ナイスカップル
すっかりお馴染みとなったタイトルコールに続く、ナギと陸の声。
「こんばんは、IDOLiSH7の七瀬陸と!」
「Good evening. 六弥ナギです」
ナギと陸がパーソナリティをつとめるラジオ番組が始まって一年。今日は待ちに待った日だった。
「さて。前回予告した通り、今回の放送にはスペシャルゲストが来てくれてます!」
「ワタシも、この日を首を長くして待っていました」
澄んだ湖畔のような瞳で、ゲストとして招かれた彼を見遣る。
「そうそう、ナギとオレのラジオが始まったばかりの頃は、年齢の都合上、出演できなかったんだよね」
いつも隣にいるけれど、この現場で隣にいるのは初めてのこと。期待の眼差しを受け、ゲストである彼が口を開いた。
「みなさん、こんばんは。IDOLiSH7の和泉一織です」
「一織、ようこそー!」
ごとごととマイクになにかがぶつかる音とともに拍手が響く。どこから取り出したのか、ナギはクラッカーをパンと鳴らした。
「相変わらずこの番組は騒々しいですね……」
クラッカーから飛び出した紙テープを頭にのせたまま、一織がじとりと睨む。
「相変わらずって、よく聞いてくれてるんだ?」
拍手をする時に少しはしゃぎ過ぎてしまった。椅子に座り直し、陸がにやにやと一織に問いかける。
「当然でしょう。メンバーの出演番組は欠かさずチェックしてますので」
IDOLiSH7の今後の売り出し方を考えるためにも、出演作の確認は必要だ。みずからの目で作品を見て、その反応をSNSで探る。その結果を分析し、IDOLiSH7を、七瀬陸をスーパースターにするための分析材料とするのだ。
「リク、イオリは特にリクの出演作品はリアルタイムを心掛けているのですよ」
「えっ、そうなんだ?」
見てくれているのは知っていたけれど、そんなにも? と陸の心が浮き足立つ。
「イエス。リアルタイム視聴は信者のタスク。イオリはリク信者ですから」
「違いますけど!」
一織の慌てた声に、ブースの外でスタッフの笑いが起こる。ガラス越しだから三人のところまで笑い声は聞こえてこないけれど、彼らの表情を見る限り、相当笑っていることは明らかだった。
「あとは環だなぁ。あと二ヶ月ちょっとで誕生日だろ? 環が十八になったら、今度こそうちのメンバーで週替わりゲストやりたい!」
そういえばそんなことを言っていたな……と、以前、TRIGGERの十龍之介がゲストに来た時の放送を思い出す。あの時の放送で、思いもよらず自分の名前が飛び出して、一織は動揺したのだった。
「まったく……そのあたりのことは番組プロデューサーの判断も必要ですよ。それと、番組であまり身内の話をし過ぎないように。ただでさえこの番組、破天荒で収拾がつかないまま放送時間が終わってしまいがちなんですから」
「Oh...イオリのアドバイスがこれ以上続くと、それこそ番組が終わってしまいます。リク、初めのコーナーに入りましょう」
放っておくと小言やじゃれ合いを始めてしまう一織と陸を止めてくれるのは、三人の中で最年長にあたるナギだ。彼はメンバーのことを本当に愛してくれていて、寮でも二人が言い争っていると仲裁役として宥めてくれることが多い。
「うん、そうだね。最初のおたよりです! せっかくだから、一織に読んでもらおうかな」
はい、とはがきを手渡され、一織は瞳をまあるく見開いた。主役である二人を差し置いて、ゲストの自分が読み上げるなんて。
(まぁ……十さんも読んでいたし、この番組はこういうものか……)
テーブルの上に用意された水を口に含んで喉を潤すと、一織はその甘く透き通った声を電波にのせた。
「――陸くん、ナギくんこんばんは。そして、一織くん、ゲスト出演おめでとうございます。一織推しとして、一織くんの誕生日の日から、一織くんがこのラジオにゲスト出演する日を今か今かと待っていました。……そんなにですか、なんだか気恥ずかしいですね。でも、ありがとうございます。――一織くんのことを推しだと言ってはいますが、ファンだとは認めていません。……なんですか、これ」
「なんだそれ」
ブース内に笑いが起こる。
「――友人はわたしのことを、一織くんのファンだろうと言ってくるのですが、わたしとしては、一織くんの動向を探るべく一織くんを推しているのであって、決して一織くんのファンではないということです。……ちょっとよくわからないですね。――一織くんのフォトブック、発売前に予約して複数冊購入しました! その友人に今度会うので、布教として見せるつもりでいます!」
「……ファンなんじゃん」
「Um...ファンですね」
動向を探るとはどういうことだろう。この投稿者は、一体、自分のなにを探っているのだろう。一織の背に汗が滲む。
「――フォトブックで着ていた服のデザインに合わせたネイルをした時も、友人からはファンでは? なんて言われたんですが、わたしとしては、一織くんが陸くんのことを優しく見守ってくれているかという動向を探っているに過ぎないのです」
「えっ、オレ?」
突如飛び出した自分の名前に、陸は声が裏返ってしまった。
「――『RESTART POiNTER』が発表された時のライブ、わたしは当時まだIDOLiSH7を追いかけてなかったので、あとから知りました。当時のMCの様子を見て、あぁ、この二人は、互いが互いを高め合える関係なのだなと感激しました。十七・十八歳で、そんな相手と巡り会えるって、なかなかないと思うんです。どうか、二人には今後も仲良くしてほしい。もちろん、IDOLiSH7としても、七人仲良くしてほしいです。ただ、わたしとしては、できればフラウェの二人の絡みをもっと見ることができたらなぁ……なんて。そんな気持ちも少し含んで、一織くんの動向をこれからも見守っていこうと思っています。……つまり、私と七瀬さんを特に応援してくださっているということですかね。ありがとうございます」
「へへ、オレも嬉しい。ありがとうございます! 一織と仲良くやってるよ!」
「……っ、そういうことは言わなくていいですから!」
顔を赤らめる一織に、ナギがひゅうっと口笛を吹く。
「イオリ、以前と比べるとずいぶんリクに優しくなりました。レディは安心して、これからもワタシたちを見守っていてください。もちろん。ワタシのことも応援してくださいね」
ラジオだから見えないけれど、ナギはぱちんとウインクを飛ばした。きっと、これを聴いているIDOLiSH7のファンであれば、彼が言葉の最後をウインクで締め括ったことくらい伝わっているのだろう。
「まぁ、相変わらず一織は口うるさいけどね」
「それは七瀬さんがドジをやらかすからでしょう。この前だって、マグカップを落として割っていたじゃないですか」
「あっ、それここで言うなよなー。オレの失敗が全国区に広まっちゃうじゃんか」
またしても、ブースの向こうでスタッフの笑う様子が見えた。
「リク、リクのミステイクは既に周知の事実ですよ」
ライブのMCで散々ネタにされていて、IDOLiSH7のファンには陸がマグカップを落として割ったことくらい『ありがちなこと』と認識されているのだ。MCでその話題が出ると、笑いよりも「陸くん怪我してない?」と彼の身を案じる声が飛んでくる始末。
「うぅ……二人とも容赦ないなー。あ、マグカップはちゃんと新しく買い直しました。新しいのは一織と色違いなんだよ」
「だから、そういうのは」
「レディ、安心してください。イオリとリクはペアマグカップだそうです。MEZZO"は超超超仲良しと言われていますが、この二人も、ワタシからすればRe:valeのお二人に引けを取らないナイスカップルでは? と思えるのです」
IDOLiSH7がデビューする前から、一織と陸のコンビを気に入っているファンは一定数ついていた。恐らく、ラジオの向こうではその彼ら・彼女らが今頃歓喜の声を上げていることだろう。
「あぁもう! 次の! 次のおたよりにいってください!」
一年経っても、このラジオ番組は収拾がつけられないままだ。
今回の放送、一織は視聴者の立場になれないという理由から、タイムシフト予約してある。帰宅後に聴きながら反省点をまとめるために、そう設定したのだ。しかし、初めてこのブースに足を踏み入れた一織でも、ここは非常に居心地がいいことがわかる。反省点をまとめるのもいいけれど、まずは居心地のよさを前向きに受け止めて、今後の仕事に活かしたいと思った。
果たして数ヶ月後、この番組は週替わりゲストとしてIDOLiSH7のメンバーを順に招くようになるのだろうか。
「こんばんは、IDOLiSH7の七瀬陸と!」
「Good evening. 六弥ナギです」
ナギと陸がパーソナリティをつとめるラジオ番組が始まって一年。今日は待ちに待った日だった。
「さて。前回予告した通り、今回の放送にはスペシャルゲストが来てくれてます!」
「ワタシも、この日を首を長くして待っていました」
澄んだ湖畔のような瞳で、ゲストとして招かれた彼を見遣る。
「そうそう、ナギとオレのラジオが始まったばかりの頃は、年齢の都合上、出演できなかったんだよね」
いつも隣にいるけれど、この現場で隣にいるのは初めてのこと。期待の眼差しを受け、ゲストである彼が口を開いた。
「みなさん、こんばんは。IDOLiSH7の和泉一織です」
「一織、ようこそー!」
ごとごととマイクになにかがぶつかる音とともに拍手が響く。どこから取り出したのか、ナギはクラッカーをパンと鳴らした。
「相変わらずこの番組は騒々しいですね……」
クラッカーから飛び出した紙テープを頭にのせたまま、一織がじとりと睨む。
「相変わらずって、よく聞いてくれてるんだ?」
拍手をする時に少しはしゃぎ過ぎてしまった。椅子に座り直し、陸がにやにやと一織に問いかける。
「当然でしょう。メンバーの出演番組は欠かさずチェックしてますので」
IDOLiSH7の今後の売り出し方を考えるためにも、出演作の確認は必要だ。みずからの目で作品を見て、その反応をSNSで探る。その結果を分析し、IDOLiSH7を、七瀬陸をスーパースターにするための分析材料とするのだ。
「リク、イオリは特にリクの出演作品はリアルタイムを心掛けているのですよ」
「えっ、そうなんだ?」
見てくれているのは知っていたけれど、そんなにも? と陸の心が浮き足立つ。
「イエス。リアルタイム視聴は信者のタスク。イオリはリク信者ですから」
「違いますけど!」
一織の慌てた声に、ブースの外でスタッフの笑いが起こる。ガラス越しだから三人のところまで笑い声は聞こえてこないけれど、彼らの表情を見る限り、相当笑っていることは明らかだった。
「あとは環だなぁ。あと二ヶ月ちょっとで誕生日だろ? 環が十八になったら、今度こそうちのメンバーで週替わりゲストやりたい!」
そういえばそんなことを言っていたな……と、以前、TRIGGERの十龍之介がゲストに来た時の放送を思い出す。あの時の放送で、思いもよらず自分の名前が飛び出して、一織は動揺したのだった。
「まったく……そのあたりのことは番組プロデューサーの判断も必要ですよ。それと、番組であまり身内の話をし過ぎないように。ただでさえこの番組、破天荒で収拾がつかないまま放送時間が終わってしまいがちなんですから」
「Oh...イオリのアドバイスがこれ以上続くと、それこそ番組が終わってしまいます。リク、初めのコーナーに入りましょう」
放っておくと小言やじゃれ合いを始めてしまう一織と陸を止めてくれるのは、三人の中で最年長にあたるナギだ。彼はメンバーのことを本当に愛してくれていて、寮でも二人が言い争っていると仲裁役として宥めてくれることが多い。
「うん、そうだね。最初のおたよりです! せっかくだから、一織に読んでもらおうかな」
はい、とはがきを手渡され、一織は瞳をまあるく見開いた。主役である二人を差し置いて、ゲストの自分が読み上げるなんて。
(まぁ……十さんも読んでいたし、この番組はこういうものか……)
テーブルの上に用意された水を口に含んで喉を潤すと、一織はその甘く透き通った声を電波にのせた。
「――陸くん、ナギくんこんばんは。そして、一織くん、ゲスト出演おめでとうございます。一織推しとして、一織くんの誕生日の日から、一織くんがこのラジオにゲスト出演する日を今か今かと待っていました。……そんなにですか、なんだか気恥ずかしいですね。でも、ありがとうございます。――一織くんのことを推しだと言ってはいますが、ファンだとは認めていません。……なんですか、これ」
「なんだそれ」
ブース内に笑いが起こる。
「――友人はわたしのことを、一織くんのファンだろうと言ってくるのですが、わたしとしては、一織くんの動向を探るべく一織くんを推しているのであって、決して一織くんのファンではないということです。……ちょっとよくわからないですね。――一織くんのフォトブック、発売前に予約して複数冊購入しました! その友人に今度会うので、布教として見せるつもりでいます!」
「……ファンなんじゃん」
「Um...ファンですね」
動向を探るとはどういうことだろう。この投稿者は、一体、自分のなにを探っているのだろう。一織の背に汗が滲む。
「――フォトブックで着ていた服のデザインに合わせたネイルをした時も、友人からはファンでは? なんて言われたんですが、わたしとしては、一織くんが陸くんのことを優しく見守ってくれているかという動向を探っているに過ぎないのです」
「えっ、オレ?」
突如飛び出した自分の名前に、陸は声が裏返ってしまった。
「――『RESTART POiNTER』が発表された時のライブ、わたしは当時まだIDOLiSH7を追いかけてなかったので、あとから知りました。当時のMCの様子を見て、あぁ、この二人は、互いが互いを高め合える関係なのだなと感激しました。十七・十八歳で、そんな相手と巡り会えるって、なかなかないと思うんです。どうか、二人には今後も仲良くしてほしい。もちろん、IDOLiSH7としても、七人仲良くしてほしいです。ただ、わたしとしては、できればフラウェの二人の絡みをもっと見ることができたらなぁ……なんて。そんな気持ちも少し含んで、一織くんの動向をこれからも見守っていこうと思っています。……つまり、私と七瀬さんを特に応援してくださっているということですかね。ありがとうございます」
「へへ、オレも嬉しい。ありがとうございます! 一織と仲良くやってるよ!」
「……っ、そういうことは言わなくていいですから!」
顔を赤らめる一織に、ナギがひゅうっと口笛を吹く。
「イオリ、以前と比べるとずいぶんリクに優しくなりました。レディは安心して、これからもワタシたちを見守っていてください。もちろん。ワタシのことも応援してくださいね」
ラジオだから見えないけれど、ナギはぱちんとウインクを飛ばした。きっと、これを聴いているIDOLiSH7のファンであれば、彼が言葉の最後をウインクで締め括ったことくらい伝わっているのだろう。
「まぁ、相変わらず一織は口うるさいけどね」
「それは七瀬さんがドジをやらかすからでしょう。この前だって、マグカップを落として割っていたじゃないですか」
「あっ、それここで言うなよなー。オレの失敗が全国区に広まっちゃうじゃんか」
またしても、ブースの向こうでスタッフの笑う様子が見えた。
「リク、リクのミステイクは既に周知の事実ですよ」
ライブのMCで散々ネタにされていて、IDOLiSH7のファンには陸がマグカップを落として割ったことくらい『ありがちなこと』と認識されているのだ。MCでその話題が出ると、笑いよりも「陸くん怪我してない?」と彼の身を案じる声が飛んでくる始末。
「うぅ……二人とも容赦ないなー。あ、マグカップはちゃんと新しく買い直しました。新しいのは一織と色違いなんだよ」
「だから、そういうのは」
「レディ、安心してください。イオリとリクはペアマグカップだそうです。MEZZO"は超超超仲良しと言われていますが、この二人も、ワタシからすればRe:valeのお二人に引けを取らないナイスカップルでは? と思えるのです」
IDOLiSH7がデビューする前から、一織と陸のコンビを気に入っているファンは一定数ついていた。恐らく、ラジオの向こうではその彼ら・彼女らが今頃歓喜の声を上げていることだろう。
「あぁもう! 次の! 次のおたよりにいってください!」
一年経っても、このラジオ番組は収拾がつけられないままだ。
今回の放送、一織は視聴者の立場になれないという理由から、タイムシフト予約してある。帰宅後に聴きながら反省点をまとめるために、そう設定したのだ。しかし、初めてこのブースに足を踏み入れた一織でも、ここは非常に居心地がいいことがわかる。反省点をまとめるのもいいけれど、まずは居心地のよさを前向きに受け止めて、今後の仕事に活かしたいと思った。
果たして数ヶ月後、この番組は週替わりゲストとしてIDOLiSH7のメンバーを順に招くようになるのだろうか。