冬の朝
顔だけが寒い。そう思った一織はふるりと瞼を震わせ、ゆっくりと開いた。カーテン越しに差し込む朝陽で部屋の時計を確認し、本来の起床時刻より十分ほど早く目が覚めてしまったことを知る。
暖房をつけたまま眠るにはまだ早く、今はまだ、眠る前に一時間ほどタイマーを設定しているだけだ。寒さが起床アラームの代わりを果たすようになってきたから、そろそろ電源を入れるタイマーもセットしたほうがいいのかもしれない。
それにしても、いつまで経っても自分は朝に弱いなと、そろそろと息を吐く。食事だけで低血圧を改善するのは難しい。あまり気は進まないが、サプリメントの購入も視野に入れたほうがいいかもしれない。寝起きすぐの回らない頭でそんなことを考えた。
十分ほどなら二度寝もできない。まったく、中途半端に早く目を覚ましたものだ……と自分のことながら嫌気がさす。諦めて起きて、すぐに動くと立ち眩みがしてしまうからゆっくりと階段を降りて顔を洗おう。一織はそう決めて、まずはゆっくりと身体を起こすことにした。
(……ん?)
朝、目を覚ましてすぐの自分はどこまでも頭がはたらいていないらしい。毎日眠る自分のロフトベッドに不自然な膨らみ。こんなことをするのは一人しかいない。
「…………七瀬さん」
「……ばれた?」
こちらに背を向けてまるくなっていた陸がゆっくりと寝返りを打って一織のほうを振り返る。
「それで隠れたつもりですか。……ご自分の身体のことを考えてください。頭まで布団を被るなんて、発作でも起きたらどうするんです」
「平気だってば。発作が起きないラインって自分でわかってるし」
なるほど、顔だけが寒いのではなく、想定以上に身体があたたまり過ぎていたのかと理解した。顔面とその他の温度差がいつもより大きいせいで目を覚ましたのだ。
「はぁ。というか、どうしてここにいるんですか。部屋を間違えたとは言わせませんよ」
いくら隣の部屋とはいえ、寝惚けてもぐり込むほど似たインテリアではない。わざわざロフトベットのはしごを上ってきた時点で確信犯だ。
「どうしてって、寒いからだよ」
ねぇ、一織あたためて~。そう言いながら陸がぐりぐりと頭を擦り付けてきた。甘えた声に頬がゆるみそうになるのをぐっと堪え、うっかり抱き締めそうになった自分の腕にストップをかける。
(近い、髪がふわふわしてる、いい香り……じゃなくて!)
抱き締めていい相手ではない。擦り寄られてにやけてもいけない。だって、自分はこの男に惚れてしまっているけれど、相手はそうではないからだ。
「一織?」
「~~っ、いいから、離れてください!」
両肩を掴んで勢いよく引き剥がす。二人の間に布団の隙間から部屋の冷気が入り込み、今の今まで彼のおかげであたたまっていたことを、いやでも実感させられてしまった。
「けち」
「けちで結構です」
この男、自分がどんな目で見られているかわかっていないから、こんなことができるのだろう。陸が聖人君子ではないことを知っているからこそ、抱き締めて、耳に噛り付いてやりたくなる。きっと驚くに違いない。今も自分の隣で寝そべっている彼に覆い被さり、自分を酔わせる歌声を紡ぎ出す唇に噛み付いたら、どう思うのだろうか。ニットの隙間から手を入れて身体を撫で回したい。毎日毎日そんな煩悩に苛まれているのに、この男はそんなこと知る由もなく……知る由もないからこそ、無邪気に一織のベッドに奇襲をかけてくるのだ。あぁ、なんて腹立たしい。
「けちな男は嫌われるぞ~」
「嫌われて結構。あぁもう、起きる時間です。七瀬さんも、ベッドから下りて」
こちらのことなんて好きになってくれないくせにと心の中で悪態をつく。
陸の肩を掴んでいた手を離し、はしごに近いほうにいる陸に起きるよう促す。
「ちぇー。一織がもうちょっと早く起きてくれたら、もうちょっと二人でいられたのに。一織のねぼすけ」
「は……」
なんだか今、とんでもない発言を聞いたような気がする。いくら自分が朝に弱いといっても、聞き間違いではないはずだ。アラームよりは早く起きたとか、そんなことはもうどうでもいい。
一織が動揺している間に、陸は言われた通り、ベッドから下りようとはしごに足をのせる。
「あの、七瀬さん、今なん」
今、なんて言いました? そう尋ねたかったのに、唇を塞がれて、質問は言葉にならず陸の口の中に吸い込まれてしまった。
「一織も早く下りといで、ね?」
かたまったまま動けない一織をよそに、陸はさっさと部屋から出ていってしまった。
朝から、刺激が強過ぎる。
暖房をつけたまま眠るにはまだ早く、今はまだ、眠る前に一時間ほどタイマーを設定しているだけだ。寒さが起床アラームの代わりを果たすようになってきたから、そろそろ電源を入れるタイマーもセットしたほうがいいのかもしれない。
それにしても、いつまで経っても自分は朝に弱いなと、そろそろと息を吐く。食事だけで低血圧を改善するのは難しい。あまり気は進まないが、サプリメントの購入も視野に入れたほうがいいかもしれない。寝起きすぐの回らない頭でそんなことを考えた。
十分ほどなら二度寝もできない。まったく、中途半端に早く目を覚ましたものだ……と自分のことながら嫌気がさす。諦めて起きて、すぐに動くと立ち眩みがしてしまうからゆっくりと階段を降りて顔を洗おう。一織はそう決めて、まずはゆっくりと身体を起こすことにした。
(……ん?)
朝、目を覚ましてすぐの自分はどこまでも頭がはたらいていないらしい。毎日眠る自分のロフトベッドに不自然な膨らみ。こんなことをするのは一人しかいない。
「…………七瀬さん」
「……ばれた?」
こちらに背を向けてまるくなっていた陸がゆっくりと寝返りを打って一織のほうを振り返る。
「それで隠れたつもりですか。……ご自分の身体のことを考えてください。頭まで布団を被るなんて、発作でも起きたらどうするんです」
「平気だってば。発作が起きないラインって自分でわかってるし」
なるほど、顔だけが寒いのではなく、想定以上に身体があたたまり過ぎていたのかと理解した。顔面とその他の温度差がいつもより大きいせいで目を覚ましたのだ。
「はぁ。というか、どうしてここにいるんですか。部屋を間違えたとは言わせませんよ」
いくら隣の部屋とはいえ、寝惚けてもぐり込むほど似たインテリアではない。わざわざロフトベットのはしごを上ってきた時点で確信犯だ。
「どうしてって、寒いからだよ」
ねぇ、一織あたためて~。そう言いながら陸がぐりぐりと頭を擦り付けてきた。甘えた声に頬がゆるみそうになるのをぐっと堪え、うっかり抱き締めそうになった自分の腕にストップをかける。
(近い、髪がふわふわしてる、いい香り……じゃなくて!)
抱き締めていい相手ではない。擦り寄られてにやけてもいけない。だって、自分はこの男に惚れてしまっているけれど、相手はそうではないからだ。
「一織?」
「~~っ、いいから、離れてください!」
両肩を掴んで勢いよく引き剥がす。二人の間に布団の隙間から部屋の冷気が入り込み、今の今まで彼のおかげであたたまっていたことを、いやでも実感させられてしまった。
「けち」
「けちで結構です」
この男、自分がどんな目で見られているかわかっていないから、こんなことができるのだろう。陸が聖人君子ではないことを知っているからこそ、抱き締めて、耳に噛り付いてやりたくなる。きっと驚くに違いない。今も自分の隣で寝そべっている彼に覆い被さり、自分を酔わせる歌声を紡ぎ出す唇に噛み付いたら、どう思うのだろうか。ニットの隙間から手を入れて身体を撫で回したい。毎日毎日そんな煩悩に苛まれているのに、この男はそんなこと知る由もなく……知る由もないからこそ、無邪気に一織のベッドに奇襲をかけてくるのだ。あぁ、なんて腹立たしい。
「けちな男は嫌われるぞ~」
「嫌われて結構。あぁもう、起きる時間です。七瀬さんも、ベッドから下りて」
こちらのことなんて好きになってくれないくせにと心の中で悪態をつく。
陸の肩を掴んでいた手を離し、はしごに近いほうにいる陸に起きるよう促す。
「ちぇー。一織がもうちょっと早く起きてくれたら、もうちょっと二人でいられたのに。一織のねぼすけ」
「は……」
なんだか今、とんでもない発言を聞いたような気がする。いくら自分が朝に弱いといっても、聞き間違いではないはずだ。アラームよりは早く起きたとか、そんなことはもうどうでもいい。
一織が動揺している間に、陸は言われた通り、ベッドから下りようとはしごに足をのせる。
「あの、七瀬さん、今なん」
今、なんて言いました? そう尋ねたかったのに、唇を塞がれて、質問は言葉にならず陸の口の中に吸い込まれてしまった。
「一織も早く下りといで、ね?」
かたまったまま動けない一織をよそに、陸はさっさと部屋から出ていってしまった。
朝から、刺激が強過ぎる。