ちぃ完凸
ちぃBDカードを自引きのみで完凸させたい児玉 *あの世界にエイトリのアプリがある設定
二〇二四年八月一日零時――この日は、西園練牙・夏焼千弥バースデーカードのリクルートピックアップ開始日である。児玉はこれに、今年の夏を賭けていた。用意したダイヤは四桁後半、追加投入の元手もある。
これまでも、千弥のカードはレアリティにかかわらず完凸するまでダイヤを贈り、観光指南書を読ませてきた。三日弱かけてスキルMAX+++にし、トリップレボリューションもさせている。当然、バースデーカードだって完凸したい。そして、千弥バースデー当日には、児玉の自宅の一室を改造した〝ちぃ活ルーム☆〟に祭壇を設け、その中心に、トリップレボリューション後の千弥バースデーカードを表示させたタブレットを特注のプリンケーキとともに置くつもりだ。
◇
あれから二週間――前もって準備していたダイヤは初日で底をつき、追加投入の日々を送っている。
お迎え自体はできているため、トリップレボリューションとスキルMAX+++は可能だ。それでも〝祭壇に置くのは完凸させた千弥バースデーカード〟という夢が諦められない。完凸まであと一枚だから、たまりにたまったリクレターで交換すれば、この戦いなど数秒で終わるのだが――
「ちぃ民、そしてEv3ns最古参オタとして、アイドルになって初めて迎えるちぃのバースデーカード、決して、妥協するわけには……!」
――自引きにこだわるせいで、戦いの終わりが見えないままだ。最後の一枚を求めて、さまざまなジンクスも試した。千弥のダズライを見ながら数十連、トリップレボリューション前の背景に映っている電車内で数十連、歩きスマホならぬ歩きタブレットにならないよう気を付けつつ12区内を練り歩いて数十連……他の界隈のオタクたちから聞いた有償単発教、全裸教、乳首ガチャ、風呂ガチャ、トイレガチャ、おはガチャ……しかし、どれも、児玉には効かなかったのだ。
「西園練牙のカードは初日で完凸しているというのに……ッ!」
物欲センサーだろうか。千弥のことを考えずに逆張りすべきか? ……いや、神聖なるちぃ活において、他のアイドルのことを考えて千弥バースデーカードをお迎えしようなど言語道断。極刑に値する。――西園練牙はアイドル売りの芸能人ではなくオレ様セレブタレントなのだが、今の児玉には、それを気にかけるだけの余裕もない。
「それでも有償単発はやめられん……いざっ、今朝のおはガチャ有償単発ッ……! 千弥のちは、ちょっと苦戦したあとの自引きでテンションアゲてこ☆ の、ち……!」
ちょっとどころか、かなり苦戦している。来月のクレジットカード請求額が怖い。いくら稼ぎのいい仕事をしているとはいえ、夏季賞与がなかったら、とっくにもやし生活になっていたはずだ。
画面をタップし、すぐさまタブレットから視線を外す。敢えて画面から離れることで〝べ、別に意識なんてしてないんだからね〟オーラを出すという、ツンデレ教だ。
「……ッ、…………黄色か。しかも完凸済みカード……。千弥のちは、直接的な愛情表現のほうがキュンでハピネスだよ☆ の、ち……そうだったな、千弥。ツンデレ教に縋った俺がっ……愚かだった……!」
最後の一枚が引けないあまり、我を見失うところだったと、児玉はかたく目を閉じ、深呼吸を繰り返す。
「フゥゥゥゥンッ! ならば次! 千弥のちは、長期計画だけど、出るまで回せば確実に会えるっぴ☆ の、ち……!」
出るまで回せば出る。それはそうだ。しかし、一枚だけあればいい派が神引きすればスタート即ゴールだが、自引きで完凸を目指す児玉の道は二週間歩いてもゴールのゴの字すら見えてこない。想定以上の長期計画になってしまった。
「……ッ、……ピンク! これは、いや、まだ油断は、……っ、きたッ! 親の顔より見たEv3nsマーク! ここからは五分の一である! 神様仏様千弥様――――ッ!」
壁越しにドン! という音がした。隣人が暴れて壁に激突でもしたのだろうか。心配だが、正直、今の児玉は隣人を構っている場合ではない。
画面から聞こえたのは親の声より聴いた声、視界には待ち焦がれていたフレーバーテキスト――
「……っ、ちぃ――――っ! ……っ、フゥゥゥゥン! 児玉、我が一生に一片の悔いなし! 今すぐトリップレボリューションンンン――! ウォォォォォッッ! トリップレボリューション済み、完凸スキルMAX+++のバースデーカード……なんと神々しいっ! 千弥のちは、地球上の誰よりも最強のアイドル☆夏焼千弥の、ち――!」
涙が止まらない。ここまで長かった。あまりに引けなさ過ぎて、毎回、冷や汗をだらだらかいていた。随分と遠いところまできたものだと、四桁枚数のリクレターを眺める。これは今後の千弥カードをさらに強く美しく育てるための血肉、つまり育成素材へと交換しなければ。
――そういえば、さきほどから隣人が何度も壁にぶつかっていたのが気にかかる。あとで様子を見に行くべきか。しかし今は、この長かった戦いの終わりにもう少し浸っていたい。畳む
二〇二四年八月一日零時――この日は、西園練牙・夏焼千弥バースデーカードのリクルートピックアップ開始日である。児玉はこれに、今年の夏を賭けていた。用意したダイヤは四桁後半、追加投入の元手もある。
これまでも、千弥のカードはレアリティにかかわらず完凸するまでダイヤを贈り、観光指南書を読ませてきた。三日弱かけてスキルMAX+++にし、トリップレボリューションもさせている。当然、バースデーカードだって完凸したい。そして、千弥バースデー当日には、児玉の自宅の一室を改造した〝ちぃ活ルーム☆〟に祭壇を設け、その中心に、トリップレボリューション後の千弥バースデーカードを表示させたタブレットを特注のプリンケーキとともに置くつもりだ。
◇
あれから二週間――前もって準備していたダイヤは初日で底をつき、追加投入の日々を送っている。
お迎え自体はできているため、トリップレボリューションとスキルMAX+++は可能だ。それでも〝祭壇に置くのは完凸させた千弥バースデーカード〟という夢が諦められない。完凸まであと一枚だから、たまりにたまったリクレターで交換すれば、この戦いなど数秒で終わるのだが――
「ちぃ民、そしてEv3ns最古参オタとして、アイドルになって初めて迎えるちぃのバースデーカード、決して、妥協するわけには……!」
――自引きにこだわるせいで、戦いの終わりが見えないままだ。最後の一枚を求めて、さまざまなジンクスも試した。千弥のダズライを見ながら数十連、トリップレボリューション前の背景に映っている電車内で数十連、歩きスマホならぬ歩きタブレットにならないよう気を付けつつ12区内を練り歩いて数十連……他の界隈のオタクたちから聞いた有償単発教、全裸教、乳首ガチャ、風呂ガチャ、トイレガチャ、おはガチャ……しかし、どれも、児玉には効かなかったのだ。
「西園練牙のカードは初日で完凸しているというのに……ッ!」
物欲センサーだろうか。千弥のことを考えずに逆張りすべきか? ……いや、神聖なるちぃ活において、他のアイドルのことを考えて千弥バースデーカードをお迎えしようなど言語道断。極刑に値する。――西園練牙はアイドル売りの芸能人ではなくオレ様セレブタレントなのだが、今の児玉には、それを気にかけるだけの余裕もない。
「それでも有償単発はやめられん……いざっ、今朝のおはガチャ有償単発ッ……! 千弥のちは、ちょっと苦戦したあとの自引きでテンションアゲてこ☆ の、ち……!」
ちょっとどころか、かなり苦戦している。来月のクレジットカード請求額が怖い。いくら稼ぎのいい仕事をしているとはいえ、夏季賞与がなかったら、とっくにもやし生活になっていたはずだ。
画面をタップし、すぐさまタブレットから視線を外す。敢えて画面から離れることで〝べ、別に意識なんてしてないんだからね〟オーラを出すという、ツンデレ教だ。
「……ッ、…………黄色か。しかも完凸済みカード……。千弥のちは、直接的な愛情表現のほうがキュンでハピネスだよ☆ の、ち……そうだったな、千弥。ツンデレ教に縋った俺がっ……愚かだった……!」
最後の一枚が引けないあまり、我を見失うところだったと、児玉はかたく目を閉じ、深呼吸を繰り返す。
「フゥゥゥゥンッ! ならば次! 千弥のちは、長期計画だけど、出るまで回せば確実に会えるっぴ☆ の、ち……!」
出るまで回せば出る。それはそうだ。しかし、一枚だけあればいい派が神引きすればスタート即ゴールだが、自引きで完凸を目指す児玉の道は二週間歩いてもゴールのゴの字すら見えてこない。想定以上の長期計画になってしまった。
「……ッ、……ピンク! これは、いや、まだ油断は、……っ、きたッ! 親の顔より見たEv3nsマーク! ここからは五分の一である! 神様仏様千弥様――――ッ!」
壁越しにドン! という音がした。隣人が暴れて壁に激突でもしたのだろうか。心配だが、正直、今の児玉は隣人を構っている場合ではない。
画面から聞こえたのは親の声より聴いた声、視界には待ち焦がれていたフレーバーテキスト――
「……っ、ちぃ――――っ! ……っ、フゥゥゥゥン! 児玉、我が一生に一片の悔いなし! 今すぐトリップレボリューションンンン――! ウォォォォォッッ! トリップレボリューション済み、完凸スキルMAX+++のバースデーカード……なんと神々しいっ! 千弥のちは、地球上の誰よりも最強のアイドル☆夏焼千弥の、ち――!」
涙が止まらない。ここまで長かった。あまりに引けなさ過ぎて、毎回、冷や汗をだらだらかいていた。随分と遠いところまできたものだと、四桁枚数のリクレターを眺める。これは今後の千弥カードをさらに強く美しく育てるための血肉、つまり育成素材へと交換しなければ。
――そういえば、さきほどから隣人が何度も壁にぶつかっていたのが気にかかる。あとで様子を見に行くべきか。しかし今は、この長かった戦いの終わりにもう少し浸っていたい。畳む