手紙
なんかすっごく照れくさいんだけどさ、初めてファンの子たちから手紙もらった時、嬉しかっただろ? 一織も喜んでたし。手紙って、もらうと嬉しいもんだよな。そう思ったら、書かなきゃ! ってなったんだ。別に誕生日でもなんでもないけど、別にいいよね。
あー、読まれる時のこと、想像したらなんか恥ずかしくなってきた! この手紙、いつ読むかな。手渡しは恥ずかしいから、こっそり隠しておくつもり。一織、すぐ見つけるかな。それとも案外、なかなか気付かなかったりして。うーん……ずっと見つけてもらえないのはやだな。それとなく、手紙書いたよ! くらいはアピールしようかな。隠し場所は内緒。一織なら、隠し場所も見つけてくれるって信じてる。
それにしても、毎日一緒にいるからかな。今更、なに書けばいいか浮かばなくて。ここまで書くのに二時間も経ってた。あ、今、時間の無駄遣いって呆れてるな? はぁーって溜息ついてる、気難しい顔の一織だ。一番よく見るやつ。まだ十七歳なんだから、もっと青春って感じの爽やかな顔したらいいのに。せっかく、きれいな顔してるんだからさ。
オレが身体のこと隠してた頃、最初にバレたのが一織でよかったって思ってるんだ。他のみんながだめってわけじゃないよ。
一織でよかったって思うのは、一番、遠慮なく言い合える相手だってあの時から思ってたから。あなたにも遠慮という気持ちがあったんですね……って思ってそうだな。失礼なやつ! ……あるよ、オレだって。今だって、大和さんとか壮五さんには年上の人って感じの態度になっちゃう時がある。三月は最初に年下って勘違いしてたのがずっと残ってるけど、みんなのお母さんみたいだなって思うと勝てないじゃん? 一織だって、三月には敵わないだろ? ナギは遠慮しないでって言ってくれるけど、オレたち、まだノースメイアのことよく知らないし、時々、ナギのこと遠く感じるんだ。もっと知りたいなって思うけどね。環は年下で弟っぽいけど実は面倒見のいい兄って感じがする。離れて暮らしてるけど、理ちゃんがいるからかな。環は、天にぃとは違うタイプの兄。
その点、一織は違うんだ。生意気で、かわいげがなくて、むかつくことがすっごく多くて。……って、書いててなんだか貶してるみたいになってきたかも。そういうつもりじゃないんだけどなー。だって、貶してたらそいつのこと好きになんないじゃん。それに、一織には遠慮しなくていいってわかってるから言えるんだよ。
……手紙に好きって書くの、すっごく緊張した! オレ、ペン持ってる手が震えてるもん。なんかよく見たら、字もここだけ歪んでるかも。やだな、一織ほどきれいな字じゃないけどさ、ここくらいはきれいな字にしたかった!
改まって書くの恥ずかしいけど、好きだよ。すっごく! 大好き!
一織、今、照れてるだろ。オレだけ恥ずかしいのはいやだから、一織も恥ずかしくなって。
手紙の返事はなくても、ううん、あったら嬉しいかも。
大好きな一織へ、愛をこめて。七瀬陸
読み終えて、一織は溜息をついた。
「……これを、どこに隠そうとしたんですか?」
「うぅ、ひどいよ一織。戻ってくるの早い。まだ読まれるつもりなかったのに」
当初の計画では、一織の部屋に訪れて、隙を見て……たとえばホットミルクのおかわりをおねだりして、溜息をつきながらも一織がキッチンへ向かっている間にでも、手紙をどこかに隠しておくつもりでいた。しかし、陸が隠し場所を思案している間に、一織がマグカップを持って戻ってきてしまったことで、陸の計画は脆くも崩れ去ったのである。
隠し損ねた手紙は、当然、陸の手の中。一織に「なんですか、それ」と指摘され、あっさりと白状してしまった。あぁ、こんなことなら、もっと時間のかかるおねだりをしておけばよかった。そもそも、入り慣れている部屋なのだから、あらかじめ隠し場所を考えておけばよかったのだ。
この失敗は今後に活かそう。活かせる時がくるのかはわからないけれど。そんなことを考えながら、陸は一織から降ってくる小言への覚悟を決めた。さて、どんな小言が降ってくるのだろう。あまり長くないといいな、なんて。
そっと一織の表情を窺う。いつも通りの気難しい表情。
「ひどいだなんて……心外ですね、ここは私の部屋です。自分の部屋へ戻ることに異議を唱えられる筋合いはありません。七瀬さんこそ、なんですか。人の部屋でこそこそと」
秘かに置いておかれるより、直接渡される結果になったことは、一織としては嬉しかったのだけれど……残念ながら、それを言える素直さを、一織は持ち合わせていない。
「だって、……だってさー……やっぱり恥ずかしいじゃん」
直接手渡すはめになったことは仕方がない。自分が隠し場所をあらかじめ決めておかなかったことが原因だ。だからといって、目の前で読まなくたっていいのに。陸は恨みがましい視線をぶつける。
「……まぁ、ありがたく受け取らせていただきますけど」
この手紙は誰にも見られないところに、……時々読み返したいから、厳重過ぎない程度に隠しておかなければ。少し未来、隠し場所から手紙を取り出して、陸の文字に視線を落として胸をときめかせる自分の姿を想像する。きっと、その時の自分は、人様にはお見せできないくらい、だらしない表情になっているに違いない。
しばらく一織の様子を見ていた陸は、恨みがましい表情から一転、にやにやと笑った。
「一織の顔、真っ赤。……もしかして照れてる?」
「っ……やかましいです!」
こちらを覗き込んでくる陸から、顔を背けた。自分の顔が赤くなってしまっていることなんて、自分が一番よくわかっている。穴があったら入りたいくらい恥ずかしい。
一織に比べ、陸は愛情表現が直接的だ。愛されていることはとうに知っているけれど、こうして手紙にして告げられると……「好き」という言葉を、文字として目で見ることができるからだろうか。言葉で聞くのとは、また違った感動を覚える。まるで、初めて好きだと言われた時のように。
手紙にもう一度視線を落として、好きという二文字を指でなぞった。全体的に丸っこい文字が並ぶ中、ここだけは文字が歪になっている。これを書いた時の陸は、どんな表情をしていたのだろう。赤い柘榴のような瞳を潤ませて、ペンを持つ手に力が入って。そんな姿を想像するだけで、愛おしさが込み上げてくる。
ファンからもらう手紙だってもちろん嬉しいけれど、恋人から渡される手紙で一織の心に湧き上がる気持ちは、嬉しさだけではない。文字が雨のようになって、自分の心の中に愛情として降ってくる。このままでは、いつか、愛情の海に溺れてしまいそう。愛しい人からの愛情でできた海。……本当に溺れることができるなら、喜んで溺れたい。
「それで、その……」
おずおずと陸が話しかけてくる。照れから熱くなった顔はまだ赤みを残しているだろうと自分でもわかるけれど、いつまでもそっぽを向いていては、このかわいい人は不貞腐れてしまう。一織は、ちらりと横目で陸を盗み見た。あぁ、期待されている。一体なにを? なんて聞かなくてもわかる。手紙にも書いてあった。
陸は感情が表情に出やすい。そういうところも、一織はかわいいと思っている。
「……手紙の返事、ですか」
言い当てられて驚いたのだろう。陸は身体を大袈裟に跳ねさせて、一織を見た。そのまなざしには、期待の色が浮かんでいる。きらきらとしていて、叶えてあげたくなる。
「くれるの?」
「……そうですね、いただきっぱなしというわけにはいきません。私は借りを返す主義です。まぁ、すぐにとはいかないかもしれませんけど」
陸からの手紙で、愛おしさが込み上げたように。自分も返事をしたためて、この気持ちを陸にも抱いてほしい。
だったら、書いてみるしかない。まずは、手紙の書き方を調べよう。ものを調べることは得意だし、学校の成績だって申し分ない。なんといっても、自分はパーフェクト高校生と呼ばれた男だ。恋人への手紙だって、パーフェクトなものを書いてみせよう。
木枯らしが吹き、日一日と秋が深まっていくようです。
……手紙の書き方についての本に、季節の言葉を使ったほうがいいとありましたので、十一月下旬にふさわしいものにしました。この手紙、十一月中に渡せてるでしょうか。七瀬さんじゃあるまいし、私は隠しておくなんてことはせず手渡ししますけど、年末が近付いて、仕事が増えてますからね。もし、お渡しするのが十二月に入ってしまっていたらすみません。
さて、七瀬さんに手紙を書くのであれば、常に頭に置いていただきたいことをしたためるのが最適だろうと判断しました。これからの季節、日中はもちろん、朝晩が特に冷え込みます。自分の体力を過信することなく、やや大袈裟ではないかというくらいで過ごしてください。
手紙の返事がほしいというおねだりを叶えるのは、私には少し難しかったかもしれません。事実、体調管理の話だけになってしまいましたから。
きっと今頃、頬を膨らませてるんでしょうね。どうか、拗ねないでください。好きな人に拗ねられると、私はどうしていいかわかりません。
恋愛のあれこれには不慣れなんです。なにせ、あなたが初めてなので。和泉一織
「……なんか、お説教が多くない?」
数日後。真っ白な封筒を手にした一織から「どうぞ」と手渡されたそれ。自室に戻るまで待ちきれなくて、一織が制止するのも聞かずにその場で開封した陸は、読み進めるにつれ、頬を膨らませていった。読んだ文字数と、頬の膨らみが比例している。餌を運ぶ栗鼠のようだ。もし、一織からの手紙がもう少し長い文面だったら、膨らませられる限界を超えてしまっていたかもしれない。
「だから、難しかったと書いてあるでしょう」
「だいいち、オレのこと好きって一文字も書いてない!」
「~~っ、好きな人、と書いてるでしょう!」
やり直し! 勘弁してください! そんな言い合いをした、一織からの手紙。
もちろん、この手紙は、陸にとっての宝物になる。