
なかなか答えない僕に焦れたのか、スピーカーにしてって言いだした。怒ってる感じはしない。呆れてるとも違う、まるで、年下の僕を「しょうがないな」って慈しむみたいな声。
別にいいけどと、言われたとおりにする。
『この時間なら、もうお風呂も済んでるよね?』
「うん。そろそろ寝ようかな」
スマホを耳に押し当てて聞くより離れてるし、そもそもスマホ越しの声って音声符号が限りなく本人の声に似せただけのものなのに、声が部屋に溶け込むせいで、鼓動が高鳴る。普段、顔を合わせて話してるときみたい。せっかくならビデオ通話にすればよかったな。
『明後日にはそっちに帰るけど、それでも、呼んだら、さみしい?』
前言撤回、ビデオ通話じゃなくてよかった。僕の動揺した顔が見られちゃうところだった。
「……さみしいよ。出張を命じたのは僕だけど、今回のはいろいろあって、急に決めたことだから」
思えば、さみしいって言葉にしたのは久しぶりな気がする。子どもの頃だって、次に会える日までの期待で自分を奮い立たせるために、顔には出てただろうけど、言わないようにしてた。
『そっか。でも、俺は、呼んでもらえないほうがさみしいかな』
「楓ちゃん……」
大好きな子を、さみしい気持ちにさせたくない。そっちの気持ちのほうがなによりも大きくて、電話をかけてから封じてた呼び名が口からするっと出た。
『うん、なに?』
「ごめん。本当は呼びたかった。けど、意地張ってた」
『知ってるよ。しょうがないなぁ、可不可は』
やっぱり、楓ちゃんには敵わない。年下扱いは悔しいし、気付かれてたのも恥ずかしい。でも、僕のもやもやに気付いて、それを優しくすくいあげてくれたのが、嬉しいんだ。
『しょうがいないついでに、今夜はそこで寝ていいよ。じゃあ、おやすみ!』
どういうこと? ――聞き返すより早く、楓ちゃんは一方的に電話を切った。
「え? ……えっ?」
じんとしてる余韻なんて吹き飛ぶくらいの爆弾。こんなの、すぐに眠れるわけがなくない?
*2024/7/26~2024/8/3開催シーズンイベント~夜班SP~『ジョー様の仰せのままに』イベントストーリー読了前提
子タろの知り合いの刑事さんからの依頼で、夜班の面々がブリュンヒルトの忘れ形見であるAI搭載テディベアを警護することになったと知って、僕はまず、あの子がその件に関われないようにしなきゃと思った。国際窃盗団が狙ってるものを警護するなんて、危険極まりないから。
その結果、急なことは百も承知で主任ちゃんを出張に行かせたのが、JPNでいう一昨日の話。本当は見送りに行きたかったけど、僕のスケジュール調整までは叶わず、断腸の思いで朔次郎に任せた。仕事の合間に夜班の動向も見ておかなくちゃならなかったし。
八時間の時差と二十時間あまりの移動時間を越えて、無事に着いたよとメッセージがきたのが、こっちでいう朝の六時。
危険から遠ざけたいのが僕の本音だけど、出張が建前になってる以上、あの子は真面目に仕事をしてくるだろうから、到着してすぐの今は体を休めてほしい。向こうは夜だしね。でも、できることなら、声が聞きたいな。
少し考えてからメッセージを返して、仕事に向かった。
◇
練牙はお肌のためにってもう眠ってるし、添は僕が不在にしてたところでいちいち気にするタイプじゃない。お昼過ぎに届いてた「いいよ」の返事を何度も反芻しながら、大浴場から各々の部屋に戻るひとたちに気付かれないよう、周囲を気にしながら目的の場所に向かう。
電子音とともに解錠したドアをこれまたそうっと開いて、部屋の中に滑り込んだ。たった一日しか経ってないのに、主のいない部屋の静謐さが、やけに心をざわつかせる。それを追い払いたくて、後ろ手に鍵をかけながら、スマホをぱぱっと操作した。
数コールののち聞こえてきたのは、リヒテンシュタイン公国にいる、あの子の声だ。開口一番、どこにいるのか訊かれた。
「うん、キミの部屋のソファーを借りてるよ」
空港に向かう前、この子はなぜか、僕に部屋の鍵を預けていった。鍵を預かってるとはいえ、主の不在時に勝手に入るつもりはなかったんだけど、今朝、僕が声を聞きたいってお願いしたら、了承の返事とともに『俺の部屋の鍵、使っていいよ』って言われたんだ。三階のバルコニーは静かだから電話をかけるのに向いてるけど、先客がいたら気が引ける。夜は冷え込むから、風邪を引いてもよくない。それらを見越して、ここを指定したのかな。
「長旅お疲れさま。そっちはどう?」
幸いにも天気がよくて、空気がからっとしてる、爽やかな風がたまに吹く程度、らしい。今日は博物館と美術館、それからお城の近くを散歩したんだって。他にも博物館がいくつもあるから全部立ち寄ったんだよって、僕の相槌が追い付かないくらい、たくさん話してくれる。
「ドイツ語が多いのかな。え、英語ばっかり?」
年々観光客が増えてる国だからか、明らかに旅行客とわかるひとは、英語だけで済んじゃうみたい。久しぶりにドイツ語を使う機会だって張り切ってたのにね。子どもの頃からあちこち飛び回ってたから、滅多なことがなければ翻訳アプリいらずなところ、すごいなって思う。僕もいくつかは話せるけど、今のところ、投資家界隈とのオンライン通話でしか実践できてない。……いつか、この子とふたりでいろんな国に行きたいな。
「明日はトリーゼンベルクに行くんだね。うん、レポートも期待してる」
僕はあとは眠るだけだけど、向こうはそろそろ夕食のお店を考え始める頃だと思う。あまり長話をしてもよくない。それとなく話を終わらせようとしたら、呼び止められた。
「……気付いてたんだ」
僕の私情まみれで行ってもらってる出張とはいえ、仕事である以上、僕は社長として接しなくちゃならない。だから、電話をかけてから一度も名前を呼ばなかった。かといって役職名で呼ぶのもさみしくて、相槌を打って切り抜けてたんだよ。でも、呼ばないようにしてること、指摘されちゃった。どうして? って。
仕事だからってまるめこむことも、できなくはない。ただし、役職名ですら呼んでないことをつつかれたらおしまいだ。答えたらすぐに別の話題に切り替えて、できるだけ早く電話を終わらせなきゃならない。
なかなか答えない僕に焦れたのか、スピーカーにしてって言いだした。怒ってる感じはしない。呆れてるとも違う、まるで、年下の僕を「しょうがないな」って慈しむみたいな声。
別にいいけどと、言われたとおりにする。
『この時間なら、もうお風呂も済んでるよね?』
「うん。そろそろ寝ようかな」
スマホを耳に押し当てて聞くより離れてるし、そもそもスマホ越しの声って音声符号が限りなく本人の声に似せただけのものなのに、声が部屋に溶け込むせいで、鼓動が高鳴る。普段、顔を合わせて話してるときみたい。せっかくならビデオ通話にすればよかったな。
『明後日にはそっちに帰るけど、それでも、呼んだら、さみしい?』
前言撤回、ビデオ通話じゃなくてよかった。僕の動揺した顔が見られちゃうところだった。
「……さみしいよ。出張を命じたのは僕だけど、今回のはいろいろあって、急に決めたことだから」
思えば、さみしいって言葉にしたのは久しぶりな気がする。子どもの頃だって、次に会える日までの期待で自分を奮い立たせるために、顔には出てただろうけど、言わないようにしてた。
『そっか。でも、俺は、呼んでもらえないほうがさみしいかな』
「楓ちゃん……」
大好きな子を、さみしい気持ちにさせたくない。そっちの気持ちのほうがなによりも大きくて、電話をかけてから封じてた呼び名が口からするっと出た。
『うん、なに?』
「ごめん。本当は呼びたかった。けど、意地張ってた」
『知ってるよ。しょうがないなぁ、可不可は』
やっぱり、楓ちゃんには敵わない。年下扱いは悔しいし、気付かれてたのも恥ずかしい。でも、僕のもやもやに気付いて、それを優しくすくいあげてくれたのが、嬉しいんだ。
『しょうがいないついでに、今夜はそこで寝ていいよ。じゃあ、おやすみ!』
どういうこと? ――聞き返すより早く、楓ちゃんは一方的に電話を切った。
「え? ……えっ?」
じんとしてる余韻なんて吹き飛ぶくらいの爆弾。こんなの、すぐに眠れるわけがなくない?