爪切り
ぱちん、ぱちん。
読みかけの漫画雑誌や、食べ終えた菓子の袋が散らばった部屋に、爪を切る音が響く。
「別に、自分でできるって」
こんなところまで子ども扱いされて、環としてはおもしろくない。確かに環は壮五よりみっつ年下だが、自分の爪くらい自分で手入れできる。
「いいから、僕にさせて」
壮五の瞳が、セックスに積極的な気分の日と同じくらい熱を孕んでいることに気付いてしまい、環は「そーかよ」としか返すことができない。僕にさせてほしいなんて言葉、今ではなくて、今夜聞かせてほしい。そうしたら、とくとくと高鳴る鼓動に合わせて髪を撫で、奥の奥まで、環の熱で満たしてやるのに。
手の指十本ぶん続いていたぱちんぱちんという音が途絶えて、使い慣れた爪切りから自分の一部だったものが紙の上に落とされる。あ、と思う間もなく紙はまるめられて、いつの間にかきちんと立てられていたごみ箱へと吸い込まれていった。
「ん、サンキュ」
いつもより控えめに切られた爪に軽く息を吹きかけた。目には見えないほどの細かな切り屑が部屋を舞ったことだろう、壮五はきゅっと眉を顰めた。
「まだだよ」
そう言うと壮五は細くて薄いステンレス製の棒を取り出し、環の爪に当てる。
「なにそれ」
冷たいステンレスが指先に触れたせいか、それとも、なにをされるのかがわからないせいか。環の心がひやりとする。
「これはね、エメリーボードといって、爪の形を整える時に使うんだ」
「爪研ぎすんの?」
そういえば、クラスメイトの女子生徒たちが休み時間にポーチからこういう薄い板を取り出して爪研ぎをしているのを見たことがあったことを思い出す。教室でやることじゃないですねと環にしか聞こえない声で一織が呟いていた。
「爪研ぎ……まぁ、爪研ぎでいいよ。爪切りで切っただけじゃ、切り口が鋭利なままだからね。本当は、爪切りで切るのは爪に負荷がかかるからよくないんだ。理想としては、初めからこれで少しずつ、優しく削っていくことなんだよ。少し長めに伸びてたから、今回は爪切りで少し短くしたけど。まぁ、これはダイヤモンドコートが施されて切れ味もいいものを選んだから、次からは爪切りは使わなくてもいいかな……」
「怖いこと言うなよ、切れ味とか」
爪ごと、指まで持っていかれてしまうんじゃないだろうか。思わず手を引こうとしたのだが、壮五が手首を掴んで制止する。
「大丈夫、切り口を整えるくらいにしか当てないから。安心して、僕に任せて」
とろりと蕩けるようなまなざしで「僕に任せて」なんて。それも、夜にベッドの上で言ってほしいなと思ってしまった。壮五の言葉がいちいちセックスを彷彿とさせてくるものだから心臓に悪い。
几帳面な性格の壮五らしく、マニュアル通りに四十五度の角度で爪に当てて、一方向へボードを滑らせる。力を入れて短くし過ぎないよう、すぐにでも爪からボードを離すことができるくらいのぎりぎりの距離。人の爪を手入れすることに緊張しているのだろう。それもそうだ。壮五はネイリストではなくただの男で、アイドルで、環の相方で、……恋人なのだから。
「まぁいいけど。っつーか、爪くらい俺一人でできんよ」
どうしてもこれを使えというのなら、面倒だけれど使ってやらなくもない。教えてくれさえすれば、使い方やコツもすぐに覚えられると思う。爪の切り口を整えることの必要性がわからないほど、環は鈍くないつもりだ。
「だめ。僕にさせてって言った」
酔ってもいないのに強情。――いや、酒が入っていなくても、壮五はここぞという時は強情な男だ。そして、壮五が強情な時、それには必ず、理由がある。しかし、一旦満足しないとその理由を話したがらないことはわかっているから、環はそのまま、爪の手入れを任せることにした。
(ま、やってくれるのに甘えんの、やじゃねえし)
本当は、甘えるよりも、甘やかしたいタイプなのだけれど。
爪の先、切ったばかりで尖っていたところが、ゆっくりと、ほんのわずかにだが、削られていく。初めて任せたにもかかわらず壮五の手際がいいものだから、なんとなくおもしろくなくて、唇を尖らせてしまった。
「……そーちゃんさ、ネイルの人でも目指してんの?」
自分はていのいい練習台なのだろうか。てっきり、恋人を甲斐甲斐しく世話したいという気持ちからこういった行動に出ているものとばかり思っていたのに。
おとなしく手入れをされていた環の声に不穏な色が混ざっていることに驚いて、壮五は顔を上げると、その菫色の瞳をまあるく見開き、こてんと首を傾げた。まったく、二十歳の男がしていい仕草じゃないだろうと言ってやりたいところだ。
(はぁ……でもこの人がすると、かわいいだけなんだよな……)
実年齢よりも二、三歳若く見えるからか、それとも、惚れてしまった自分だからかわいく見えているのか。恋は盲目なんて言葉があるが、酔った壮五のことは恋人関係となった今でも面倒くさいとしか思わないし、盲目になっているつもりはないはずだ。
「ネイリストか……特に考えたことはないんだけど、もし、環くんが僕の技術に不安を抱いてしまうなら、資格取得に向けて動くのもやぶさかではないかな。理美容師のような免許制ではないけど、しっかり勉強して、技術を身につけなければならない点は同じだからね」
「そういうんじゃなくて……なんか、緊張してるわりにうまいじゃん? だから、ここのみんなの爪借りて、練習してんのかなーって思って。そう思ったら、もやもやした」
信頼するメンバーとはいえ、恋人が自分以外の男の爪を甲斐甲斐しく手入れしているかもしれないなんて、想像しただけで目眩がしそうだ。独占欲まる出しの自分に悔しさを感じてしまう。今までの人生、自分だけのものなんてなかったものだから、嫉妬や独占欲とは無縁だと思っていた。
(俺、だっさ……)
独占欲まる出しの発言が恥ずかしくて、環は空いているほうの手で髪をかき乱す。今、その紫に見つめられるのは怖い。壮五の瞳は強くてきれいで、見つめられたら最後、惚れてしまっている自分は白旗を上げるしかできない。
しばらくして、環の言動を咀嚼し終えたのか、壮五はくすくすと笑い出した。
「なにを言うかと思ったら……あぁ、ごめん。笑いごとじゃないね。でも、きみの独占欲がかわいくて、……あと、ちょっと、心地よくて。心地いいなんて言ったら失礼かな。とにかく、ここがくすぐったくなって、それで、笑ってしまったんだ」
胸許に手を添え、まなじりを下げる。
「……もーやめて。恥ずかしいからやめて」
かわいいなんて言われて喜ぶようなタイプではない。かわいいという言葉は身体の大きな自分には不釣り合いだと環は思っている。かわいいのはあんただろ! と言い返したい気持ちは我慢した。多分、今の壮五には、なにを言っても「かわいい」と返されてしまうだろうから。
「ふふ、……環くん、心配しなくていいんだよ。僕は別にネイリストを目指してるわけじゃない。人様の爪を触らせてもらう以上、事故が起こらないようにと自分の爪で練習をしたり、爪のお手入れの動画を閲覧したりはしたけどね。それにしても、……ふふふ、だめだ、さっきのはかわい過ぎるよ」
「だーっ! もう! ほんとやめろって! 忘れて!」
なおも笑い続ける壮五から逃れるように、身体ごとそっぽを向いて頭を抱え込む。
「ごめん。ごめんね、笑い過ぎてしまったね」
大きな背中を、壮五の手が優しく撫でる。環よりもひと回り小さな手。色が白くて、本人の身体同様に薄くて、冷え性からか、ひんやりしていることが多い。冷たくて小さな手で撫でられ続けては、へそを曲げていることに申し訳なさを感じてしまう。すぐにでも身体を起こして、その手を自分の手で包み込んでやりたくなる。でも、笑われたことへの腹いせくらいはしないと気が済まない。
しかし、環は恋人に腹いせなんてひどいことをしでかす性格ではないから、顔を上げ、唇を尖らせたまま、疑問に思っていたことをそのままぶつけることにした。
「……なんでいきなりこんなことしだしたのか、悪いって思うんなら、言って」
「こんなこと?」
「俺の爪研ぎ。今までそんなことなかったじゃん」
壮五に恋をし、壮五もそれを受け入れ、環と同じだけの気持ちを抱くようになって。
ゆっくりと時間をかけながら、環は壮五の奥深くまで暴いたし、壮五は自分でも知らなかったところを環にさらけ出した。壮五の負担が大きいのは明らかで、どうにかして壮五に優しくしてやりたい、せめて負担を増やすことはしたくないと考えた環は、己の身体のパーツにこれまで以上に気を配るようになったし、壮五もそれになんとなく気付いてくれていると思っていた。
「環くんが深爪になりそうなくらい爪を切ってるのは知ってたよ」
知っていたなら、どうして。自分のやり方ではだめだったのだろうか。壮五の身体の奥を知らず知らずのうちに傷付けてしまっていたのか。不安で表情が曇る。
環の表情を見て、壮五は小さく首を振った。
「大丈夫、痛いとかじゃなくて。これは本当に僕の自己満足でしかないんだけど……髪を撫でてくれたり、抱き締めてくれたり、それから、その……ベッドの中でたくさん愛してくれたり、そういった、僕にたくさんの愛おしさや甘さを与えてくれるきみの手を、お礼の意味も込めて、僕なりに、目に見える方法で愛したいなって」
そこまで言うと、恥ずかしくなってきたのか、壮五は押し黙ってしまった。恥ずかしさというのは伝染するようにできているものだから、環まで恥ずかしくなってしまう。さきほどまでの恥ずかしさを一としたら、今の恥ずかしさは恐らく、ゼロをいくつもたさなければならないほどだろう。
「あんたさ……恥ずかしくねえの、それ……」
「恥ずかしいに決まってる。……から、ちょっとしばらく見ないでくれ」
そっぽを向いていた環を置いて、今度は壮五がそっぽを向いてしまった。
壮五の言葉を頭の中で反芻して、にやけが止まらない。あと数十秒もすれば、環も壮五も、少しは頬のほてりが治まるだろう。
今夜は爪がなめらかに整えられた指で、環は壮五はを甘く蕩けさせるはずだ。
読みかけの漫画雑誌や、食べ終えた菓子の袋が散らばった部屋に、爪を切る音が響く。
「別に、自分でできるって」
こんなところまで子ども扱いされて、環としてはおもしろくない。確かに環は壮五よりみっつ年下だが、自分の爪くらい自分で手入れできる。
「いいから、僕にさせて」
壮五の瞳が、セックスに積極的な気分の日と同じくらい熱を孕んでいることに気付いてしまい、環は「そーかよ」としか返すことができない。僕にさせてほしいなんて言葉、今ではなくて、今夜聞かせてほしい。そうしたら、とくとくと高鳴る鼓動に合わせて髪を撫で、奥の奥まで、環の熱で満たしてやるのに。
手の指十本ぶん続いていたぱちんぱちんという音が途絶えて、使い慣れた爪切りから自分の一部だったものが紙の上に落とされる。あ、と思う間もなく紙はまるめられて、いつの間にかきちんと立てられていたごみ箱へと吸い込まれていった。
「ん、サンキュ」
いつもより控えめに切られた爪に軽く息を吹きかけた。目には見えないほどの細かな切り屑が部屋を舞ったことだろう、壮五はきゅっと眉を顰めた。
「まだだよ」
そう言うと壮五は細くて薄いステンレス製の棒を取り出し、環の爪に当てる。
「なにそれ」
冷たいステンレスが指先に触れたせいか、それとも、なにをされるのかがわからないせいか。環の心がひやりとする。
「これはね、エメリーボードといって、爪の形を整える時に使うんだ」
「爪研ぎすんの?」
そういえば、クラスメイトの女子生徒たちが休み時間にポーチからこういう薄い板を取り出して爪研ぎをしているのを見たことがあったことを思い出す。教室でやることじゃないですねと環にしか聞こえない声で一織が呟いていた。
「爪研ぎ……まぁ、爪研ぎでいいよ。爪切りで切っただけじゃ、切り口が鋭利なままだからね。本当は、爪切りで切るのは爪に負荷がかかるからよくないんだ。理想としては、初めからこれで少しずつ、優しく削っていくことなんだよ。少し長めに伸びてたから、今回は爪切りで少し短くしたけど。まぁ、これはダイヤモンドコートが施されて切れ味もいいものを選んだから、次からは爪切りは使わなくてもいいかな……」
「怖いこと言うなよ、切れ味とか」
爪ごと、指まで持っていかれてしまうんじゃないだろうか。思わず手を引こうとしたのだが、壮五が手首を掴んで制止する。
「大丈夫、切り口を整えるくらいにしか当てないから。安心して、僕に任せて」
とろりと蕩けるようなまなざしで「僕に任せて」なんて。それも、夜にベッドの上で言ってほしいなと思ってしまった。壮五の言葉がいちいちセックスを彷彿とさせてくるものだから心臓に悪い。
几帳面な性格の壮五らしく、マニュアル通りに四十五度の角度で爪に当てて、一方向へボードを滑らせる。力を入れて短くし過ぎないよう、すぐにでも爪からボードを離すことができるくらいのぎりぎりの距離。人の爪を手入れすることに緊張しているのだろう。それもそうだ。壮五はネイリストではなくただの男で、アイドルで、環の相方で、……恋人なのだから。
「まぁいいけど。っつーか、爪くらい俺一人でできんよ」
どうしてもこれを使えというのなら、面倒だけれど使ってやらなくもない。教えてくれさえすれば、使い方やコツもすぐに覚えられると思う。爪の切り口を整えることの必要性がわからないほど、環は鈍くないつもりだ。
「だめ。僕にさせてって言った」
酔ってもいないのに強情。――いや、酒が入っていなくても、壮五はここぞという時は強情な男だ。そして、壮五が強情な時、それには必ず、理由がある。しかし、一旦満足しないとその理由を話したがらないことはわかっているから、環はそのまま、爪の手入れを任せることにした。
(ま、やってくれるのに甘えんの、やじゃねえし)
本当は、甘えるよりも、甘やかしたいタイプなのだけれど。
爪の先、切ったばかりで尖っていたところが、ゆっくりと、ほんのわずかにだが、削られていく。初めて任せたにもかかわらず壮五の手際がいいものだから、なんとなくおもしろくなくて、唇を尖らせてしまった。
「……そーちゃんさ、ネイルの人でも目指してんの?」
自分はていのいい練習台なのだろうか。てっきり、恋人を甲斐甲斐しく世話したいという気持ちからこういった行動に出ているものとばかり思っていたのに。
おとなしく手入れをされていた環の声に不穏な色が混ざっていることに驚いて、壮五は顔を上げると、その菫色の瞳をまあるく見開き、こてんと首を傾げた。まったく、二十歳の男がしていい仕草じゃないだろうと言ってやりたいところだ。
(はぁ……でもこの人がすると、かわいいだけなんだよな……)
実年齢よりも二、三歳若く見えるからか、それとも、惚れてしまった自分だからかわいく見えているのか。恋は盲目なんて言葉があるが、酔った壮五のことは恋人関係となった今でも面倒くさいとしか思わないし、盲目になっているつもりはないはずだ。
「ネイリストか……特に考えたことはないんだけど、もし、環くんが僕の技術に不安を抱いてしまうなら、資格取得に向けて動くのもやぶさかではないかな。理美容師のような免許制ではないけど、しっかり勉強して、技術を身につけなければならない点は同じだからね」
「そういうんじゃなくて……なんか、緊張してるわりにうまいじゃん? だから、ここのみんなの爪借りて、練習してんのかなーって思って。そう思ったら、もやもやした」
信頼するメンバーとはいえ、恋人が自分以外の男の爪を甲斐甲斐しく手入れしているかもしれないなんて、想像しただけで目眩がしそうだ。独占欲まる出しの自分に悔しさを感じてしまう。今までの人生、自分だけのものなんてなかったものだから、嫉妬や独占欲とは無縁だと思っていた。
(俺、だっさ……)
独占欲まる出しの発言が恥ずかしくて、環は空いているほうの手で髪をかき乱す。今、その紫に見つめられるのは怖い。壮五の瞳は強くてきれいで、見つめられたら最後、惚れてしまっている自分は白旗を上げるしかできない。
しばらくして、環の言動を咀嚼し終えたのか、壮五はくすくすと笑い出した。
「なにを言うかと思ったら……あぁ、ごめん。笑いごとじゃないね。でも、きみの独占欲がかわいくて、……あと、ちょっと、心地よくて。心地いいなんて言ったら失礼かな。とにかく、ここがくすぐったくなって、それで、笑ってしまったんだ」
胸許に手を添え、まなじりを下げる。
「……もーやめて。恥ずかしいからやめて」
かわいいなんて言われて喜ぶようなタイプではない。かわいいという言葉は身体の大きな自分には不釣り合いだと環は思っている。かわいいのはあんただろ! と言い返したい気持ちは我慢した。多分、今の壮五には、なにを言っても「かわいい」と返されてしまうだろうから。
「ふふ、……環くん、心配しなくていいんだよ。僕は別にネイリストを目指してるわけじゃない。人様の爪を触らせてもらう以上、事故が起こらないようにと自分の爪で練習をしたり、爪のお手入れの動画を閲覧したりはしたけどね。それにしても、……ふふふ、だめだ、さっきのはかわい過ぎるよ」
「だーっ! もう! ほんとやめろって! 忘れて!」
なおも笑い続ける壮五から逃れるように、身体ごとそっぽを向いて頭を抱え込む。
「ごめん。ごめんね、笑い過ぎてしまったね」
大きな背中を、壮五の手が優しく撫でる。環よりもひと回り小さな手。色が白くて、本人の身体同様に薄くて、冷え性からか、ひんやりしていることが多い。冷たくて小さな手で撫でられ続けては、へそを曲げていることに申し訳なさを感じてしまう。すぐにでも身体を起こして、その手を自分の手で包み込んでやりたくなる。でも、笑われたことへの腹いせくらいはしないと気が済まない。
しかし、環は恋人に腹いせなんてひどいことをしでかす性格ではないから、顔を上げ、唇を尖らせたまま、疑問に思っていたことをそのままぶつけることにした。
「……なんでいきなりこんなことしだしたのか、悪いって思うんなら、言って」
「こんなこと?」
「俺の爪研ぎ。今までそんなことなかったじゃん」
壮五に恋をし、壮五もそれを受け入れ、環と同じだけの気持ちを抱くようになって。
ゆっくりと時間をかけながら、環は壮五の奥深くまで暴いたし、壮五は自分でも知らなかったところを環にさらけ出した。壮五の負担が大きいのは明らかで、どうにかして壮五に優しくしてやりたい、せめて負担を増やすことはしたくないと考えた環は、己の身体のパーツにこれまで以上に気を配るようになったし、壮五もそれになんとなく気付いてくれていると思っていた。
「環くんが深爪になりそうなくらい爪を切ってるのは知ってたよ」
知っていたなら、どうして。自分のやり方ではだめだったのだろうか。壮五の身体の奥を知らず知らずのうちに傷付けてしまっていたのか。不安で表情が曇る。
環の表情を見て、壮五は小さく首を振った。
「大丈夫、痛いとかじゃなくて。これは本当に僕の自己満足でしかないんだけど……髪を撫でてくれたり、抱き締めてくれたり、それから、その……ベッドの中でたくさん愛してくれたり、そういった、僕にたくさんの愛おしさや甘さを与えてくれるきみの手を、お礼の意味も込めて、僕なりに、目に見える方法で愛したいなって」
そこまで言うと、恥ずかしくなってきたのか、壮五は押し黙ってしまった。恥ずかしさというのは伝染するようにできているものだから、環まで恥ずかしくなってしまう。さきほどまでの恥ずかしさを一としたら、今の恥ずかしさは恐らく、ゼロをいくつもたさなければならないほどだろう。
「あんたさ……恥ずかしくねえの、それ……」
「恥ずかしいに決まってる。……から、ちょっとしばらく見ないでくれ」
そっぽを向いていた環を置いて、今度は壮五がそっぽを向いてしまった。
壮五の言葉を頭の中で反芻して、にやけが止まらない。あと数十秒もすれば、環も壮五も、少しは頬のほてりが治まるだろう。
今夜は爪がなめらかに整えられた指で、環は壮五はを甘く蕩けさせるはずだ。