プレゼント
有名なコスメブランド『G-RiT』との企画でクリスマスコフレのポスターやCM撮影をおこない、一週間ほど前から街中にメンバーのポスターが貼り出されている。ルージュを持ってポーズを決めた男性アイドル陣の姿に、ファンはスマートフォンのカメラを向けてポスターの前に集まった。SNSでも「陸くんのポスター見つけた!」や「お店に言ったら大和のポスターもらえないかな」といった書き込みが目立っている。一織はそれを眺めながら、ふ……と息を漏らした。
撮影の時に陸から格好いいと言われた時のことを思い出す。未だ素直になりきれない一織と違い、陸の表現はまっすぐだ。それでもあからさまに褒めることは少なく、たまに一織を褒めたかと思うとひどく恥ずかしがる。両手で顔を覆って恥じらう姿がかわいらしくて、褒め言葉をありがたく受け取ればいいものを、かわいくない態度を取って、陸と言い合いになってしまう。
もはや日課となっているSNSの反応チェックをあらかた終えたところで深い溜息をついて目頭を押さえた。間もなくクリスマス、それが終われば……。
(ブラホワか……)
学校は冬休みだが、アイドルである自分に冬休みはない。季節柄、仕事が立て込む時期であるから、自室で過ごす時間が一年でもっとも少ないと言っていい。しかし、仕事が忙しいということはファンの反応の数も多いということ。それらをできるだけ拾っておきたいと思っている一織としては、自室で過ごす時間さえも惜しいのだ。
それでもさすがに根を詰め過ぎたかと判断し、休憩がてら飲みものを入れてこようと思い立つ。椅子をぎっと鳴らして立ち上がると、ちょうどそのタイミングで部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
鍵を開けてやる。部屋を訪ねてきたのは陸だった。
「一織、そろそろ休憩にしない?」
陸が持っているトレイには、マグカップが二つと、大皿に盛り付けられたクッキーがのせられていた。こぼしてしまわないようにと慌てて受け取る。
「……ありがとうございます」
マグカップの中身はホットココア。コーヒーでいいと言っているのに「甘いもののほうがいいだろ」と言ってミルクティーやココアを勧めてくるのだ、この人は。――一織の本心としてはコーヒーよりも甘い飲みもののほうが好みなので、陸の見立ては間違っていないのだが。
「あ、まーたエゴサ? オレにはするなって言うくせに」
「七瀬さんの場合は感情に左右しますから」
一織の言葉に「おもしろくないな」と思いつつ、部屋に置いてある折り畳みテーブルを組み立て、一織の隣に座った。
クッキーを齧る音と口を付けたマグカップをテーブルに置く音が続く。ジンジャーの香りが鼻腔をくすぐり、自然と、鼻がひくつく。三枚目のクッキーを食べ終えたところで、左肩にぽすんと体重がかけられた。
「~~っ!」
ふわふわとやわらかい髪が首筋に触れ、一織は思わず背筋を伸ばしてしまう。
「ね……一織」
「なん、ですか……」
視線だけを動かして陸を見遣ると、じ……と苺のような赤い瞳で見つめられる。
「おいしい?」
大皿から一枚、人のかたちをしたそれをつまみ取ってくちづけ、そのまま、一織の口許へ差し出してきた。唇にぴとりと当てられたそれをゆっくり噛り付く。
「……えぇ、とても」
「これね、オレがつくったんだ」
「え?」
てっきり、兄の三月が焼いたものだとばかり思っていた。目をまるく見開き、自分に寄り添っている陸に向き直る。陸はにひ、と笑った。
「オレからの、ちょっと早いクリスマスプレゼント! まぁ、三月に教えてもらいながらだったから、全部一人でやったわけじゃないんだけどさ。自分でも結構うまくできたかなって」
そうか、明後日はクリスマスだ。思っていたよりもクリスマスまで日が残っていないことに焦る。仕事で散々クリスマスに触れたこともあって、日付感覚があやふやになってしまっていたのだ。陸になにを贈ろうかと悩むばかりで、未だにプレゼントを用意できていない。しかも、この三連休は仕事が詰まっていて、日中にゆっくりと買いものへ行く余裕はなさそうだ。
「あの、すみませ、……」
言い終わらないうちに、むちゅっとくちづけられる。
「最近忙しかっただろ? 明日も明後日も朝から仕事だし。一織のことだから、自分はなにも用意してないのにって思ってるだろうけどさ。今度でいいよ」
こういった気遣いをされるたび、この人は年上なのだと実感してしまう。普段は少しわがままなところがあって、人の話を最後まで聞かなくて、手を焼くことが多いけれど、一織が余裕をなくしそうな時に限って包容力を見せるのだ。おかげで、いつの間にかこの男がいなければならないと思うようになってしまった。
「……そうですね。ですが、クリスマスに遅れないよう、善処します」
「えぇ……いいよ、べつに。そりゃあ、イブの夜にもらえるのが一番嬉しいけど」
そう言われては、なんとしてもクリスマスイブにプレゼントを用意してやらなければという気持ちになってしまう。
「せいぜい、驚く準備でもしておいてくださいね」
「なにそれ、かわいくない言い方だな」
陸がぷぅと頬を膨らませたので、その頬を指先で押し潰す。ぷしゅうと空気の抜ける音が尖らせた口から抜けていって、思わず笑ってしまった。一織が口許をゆるめたことに、陸もつられて笑い出す。
「やっと笑った。ここんとこ、ずっと気難しい顔してただろ。だから、……オレなりに心配してたんだよ」
クッキー焼いてきてよかった。効果絶大だなと陸がジンジャークッキーを齧る。そんなの、クッキーの効果ではなくて、陸が来てくれたからなのに。
しかし、やっぱり素直になりきれない一織がそれを言えるはずもなく。この礼は、陸が驚くようなプレゼントを用意して、それを渡す時に勇気を出そうと決めた。
撮影の時に陸から格好いいと言われた時のことを思い出す。未だ素直になりきれない一織と違い、陸の表現はまっすぐだ。それでもあからさまに褒めることは少なく、たまに一織を褒めたかと思うとひどく恥ずかしがる。両手で顔を覆って恥じらう姿がかわいらしくて、褒め言葉をありがたく受け取ればいいものを、かわいくない態度を取って、陸と言い合いになってしまう。
もはや日課となっているSNSの反応チェックをあらかた終えたところで深い溜息をついて目頭を押さえた。間もなくクリスマス、それが終われば……。
(ブラホワか……)
学校は冬休みだが、アイドルである自分に冬休みはない。季節柄、仕事が立て込む時期であるから、自室で過ごす時間が一年でもっとも少ないと言っていい。しかし、仕事が忙しいということはファンの反応の数も多いということ。それらをできるだけ拾っておきたいと思っている一織としては、自室で過ごす時間さえも惜しいのだ。
それでもさすがに根を詰め過ぎたかと判断し、休憩がてら飲みものを入れてこようと思い立つ。椅子をぎっと鳴らして立ち上がると、ちょうどそのタイミングで部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
鍵を開けてやる。部屋を訪ねてきたのは陸だった。
「一織、そろそろ休憩にしない?」
陸が持っているトレイには、マグカップが二つと、大皿に盛り付けられたクッキーがのせられていた。こぼしてしまわないようにと慌てて受け取る。
「……ありがとうございます」
マグカップの中身はホットココア。コーヒーでいいと言っているのに「甘いもののほうがいいだろ」と言ってミルクティーやココアを勧めてくるのだ、この人は。――一織の本心としてはコーヒーよりも甘い飲みもののほうが好みなので、陸の見立ては間違っていないのだが。
「あ、まーたエゴサ? オレにはするなって言うくせに」
「七瀬さんの場合は感情に左右しますから」
一織の言葉に「おもしろくないな」と思いつつ、部屋に置いてある折り畳みテーブルを組み立て、一織の隣に座った。
クッキーを齧る音と口を付けたマグカップをテーブルに置く音が続く。ジンジャーの香りが鼻腔をくすぐり、自然と、鼻がひくつく。三枚目のクッキーを食べ終えたところで、左肩にぽすんと体重がかけられた。
「~~っ!」
ふわふわとやわらかい髪が首筋に触れ、一織は思わず背筋を伸ばしてしまう。
「ね……一織」
「なん、ですか……」
視線だけを動かして陸を見遣ると、じ……と苺のような赤い瞳で見つめられる。
「おいしい?」
大皿から一枚、人のかたちをしたそれをつまみ取ってくちづけ、そのまま、一織の口許へ差し出してきた。唇にぴとりと当てられたそれをゆっくり噛り付く。
「……えぇ、とても」
「これね、オレがつくったんだ」
「え?」
てっきり、兄の三月が焼いたものだとばかり思っていた。目をまるく見開き、自分に寄り添っている陸に向き直る。陸はにひ、と笑った。
「オレからの、ちょっと早いクリスマスプレゼント! まぁ、三月に教えてもらいながらだったから、全部一人でやったわけじゃないんだけどさ。自分でも結構うまくできたかなって」
そうか、明後日はクリスマスだ。思っていたよりもクリスマスまで日が残っていないことに焦る。仕事で散々クリスマスに触れたこともあって、日付感覚があやふやになってしまっていたのだ。陸になにを贈ろうかと悩むばかりで、未だにプレゼントを用意できていない。しかも、この三連休は仕事が詰まっていて、日中にゆっくりと買いものへ行く余裕はなさそうだ。
「あの、すみませ、……」
言い終わらないうちに、むちゅっとくちづけられる。
「最近忙しかっただろ? 明日も明後日も朝から仕事だし。一織のことだから、自分はなにも用意してないのにって思ってるだろうけどさ。今度でいいよ」
こういった気遣いをされるたび、この人は年上なのだと実感してしまう。普段は少しわがままなところがあって、人の話を最後まで聞かなくて、手を焼くことが多いけれど、一織が余裕をなくしそうな時に限って包容力を見せるのだ。おかげで、いつの間にかこの男がいなければならないと思うようになってしまった。
「……そうですね。ですが、クリスマスに遅れないよう、善処します」
「えぇ……いいよ、べつに。そりゃあ、イブの夜にもらえるのが一番嬉しいけど」
そう言われては、なんとしてもクリスマスイブにプレゼントを用意してやらなければという気持ちになってしまう。
「せいぜい、驚く準備でもしておいてくださいね」
「なにそれ、かわいくない言い方だな」
陸がぷぅと頬を膨らませたので、その頬を指先で押し潰す。ぷしゅうと空気の抜ける音が尖らせた口から抜けていって、思わず笑ってしまった。一織が口許をゆるめたことに、陸もつられて笑い出す。
「やっと笑った。ここんとこ、ずっと気難しい顔してただろ。だから、……オレなりに心配してたんだよ」
クッキー焼いてきてよかった。効果絶大だなと陸がジンジャークッキーを齧る。そんなの、クッキーの効果ではなくて、陸が来てくれたからなのに。
しかし、やっぱり素直になりきれない一織がそれを言えるはずもなく。この礼は、陸が驚くようなプレゼントを用意して、それを渡す時に勇気を出そうと決めた。