秘密
「もう隠しごとはありませんか?」
持病のこと、血の繋がった兄のこと。……天のことは意地でも隠したいというわけではなく、心の中に渦巻く、アイドルになりたいという強い気持ちが、気付いたら天のことを言葉として出させてしまっていた。持病については、……完全に、見誤った。陸としてはずっと隠し通すつもりでいたのだ。
それらがメンバーの知ることとなってからそれなりの日が経過しているのに、一織はこうやって陸に質問する。
「……ない!」
「今、少しだけ間がありましたね」
その言葉にぎくりとする。
「ないったらない。一織は疑い過ぎ。なんにもないのにそうやって何回も聞かれたら、オレだっていい気しないよ」
「それは、……すみません」
わかっている。一織が陸に何度もこうして質問をしてくるのは、陸自身が原因だ。
「そんなにオレのこと心配してくれてるんだ?」
「別に、あなたを個人的にというわけではなく、IDOLiSH7として活動していく中で不安要素があるのでしたら早々に取り除かなければと思っただけです」
かわいくないやつ。陸は心の中でそう呟いた。
一織が陸に繰り返し「隠しごとはないか」と尋ねる理由。
(顔に出ないように……できてないのかなぁ)
大和のように演技力がずば抜けているわけではないということくらい、自分でもわかっている。それでも、デビューしたばかりとはいえ、陸だってアイドルだ。まだ演技の仕事はしたことがないけれど、そこらの人よりは演技力があるはずだと思っていたのに。
ただ、ふとした時。たとえば、三月がシチューに入れるニンジンを花の形に切っているのを見て秘かにまなじりを下げている一織を、発見してしまった時。自分を気遣ってくれる一織の瞳に、揺れるものを見つけてしまった時。本当は、クールでシャープなものよりもかわいいものが好きなのかな? と思うことが増えて、確かめてみようと、うさみみフレンズのおもちゃが付いた菓子を買ってみたら「また無駄遣いを」なんて文句を言いながらも、そわそわとおもちゃの行く末を気にしていることに気付いた時。ちなみに、そのおもちゃは「オレはお菓子目的だったから」と適当に言って、一織に押し付けた。
とにかく、要所要所で、一織って実はすごくかわいい男なのでは? と思うたび、陸の口許はゆるんでしまうのだ。
ただそれだけなら「一織ってかわいいやつだなー!」なんてからかっておしまい、なのだけれど。問題は、それだけじゃなくて、一織の表情の変化に、陸の心臓がどきどきしてしまうこと。
陸だっていつまでも子どもではないから、このどきどきがどういうものかくらい、とうに気付いている。そして、恐らく、一織も自分と同じ気持ちだということにも。
陸は時々ドジを踏んでしまうけれど、考えなしというわけではない。本をたくさん読んでその世界に没頭したり、病院の人たちや家族の様子をじっと見てきたりしたからか、人がどう思っているのか、考えを巡らせることには慣れている。だから、一織のささやかな変化にも、気付かないはずがなかった。
(両想い、なんだよな……)
甘酸っぱい、それでいて気恥ずかしい響き。初めての体験だ。だから、どう扱えばいいのかわからない。一織ってオレのこと好きだよな、オレもだよ! とでも言えばいいのだろうか。
これからどんどん知名度を上げて、まずはTRIGGERに追い付きたいと思っているアイドルが? ――想像して、ふるりと身体が震えた。
あの一織のことだ、そんなことを言おうものなら「IDOLiSH7として大事な時に浮ついたことを言わないでください」なんて返されてしまいかねない。どう考えても、優しく微笑んで「私も七瀬さんが好きです」と素直に打ち明けてくれるとは思えない。
いずれ色褪せる初恋なのだろうと信じて、気持ちを隠すしかないのだろうか。
◇
転機は突然やってきた。一織が自分を部屋に呼び、陸の幸せをキープしてみせると言い出したのだ。差し当たって、不安に思っていることはないかとまで尋ねてくる始末。
天のこと、TRIGGERのこと。一番の心配は彼ら。そう打ち明けると、一織が「頭が痛い」といった仕草をする。自分のことではないのに、こうして一緒になって頭を悩ませてくれる一織。やっぱり好きだなぁと思う。
「あとは、……一織のこと」
「……は? 私ですか?」
自分のなにが陸を不安にさせているのだろうかと、一織の瞳が不安で揺らめく。
(そんな顔させたいわけじゃないんだけどなぁ)
おおかた、陸に説教をしてしまう自分を悔いているのだろう。顔にそう書いてある。
「うん、一織、オレに隠してることあるだろ。本当は、それがずっと不安……かな」
「私は別に、隠しごとなんて」
「ないって言える?」
射貫くような視線に、一織が「う」と言葉に詰まる。
一織としては、隠していることがたくさんある。IDOLiSH7のマネジメントを陰でおこなっていること。九条氏との会話から、陸の訴求力について懸念を抱いていること。それから、それから……。
「私にも、プライバシーはありますので」
ふい、と顔を背けた。陸の視線はいつだって真っ直ぐ過ぎて、時々、自分が焼け焦げてしまうのではないかとさえ思える。真っ赤な瞳は炎のようで、見られているだけで熱い。
「うん、オレもそう。でもさ、一織のその隠してること、オレも同じこと隠してるんだよって言っても、教えてくれる気ない?」
「七瀬さんと……?」
一織の頬に赤みが差す。あぁ、やっぱり……と陸は思った。一織は今でも、自分のことを好きでいてくれているのだ。本当は、ずっと黙っておこうと思ったのに、こんなふうに隙を見せられたら。もしかしたら、今なら、優しく微笑んで「私も七瀬さんが好きです」と素直に打ち明けてくれるかもしれない。
あの時と比べたら、自分たちの距離はぐっと縮まった。隠しごとはありませんか? ないよ! ――そう誤魔化して済むような間柄から、確実に、変化を遂げている。それも、恐らく、いい方向に。
「ね、もう秘密はやめにしようよ。オレの一番の秘密言う。だから一織も言って」
そうして、一人の秘密と一人の秘密を、二人の秘密にしよう。
持病のこと、血の繋がった兄のこと。……天のことは意地でも隠したいというわけではなく、心の中に渦巻く、アイドルになりたいという強い気持ちが、気付いたら天のことを言葉として出させてしまっていた。持病については、……完全に、見誤った。陸としてはずっと隠し通すつもりでいたのだ。
それらがメンバーの知ることとなってからそれなりの日が経過しているのに、一織はこうやって陸に質問する。
「……ない!」
「今、少しだけ間がありましたね」
その言葉にぎくりとする。
「ないったらない。一織は疑い過ぎ。なんにもないのにそうやって何回も聞かれたら、オレだっていい気しないよ」
「それは、……すみません」
わかっている。一織が陸に何度もこうして質問をしてくるのは、陸自身が原因だ。
「そんなにオレのこと心配してくれてるんだ?」
「別に、あなたを個人的にというわけではなく、IDOLiSH7として活動していく中で不安要素があるのでしたら早々に取り除かなければと思っただけです」
かわいくないやつ。陸は心の中でそう呟いた。
一織が陸に繰り返し「隠しごとはないか」と尋ねる理由。
(顔に出ないように……できてないのかなぁ)
大和のように演技力がずば抜けているわけではないということくらい、自分でもわかっている。それでも、デビューしたばかりとはいえ、陸だってアイドルだ。まだ演技の仕事はしたことがないけれど、そこらの人よりは演技力があるはずだと思っていたのに。
ただ、ふとした時。たとえば、三月がシチューに入れるニンジンを花の形に切っているのを見て秘かにまなじりを下げている一織を、発見してしまった時。自分を気遣ってくれる一織の瞳に、揺れるものを見つけてしまった時。本当は、クールでシャープなものよりもかわいいものが好きなのかな? と思うことが増えて、確かめてみようと、うさみみフレンズのおもちゃが付いた菓子を買ってみたら「また無駄遣いを」なんて文句を言いながらも、そわそわとおもちゃの行く末を気にしていることに気付いた時。ちなみに、そのおもちゃは「オレはお菓子目的だったから」と適当に言って、一織に押し付けた。
とにかく、要所要所で、一織って実はすごくかわいい男なのでは? と思うたび、陸の口許はゆるんでしまうのだ。
ただそれだけなら「一織ってかわいいやつだなー!」なんてからかっておしまい、なのだけれど。問題は、それだけじゃなくて、一織の表情の変化に、陸の心臓がどきどきしてしまうこと。
陸だっていつまでも子どもではないから、このどきどきがどういうものかくらい、とうに気付いている。そして、恐らく、一織も自分と同じ気持ちだということにも。
陸は時々ドジを踏んでしまうけれど、考えなしというわけではない。本をたくさん読んでその世界に没頭したり、病院の人たちや家族の様子をじっと見てきたりしたからか、人がどう思っているのか、考えを巡らせることには慣れている。だから、一織のささやかな変化にも、気付かないはずがなかった。
(両想い、なんだよな……)
甘酸っぱい、それでいて気恥ずかしい響き。初めての体験だ。だから、どう扱えばいいのかわからない。一織ってオレのこと好きだよな、オレもだよ! とでも言えばいいのだろうか。
これからどんどん知名度を上げて、まずはTRIGGERに追い付きたいと思っているアイドルが? ――想像して、ふるりと身体が震えた。
あの一織のことだ、そんなことを言おうものなら「IDOLiSH7として大事な時に浮ついたことを言わないでください」なんて返されてしまいかねない。どう考えても、優しく微笑んで「私も七瀬さんが好きです」と素直に打ち明けてくれるとは思えない。
いずれ色褪せる初恋なのだろうと信じて、気持ちを隠すしかないのだろうか。
◇
転機は突然やってきた。一織が自分を部屋に呼び、陸の幸せをキープしてみせると言い出したのだ。差し当たって、不安に思っていることはないかとまで尋ねてくる始末。
天のこと、TRIGGERのこと。一番の心配は彼ら。そう打ち明けると、一織が「頭が痛い」といった仕草をする。自分のことではないのに、こうして一緒になって頭を悩ませてくれる一織。やっぱり好きだなぁと思う。
「あとは、……一織のこと」
「……は? 私ですか?」
自分のなにが陸を不安にさせているのだろうかと、一織の瞳が不安で揺らめく。
(そんな顔させたいわけじゃないんだけどなぁ)
おおかた、陸に説教をしてしまう自分を悔いているのだろう。顔にそう書いてある。
「うん、一織、オレに隠してることあるだろ。本当は、それがずっと不安……かな」
「私は別に、隠しごとなんて」
「ないって言える?」
射貫くような視線に、一織が「う」と言葉に詰まる。
一織としては、隠していることがたくさんある。IDOLiSH7のマネジメントを陰でおこなっていること。九条氏との会話から、陸の訴求力について懸念を抱いていること。それから、それから……。
「私にも、プライバシーはありますので」
ふい、と顔を背けた。陸の視線はいつだって真っ直ぐ過ぎて、時々、自分が焼け焦げてしまうのではないかとさえ思える。真っ赤な瞳は炎のようで、見られているだけで熱い。
「うん、オレもそう。でもさ、一織のその隠してること、オレも同じこと隠してるんだよって言っても、教えてくれる気ない?」
「七瀬さんと……?」
一織の頬に赤みが差す。あぁ、やっぱり……と陸は思った。一織は今でも、自分のことを好きでいてくれているのだ。本当は、ずっと黙っておこうと思ったのに、こんなふうに隙を見せられたら。もしかしたら、今なら、優しく微笑んで「私も七瀬さんが好きです」と素直に打ち明けてくれるかもしれない。
あの時と比べたら、自分たちの距離はぐっと縮まった。隠しごとはありませんか? ないよ! ――そう誤魔化して済むような間柄から、確実に、変化を遂げている。それも、恐らく、いい方向に。
「ね、もう秘密はやめにしようよ。オレの一番の秘密言う。だから一織も言って」
そうして、一人の秘密と一人の秘密を、二人の秘密にしよう。