四月一日
五、四、三、二、一……。
「おめでとー!」
パン! パン! と鳴り響くクラッカー。環のスマートフォンはラビットチャットの受信ランプが点滅し続けている。
「ありがと。すっげえ嬉しい!」
グラスに注がれているのは炭酸ジュース。今夜は特別だからと、ちょっとおしゃれなグラスを用意されていて、なんだか大人になった気分。まぁ、実際、環はたった今、ひとつ大人になったのだけれど。
環は一口だけ飲んでグラスを置くと、スマートフォンを見遣る。ラビットチャットを確認すれば、案の定、トーク履歴にはたくさんの新着マークが表示されていた。すいすいと指を滑らせ、簡単に目を通す。日頃から自分のことを弟のようにかわいがってくれているTRIGGERやRe:valeからも誕生日を祝うメッセージが届いている。ご丁寧に、姉鷺や岡崎からも届いているではないか。環は口角を上げると、そのひとつひとつにお礼の言葉と王様プリンのスタンプで、次々とメッセージを返していく。
寮には万理も顔を出していて、零時少し前から、SNSでIDOLiSH7の公式アカウントをチェックしている。零時ちょうどには誕生日であることと、環のソロ曲が配信されたお知らせを投稿。環が現在出演している番組の公式アカウントも彼を祝うコメントを投稿してくれたらしく、それらを探してはシェアしてくれている。公式アカウントにはファンから環を祝うコメントが寄せられていて、完全にお祝いムード。なんとも幸せな一日の始まりだ。
「四葉さんのソロ曲、早くも感想が寄せられてますね」
一織も自身のスマートフォンでSNSをチェックしているのか、零時とともに配信が始まったソロ曲をダウンロードしたファンの感想をかいつまんで読み上げた。
「おぉ、……それって、褒めてる?」
「褒めてる以外ないだろ! オレもさっきダウンロードしたからな!」
ひと月前、同様にソロ曲を発表した三月が、がつんと肩を組んでくる。
「オレもオレも! 環の曲、すっごく感動した!」
興奮気味に話す陸に、一織が横から「座ってください」と窘めた。テーブルの上の皿が揺れたらしい。ごめん、と照れ笑いを浮かべて、陸は座り直す。
「タマのことだから、もっとこう……MEZZO"みのある曲かと思ってたんだけど、ダンスナンバーってあたりはタマらしいな」
「OH……ヤマト、MEZZO"みとはなんです?」
「MEZZO"くんたちみたいに、きらきら~とか、雨とか」
「あとは『miss you...』のMVみたいな!」
「あ、あれは……!」
当時、まだぎごちない関係だった壮五と挑んだ、MEZZO"のデビュー曲MV撮影。監督の注文通りに動いたものの、完成品を見た時には「仲良くないのに、仲良しみたいな映像で本当に大丈夫なのか」といろいろ心配になったものだ。
(……ま、今は仲良し、だけど)
再びグラスに手を伸ばして口をつけながら、ちらりと壮五を盗み見た。こんな時、壮五は真っ先におめでとうと言ってくれそうなものなのに、一体どうしたのだろう。
(…………もしかして、曲聴いてる……?)
壮五はスマートフォンを握り締め、両耳にイヤホンを差し込んで、ディスプレイを睨み付けていた。
(うわ、顔こっわ)
そんなに難しい顔をするような曲だっただろうか。レコーディングを思い出してみたものの、決して、険しい表情になるようなものではなかった。現在の環らしさと、誕生日を迎えて少し先へ踏み出すための目標を掲げた、踊りたくなるような曲だ。
「そーちゃん…………って、え、……」
イヤホンを片方引っこ抜いて声をかける。壮五はびくりと肩を震わせて環のほうを振り返った。壮五も驚いたが、環はもっと驚いた。
「環くん……」
「ちょ、まった! あんたどうした!」
一度だけ泣いたところを見たことはあるが、今も変わらず、壮五の代わりに環が泣く係だ。それなのに、今の壮五ときたら。
うるうると瞳を潤ませて、今にも涙がこぼれ落ちそうなのに、あと一歩のところで我慢しているといったありさまだ。
(相変わらず泣けてねえの、かわいくてウケる)
もちろん笑いごとじゃないのはわかっているけれど、かわいいと思う気持ちと愛おしさが心の中でぐるぐると渦巻くから、なんだかむずむずしてしまう。このむずむずをやり過ごそうと思うと、笑って表情筋を動かすくらいしか思い付かない。壮五が泣きそうな表情をするものだから、環としては、心の中で「ウケる」と呟いて無理にでも笑っておかないと、つられて泣いてしまいそうなほどだ。せっかくの誕生日、本日の主役が相方とおいおい泣くなんてもったいない。
「素敵な、素敵な曲で……すごくて……すごい……」
「はは、そーちゃん、すげえしか言えてねえの。でも、ありがと」
簡単な言葉の羅列だからこそ、壮五の言葉は環の心を打った。涙はこぼれていないが、目に見えない涙がとうにこぼれているような気がして、親指で目尻を撫でる。突然手が伸びてきたことに驚いた壮五が身を竦めたので「ごめん」と謝った。
「ごめんじゃない、って……こういう時は、違うって言った……」
涙がこぼれないよう、何度か言葉を詰まらせながら壮五が呟く。
「そうだな。そーちゃん、ありがと」
ふわふわの髪を撫でてやると、壮五は納得したのか「ん」と頷いて、環の肩へと頭を寄せた。あぁもう、本当にかわいい。環はたまらなくなって、壮五の肩を抱き寄せようとした。
「……おーい。そういうのは、あとでゆっくり、な」
大和の声に、二人はばっと身体を引き剥がした。
「は? ちっげえし!」
なにがどう違うのか。壮五を抱き寄せようとしたことは事実なのに、恥ずかしさから、つい、否定の言葉が飛び出してしまう。しまった、と申し訳なさそうに壮五を見ると、壮五は耳まで真っ赤にしていて、それどころではない様子。
「す、すみません……」
そうだった、今はまだみんなで誕生日を祝っているんだった。つい、うっかり、二人の世界に浸ってしまうところだった。大和が声をかけるのがあと五秒遅かったら、二人はメンバーと万理の前で公開キスをしてしまっていたかもしれない。
(あっぶね……)
環は慌てて、元々座っていた場所へと戻る。その道すがら、唇の動きだけで「あとで部屋、来て」と告げた。恥ずかしさから否定の言葉が飛び出してしまったことをきちんと謝罪して、相変わらず上手に涙を流すことのできない壮五を甘やかしてやりたい。
視界の端で、壮五がこくりと頷くのが見えた。
「おめでとー!」
パン! パン! と鳴り響くクラッカー。環のスマートフォンはラビットチャットの受信ランプが点滅し続けている。
「ありがと。すっげえ嬉しい!」
グラスに注がれているのは炭酸ジュース。今夜は特別だからと、ちょっとおしゃれなグラスを用意されていて、なんだか大人になった気分。まぁ、実際、環はたった今、ひとつ大人になったのだけれど。
環は一口だけ飲んでグラスを置くと、スマートフォンを見遣る。ラビットチャットを確認すれば、案の定、トーク履歴にはたくさんの新着マークが表示されていた。すいすいと指を滑らせ、簡単に目を通す。日頃から自分のことを弟のようにかわいがってくれているTRIGGERやRe:valeからも誕生日を祝うメッセージが届いている。ご丁寧に、姉鷺や岡崎からも届いているではないか。環は口角を上げると、そのひとつひとつにお礼の言葉と王様プリンのスタンプで、次々とメッセージを返していく。
寮には万理も顔を出していて、零時少し前から、SNSでIDOLiSH7の公式アカウントをチェックしている。零時ちょうどには誕生日であることと、環のソロ曲が配信されたお知らせを投稿。環が現在出演している番組の公式アカウントも彼を祝うコメントを投稿してくれたらしく、それらを探してはシェアしてくれている。公式アカウントにはファンから環を祝うコメントが寄せられていて、完全にお祝いムード。なんとも幸せな一日の始まりだ。
「四葉さんのソロ曲、早くも感想が寄せられてますね」
一織も自身のスマートフォンでSNSをチェックしているのか、零時とともに配信が始まったソロ曲をダウンロードしたファンの感想をかいつまんで読み上げた。
「おぉ、……それって、褒めてる?」
「褒めてる以外ないだろ! オレもさっきダウンロードしたからな!」
ひと月前、同様にソロ曲を発表した三月が、がつんと肩を組んでくる。
「オレもオレも! 環の曲、すっごく感動した!」
興奮気味に話す陸に、一織が横から「座ってください」と窘めた。テーブルの上の皿が揺れたらしい。ごめん、と照れ笑いを浮かべて、陸は座り直す。
「タマのことだから、もっとこう……MEZZO"みのある曲かと思ってたんだけど、ダンスナンバーってあたりはタマらしいな」
「OH……ヤマト、MEZZO"みとはなんです?」
「MEZZO"くんたちみたいに、きらきら~とか、雨とか」
「あとは『miss you...』のMVみたいな!」
「あ、あれは……!」
当時、まだぎごちない関係だった壮五と挑んだ、MEZZO"のデビュー曲MV撮影。監督の注文通りに動いたものの、完成品を見た時には「仲良くないのに、仲良しみたいな映像で本当に大丈夫なのか」といろいろ心配になったものだ。
(……ま、今は仲良し、だけど)
再びグラスに手を伸ばして口をつけながら、ちらりと壮五を盗み見た。こんな時、壮五は真っ先におめでとうと言ってくれそうなものなのに、一体どうしたのだろう。
(…………もしかして、曲聴いてる……?)
壮五はスマートフォンを握り締め、両耳にイヤホンを差し込んで、ディスプレイを睨み付けていた。
(うわ、顔こっわ)
そんなに難しい顔をするような曲だっただろうか。レコーディングを思い出してみたものの、決して、険しい表情になるようなものではなかった。現在の環らしさと、誕生日を迎えて少し先へ踏み出すための目標を掲げた、踊りたくなるような曲だ。
「そーちゃん…………って、え、……」
イヤホンを片方引っこ抜いて声をかける。壮五はびくりと肩を震わせて環のほうを振り返った。壮五も驚いたが、環はもっと驚いた。
「環くん……」
「ちょ、まった! あんたどうした!」
一度だけ泣いたところを見たことはあるが、今も変わらず、壮五の代わりに環が泣く係だ。それなのに、今の壮五ときたら。
うるうると瞳を潤ませて、今にも涙がこぼれ落ちそうなのに、あと一歩のところで我慢しているといったありさまだ。
(相変わらず泣けてねえの、かわいくてウケる)
もちろん笑いごとじゃないのはわかっているけれど、かわいいと思う気持ちと愛おしさが心の中でぐるぐると渦巻くから、なんだかむずむずしてしまう。このむずむずをやり過ごそうと思うと、笑って表情筋を動かすくらいしか思い付かない。壮五が泣きそうな表情をするものだから、環としては、心の中で「ウケる」と呟いて無理にでも笑っておかないと、つられて泣いてしまいそうなほどだ。せっかくの誕生日、本日の主役が相方とおいおい泣くなんてもったいない。
「素敵な、素敵な曲で……すごくて……すごい……」
「はは、そーちゃん、すげえしか言えてねえの。でも、ありがと」
簡単な言葉の羅列だからこそ、壮五の言葉は環の心を打った。涙はこぼれていないが、目に見えない涙がとうにこぼれているような気がして、親指で目尻を撫でる。突然手が伸びてきたことに驚いた壮五が身を竦めたので「ごめん」と謝った。
「ごめんじゃない、って……こういう時は、違うって言った……」
涙がこぼれないよう、何度か言葉を詰まらせながら壮五が呟く。
「そうだな。そーちゃん、ありがと」
ふわふわの髪を撫でてやると、壮五は納得したのか「ん」と頷いて、環の肩へと頭を寄せた。あぁもう、本当にかわいい。環はたまらなくなって、壮五の肩を抱き寄せようとした。
「……おーい。そういうのは、あとでゆっくり、な」
大和の声に、二人はばっと身体を引き剥がした。
「は? ちっげえし!」
なにがどう違うのか。壮五を抱き寄せようとしたことは事実なのに、恥ずかしさから、つい、否定の言葉が飛び出してしまう。しまった、と申し訳なさそうに壮五を見ると、壮五は耳まで真っ赤にしていて、それどころではない様子。
「す、すみません……」
そうだった、今はまだみんなで誕生日を祝っているんだった。つい、うっかり、二人の世界に浸ってしまうところだった。大和が声をかけるのがあと五秒遅かったら、二人はメンバーと万理の前で公開キスをしてしまっていたかもしれない。
(あっぶね……)
環は慌てて、元々座っていた場所へと戻る。その道すがら、唇の動きだけで「あとで部屋、来て」と告げた。恥ずかしさから否定の言葉が飛び出してしまったことをきちんと謝罪して、相変わらず上手に涙を流すことのできない壮五を甘やかしてやりたい。
視界の端で、壮五がこくりと頷くのが見えた。