ハグ
ライブの高揚感に包まれた時や撮影で求められた時、一織は陸の体に触れる。
(……だけじゃないな)
陸が発作を起こし、背中を撫でてやったほうがいいと判断した時も、一織は陸の背に腕を回す。つまり、触れるのは、この三つのうちどれかに当てはまった時。
初めの頃は、ライブ後で気持ちが昂っていたとか、仕事で必要だからと冷静な頭で対処できていたし、陸の発作に対しても、早く治まってほしいという気持ちしかなかったのだが、いつしか、彼に触れた時に手のひらから伝わってくる体温に、緊張するようになってしまった。
元々、一織は人との接触を好むタイプではない。自分の性格もあって、友人が極端に少なかった……というか、IDOLiSH7のメンバーと出会うまで、友人と呼べる存在がいなかったから、人との接触に不慣れだったのだ。
しかし、そこはパーフェクト高校生。仕事だからと割りきってしまえば、人との触れ合いも、難なくこなせるはずだった。
「ひゃっ?」
背中に衝撃が走り、らしくない叫び声を上げてしまった。
「いーおりっ! なに難しい顔してんの?」
「七瀬さん……なんですか、唐突に」
なんてことをしてくれるんだ。人の気も知らないで、予告なく背後から抱き着いてくるなんて。あぁ、どうか、うるさく高鳴っているこの鼓動が七瀬さんに伝わりませんようにと、日頃、まったく信じてもいない神に必死で祈る。
「絆ゲームチャレンジ! 風船ハグ割りしよ!」
「はぁ?」
陸が言っているのは、先日、Re:valeが番組内でやっていたゲームのことだ。いつものテレビ放送ではなく、インターネット配信を使っての番組で、リアルタイムで寄せられるコメントや投票機能を使った臨機応変な番組展開から、視聴者からもかなり好評だったと聞く。リアルタイムでの視聴はできなかったから、タイムシフト予約をしたはずだ。次の休みにゆっくり見ようと思っているため、一織はまだ見ていない。
「番組でということなら、打ち合わせの時に言ってください。希望が通るかはわかりませんけど」
「仕事じゃなくて、暇だから今やろうって話なんだけど」
なんという無茶振りだろう。頭が痛くなる。
「しません。どうしてもというなら四葉さんか六弥さんあたりに頼んでください」
わいわいと楽しくはしゃぐなんて、自分のキャラクターではない。
「環も誘うからさ。あっ! どうせなら、みんなでやろうよ。オレ、呼んでくる!」
一織の答えも待たず、陸はぱたぱたと皆を呼びに行ってしまった。埃を立てないようにと日頃から口酸っぱく言っているのに、あんなに走って。
(まったく、無邪気というかなんというか……)
数分後、全員ではないものの、三月と環を引き連れた陸が戻ってきた。陸曰く、大和は二日酔いで頭が痛いらしく、壮五は作曲の勉強中、ナギは『まじかる★ここな』二期の一挙放送が配信されるのを見ていてそれどころではないと断られたそうだ。ナギ曰く、タイムシフト予約をしていようが、仕事が入っていないのであればリアルタイム視聴をするのが信者のタスクなのだとか。リアルタイム視聴をして、タイムシフト再生で反省会。これが真のファンだとナギは熱く語っていたらしい。
「……やりませんよ、私は」
仕事でもないのにハグなんて。特に、言い出しっぺのこの男とは、心臓がいくつあってもたりないので勘弁してほしい。
「んで、風船は?」
環の言葉に、陸が「あ」と声を漏らす。
「そういや、風船、ないんだった」
言い出しっぺのくせに、必要なものを用意していないとは、この男はどこまでうっかり屋なのだろう。一織は小さく溜息をついた。
「……あなたはばかですか」
「う。ばかって言うなよ。ばかって言ったほうがばかなんだからな」
頬をふくらませてまなじりをつり上げる陸の表情。かわいい人だな、と心の声が漏れそうになるのをぐっと堪えて、一織は咳払いで誤魔化した。
「風船がないなら諦めてください」
一織の言葉に、陸は眉をしゅんと下げた。
(う……)
この表情にも、一織は弱い。
「まぁまぁ、そう言ってやるなよ。ほーら、陸」
三月が両腕を広げると、陸はその中に飛び込んだ。
「三月~! オレたちの絆はかたいよな!」
「おう! あったりまえだろ!」
自分の兄と、自分が秘かに恋焦がれている相手のハグ。一体どちらに嫉妬すればいいのか。一織は必死で平静を装いながら、その実、背に汗を浮かべていた。
「なー、いおりん」
「……なんです」
「顔に出てんよ。羨ましいって」
「~~っ、四葉さん!」
キッと眉をつり上げて詰め寄ろうとしたところ、さらりと躱されてしまう。
「りっくーん、いおりんがりっくんとハグしたいって」
「言ってませんけど!」
「珍しいな、一織が誰かとハグしたがるなんて。小さい頃以来かもな」
「いおりん、りっくん好きだもんな」
兄までもが環に加勢して、一織はいよいよ逃げ場を失った。ここで、別に好きじゃありませんと言えたらどんなにいいことか。
「そうなの? え~、照れるな。でも、いいよ、ほら。おいで」
陸は両腕を広げたまま、こてんと首を傾げ、視線で訴えかけてくる。
「ほら、チャンスだろ」
環に背中を押され、一織はたたらを踏んだ。
「……仕方なく、ですよ」
ライブの高揚感に包まれたのでも、撮影で求められたのでも、ましてや、陸が発作を起こしたわけでもない。
この日、一織は初めて、陸と理由のないハグをした。これまでの〝理由があっての触れ合い〟のどれよりも心臓がやかましくて、頭がどうにかなりそうだ。
(……だけじゃないな)
陸が発作を起こし、背中を撫でてやったほうがいいと判断した時も、一織は陸の背に腕を回す。つまり、触れるのは、この三つのうちどれかに当てはまった時。
初めの頃は、ライブ後で気持ちが昂っていたとか、仕事で必要だからと冷静な頭で対処できていたし、陸の発作に対しても、早く治まってほしいという気持ちしかなかったのだが、いつしか、彼に触れた時に手のひらから伝わってくる体温に、緊張するようになってしまった。
元々、一織は人との接触を好むタイプではない。自分の性格もあって、友人が極端に少なかった……というか、IDOLiSH7のメンバーと出会うまで、友人と呼べる存在がいなかったから、人との接触に不慣れだったのだ。
しかし、そこはパーフェクト高校生。仕事だからと割りきってしまえば、人との触れ合いも、難なくこなせるはずだった。
「ひゃっ?」
背中に衝撃が走り、らしくない叫び声を上げてしまった。
「いーおりっ! なに難しい顔してんの?」
「七瀬さん……なんですか、唐突に」
なんてことをしてくれるんだ。人の気も知らないで、予告なく背後から抱き着いてくるなんて。あぁ、どうか、うるさく高鳴っているこの鼓動が七瀬さんに伝わりませんようにと、日頃、まったく信じてもいない神に必死で祈る。
「絆ゲームチャレンジ! 風船ハグ割りしよ!」
「はぁ?」
陸が言っているのは、先日、Re:valeが番組内でやっていたゲームのことだ。いつものテレビ放送ではなく、インターネット配信を使っての番組で、リアルタイムで寄せられるコメントや投票機能を使った臨機応変な番組展開から、視聴者からもかなり好評だったと聞く。リアルタイムでの視聴はできなかったから、タイムシフト予約をしたはずだ。次の休みにゆっくり見ようと思っているため、一織はまだ見ていない。
「番組でということなら、打ち合わせの時に言ってください。希望が通るかはわかりませんけど」
「仕事じゃなくて、暇だから今やろうって話なんだけど」
なんという無茶振りだろう。頭が痛くなる。
「しません。どうしてもというなら四葉さんか六弥さんあたりに頼んでください」
わいわいと楽しくはしゃぐなんて、自分のキャラクターではない。
「環も誘うからさ。あっ! どうせなら、みんなでやろうよ。オレ、呼んでくる!」
一織の答えも待たず、陸はぱたぱたと皆を呼びに行ってしまった。埃を立てないようにと日頃から口酸っぱく言っているのに、あんなに走って。
(まったく、無邪気というかなんというか……)
数分後、全員ではないものの、三月と環を引き連れた陸が戻ってきた。陸曰く、大和は二日酔いで頭が痛いらしく、壮五は作曲の勉強中、ナギは『まじかる★ここな』二期の一挙放送が配信されるのを見ていてそれどころではないと断られたそうだ。ナギ曰く、タイムシフト予約をしていようが、仕事が入っていないのであればリアルタイム視聴をするのが信者のタスクなのだとか。リアルタイム視聴をして、タイムシフト再生で反省会。これが真のファンだとナギは熱く語っていたらしい。
「……やりませんよ、私は」
仕事でもないのにハグなんて。特に、言い出しっぺのこの男とは、心臓がいくつあってもたりないので勘弁してほしい。
「んで、風船は?」
環の言葉に、陸が「あ」と声を漏らす。
「そういや、風船、ないんだった」
言い出しっぺのくせに、必要なものを用意していないとは、この男はどこまでうっかり屋なのだろう。一織は小さく溜息をついた。
「……あなたはばかですか」
「う。ばかって言うなよ。ばかって言ったほうがばかなんだからな」
頬をふくらませてまなじりをつり上げる陸の表情。かわいい人だな、と心の声が漏れそうになるのをぐっと堪えて、一織は咳払いで誤魔化した。
「風船がないなら諦めてください」
一織の言葉に、陸は眉をしゅんと下げた。
(う……)
この表情にも、一織は弱い。
「まぁまぁ、そう言ってやるなよ。ほーら、陸」
三月が両腕を広げると、陸はその中に飛び込んだ。
「三月~! オレたちの絆はかたいよな!」
「おう! あったりまえだろ!」
自分の兄と、自分が秘かに恋焦がれている相手のハグ。一体どちらに嫉妬すればいいのか。一織は必死で平静を装いながら、その実、背に汗を浮かべていた。
「なー、いおりん」
「……なんです」
「顔に出てんよ。羨ましいって」
「~~っ、四葉さん!」
キッと眉をつり上げて詰め寄ろうとしたところ、さらりと躱されてしまう。
「りっくーん、いおりんがりっくんとハグしたいって」
「言ってませんけど!」
「珍しいな、一織が誰かとハグしたがるなんて。小さい頃以来かもな」
「いおりん、りっくん好きだもんな」
兄までもが環に加勢して、一織はいよいよ逃げ場を失った。ここで、別に好きじゃありませんと言えたらどんなにいいことか。
「そうなの? え~、照れるな。でも、いいよ、ほら。おいで」
陸は両腕を広げたまま、こてんと首を傾げ、視線で訴えかけてくる。
「ほら、チャンスだろ」
環に背中を押され、一織はたたらを踏んだ。
「……仕方なく、ですよ」
ライブの高揚感に包まれたのでも、撮影で求められたのでも、ましてや、陸が発作を起こしたわけでもない。
この日、一織は初めて、陸と理由のないハグをした。これまでの〝理由があっての触れ合い〟のどれよりも心臓がやかましくて、頭がどうにかなりそうだ。