惚気
(メンバーのいいところ……?)
次回のインタビューで尋ねられる質問のひとつに目が留まる。これはあらかじめ提示されたもので、当日までに考えをまとめておいてほしいと紡から言われたものだ。
全員分を回答するのではなく、リレー形式のものになっているため、一織は大和の、大和は三月の……となっていて、陸は一織のものだけ答えればいい。その事実に気付いた陸は、思わず、声を上げた。
「はっ? 一織のいいところ?」
「なんだ? いきなり」
ソファーにだらりと横になっていた大和が顔を上げる。もうすぐ他のメンバーも帰ってくるから、そうなれば、邪魔だと言ってソファーから引き摺り降ろされそうだ。
「あ、いえ。今度のインタビューの……」
陸がそういうと、大和は「あぁ」と納得した。
「全員分じゃなくて一人分だけまとめりゃいいんだからすぐだろ?」
ミツの場合は料理上手で~……と大和が指折り数え始める。
陸だって、全員のいいところを挙げることはできる。大和はリーダーなだけあって聞き上手だし、面倒だといいつつも頼られることが嫌いではない。三月は料理がうまくて面倒見がいい。仕事でも発揮されている通り、話し上手だ。環は言葉足らずなところがあるけれど、人の心の動きや表情の変化に敏感で、とても優しい。壮五はいつも陸のことを気にかけてくれる。気を使い過ぎてこちらが心配になるくらいだ。音楽の道に進むため実家を出たとはいえ、日本で一、二を争う企業の御曹司なだけあって、英才教育を受けてきたのだということが言葉の端々からわかる。ナギはいつも優しくて明るい笑顔で、陸の心を穏やかにしてくれる。メンバーのことをとても大切にしてくれている。
そう、みんな、優しい。それは、一織も同じ。
「すぐって……う~ん……、大和さん、試しに、聞いてもらっていいですか?」
「んん?」
インタビュアーが編集でまとめてくれるけれど、必要なところを切り落とされてファンのみんなに誤解されたくない。それもあって、紡はあらかじめ考えをまとめておいてほしいと皆に説明したのだろう。
「えっと、一織、一織は……かわいくないです。いっつも生意気で、そりゃあ、オレがちょっとドジ踏んじゃったのが悪いんですけど、だからって、あんな目で見ることないですよね?」
「えっ、お兄さんに質問すんの?」
インタビューに答える内容を事前に聞いてほしいと頼まれたはずが、どうしてこちらが質問されているのだろう。
大和の困惑をよそに、陸は、数日前のことを思い出していた。
新しいコーヒー豆を買ってきたという三月に、陸は一織にコーヒーを淹れてやりたいと申し出た。早速、豆を計測し、コーヒーミルのカップ部分にざらざらと入れる。この時点で芳ばしい香りが漂ってきて、これを飲んだら一織はあの優しい声で「ありがとうございます」と微笑んでくれるのかと思うと、口許のにやけを押さえることができず、ハンドルを回す手にも、自然と、力が入ってしまった。
「おい、陸。気持ちはわかるけど、もっとゆっくり回せ」
「え、あっ、ごめん」
急いで回すと摩擦熱で豆が劣化してしまうらしい。一旦、手を止めて、深呼吸。とくとくと高鳴っていた鼓動が少し落ち着いたところで、もう一度、ハンドルを握る。今度はゆっくりと。一度回すごとに、一織への気持ちが募っていくようで、やっぱりどきどきしてしまった。
「できた! ……これくらいでいいかな? 細か過ぎる?」
コーヒーミルの引き出しをそっと開けると、香りが漂った。やや細かい粉になってしまっているのは、最初に力一杯、ハンドルを回してしまったからだろうか。
「うん? あぁ、これくらいでちょうどいいんだよ」
挽き目はあらかじめ三月が調節してくれていたらしい。
「そうなんだ? あっ、ありがとう」
陸がコーヒー豆を挽いている間に、三月が湯を沸かし、余熱用の湯も注いでくれていたことに気付く。これですぐにでも淹れられる、と陸は喜んだ。
ペーパーフィルターに、挽いたコーヒーの粉をセットして……というところで、事件は起こった。
「七瀬さんちょっといいですか」
「えっ、わ、あっ」
急に呼ばれて驚いたせいで、半分近くがこぼれてしまったのだ。一応、一杯分は淹れられるくらいは残っているけれど……。
「なにしてるんですか……って、あぁもう。どうしてあなたはそそっかしいんですか」
「一織が急に話しかけるからだろ! 話しかける時は話しかけるって言って!」
また始まった……と三月は布巾を用意する。
「ほら、痴話喧嘩はいいから」
差し出された布巾を受け取り、陸はこぼれたコーヒーの粉を拭った。
「一織に淹れてやろうと思ったのに」
ぶつぶつと文句を言いながら、ぎりぎり残った一杯分の粉で、コーヒーを淹れる作業に戻る。優しく微笑む一織に「お代わりはありますか」と尋ねられ、さっと注いでやるところまで、陸は頭の中でイメージしていた。あぁ、イメージトレーニングはいつだって完璧なのに。
布巾を洗おうとしたところで、一織の手が重なる。
「粉が舞って気管に入ったりはしてませんか?」
「え、してないけど……っていうか心配し過ぎ……」
頭から引っ被るようなこぼし方をしたわけでもあるまいし。一織はこうやって、時々、大袈裟に心配する。優しさからくるのはわかるけれど、ちょっと……いや、かなり、照れくさい。居たたまれなくなる。
「そうですか。……わざわざ用意してくださっていたところにすみません。ですが、どうしても七瀬さんに聞きたいことがあったので。……って、聞いてます?」
「……手」
陸の言葉で、一織は手を握ったままだったということに気付いて、慌てて手を引っ込めた。その様子を見て、三月がぼやく。
「……あぁ~、なんか、すっごく苦いコーヒー飲みたくなってきたなぁ」
誰かさんたちのせいで、口の中が甘ったるくなってしまったとぼやく。
「えっ、三月もコーヒー飲む?」
「……おう。……いや、やっぱあとでいいや」
そういうつもりで言ったわけではないのに、真面目に返されてしまった。恋人たちのこういう雰囲気の間に割って入るほどばかではない。馬に蹴られるわけにはいかないのだ。
三月はのちに、この時のことを「首突っ込むんじゃなかった」と大和に語っている。
「…………で?」
「えっと、つまり、一織はすごく心配性で、優しくて、そのあと、もう一回コーヒー淹れ直したんですけど。一織のやつ、オレにはココアを用意してくれたんです。あいつ、年下のくせにいっつも生意気でかわいくないのに、珍しく素直に、私だけいただくなんて申し訳ないですからとかなんとか言いながら。その時の目がこう、優しくて。悔しいんですけど、オレ、どきどきしちゃって。……はぁ、……ねぇ大和さん、これでインタビュー用にまとめるってどうしたらいいと思います?」
のちに大和は、この時のことを「陸に話しかけるんじゃなかった」と語っている。
次回のインタビューで尋ねられる質問のひとつに目が留まる。これはあらかじめ提示されたもので、当日までに考えをまとめておいてほしいと紡から言われたものだ。
全員分を回答するのではなく、リレー形式のものになっているため、一織は大和の、大和は三月の……となっていて、陸は一織のものだけ答えればいい。その事実に気付いた陸は、思わず、声を上げた。
「はっ? 一織のいいところ?」
「なんだ? いきなり」
ソファーにだらりと横になっていた大和が顔を上げる。もうすぐ他のメンバーも帰ってくるから、そうなれば、邪魔だと言ってソファーから引き摺り降ろされそうだ。
「あ、いえ。今度のインタビューの……」
陸がそういうと、大和は「あぁ」と納得した。
「全員分じゃなくて一人分だけまとめりゃいいんだからすぐだろ?」
ミツの場合は料理上手で~……と大和が指折り数え始める。
陸だって、全員のいいところを挙げることはできる。大和はリーダーなだけあって聞き上手だし、面倒だといいつつも頼られることが嫌いではない。三月は料理がうまくて面倒見がいい。仕事でも発揮されている通り、話し上手だ。環は言葉足らずなところがあるけれど、人の心の動きや表情の変化に敏感で、とても優しい。壮五はいつも陸のことを気にかけてくれる。気を使い過ぎてこちらが心配になるくらいだ。音楽の道に進むため実家を出たとはいえ、日本で一、二を争う企業の御曹司なだけあって、英才教育を受けてきたのだということが言葉の端々からわかる。ナギはいつも優しくて明るい笑顔で、陸の心を穏やかにしてくれる。メンバーのことをとても大切にしてくれている。
そう、みんな、優しい。それは、一織も同じ。
「すぐって……う~ん……、大和さん、試しに、聞いてもらっていいですか?」
「んん?」
インタビュアーが編集でまとめてくれるけれど、必要なところを切り落とされてファンのみんなに誤解されたくない。それもあって、紡はあらかじめ考えをまとめておいてほしいと皆に説明したのだろう。
「えっと、一織、一織は……かわいくないです。いっつも生意気で、そりゃあ、オレがちょっとドジ踏んじゃったのが悪いんですけど、だからって、あんな目で見ることないですよね?」
「えっ、お兄さんに質問すんの?」
インタビューに答える内容を事前に聞いてほしいと頼まれたはずが、どうしてこちらが質問されているのだろう。
大和の困惑をよそに、陸は、数日前のことを思い出していた。
新しいコーヒー豆を買ってきたという三月に、陸は一織にコーヒーを淹れてやりたいと申し出た。早速、豆を計測し、コーヒーミルのカップ部分にざらざらと入れる。この時点で芳ばしい香りが漂ってきて、これを飲んだら一織はあの優しい声で「ありがとうございます」と微笑んでくれるのかと思うと、口許のにやけを押さえることができず、ハンドルを回す手にも、自然と、力が入ってしまった。
「おい、陸。気持ちはわかるけど、もっとゆっくり回せ」
「え、あっ、ごめん」
急いで回すと摩擦熱で豆が劣化してしまうらしい。一旦、手を止めて、深呼吸。とくとくと高鳴っていた鼓動が少し落ち着いたところで、もう一度、ハンドルを握る。今度はゆっくりと。一度回すごとに、一織への気持ちが募っていくようで、やっぱりどきどきしてしまった。
「できた! ……これくらいでいいかな? 細か過ぎる?」
コーヒーミルの引き出しをそっと開けると、香りが漂った。やや細かい粉になってしまっているのは、最初に力一杯、ハンドルを回してしまったからだろうか。
「うん? あぁ、これくらいでちょうどいいんだよ」
挽き目はあらかじめ三月が調節してくれていたらしい。
「そうなんだ? あっ、ありがとう」
陸がコーヒー豆を挽いている間に、三月が湯を沸かし、余熱用の湯も注いでくれていたことに気付く。これですぐにでも淹れられる、と陸は喜んだ。
ペーパーフィルターに、挽いたコーヒーの粉をセットして……というところで、事件は起こった。
「七瀬さんちょっといいですか」
「えっ、わ、あっ」
急に呼ばれて驚いたせいで、半分近くがこぼれてしまったのだ。一応、一杯分は淹れられるくらいは残っているけれど……。
「なにしてるんですか……って、あぁもう。どうしてあなたはそそっかしいんですか」
「一織が急に話しかけるからだろ! 話しかける時は話しかけるって言って!」
また始まった……と三月は布巾を用意する。
「ほら、痴話喧嘩はいいから」
差し出された布巾を受け取り、陸はこぼれたコーヒーの粉を拭った。
「一織に淹れてやろうと思ったのに」
ぶつぶつと文句を言いながら、ぎりぎり残った一杯分の粉で、コーヒーを淹れる作業に戻る。優しく微笑む一織に「お代わりはありますか」と尋ねられ、さっと注いでやるところまで、陸は頭の中でイメージしていた。あぁ、イメージトレーニングはいつだって完璧なのに。
布巾を洗おうとしたところで、一織の手が重なる。
「粉が舞って気管に入ったりはしてませんか?」
「え、してないけど……っていうか心配し過ぎ……」
頭から引っ被るようなこぼし方をしたわけでもあるまいし。一織はこうやって、時々、大袈裟に心配する。優しさからくるのはわかるけれど、ちょっと……いや、かなり、照れくさい。居たたまれなくなる。
「そうですか。……わざわざ用意してくださっていたところにすみません。ですが、どうしても七瀬さんに聞きたいことがあったので。……って、聞いてます?」
「……手」
陸の言葉で、一織は手を握ったままだったということに気付いて、慌てて手を引っ込めた。その様子を見て、三月がぼやく。
「……あぁ~、なんか、すっごく苦いコーヒー飲みたくなってきたなぁ」
誰かさんたちのせいで、口の中が甘ったるくなってしまったとぼやく。
「えっ、三月もコーヒー飲む?」
「……おう。……いや、やっぱあとでいいや」
そういうつもりで言ったわけではないのに、真面目に返されてしまった。恋人たちのこういう雰囲気の間に割って入るほどばかではない。馬に蹴られるわけにはいかないのだ。
三月はのちに、この時のことを「首突っ込むんじゃなかった」と大和に語っている。
「…………で?」
「えっと、つまり、一織はすごく心配性で、優しくて、そのあと、もう一回コーヒー淹れ直したんですけど。一織のやつ、オレにはココアを用意してくれたんです。あいつ、年下のくせにいっつも生意気でかわいくないのに、珍しく素直に、私だけいただくなんて申し訳ないですからとかなんとか言いながら。その時の目がこう、優しくて。悔しいんですけど、オレ、どきどきしちゃって。……はぁ、……ねぇ大和さん、これでインタビュー用にまとめるってどうしたらいいと思います?」
のちに大和は、この時のことを「陸に話しかけるんじゃなかった」と語っている。