ない記憶
*「蜂乃屋凪と同級生だった」という「ない記憶」であり、夢小説ではありません
蜂乃屋との出会いは、小学生の頃。席替えで隣の席になったのがきっかけだった。決して目立つタイプではないものの、時折小声でこぼす冗談がおもしろいことに気付いた俺は、少しずつ、話しかけるようになったんだ。
俺から話しかけたら言葉を返してくれるけど、蜂乃屋から話しかけてくることってあんまりない。実は鬱陶しいって思われてたらどうしようってびびってたんだけど、俺が風邪で一週間休んで、復帰したら「この季節の風邪って長引くよね。もうしばらくは油断しないほうがいいっぽい」って声をかけてくれた。毎日話すわけじゃないけど、俺たちのあいだには確かに友情みたいなものがあるって思えたんだ。だって、友だちってわざわざ宣告しないじゃん? べたべたするわけじゃない、でも、心が通じ合ってる、そんな気がした。
俺と蜂乃屋の細い友情はクラスが離れても続いて、中学校に進学しても、変わらなかった。
中三の一学期、蜂乃屋の進路調査票が白紙なことを知った俺は、高校迷ってんの? って訊いたんだ。ついでに、迷ってるなら俺と同じとこ行かないかとも、言ってみた。家に遊びに行ったり家に呼んだりするほど仲いいってわけじゃないけど、蜂乃屋が一番話すのは俺だし、成績もだいたい同じくらいだし、名案だろ?
でも、蜂乃屋は相変わらず表情筋どこにあるんだよってツッコミたくなるような顔で「義務教育だから通えてるだけで、親いないし、高校は無理だと思う。誘ってくれたのにごめん。じゃあ」って帰っていった。
そこで初めて、俺は蜂乃屋に親がいないことを知ったんだ。小学校の頃からの付き合いで、誰よりも話す間柄なのに、知らなかった。ウケるだろ?
それ以来、なんとなく気まずくなっちゃって、蜂乃屋と話せないまま、俺たちは卒業した。あいつ、学校行事はもともとあまり参加したがらなくて、卒業式も式典が終わったらどこかに消えたし、そういえば、写真も残ってない。
俺は心にあるもやもやを見ないふりしつつ、高校、大学へと進んだ。大学はHAMAからは遠くて、ひとり暮らしを始めることになった。新天地で学校とバイトに明け暮れる日々――日に日に、蜂乃屋を思い出す機会は減っていった。仕方ないよな。それが、人生ってもんだろ。
大学も二年目、そろそろ卒業後のことを考え始めないとなぁなんて考えてたある日。惰性でSNSを見てたら、HAMAがトレンド入りしてることに気付いた。
そういえば実家に帰ったの、一年前のゴールデンウィークだけだったっけ。だって俺が高校の頃にはHAMAってかなり寂れて遊ぶところなんてなかったし、同級生も、こまめに会うようなやつらじゃないし。
でも、なんだか懐かしいなと思って、なんでトレンド入りしたのか見てみた。
「L4mps?」
暗いステージに男がふたり立ってる動画だ。どうやら、ステージの前座みたいな感じでコントをやってる動画らしい。途中で赤い髪の男が出てきて、三人になった。途中から出てきたこいつは芸能人だから知ってる、西園練牙だ。
「……蜂乃屋?」
五年会ってなくてもわかる。あの、少しくすっと笑えるオチのつけ方、しっかり聴いてないと聞き返すはめになる話し方……蜂乃屋だ。間違いない。
だらけた格好でスマホ持ってたんだけど、飛び起きて、蜂乃屋の名前で検索する。え、なに、おまえ、観光区長なんてやってんの? そんで、おもてなしライブってなに? 歌うの? 蜂乃屋って絶対目立つタイプじゃないじゃん。なんだよそれ。え? HAMAって、今、そんなおもしろいことやってんの?
カレンダーアプリを開く。……次の連休、帰ろうかな。いや、その前にこのHAMAツアーズとやらのツアーとやらに申し込まなきゃ、今の蜂乃屋には近付けないのか。
蜂乃屋、俺のこと覚えてるかな。結構抜けてるとこあったけど、ひとに対しては誠実なやつだから、きっと、覚えててくれてる。なんせ、俺は小・中の同級生のなかでも、一番、蜂乃屋としゃべってたんだから。
◇
結局、HAMAツアーズのツアーに申し込むのは――予約戦争が過酷だったから――諦めて、普通に、蜂乃屋の店に行った。
観光区長なんてすごいことやってるせいで、蜂乃屋の店なんて秒で特定できる。ネット社会って便利だけど怖いよな。蜂乃屋、見た目は整ってるし気のいいやつだから、変なやつにつけ狙われてないといいけど。
店の評判を調べたら、フラワーアレンジメントの腕がかなり好評らしい。だったら、頼むのはひとつしかない。
「いらっしゃい……あ」
表情の変化で、少なくとも顔を見ただけで思い出してもらえたってことはわかる。でも、中三のときのこと、どう思ってるかわかんないし、いきなり友だちヅラはできない。
「よう」
「花? それとも、洗濯?」
「えっと、花。ブーケ、つくってほしくて」
相変わらず感情の起伏がわかりづらい。いや、俺の顔を見て怒りが湧いてたとしても、ここは蜂乃屋の店だから、感情を表に出すことはないだろう。……HAMAツアーズのツアーに申し込んで観光区長によるダイレクトなおもてなしとやらを受けたとしたって、蜂乃屋は仕事中なわけだから、あの日の思い出話なんてできっこない。つまり、今、蜂乃屋が俺を怒ってるのかどうかは探れないってわけだ。くそ、タイムマシンがあったら中三のあの日に戻って、クソガキの俺に「進路の話なんてやめとけ」って忠告するのに。
「わかった。どういうひとに渡す? 答えづらかったらオブラートに包んでもいい。花もフラワーラップで包むわけだし」
あぁ、こういうとこだよ。普通にくだらないのに、蜂乃屋が言うとちょっとおもしろい。やっぱり、変わってねえな。
「昔の、大切な友人に。しばらく会ってなかったけど、なんか、すごい仕事してるらしくて、応援したい」
あからさま過ぎてなんかつっこまれるかなって身構える俺に対し、蜂乃屋は小さく頷いて、周りの花々を見渡した。
「そのひとの好きな色とか、イメージカラーみたいなのがあったら、取り入れるようにもできるけど」
蜂乃屋の好きな色……は、知らない。イメージカラーはあれだろ、おもてなしライブの動画で、それっぽい色のペンライト持ってるやつらがいたからわかる。
「えっと、ちょっとだけ紫がかった青っていうの? そんな濃い青じゃなくて、夜の始まり、みたいな」
顔が熱くなってきた。ポエムじゃね? え、ブーケつくってもらうのって、こんなに大変なんだ? ハードル高過ぎてびびる。つくるほうはもっと大変だろうけど。
「なんとなくつかめてきた。じゃあ……」
「おい、蜂乃屋」
店の入口がいきなり騒がしくなって、びっくりして振り向く。あ、このひとたち、見たことある。
「なに、琉衣。糖衣も。それに主任まで」
全員は知らないけど、名前で呼ばれてたふたりは、蜂乃屋と同じく、この近くの観光区長をやってる双子だ。もうひとりの人は知らないけど、主任ってことは、HAMAツアーズのひとなんだろうな。
「夜半のやつが……って、悪い、接客中だったか」
「接客、まぁ、うん」
蜂乃屋の反応に眉をひそめた眼帯の観光区長さんが「あ? 客じゃないなら詰められてたのかよ」って言いだした。違う違う、断じてそんなことはありません。
焦る俺に気付いたのか、蜂乃屋が「じゃなくて」って訂正してくれた。
「このひと、――っていって、オレの学生時代の友だち」
「なんだ、知り合いかよ。ったく、紛らわしい反応しやがって」
なんか言い合いしてるけど、頭に入ってこない。
そっか、俺って、今でも友だちって思ってもらえてたんだ。畳む
蜂乃屋との出会いは、小学生の頃。席替えで隣の席になったのがきっかけだった。決して目立つタイプではないものの、時折小声でこぼす冗談がおもしろいことに気付いた俺は、少しずつ、話しかけるようになったんだ。
俺から話しかけたら言葉を返してくれるけど、蜂乃屋から話しかけてくることってあんまりない。実は鬱陶しいって思われてたらどうしようってびびってたんだけど、俺が風邪で一週間休んで、復帰したら「この季節の風邪って長引くよね。もうしばらくは油断しないほうがいいっぽい」って声をかけてくれた。毎日話すわけじゃないけど、俺たちのあいだには確かに友情みたいなものがあるって思えたんだ。だって、友だちってわざわざ宣告しないじゃん? べたべたするわけじゃない、でも、心が通じ合ってる、そんな気がした。
俺と蜂乃屋の細い友情はクラスが離れても続いて、中学校に進学しても、変わらなかった。
中三の一学期、蜂乃屋の進路調査票が白紙なことを知った俺は、高校迷ってんの? って訊いたんだ。ついでに、迷ってるなら俺と同じとこ行かないかとも、言ってみた。家に遊びに行ったり家に呼んだりするほど仲いいってわけじゃないけど、蜂乃屋が一番話すのは俺だし、成績もだいたい同じくらいだし、名案だろ?
でも、蜂乃屋は相変わらず表情筋どこにあるんだよってツッコミたくなるような顔で「義務教育だから通えてるだけで、親いないし、高校は無理だと思う。誘ってくれたのにごめん。じゃあ」って帰っていった。
そこで初めて、俺は蜂乃屋に親がいないことを知ったんだ。小学校の頃からの付き合いで、誰よりも話す間柄なのに、知らなかった。ウケるだろ?
それ以来、なんとなく気まずくなっちゃって、蜂乃屋と話せないまま、俺たちは卒業した。あいつ、学校行事はもともとあまり参加したがらなくて、卒業式も式典が終わったらどこかに消えたし、そういえば、写真も残ってない。
俺は心にあるもやもやを見ないふりしつつ、高校、大学へと進んだ。大学はHAMAからは遠くて、ひとり暮らしを始めることになった。新天地で学校とバイトに明け暮れる日々――日に日に、蜂乃屋を思い出す機会は減っていった。仕方ないよな。それが、人生ってもんだろ。
大学も二年目、そろそろ卒業後のことを考え始めないとなぁなんて考えてたある日。惰性でSNSを見てたら、HAMAがトレンド入りしてることに気付いた。
そういえば実家に帰ったの、一年前のゴールデンウィークだけだったっけ。だって俺が高校の頃にはHAMAってかなり寂れて遊ぶところなんてなかったし、同級生も、こまめに会うようなやつらじゃないし。
でも、なんだか懐かしいなと思って、なんでトレンド入りしたのか見てみた。
「L4mps?」
暗いステージに男がふたり立ってる動画だ。どうやら、ステージの前座みたいな感じでコントをやってる動画らしい。途中で赤い髪の男が出てきて、三人になった。途中から出てきたこいつは芸能人だから知ってる、西園練牙だ。
「……蜂乃屋?」
五年会ってなくてもわかる。あの、少しくすっと笑えるオチのつけ方、しっかり聴いてないと聞き返すはめになる話し方……蜂乃屋だ。間違いない。
だらけた格好でスマホ持ってたんだけど、飛び起きて、蜂乃屋の名前で検索する。え、なに、おまえ、観光区長なんてやってんの? そんで、おもてなしライブってなに? 歌うの? 蜂乃屋って絶対目立つタイプじゃないじゃん。なんだよそれ。え? HAMAって、今、そんなおもしろいことやってんの?
カレンダーアプリを開く。……次の連休、帰ろうかな。いや、その前にこのHAMAツアーズとやらのツアーとやらに申し込まなきゃ、今の蜂乃屋には近付けないのか。
蜂乃屋、俺のこと覚えてるかな。結構抜けてるとこあったけど、ひとに対しては誠実なやつだから、きっと、覚えててくれてる。なんせ、俺は小・中の同級生のなかでも、一番、蜂乃屋としゃべってたんだから。
◇
結局、HAMAツアーズのツアーに申し込むのは――予約戦争が過酷だったから――諦めて、普通に、蜂乃屋の店に行った。
観光区長なんてすごいことやってるせいで、蜂乃屋の店なんて秒で特定できる。ネット社会って便利だけど怖いよな。蜂乃屋、見た目は整ってるし気のいいやつだから、変なやつにつけ狙われてないといいけど。
店の評判を調べたら、フラワーアレンジメントの腕がかなり好評らしい。だったら、頼むのはひとつしかない。
「いらっしゃい……あ」
表情の変化で、少なくとも顔を見ただけで思い出してもらえたってことはわかる。でも、中三のときのこと、どう思ってるかわかんないし、いきなり友だちヅラはできない。
「よう」
「花? それとも、洗濯?」
「えっと、花。ブーケ、つくってほしくて」
相変わらず感情の起伏がわかりづらい。いや、俺の顔を見て怒りが湧いてたとしても、ここは蜂乃屋の店だから、感情を表に出すことはないだろう。……HAMAツアーズのツアーに申し込んで観光区長によるダイレクトなおもてなしとやらを受けたとしたって、蜂乃屋は仕事中なわけだから、あの日の思い出話なんてできっこない。つまり、今、蜂乃屋が俺を怒ってるのかどうかは探れないってわけだ。くそ、タイムマシンがあったら中三のあの日に戻って、クソガキの俺に「進路の話なんてやめとけ」って忠告するのに。
「わかった。どういうひとに渡す? 答えづらかったらオブラートに包んでもいい。花もフラワーラップで包むわけだし」
あぁ、こういうとこだよ。普通にくだらないのに、蜂乃屋が言うとちょっとおもしろい。やっぱり、変わってねえな。
「昔の、大切な友人に。しばらく会ってなかったけど、なんか、すごい仕事してるらしくて、応援したい」
あからさま過ぎてなんかつっこまれるかなって身構える俺に対し、蜂乃屋は小さく頷いて、周りの花々を見渡した。
「そのひとの好きな色とか、イメージカラーみたいなのがあったら、取り入れるようにもできるけど」
蜂乃屋の好きな色……は、知らない。イメージカラーはあれだろ、おもてなしライブの動画で、それっぽい色のペンライト持ってるやつらがいたからわかる。
「えっと、ちょっとだけ紫がかった青っていうの? そんな濃い青じゃなくて、夜の始まり、みたいな」
顔が熱くなってきた。ポエムじゃね? え、ブーケつくってもらうのって、こんなに大変なんだ? ハードル高過ぎてびびる。つくるほうはもっと大変だろうけど。
「なんとなくつかめてきた。じゃあ……」
「おい、蜂乃屋」
店の入口がいきなり騒がしくなって、びっくりして振り向く。あ、このひとたち、見たことある。
「なに、琉衣。糖衣も。それに主任まで」
全員は知らないけど、名前で呼ばれてたふたりは、蜂乃屋と同じく、この近くの観光区長をやってる双子だ。もうひとりの人は知らないけど、主任ってことは、HAMAツアーズのひとなんだろうな。
「夜半のやつが……って、悪い、接客中だったか」
「接客、まぁ、うん」
蜂乃屋の反応に眉をひそめた眼帯の観光区長さんが「あ? 客じゃないなら詰められてたのかよ」って言いだした。違う違う、断じてそんなことはありません。
焦る俺に気付いたのか、蜂乃屋が「じゃなくて」って訂正してくれた。
「このひと、――っていって、オレの学生時代の友だち」
「なんだ、知り合いかよ。ったく、紛らわしい反応しやがって」
なんか言い合いしてるけど、頭に入ってこない。
そっか、俺って、今でも友だちって思ってもらえてたんだ。畳む