耳掃除
胡坐をかいた環に呼ばれ、なんだろうと思って隣に正座する。
「そうじゃねえって」
こう! と強く掴まれた肩に顔を顰めていると、あれよあれよという間に横向きに寝かされてしまった。
「……膝枕してくれるの?」
いつもは自分が環にしてやることのほうが多い膝枕。楽屋や共有のリビングで「眠いからちょっとだけ」と甘えてくる環を無下にできず、壮五の膝の上で穏やかな寝息を立てる環の、指通りのいい髪を撫でてやるのが好きだ。
「まぁな、あと、この前の爪切りのお礼」
なるほど。環の爪を整えるのは壮五が好きでやっていることなので、わざわざお礼を言われるほどのことではないのだが、そこまで言うなら……と、胡坐の上に頭を乗せる居心地の悪さには目を瞑って、環の優しさに甘えることにした。
「そーちゃん、じっとしてろよ」
「ん……」
サイドの髪を指ですくい、耳にかけられる。仕事で耳を露出させたヘアスタイルにすることが増えてきたとはいえ、耳を覆っていることのほうが圧倒的に多いため、なんだかくすぐったい。それに、環に耳の近くを触られると、どうしても、そういうことを思い出してしまうから困る。それでも、環の手が心地よくて、うっとりと目を細めた。
「ひゃっ」
突如、耳の中を軽く突かれて身体が跳ねる。
「あ、こら動くなっつったじゃん」
「だって、なに」
耳の奥を細い棒状のもので優しく擦られる感触。ぞわぞわとする身体に気付かないふりをしながら、壮五は横目でじとりと睨んだ。
「なにって、耳掃除。見てわかんねえ?」
「それくらいわかるよ! ……じゃなくて、ちゃんと自分でしてるんだけどな」
恋人に耳の穴を覗かれて恥ずかしい。しかも、綿棒を突っ込んでくるなんて、自分で除去しきれなかった耳垢があったのだろうかと思うと、いたたまれなくなる。彼の前では、いつだって、きれいな男でいたいのに。
「あ、別になんかついてたとかじゃなくて。そーちゃん耳の中もきれいだけど、なんとなく、やってやりてえなって」
「それが、爪のお礼?」
「そ。施設にいた時、俺の耳掃除テク、結構好評だったから」
耳掃除が苦手だとむずがる小さな子たちを膝に乗せ、頭を撫でて、綿棒でゆっくりと耳垢を削ぎ取っていく。耳掃除が終わる頃には瞼がとろんとしていたり、完全に眠っていたり。起こさないようにそっと座布団の上に寝かせ、タオルケットをかけてやったこともあった。寝るなら布団で寝ろよと揺り起こしてやったこともある。環の口から語られる、壮五と出会う前の彼の話に耳を傾けながら、綿棒でとんとんと耳の中を擦られる気持ちよさに浸った。
「ふふ、……環くんって、やっぱりお兄さんなんだね」
「まぁな」
壮五は自分できちんと手入れしているから、耳の中もきれいだ。だから、これは耳掃除をする真似に過ぎない。あぁ、真似ごとじゃなくて、きちんとやってやりたいのにな。そう思いながら、耳の中を傷付けないよう、綿棒の先端で優しく撫でる。
「そーちゃん、まるくなってんの、にゃあこみてえ」
普段はつんと澄ました白い猫。毛並みが美しくて、懐くまでは、伸ばされた手にうまく反応できない。懐けば、かわいく甘えてくれるようになる。
「失礼だな、僕は、にんげん……」
とろとろとした声に「まさか」と手を止めて、壮五の顔をそっと覗き込む。菫色の瞳は瞼に隠されていて、小さな唇からはすぅすぅと寝息が聞こえた。目を覚ましてから、うたた寝してしまったことを後悔するかもしれない。しかし、壮五の下瞼には薄っすらと隈ができていて、最近、作曲のために夜遅くまで起きていたことを知っていた環としては、このままもう少し寝かせてやりたいなと思う。
傍にあったスマートフォンに手を伸ばし、二十分後にアラームが鳴るよう設定する。これくらいが仮眠にちょうどいいのだと壮五が言っていたからだ。
(寝てんの見てっと俺も眠くなりそ……)
ふあ……とあくびをひとつ。でも、膝の上で眠る壮五なんてなかなかお目にかかれない貴重な姿だ。ちょっとくらい頑張って、アラームが鳴るまで、この寝顔を堪能するのもいいかもなと思い直す。
(チューで起こすとか、いいかも)
そんなことまで考えてしまって、……キスがしたいから二十分後が早くきてほしいような、でも、しっかり眠ってほしいからそんなに早くこないでほしいような。
複雑な気持ちのまま、猫のようにまるくなって眠る壮五の髪を撫でた。
「そうじゃねえって」
こう! と強く掴まれた肩に顔を顰めていると、あれよあれよという間に横向きに寝かされてしまった。
「……膝枕してくれるの?」
いつもは自分が環にしてやることのほうが多い膝枕。楽屋や共有のリビングで「眠いからちょっとだけ」と甘えてくる環を無下にできず、壮五の膝の上で穏やかな寝息を立てる環の、指通りのいい髪を撫でてやるのが好きだ。
「まぁな、あと、この前の爪切りのお礼」
なるほど。環の爪を整えるのは壮五が好きでやっていることなので、わざわざお礼を言われるほどのことではないのだが、そこまで言うなら……と、胡坐の上に頭を乗せる居心地の悪さには目を瞑って、環の優しさに甘えることにした。
「そーちゃん、じっとしてろよ」
「ん……」
サイドの髪を指ですくい、耳にかけられる。仕事で耳を露出させたヘアスタイルにすることが増えてきたとはいえ、耳を覆っていることのほうが圧倒的に多いため、なんだかくすぐったい。それに、環に耳の近くを触られると、どうしても、そういうことを思い出してしまうから困る。それでも、環の手が心地よくて、うっとりと目を細めた。
「ひゃっ」
突如、耳の中を軽く突かれて身体が跳ねる。
「あ、こら動くなっつったじゃん」
「だって、なに」
耳の奥を細い棒状のもので優しく擦られる感触。ぞわぞわとする身体に気付かないふりをしながら、壮五は横目でじとりと睨んだ。
「なにって、耳掃除。見てわかんねえ?」
「それくらいわかるよ! ……じゃなくて、ちゃんと自分でしてるんだけどな」
恋人に耳の穴を覗かれて恥ずかしい。しかも、綿棒を突っ込んでくるなんて、自分で除去しきれなかった耳垢があったのだろうかと思うと、いたたまれなくなる。彼の前では、いつだって、きれいな男でいたいのに。
「あ、別になんかついてたとかじゃなくて。そーちゃん耳の中もきれいだけど、なんとなく、やってやりてえなって」
「それが、爪のお礼?」
「そ。施設にいた時、俺の耳掃除テク、結構好評だったから」
耳掃除が苦手だとむずがる小さな子たちを膝に乗せ、頭を撫でて、綿棒でゆっくりと耳垢を削ぎ取っていく。耳掃除が終わる頃には瞼がとろんとしていたり、完全に眠っていたり。起こさないようにそっと座布団の上に寝かせ、タオルケットをかけてやったこともあった。寝るなら布団で寝ろよと揺り起こしてやったこともある。環の口から語られる、壮五と出会う前の彼の話に耳を傾けながら、綿棒でとんとんと耳の中を擦られる気持ちよさに浸った。
「ふふ、……環くんって、やっぱりお兄さんなんだね」
「まぁな」
壮五は自分できちんと手入れしているから、耳の中もきれいだ。だから、これは耳掃除をする真似に過ぎない。あぁ、真似ごとじゃなくて、きちんとやってやりたいのにな。そう思いながら、耳の中を傷付けないよう、綿棒の先端で優しく撫でる。
「そーちゃん、まるくなってんの、にゃあこみてえ」
普段はつんと澄ました白い猫。毛並みが美しくて、懐くまでは、伸ばされた手にうまく反応できない。懐けば、かわいく甘えてくれるようになる。
「失礼だな、僕は、にんげん……」
とろとろとした声に「まさか」と手を止めて、壮五の顔をそっと覗き込む。菫色の瞳は瞼に隠されていて、小さな唇からはすぅすぅと寝息が聞こえた。目を覚ましてから、うたた寝してしまったことを後悔するかもしれない。しかし、壮五の下瞼には薄っすらと隈ができていて、最近、作曲のために夜遅くまで起きていたことを知っていた環としては、このままもう少し寝かせてやりたいなと思う。
傍にあったスマートフォンに手を伸ばし、二十分後にアラームが鳴るよう設定する。これくらいが仮眠にちょうどいいのだと壮五が言っていたからだ。
(寝てんの見てっと俺も眠くなりそ……)
ふあ……とあくびをひとつ。でも、膝の上で眠る壮五なんてなかなかお目にかかれない貴重な姿だ。ちょっとくらい頑張って、アラームが鳴るまで、この寝顔を堪能するのもいいかもなと思い直す。
(チューで起こすとか、いいかも)
そんなことまで考えてしまって、……キスがしたいから二十分後が早くきてほしいような、でも、しっかり眠ってほしいからそんなに早くこないでほしいような。
複雑な気持ちのまま、猫のようにまるくなって眠る壮五の髪を撫でた。