いたずら
学校から帰ってきた環と一織の手には、菓子がたくさん詰まった紙袋がぶら下げられていた。なんでも、ハロウィンだからとクラスメイトから大量にもらったらしい。
「トリック・オア・トリートなんて言うのは一部の浮かれた人たちだけで、実際のところは製菓会社の商品戦略にまんまと引っかかって、こういったものをつい買ってしまう程度なんですよ」
そう言いながら一織は紙袋の中の菓子を一瞥し、わずかに頬をゆるませる。ハロウィン限定の菓子は総じてかわいらしいデザインであることが多いから、一織の心をくすぐったのだろう。しかし、彼は自分のキャラクターを崩そうとはしないから――時々、声に漏れ出てしまっているものの――本当は盛大に喜びたいのを抑えているのだ。いい加減、付き合いも長い。一織がこういったかわいらしいものに弱いことくらい、壮五にはわかっている。もちろん、環にも。
「それにしても、数が多いね。……環くん、一気に食べないようにね」
「えー、こんくらい一時間で消えるって」
紙袋を掲げて軽く振る。中身はほとんどがキャンディとチョコレート。
「この時間にお菓子を食べて、ご飯が食べられなくなったら困るだろう?」
それに、毎日の王様プリンだってある。いただいた菓子は何日かに分けて、少しずつ食べたほうがいい。壮五はそう言って窘めた。
「もー、そーちゃんうっさい。ハロウィンのは、ハロウィンに食べるのがいいんじゃん」
靴を脱いで、真っ直ぐ部屋に向かおうとする環のフードを慌てて掴む。
「ちゃんと手洗いとうがいをしないと」
環はむっと口を尖らせたが、すぐに「わかった」と答えた。
「その代わり頼みがあんだけど」
「頼み?」
掴んでいたフードを離し、こてんと小首を傾げる。
「そーちゃんにしか、頼めねえから。あとで部屋行っていい?」
そう言われると、頼られている! という喜びで、壮五は胸がいっぱいになってしまった。いつもいつもいつもいつも「うっさい」だの「めんどくせえ」だの言う環が「そーちゃんにしか頼めない」と自分を頼ってくれているのだ。壮五は一も二もなく頷いた。
「もちろんだよ! あ、ちゃんと石鹸で手を洗っておいで」
わかったわかったと二度返事をした環の口角が少し上がっているのを見た一織は、少し迷ってから、壮五に声をかけた。
「逢坂さん、……今日がなんの日だか、おわかりですよね」
「うん? ハロウィンだよね?」
きょとんとした表情に、あぁ、これは、わかっていないなと感じた。しかし、学校でなんだかんだと自分と行動をともにしてくれている環のおかげで、かわいらしい菓子を手にできたのだと思うと、それ以上言うのは躊躇われる。だから、せめて。
「逢坂さん、頑張ってくださいね」
激励の言葉を贈る。夕食までには顔を出してもらいたい。今夜の夕食は、三月お手製のかぼちゃを器にしたスープを始めとしたハロウィンメニューが予定されている。兄の料理を自慢したい一織としては、是非とも、七人揃って食べたい一品だ。
壮五が部屋で待っていると、ノックとともに部屋のドアが開かれた。ノックをするようになったのはいいのだが、次は、相手がドアを開くのを待つか、開けていいという返事を待つように言わなければなと思う。制服から私服へと着替えていた環は、学校から持ち帰った菓子を持ってやってきた。紙袋いっぱいの菓子を見て、壮五は眉を顰める。
「環くん、お菓子は」
「とりっくおあとりーと」
壮五が言いきらないうちに、間延びした声でお決まりの言葉を言われる。
「え」
「だーかーらー、とりっく・おあ・とりーと!」
手の平をこちらに差し出しながら、もう一度。
しかし、そう言われても、壮五には手持ちの菓子がない。元々、壮五はみずから進んで菓子を食べるタイプではないし、部屋に食べものを置こうとも思っていないからだ。だいたい……。
「お菓子なら、今、きみが持ってるじゃないか」
「つまり、そーちゃんは菓子くれねえってことだな?」
くれないんだという言い回しに引っ掛かりを感じつつ、とりあえず頷く。
「そう、だね。もちろん、僕の手許にあればひとつくらいあげたいところだけど……」
さきほど、菓子を優先して夕食が入らなくなっては困るだろうと苦言を呈したところだが、ひとつくらいならいいかと思う。しかし、そもそも菓子が手許になければ渡すことさえできない。
困惑する壮五に対し、環はにやりと笑った。
「じゃあ、とりっくだな」
言うが早いか、環は壮五に覆い被さる。
「わっ、なに……んんっ……、ん……」
一瞬のうちに間近へと迫ってきた環の表情に「食べられる」と目を瞑ったところ、そのまま、唇ごと食べられてしまいそうなキスをされてしまった。
本当は、なにをするんだとその胸をどんどんと叩いて抵抗したいのに、環からのキスに慣れた身体は、うっとりと瞳を閉じ、自分からも応えようと舌を差し出してしまう。習慣とは恐ろしいものだ。
(ん、甘い……、飴……? はないけど……)
口内を探っても飴はないのに、飴のような、人工的な甘い味がする。恐らく、ここに来る前に飴を食べていたのだろう。
どれくらいそうしていたのかはわからない。ようやく唇が離れた時には、壮五の息はすっかり上がってしまっていた。
「今からかわりばんこで、さっきのやつな。出せないやつはいたずらされっから」
なんて卑怯な。それでは、環が全戦全勝じゃないか。さきほどの一織の言葉を思い出した。頑張ってくださいとは、こういうことだったのか。自分よりも一織のほうが環の行動を読んでいた事実に気付いて、壮五は歯噛みする。
「ほら、そーちゃんの番」
促されて、反射的に「あ、うん」と答えてしまう。
「ト、トリック・オア・トリート……」
壮五の言葉を受け、環が「どれにしよっかなー」と呟きながら、傍に置いたままの紙袋に手を突っ込んで、がさがさと音を立てる。数秒後、どれにするか決まったのか、ぱっと表情を明るくして、顔を上げた。
「そーちゃんには、これ。はい、手、出して」
言われた通りに手をお椀型にして差し出す。環の握り拳がのせられ、一体なんだろうと注視したものの、環が手を開いても、思っていたような飴やクッキーはなく。
「……? なにもないじゃないか」
「隙あり!」
腕を強く引かれ、そのまま環に抱き寄せられた。なにが起こっているのか、まったくわからない。
「そーちゃんには、トリート。俺がめいっぱい、おもてなししてやんよ」
指先で顎をすくい、ちゅっと音を立ててくちづけられた。
(これって、これって……)
どちらにせよキスするだけじゃないか! という声が環の部屋に響き、夕食時にメンバーがよそよそしい態度だったのは、また別の話。
「トリック・オア・トリートなんて言うのは一部の浮かれた人たちだけで、実際のところは製菓会社の商品戦略にまんまと引っかかって、こういったものをつい買ってしまう程度なんですよ」
そう言いながら一織は紙袋の中の菓子を一瞥し、わずかに頬をゆるませる。ハロウィン限定の菓子は総じてかわいらしいデザインであることが多いから、一織の心をくすぐったのだろう。しかし、彼は自分のキャラクターを崩そうとはしないから――時々、声に漏れ出てしまっているものの――本当は盛大に喜びたいのを抑えているのだ。いい加減、付き合いも長い。一織がこういったかわいらしいものに弱いことくらい、壮五にはわかっている。もちろん、環にも。
「それにしても、数が多いね。……環くん、一気に食べないようにね」
「えー、こんくらい一時間で消えるって」
紙袋を掲げて軽く振る。中身はほとんどがキャンディとチョコレート。
「この時間にお菓子を食べて、ご飯が食べられなくなったら困るだろう?」
それに、毎日の王様プリンだってある。いただいた菓子は何日かに分けて、少しずつ食べたほうがいい。壮五はそう言って窘めた。
「もー、そーちゃんうっさい。ハロウィンのは、ハロウィンに食べるのがいいんじゃん」
靴を脱いで、真っ直ぐ部屋に向かおうとする環のフードを慌てて掴む。
「ちゃんと手洗いとうがいをしないと」
環はむっと口を尖らせたが、すぐに「わかった」と答えた。
「その代わり頼みがあんだけど」
「頼み?」
掴んでいたフードを離し、こてんと小首を傾げる。
「そーちゃんにしか、頼めねえから。あとで部屋行っていい?」
そう言われると、頼られている! という喜びで、壮五は胸がいっぱいになってしまった。いつもいつもいつもいつも「うっさい」だの「めんどくせえ」だの言う環が「そーちゃんにしか頼めない」と自分を頼ってくれているのだ。壮五は一も二もなく頷いた。
「もちろんだよ! あ、ちゃんと石鹸で手を洗っておいで」
わかったわかったと二度返事をした環の口角が少し上がっているのを見た一織は、少し迷ってから、壮五に声をかけた。
「逢坂さん、……今日がなんの日だか、おわかりですよね」
「うん? ハロウィンだよね?」
きょとんとした表情に、あぁ、これは、わかっていないなと感じた。しかし、学校でなんだかんだと自分と行動をともにしてくれている環のおかげで、かわいらしい菓子を手にできたのだと思うと、それ以上言うのは躊躇われる。だから、せめて。
「逢坂さん、頑張ってくださいね」
激励の言葉を贈る。夕食までには顔を出してもらいたい。今夜の夕食は、三月お手製のかぼちゃを器にしたスープを始めとしたハロウィンメニューが予定されている。兄の料理を自慢したい一織としては、是非とも、七人揃って食べたい一品だ。
壮五が部屋で待っていると、ノックとともに部屋のドアが開かれた。ノックをするようになったのはいいのだが、次は、相手がドアを開くのを待つか、開けていいという返事を待つように言わなければなと思う。制服から私服へと着替えていた環は、学校から持ち帰った菓子を持ってやってきた。紙袋いっぱいの菓子を見て、壮五は眉を顰める。
「環くん、お菓子は」
「とりっくおあとりーと」
壮五が言いきらないうちに、間延びした声でお決まりの言葉を言われる。
「え」
「だーかーらー、とりっく・おあ・とりーと!」
手の平をこちらに差し出しながら、もう一度。
しかし、そう言われても、壮五には手持ちの菓子がない。元々、壮五はみずから進んで菓子を食べるタイプではないし、部屋に食べものを置こうとも思っていないからだ。だいたい……。
「お菓子なら、今、きみが持ってるじゃないか」
「つまり、そーちゃんは菓子くれねえってことだな?」
くれないんだという言い回しに引っ掛かりを感じつつ、とりあえず頷く。
「そう、だね。もちろん、僕の手許にあればひとつくらいあげたいところだけど……」
さきほど、菓子を優先して夕食が入らなくなっては困るだろうと苦言を呈したところだが、ひとつくらいならいいかと思う。しかし、そもそも菓子が手許になければ渡すことさえできない。
困惑する壮五に対し、環はにやりと笑った。
「じゃあ、とりっくだな」
言うが早いか、環は壮五に覆い被さる。
「わっ、なに……んんっ……、ん……」
一瞬のうちに間近へと迫ってきた環の表情に「食べられる」と目を瞑ったところ、そのまま、唇ごと食べられてしまいそうなキスをされてしまった。
本当は、なにをするんだとその胸をどんどんと叩いて抵抗したいのに、環からのキスに慣れた身体は、うっとりと瞳を閉じ、自分からも応えようと舌を差し出してしまう。習慣とは恐ろしいものだ。
(ん、甘い……、飴……? はないけど……)
口内を探っても飴はないのに、飴のような、人工的な甘い味がする。恐らく、ここに来る前に飴を食べていたのだろう。
どれくらいそうしていたのかはわからない。ようやく唇が離れた時には、壮五の息はすっかり上がってしまっていた。
「今からかわりばんこで、さっきのやつな。出せないやつはいたずらされっから」
なんて卑怯な。それでは、環が全戦全勝じゃないか。さきほどの一織の言葉を思い出した。頑張ってくださいとは、こういうことだったのか。自分よりも一織のほうが環の行動を読んでいた事実に気付いて、壮五は歯噛みする。
「ほら、そーちゃんの番」
促されて、反射的に「あ、うん」と答えてしまう。
「ト、トリック・オア・トリート……」
壮五の言葉を受け、環が「どれにしよっかなー」と呟きながら、傍に置いたままの紙袋に手を突っ込んで、がさがさと音を立てる。数秒後、どれにするか決まったのか、ぱっと表情を明るくして、顔を上げた。
「そーちゃんには、これ。はい、手、出して」
言われた通りに手をお椀型にして差し出す。環の握り拳がのせられ、一体なんだろうと注視したものの、環が手を開いても、思っていたような飴やクッキーはなく。
「……? なにもないじゃないか」
「隙あり!」
腕を強く引かれ、そのまま環に抱き寄せられた。なにが起こっているのか、まったくわからない。
「そーちゃんには、トリート。俺がめいっぱい、おもてなししてやんよ」
指先で顎をすくい、ちゅっと音を立ててくちづけられた。
(これって、これって……)
どちらにせよキスするだけじゃないか! という声が環の部屋に響き、夕食時にメンバーがよそよそしい態度だったのは、また別の話。