大人
年下のくせに大人ぶってかわいくないと思っていたのに、いつの間にか、自分よりも大人なのではないかと思うことが増えた。陸は自分に伸し掛かる恋人を見やる。
「随分、余裕そうですね」
わずかに頬を紅潮させた一織の、すらりと長い指が陸の胸の頂きを掠めて、思わず、息を詰めた。かすかな刺激にさえ反応を示してしまうほど、この身体は隅々まで、恋人によって暴かれている。もしかしたら、自分以上に、この人は自分の身体のことを知っているかもしれない。それはそれで少し怖いくらいだけれど、すごく幸せだからいいかなと思う。
陸の持病に、誰よりも早く勘付いた一織だ。それに、彼は研究熱心な性分である。口に出しては言わないけれど、かわいくてたまらない想い人のことを観察しないわけがない。
隣室から咳が聞こえるたび、一織は陸の部屋を訪れた。歌うことを止めはしない。陸がそれを望んでいるし、一織もまた、陸が歌うことを望んでいるから。そのためには、陸のことをよく知って、ささいな変化も見逃さないようにしなければ。
吸入薬の使い方やその副作用、かかりつけ医の連絡先……すべては、七瀬陸をスーパースターにするため。陸が発作を起こすたび、その喘鳴を聞きながら、発作が早く治まるようにと祈り、陸の背を撫でた。
気候が不安定な日がくるたびにそうしていれば、おのずと、二人の距離は縮まる。いつしか、陸の体調が気にかかるという理由だけではなく、深夜にこっそりと互いの部屋を行き来するまでになった。
初めては陸の部屋。誰にも内緒の恋人関係となって三ヶ月が過ぎた頃。雑誌で「三ヶ月を過ぎてもそういうことがないのはまずいって読んだ」と陸が涙目で訴えたから。一織はこの瞳に弱い。身体の負担を説明しても、陸は頑として聞き入れなかった。そういえばこの人は頑固でしたね……と溜息をひとつ。一織は白旗をあげ――実は一織も心のどこかで期待していたので願ったり叶ったりなのだけれど――後日、必要なものを揃えて、二人は念願の初夜を迎えたのだ。
もちろん、仲睦まじく過ごすばかりではなく、犬も食わない喧嘩をする日もあった。
一織が成人するとともに二人は寮を出て、マンションの一室で生活をともにすることに決めた。寮の部屋数には限りがある。後輩たちに譲り渡して、小鳥遊プロダクションには新たな時代を担うアイドルの育成に励んでもらいたい。そう考えたからだ。
もちろん、そうやすやすと後輩に追い越されてやるつもりはないから、自分たちも更に腕を磨き続けるつもりだけれど。
部屋探しをするにあたって、一織は自分たちの職業を考え、セキュリティが整っていること、防音設備があることを第一条件にした。陸には部屋でのびのびと歌ってほしいし、番組の企画で楽器を演奏して以来、陸は楽器への興味が尽きない様子だったからだ。消音ミュートを装着しての演奏も可能だけれど、イヤホン越しで聴くより、生の音がいい。今後、新曲の間奏に陸の楽器演奏を混ぜてみるのもいいかもしれない。陸自身が喜んでやりたがるだろうし、ファンも興味を示すことだろう。デビューして数年経過した今も、一織はIDOLiSH7のプロデュースに、日夜、頭を巡らせている。
「なんか……一織、ねちっこい……」
涙目で睨み付けられても迫力に欠ける。むしろ、かわいいだけ。
「心外ですね。あなたの身体に負担がかからないよう、丁寧に触れているだけです」
月日の流れとともに肌を重ねる回数を増した一織は、二人だけで暮らすようになって以来、行為の最中によく話しかけてくるようになった。
もちろん、身体の負担を軽減させる目的で丁寧な愛撫を施されているのはわかる。それは、寮で暮らしていた頃から変わらない。
そんなにやわじゃないと反論したこともある。それに対し、受け入れる側の負担はどうしたって大きい、あなたと何度でもこうしたいから……と懇願され、ぐずぐずになるまで触れられると、陸が反論していた声は嬌声に変わって、あとには快感しか残らない。
ただ……、優しく触れるだけならいいのだけれど。
「七瀬さん、わかりますか? ここ、さきほどよりも音がするようになりました」
耳を塞ぎたくなるような、恥ずかしい音。気のせいか、一織が楽しそうに見える。
「言わなくていい……」
自分の両手は一織が片手でまとめて掴んでしまっていて、耳を塞ぐことができない。わずかばかりの抵抗として首を振ったが、手の拘束がゆるめられる様子はない。昔なら、少し抵抗しただけで一織は「すみません、痛かったですか」と慌てて解放していたのに。
「自分の身になにが起こっているか。人はそれがわからない状態では恐怖に陥ってしまいます。だからこうして……あぁ、今、締まりましたね」
「~~っ、もう!」
こういうの、言葉責めっていうんじゃないかな。陸の瞳には涙の膜が張っていて、あとひとつの刺激でぽろぽろとこぼれてしまいそうだ。
一織が身体を伸ばし、陸のまなじりに唇を寄せる。反射的に身体が揺れてしまって、ついに、涙がひとつぶこぼれてしまった。
「泣かないでください」
快感を与えているのとは逆の手で陸の頬を撫でる。いつもはひんやりとしているのに、こういうことをしているからか、今の一織の手のひらは熱い。
「泣かせてるのは一織だろ……恥ずかしい……」
自分に余裕がなくて悔しい。いつの間に、一織はこんなに大人になったんだろう。自分も大人で、一織よりも年上なのに。一緒に大人になろうと約束して、そうしてきたはずなのに。
「すみません。あなたの反応がかわいいものですから。……少し、いじめすぎましたね」
あやすようにくちづけると、沈んでいた陸の気持ちも、幾分か浮上する。まったく、単純になってしまったものだ。恋人のキスで簡単に心が蕩けてしまった。こんな様子では、一生、一織には敵いそうにないな……と、わずかに理性が残る頭で考えた。でも、あと一回くらい言ってやらなきゃ気が済まない。
「……そうだよ、一織のいじわる。なんかずるい! オレばっかり余裕ないみたい!」
「そんなことありませんよ。七瀬さんと出会ってから、あなたに対して余裕があった日なんて、一日だってありません」
だからどうか、機嫌を直して。今度は顔中、あちこちにくちづけていく。それがくすぐったくて、陸は身を捩った。
「それなら、まぁ、いいけど。でもそろそろ余裕ない一織が見たいかも」
大人になったのは陸も同じ。
両腕は一織に捕らわれているから、少し行儀が悪いけれど、脚で一織の腰に触れて、絡みつくように動かす。
「……ずるいのはどちらですか」
はぁ……と大きな溜息。少し勝てたかも? ――なんて、悠長に考えていられるのも、今のうち。間もなく、二人とも快感の海に溺れる。
「随分、余裕そうですね」
わずかに頬を紅潮させた一織の、すらりと長い指が陸の胸の頂きを掠めて、思わず、息を詰めた。かすかな刺激にさえ反応を示してしまうほど、この身体は隅々まで、恋人によって暴かれている。もしかしたら、自分以上に、この人は自分の身体のことを知っているかもしれない。それはそれで少し怖いくらいだけれど、すごく幸せだからいいかなと思う。
陸の持病に、誰よりも早く勘付いた一織だ。それに、彼は研究熱心な性分である。口に出しては言わないけれど、かわいくてたまらない想い人のことを観察しないわけがない。
隣室から咳が聞こえるたび、一織は陸の部屋を訪れた。歌うことを止めはしない。陸がそれを望んでいるし、一織もまた、陸が歌うことを望んでいるから。そのためには、陸のことをよく知って、ささいな変化も見逃さないようにしなければ。
吸入薬の使い方やその副作用、かかりつけ医の連絡先……すべては、七瀬陸をスーパースターにするため。陸が発作を起こすたび、その喘鳴を聞きながら、発作が早く治まるようにと祈り、陸の背を撫でた。
気候が不安定な日がくるたびにそうしていれば、おのずと、二人の距離は縮まる。いつしか、陸の体調が気にかかるという理由だけではなく、深夜にこっそりと互いの部屋を行き来するまでになった。
初めては陸の部屋。誰にも内緒の恋人関係となって三ヶ月が過ぎた頃。雑誌で「三ヶ月を過ぎてもそういうことがないのはまずいって読んだ」と陸が涙目で訴えたから。一織はこの瞳に弱い。身体の負担を説明しても、陸は頑として聞き入れなかった。そういえばこの人は頑固でしたね……と溜息をひとつ。一織は白旗をあげ――実は一織も心のどこかで期待していたので願ったり叶ったりなのだけれど――後日、必要なものを揃えて、二人は念願の初夜を迎えたのだ。
もちろん、仲睦まじく過ごすばかりではなく、犬も食わない喧嘩をする日もあった。
一織が成人するとともに二人は寮を出て、マンションの一室で生活をともにすることに決めた。寮の部屋数には限りがある。後輩たちに譲り渡して、小鳥遊プロダクションには新たな時代を担うアイドルの育成に励んでもらいたい。そう考えたからだ。
もちろん、そうやすやすと後輩に追い越されてやるつもりはないから、自分たちも更に腕を磨き続けるつもりだけれど。
部屋探しをするにあたって、一織は自分たちの職業を考え、セキュリティが整っていること、防音設備があることを第一条件にした。陸には部屋でのびのびと歌ってほしいし、番組の企画で楽器を演奏して以来、陸は楽器への興味が尽きない様子だったからだ。消音ミュートを装着しての演奏も可能だけれど、イヤホン越しで聴くより、生の音がいい。今後、新曲の間奏に陸の楽器演奏を混ぜてみるのもいいかもしれない。陸自身が喜んでやりたがるだろうし、ファンも興味を示すことだろう。デビューして数年経過した今も、一織はIDOLiSH7のプロデュースに、日夜、頭を巡らせている。
「なんか……一織、ねちっこい……」
涙目で睨み付けられても迫力に欠ける。むしろ、かわいいだけ。
「心外ですね。あなたの身体に負担がかからないよう、丁寧に触れているだけです」
月日の流れとともに肌を重ねる回数を増した一織は、二人だけで暮らすようになって以来、行為の最中によく話しかけてくるようになった。
もちろん、身体の負担を軽減させる目的で丁寧な愛撫を施されているのはわかる。それは、寮で暮らしていた頃から変わらない。
そんなにやわじゃないと反論したこともある。それに対し、受け入れる側の負担はどうしたって大きい、あなたと何度でもこうしたいから……と懇願され、ぐずぐずになるまで触れられると、陸が反論していた声は嬌声に変わって、あとには快感しか残らない。
ただ……、優しく触れるだけならいいのだけれど。
「七瀬さん、わかりますか? ここ、さきほどよりも音がするようになりました」
耳を塞ぎたくなるような、恥ずかしい音。気のせいか、一織が楽しそうに見える。
「言わなくていい……」
自分の両手は一織が片手でまとめて掴んでしまっていて、耳を塞ぐことができない。わずかばかりの抵抗として首を振ったが、手の拘束がゆるめられる様子はない。昔なら、少し抵抗しただけで一織は「すみません、痛かったですか」と慌てて解放していたのに。
「自分の身になにが起こっているか。人はそれがわからない状態では恐怖に陥ってしまいます。だからこうして……あぁ、今、締まりましたね」
「~~っ、もう!」
こういうの、言葉責めっていうんじゃないかな。陸の瞳には涙の膜が張っていて、あとひとつの刺激でぽろぽろとこぼれてしまいそうだ。
一織が身体を伸ばし、陸のまなじりに唇を寄せる。反射的に身体が揺れてしまって、ついに、涙がひとつぶこぼれてしまった。
「泣かないでください」
快感を与えているのとは逆の手で陸の頬を撫でる。いつもはひんやりとしているのに、こういうことをしているからか、今の一織の手のひらは熱い。
「泣かせてるのは一織だろ……恥ずかしい……」
自分に余裕がなくて悔しい。いつの間に、一織はこんなに大人になったんだろう。自分も大人で、一織よりも年上なのに。一緒に大人になろうと約束して、そうしてきたはずなのに。
「すみません。あなたの反応がかわいいものですから。……少し、いじめすぎましたね」
あやすようにくちづけると、沈んでいた陸の気持ちも、幾分か浮上する。まったく、単純になってしまったものだ。恋人のキスで簡単に心が蕩けてしまった。こんな様子では、一生、一織には敵いそうにないな……と、わずかに理性が残る頭で考えた。でも、あと一回くらい言ってやらなきゃ気が済まない。
「……そうだよ、一織のいじわる。なんかずるい! オレばっかり余裕ないみたい!」
「そんなことありませんよ。七瀬さんと出会ってから、あなたに対して余裕があった日なんて、一日だってありません」
だからどうか、機嫌を直して。今度は顔中、あちこちにくちづけていく。それがくすぐったくて、陸は身を捩った。
「それなら、まぁ、いいけど。でもそろそろ余裕ない一織が見たいかも」
大人になったのは陸も同じ。
両腕は一織に捕らわれているから、少し行儀が悪いけれど、脚で一織の腰に触れて、絡みつくように動かす。
「……ずるいのはどちらですか」
はぁ……と大きな溜息。少し勝てたかも? ――なんて、悠長に考えていられるのも、今のうち。間もなく、二人とも快感の海に溺れる。