一年後の一月七日
交際も一年以上経てば落ち着くもので。
「なぁなぁ、今日なんの日かわかる?」
「わかってますよ。一年前、教えていただきましたからね」
家族やメンバーの誕生日以外、これといった記念日を気にするタイプではなかったのだが、陸と深い関係になってすっかり変わってしまった。一年前、日付に一と七が入っているからという理由で、陸が一月七日を自分たちの記念日だと言い出したのだ。実際に交際を始めた日を記念日とするならまだしも……と眉を顰めたところ、それはそれ、これはこれ、らしい。
一月七日だけでなく「今日は七日だからオレの日」とわがままを言い出したり「毎月一日は一織の日だから一織の言うことひとつだけきいてあげる!」と上目遣いで迫ってきたり、毎月なにかと理由をつけて盛り上げたがる。初めはどきどきしていた一織も、三回目の「今日は七日だからオレの日!」くらいからは落ち着いて陸のわがままに耳を傾けることができるようになった。とはいっても、陸のわがままはそれはもうかわいいおねだりばかりで、一織は今でも、いちいち顔を真っ赤にして照れてしまうのだが。
しかし、さすがに交際一年半。一月七日という理由だけで交際開始とは別で設定されたこの記念日も二回目ともなると、陸が記念日だと騒ぎだすことくらい、あらかじめ予想できていた。しかも「七日だからオレの日」というわがままもついてくる。さて、このかわいい恋人は一体なにを言い出すのやら。
「それで? 今月はどんなわがままを言うつもりなんですか?」
「む。わがままってなんだよ。かわいい恋人のお願いじゃんか」
「普通、自分でかわいいって言います?」
頬を膨らませる陸に、一織はふいと視線を逸らす。あぁもう、かわいいったらありゃしない。
「まぁ、オレとしてはかわいいより格好いいがいいけどさ。でも、恋人ってそれだけでかわいいもんじゃん? 一織もかわいいよ」
「はぁっ?」
かわいいのはどっちだ。だいたい、お世辞を抜きに考えても自分は「かわいい」と言われるタイプではない。IDOLiSH7の売り出し方でも、和泉一織はあくまでもブレーン的存在であり、かわいいや格好いいといったカテゴライズは狙っていないはずだ。
ぶつぶつと言っている一織なんて、陸にとってはおもしろくない。眉間に皺を寄せて、体当たりするように抱き着いた。
「も~! 恋人はかわいいもんなんだよ! 一織はそう思わない?」
「かっ……」
潤んだ瞳で見上げられ、一織は押し黙ってしまった。かわいいに決まっているじゃないか。いっそ腹立たしいくらいだ。
「か?」
「か、……ここで言うことじゃないでしょう」
これが『抱かれたい男ランキング』常連の男たちなら、指で恋人の顎をすくい、その甘いマスクで、相手がうっとりと蕩けるような言葉を囁けたのだろうが、一織の性格では甘い言葉なんて囁けそうにない。陸と交際して一年半、十八歳となった今でも、一織は相変わらず照れ屋だ。
「じゃあどこで言うんだよ。……あ、わかった! けど……、一織のエッチ」
「は?」
頬を赤く染めて視線を彷徨わせる陸に、頭の中がかっと熱くなる。
「だってさ、……ここで言うことじゃないってことは、そういう時かなぁって」
そういう時。照れ屋とはいっても、陸の言う「そういう時」がなにを指すのかわからないほど初心ではない。
「人聞きの悪いことを……」
「でも一織ってエッチじゃん! しかもねちっこいし!」
思いのほか大きな声で言われて、耳を塞ごうとした手で陸の口を覆う。いくらここが陸の部屋とはいえ、隣室には自分の兄がいるし、いつ何時、誰かがこの部屋を訪ねないとも限らないのだ。自分たちの関係が知られている状況でも、聞かれていい話ではない。一織の手の下で「んん」と呻く声が聞こえ、慌てて手を放す。あまり強く押さえたつもりはないし、陸の呼吸に乱れもない。
「ねちっこいってなんですか。失礼な人だな」
「だってねちっこいじゃん。オレがもうやだって言っても、でもここがいいんでしょうとかなんとか言って。……そりゃあ、悪くはないけど」
悪くはないのか。先日の情事で陸が「やだ」と言っていた時のことを思い出し、腹の奥がずくりと重くなる。
「……悪くないなら、いいんじゃないんですか」
「なっ……もう、そういうとこだよ! 恥ずかしいじゃんか。オレばっかり、いっつも余裕ないし、…………って、あぁもうやだ恥ずかしい」
きゅうっと目を瞑って首を横に振る。赤い髪がぱさぱさと揺れるのを見た一織は、シーツの上で赤い髪が揺れていた時のことを連想してしまった。ごくりと生唾を飲み込む。自分ばかり余裕がないなんて、本心で思っているのだろうか。
「……私だって、余裕なんてありませんよ」
今も、陸の一挙一動に理性を揺さ振られている。あとひとつ、なにかあれば、陸に食らい付いてしまいそう。
「えー? 全然、そんなふうに見えないけどな。そりゃあ、初めての時は一織もテンパってたけど、最近の一織、……すごく格好よくて、オレ、いっつもどきどきしてる。オレばっかりどきどきしてるみたいでちょっと悔しいくらい」
はは……と眉を八の字に下げて笑うのを見ていたらたまらなくなって、陸の腕を強く引いた。一年前はあまり変わらなかったのが、今は少しだけ、体格差が大きくなっている。一織の腕に中に収まった陸は「え、え?」と戸惑いの声を上げた。
「わかりませんか。こんなに心臓がうるさいんですよ。余裕なんて、あるわけないでしょう」
「……ほんとだ、すごい。オレより速いかも」
ふにゃりと笑うのを見て、一織はおもしろくないといったふうに唇を尖らせた。
「七瀬さんにも、同じくらいどきどきしてほしいんですけど」
自分ばかり好きみたいとまでは言わないけれど、自分ばかり意識しているのは負けた気がして悔しい。勝負ごとではないのにそんなことを考えて、一織はいつだって、一人で勝手に敗北感を味わっているのだ。
「んん……じゃあ、今月のオレのお願い。オレのこと、一晩中どきどきさせてみせて」
これ以上どきどきできるのだろうか。どうやって、どきどきさせてくれるのだろう。期待を込めた視線で一織を見つめる。
「いいでしょう。その代わり、いやとは言わせませんよ」
耳許に唇を寄せて、色をたっぷり含んだ声でひとこと囁く。陸はびくりと身体を震わせたかと思うと勢いよく顔を上げた。
「……その呼び方、ずるい」
「もう降参ですか? もっとも、やめるつもりはありませんけど」
まだ、夜は始まったばかり。
「なぁなぁ、今日なんの日かわかる?」
「わかってますよ。一年前、教えていただきましたからね」
家族やメンバーの誕生日以外、これといった記念日を気にするタイプではなかったのだが、陸と深い関係になってすっかり変わってしまった。一年前、日付に一と七が入っているからという理由で、陸が一月七日を自分たちの記念日だと言い出したのだ。実際に交際を始めた日を記念日とするならまだしも……と眉を顰めたところ、それはそれ、これはこれ、らしい。
一月七日だけでなく「今日は七日だからオレの日」とわがままを言い出したり「毎月一日は一織の日だから一織の言うことひとつだけきいてあげる!」と上目遣いで迫ってきたり、毎月なにかと理由をつけて盛り上げたがる。初めはどきどきしていた一織も、三回目の「今日は七日だからオレの日!」くらいからは落ち着いて陸のわがままに耳を傾けることができるようになった。とはいっても、陸のわがままはそれはもうかわいいおねだりばかりで、一織は今でも、いちいち顔を真っ赤にして照れてしまうのだが。
しかし、さすがに交際一年半。一月七日という理由だけで交際開始とは別で設定されたこの記念日も二回目ともなると、陸が記念日だと騒ぎだすことくらい、あらかじめ予想できていた。しかも「七日だからオレの日」というわがままもついてくる。さて、このかわいい恋人は一体なにを言い出すのやら。
「それで? 今月はどんなわがままを言うつもりなんですか?」
「む。わがままってなんだよ。かわいい恋人のお願いじゃんか」
「普通、自分でかわいいって言います?」
頬を膨らませる陸に、一織はふいと視線を逸らす。あぁもう、かわいいったらありゃしない。
「まぁ、オレとしてはかわいいより格好いいがいいけどさ。でも、恋人ってそれだけでかわいいもんじゃん? 一織もかわいいよ」
「はぁっ?」
かわいいのはどっちだ。だいたい、お世辞を抜きに考えても自分は「かわいい」と言われるタイプではない。IDOLiSH7の売り出し方でも、和泉一織はあくまでもブレーン的存在であり、かわいいや格好いいといったカテゴライズは狙っていないはずだ。
ぶつぶつと言っている一織なんて、陸にとってはおもしろくない。眉間に皺を寄せて、体当たりするように抱き着いた。
「も~! 恋人はかわいいもんなんだよ! 一織はそう思わない?」
「かっ……」
潤んだ瞳で見上げられ、一織は押し黙ってしまった。かわいいに決まっているじゃないか。いっそ腹立たしいくらいだ。
「か?」
「か、……ここで言うことじゃないでしょう」
これが『抱かれたい男ランキング』常連の男たちなら、指で恋人の顎をすくい、その甘いマスクで、相手がうっとりと蕩けるような言葉を囁けたのだろうが、一織の性格では甘い言葉なんて囁けそうにない。陸と交際して一年半、十八歳となった今でも、一織は相変わらず照れ屋だ。
「じゃあどこで言うんだよ。……あ、わかった! けど……、一織のエッチ」
「は?」
頬を赤く染めて視線を彷徨わせる陸に、頭の中がかっと熱くなる。
「だってさ、……ここで言うことじゃないってことは、そういう時かなぁって」
そういう時。照れ屋とはいっても、陸の言う「そういう時」がなにを指すのかわからないほど初心ではない。
「人聞きの悪いことを……」
「でも一織ってエッチじゃん! しかもねちっこいし!」
思いのほか大きな声で言われて、耳を塞ごうとした手で陸の口を覆う。いくらここが陸の部屋とはいえ、隣室には自分の兄がいるし、いつ何時、誰かがこの部屋を訪ねないとも限らないのだ。自分たちの関係が知られている状況でも、聞かれていい話ではない。一織の手の下で「んん」と呻く声が聞こえ、慌てて手を放す。あまり強く押さえたつもりはないし、陸の呼吸に乱れもない。
「ねちっこいってなんですか。失礼な人だな」
「だってねちっこいじゃん。オレがもうやだって言っても、でもここがいいんでしょうとかなんとか言って。……そりゃあ、悪くはないけど」
悪くはないのか。先日の情事で陸が「やだ」と言っていた時のことを思い出し、腹の奥がずくりと重くなる。
「……悪くないなら、いいんじゃないんですか」
「なっ……もう、そういうとこだよ! 恥ずかしいじゃんか。オレばっかり、いっつも余裕ないし、…………って、あぁもうやだ恥ずかしい」
きゅうっと目を瞑って首を横に振る。赤い髪がぱさぱさと揺れるのを見た一織は、シーツの上で赤い髪が揺れていた時のことを連想してしまった。ごくりと生唾を飲み込む。自分ばかり余裕がないなんて、本心で思っているのだろうか。
「……私だって、余裕なんてありませんよ」
今も、陸の一挙一動に理性を揺さ振られている。あとひとつ、なにかあれば、陸に食らい付いてしまいそう。
「えー? 全然、そんなふうに見えないけどな。そりゃあ、初めての時は一織もテンパってたけど、最近の一織、……すごく格好よくて、オレ、いっつもどきどきしてる。オレばっかりどきどきしてるみたいでちょっと悔しいくらい」
はは……と眉を八の字に下げて笑うのを見ていたらたまらなくなって、陸の腕を強く引いた。一年前はあまり変わらなかったのが、今は少しだけ、体格差が大きくなっている。一織の腕に中に収まった陸は「え、え?」と戸惑いの声を上げた。
「わかりませんか。こんなに心臓がうるさいんですよ。余裕なんて、あるわけないでしょう」
「……ほんとだ、すごい。オレより速いかも」
ふにゃりと笑うのを見て、一織はおもしろくないといったふうに唇を尖らせた。
「七瀬さんにも、同じくらいどきどきしてほしいんですけど」
自分ばかり好きみたいとまでは言わないけれど、自分ばかり意識しているのは負けた気がして悔しい。勝負ごとではないのにそんなことを考えて、一織はいつだって、一人で勝手に敗北感を味わっているのだ。
「んん……じゃあ、今月のオレのお願い。オレのこと、一晩中どきどきさせてみせて」
これ以上どきどきできるのだろうか。どうやって、どきどきさせてくれるのだろう。期待を込めた視線で一織を見つめる。
「いいでしょう。その代わり、いやとは言わせませんよ」
耳許に唇を寄せて、色をたっぷり含んだ声でひとこと囁く。陸はびくりと身体を震わせたかと思うと勢いよく顔を上げた。
「……その呼び方、ずるい」
「もう降参ですか? もっとも、やめるつもりはありませんけど」
まだ、夜は始まったばかり。