二人での仕事
雑誌の撮影はいつだって季節を先取りしている。それでも、海外のファッションショーに比べればまだましなほうで、IDOLiSH7に舞い込むグラビア撮影の仕事は、現在、夏真っ盛り。鮮やかなデザインのTシャツに涼し気なサンダル、大ぶりなサングラス。朝晩の冷え込みがようやくやわらいできたとはいえ、まだ薄手のコートが手放せない季節だというのに、仕事の間は更に薄着になって、暑さを感じている表情をしなければならない。そういった仕事を主たるものとしているファッションモデルより頻度が低いとはいえ、今をときめくアイドルの彼らにもそういった仕事はそれなりに入ってくる。
二人での撮影を終え、次いで、陸個人の撮影。それも終えて、カメラのファインダーに収まらないところに移動すれば、気を利かせたスタッフがやわらかいブランケットを差し出してくれる。陸はそれをありがたく受け取ってパイプ椅子に腰掛けると、ロールスクリーンの前に立つ一織に視線を送った。
(……うん、格好いいな)
今日は一織と陸の二人で〝この夏注目の娯楽施設に向かう二人〟という設定での撮影の日だった。夏休みシーズン直前に発売されるタウン情報誌に掲載される予定だ。施設がまだ工事中ということから、鮮やかなロールスクリーンを背景に二人を撮影し、施設の写真はあとで合成するらしい。
同行している紡から差し出されたお茶を受け取り、ゆっくりと口をつける。きんきんに冷えているわけでもなければ、熱さに舌がひりつくわけでもない。ほどよくあたたかいそれは、喉のあたりをあたためるといいということから、保温性のあるタンブラーに入れて自分で持ってきたものだ。――厳密に言えば、淹れたのは一織なのだが。
「……どうかされましたか?」
「え?」
紡曰く、待機中の陸が一織を黙って見つめていることが珍しいとのことだった。
「そうかな……っていうか、オレって普段そんなに騒がしくしてる?」
「いえ、そういうわけではないのですが、……なんというか、一織さんって、真面目な方ですから、今日のような弾けた雰囲気を求められるのって少ないですよね。以前にもありましたけど、その時は先に撮影を終えた陸さんが、ああやってカメラの前で引き締まった表情をなんとか明るくさせようとしている一織さんを……」
「からかってた?」
「……えぇ、まぁ」
確かに。一織は〝パーフェクト高校生〟と言ってはいるが、今日のような、夏に遊びに行く! といった感じの、底抜けに明るいシチュエーションには弱い。心の底から楽しくはしゃいで口を大きく開けて笑うといったことが、これまでの一織の人生にはなかったから。アイドルになって、笑うことよりも難しい表情をしていることのほうが多い一織。以前もこういったシチュエーションを求められた時には、一織が笑えるよう、待機中の陸がわざとおどけてみせたのだった。なにをやっているんですかと呆れた溜息をつきつつも、寮で見せるような普段通りの陸の表情に安堵したのか、その後の撮影では随分と肩の力が抜けていたように記憶している。
「……今日の一織には、そういうのなくても大丈夫そうだなって思ったから」
「…………ですね」
あれからカメラの前で立つ機会はどんどん増え、どちらかといえば苦手なはずのシチュエーションでも、アイドル・和泉一織として、カメラマンを満足させるだけの動作ができるようになった。普段から明るい表情を求められることが誰よりも多い陸からのエールがなくても、一織は笑えるのだ。
(それはそれで、なんかやだな……)
IDOLiSH7結成後間もない頃から、一織には随分と助けられてきた。安心して背中を預けられる相手であり、いつしか、恋い焦がれるまでになった相手。真面目で堅物な一織のことだから、こんな気持ちを抱いていることを知られようものなら、なにをいっているんだとまなじりをつり上げるか、陸の笑顔を曇らせたくない一心で思ってもない「私も好きです」なんて言葉を言うに違いない。陸はそのどちらも、されたくない。だからこうして、カメラの前に立ついおりを眺めては、秘かに胸をときめかせているのだ。
「……あ、終わったみたいですね」
紡の言葉にはっと我に返る。一織を見ていたつもりが、いつの間にか、思考の渦に呑まれていたようだ。一織がどんな表情をしていたのか、途中から見逃してしまった。
「お疲れさま、一織」
結構すぐ終わったね。そう言うと、一織は紡から差し出されたタンブラー片手に、陸の隣に用意されたパイプ椅子に静かに腰掛ける。
「誰かさんが人のことを穴が開くほど見てくださるものですから」
「誰かさん?」
こてんと首を傾げた陸に、ゆるゆると溜息をつく。一織としては敢えてわかりやすいよう言ったつもりだったのだが、本人には伝わっていないらしい。
「……まぁ、いいです。それにしても、七瀬さんのことだから、人が撮影中に野次を飛ばしてくるものとばかり思っていましたけど」
「言い方!」
野次だなんて失礼な。陸としては、一織に肩の力を抜いてほしくてやっていたことなのに。一織の言い方が気に食わなくてむっと唇を尖らせ、頬を膨らませてしまう。
しかし、陸がそうすることは一織にも予想できていて。
「……よかった」
陸に返ってきたのは、むくれた陸を窘める言葉ではなく、なぜか、安堵する言葉。
「へ?」
「こちらをじっと見て黙っているから、てっきり、体調でも悪いのかと。それなら、車で休むか、状況によっては……私は電車で帰ることもできますから、マネージャーにひと足早くあなたを寮まで送り届けてもらわなければと。とにかく、それを確かめるためにも早めに撮影を」
「ま、待って」
それ以上聞いていられなくて、一織の口を手で覆う。
一織を見つめていたことに気付かれていたなんて、たまらなく恥ずかしい。こっそりと一織に見惚れていただけなのに、一織はカメラの前でアイドル・和泉一織としての仕事を全うしながらも、陸の様子をしっかりと確認してくれていたのだ。
(オレも一織のこと見てたのに、見られてるの気付かなかった……)
恥ずかしいけれど、嬉しい。くすぐったい気持ちって、こういうことだろうか。
「……なんですか、この手」
小さくかぶりを振って陸の手を払い除けると、紡に声をかけて、陸の腕を引いた。
「とにかく。撮影は終わったようですから、早く着替えて帰りますよ」
一織の視線の先を見れば、撮影したデータの確認も終わって、スタッフが片付けに取り掛かっているところだった。
「あ、うん!」
飲みかけのタンブラーを紡に預け、一織と連れだって、控室へと向かった。
二人での撮影を終え、次いで、陸個人の撮影。それも終えて、カメラのファインダーに収まらないところに移動すれば、気を利かせたスタッフがやわらかいブランケットを差し出してくれる。陸はそれをありがたく受け取ってパイプ椅子に腰掛けると、ロールスクリーンの前に立つ一織に視線を送った。
(……うん、格好いいな)
今日は一織と陸の二人で〝この夏注目の娯楽施設に向かう二人〟という設定での撮影の日だった。夏休みシーズン直前に発売されるタウン情報誌に掲載される予定だ。施設がまだ工事中ということから、鮮やかなロールスクリーンを背景に二人を撮影し、施設の写真はあとで合成するらしい。
同行している紡から差し出されたお茶を受け取り、ゆっくりと口をつける。きんきんに冷えているわけでもなければ、熱さに舌がひりつくわけでもない。ほどよくあたたかいそれは、喉のあたりをあたためるといいということから、保温性のあるタンブラーに入れて自分で持ってきたものだ。――厳密に言えば、淹れたのは一織なのだが。
「……どうかされましたか?」
「え?」
紡曰く、待機中の陸が一織を黙って見つめていることが珍しいとのことだった。
「そうかな……っていうか、オレって普段そんなに騒がしくしてる?」
「いえ、そういうわけではないのですが、……なんというか、一織さんって、真面目な方ですから、今日のような弾けた雰囲気を求められるのって少ないですよね。以前にもありましたけど、その時は先に撮影を終えた陸さんが、ああやってカメラの前で引き締まった表情をなんとか明るくさせようとしている一織さんを……」
「からかってた?」
「……えぇ、まぁ」
確かに。一織は〝パーフェクト高校生〟と言ってはいるが、今日のような、夏に遊びに行く! といった感じの、底抜けに明るいシチュエーションには弱い。心の底から楽しくはしゃいで口を大きく開けて笑うといったことが、これまでの一織の人生にはなかったから。アイドルになって、笑うことよりも難しい表情をしていることのほうが多い一織。以前もこういったシチュエーションを求められた時には、一織が笑えるよう、待機中の陸がわざとおどけてみせたのだった。なにをやっているんですかと呆れた溜息をつきつつも、寮で見せるような普段通りの陸の表情に安堵したのか、その後の撮影では随分と肩の力が抜けていたように記憶している。
「……今日の一織には、そういうのなくても大丈夫そうだなって思ったから」
「…………ですね」
あれからカメラの前で立つ機会はどんどん増え、どちらかといえば苦手なはずのシチュエーションでも、アイドル・和泉一織として、カメラマンを満足させるだけの動作ができるようになった。普段から明るい表情を求められることが誰よりも多い陸からのエールがなくても、一織は笑えるのだ。
(それはそれで、なんかやだな……)
IDOLiSH7結成後間もない頃から、一織には随分と助けられてきた。安心して背中を預けられる相手であり、いつしか、恋い焦がれるまでになった相手。真面目で堅物な一織のことだから、こんな気持ちを抱いていることを知られようものなら、なにをいっているんだとまなじりをつり上げるか、陸の笑顔を曇らせたくない一心で思ってもない「私も好きです」なんて言葉を言うに違いない。陸はそのどちらも、されたくない。だからこうして、カメラの前に立ついおりを眺めては、秘かに胸をときめかせているのだ。
「……あ、終わったみたいですね」
紡の言葉にはっと我に返る。一織を見ていたつもりが、いつの間にか、思考の渦に呑まれていたようだ。一織がどんな表情をしていたのか、途中から見逃してしまった。
「お疲れさま、一織」
結構すぐ終わったね。そう言うと、一織は紡から差し出されたタンブラー片手に、陸の隣に用意されたパイプ椅子に静かに腰掛ける。
「誰かさんが人のことを穴が開くほど見てくださるものですから」
「誰かさん?」
こてんと首を傾げた陸に、ゆるゆると溜息をつく。一織としては敢えてわかりやすいよう言ったつもりだったのだが、本人には伝わっていないらしい。
「……まぁ、いいです。それにしても、七瀬さんのことだから、人が撮影中に野次を飛ばしてくるものとばかり思っていましたけど」
「言い方!」
野次だなんて失礼な。陸としては、一織に肩の力を抜いてほしくてやっていたことなのに。一織の言い方が気に食わなくてむっと唇を尖らせ、頬を膨らませてしまう。
しかし、陸がそうすることは一織にも予想できていて。
「……よかった」
陸に返ってきたのは、むくれた陸を窘める言葉ではなく、なぜか、安堵する言葉。
「へ?」
「こちらをじっと見て黙っているから、てっきり、体調でも悪いのかと。それなら、車で休むか、状況によっては……私は電車で帰ることもできますから、マネージャーにひと足早くあなたを寮まで送り届けてもらわなければと。とにかく、それを確かめるためにも早めに撮影を」
「ま、待って」
それ以上聞いていられなくて、一織の口を手で覆う。
一織を見つめていたことに気付かれていたなんて、たまらなく恥ずかしい。こっそりと一織に見惚れていただけなのに、一織はカメラの前でアイドル・和泉一織としての仕事を全うしながらも、陸の様子をしっかりと確認してくれていたのだ。
(オレも一織のこと見てたのに、見られてるの気付かなかった……)
恥ずかしいけれど、嬉しい。くすぐったい気持ちって、こういうことだろうか。
「……なんですか、この手」
小さくかぶりを振って陸の手を払い除けると、紡に声をかけて、陸の腕を引いた。
「とにかく。撮影は終わったようですから、早く着替えて帰りますよ」
一織の視線の先を見れば、撮影したデータの確認も終わって、スタッフが片付けに取り掛かっているところだった。
「あ、うん!」
飲みかけのタンブラーを紡に預け、一織と連れだって、控室へと向かった。