花、星、春の空
*2024年グループ記念日楽曲『MEDiUM』パロディ(庭師×貴族)
幼い頃に両親を亡くされ爵位を継いだ旦那様は、まだお若いというのに笑顔ひとつ見せず、職務を淡々とこなされては自室に引きこもっておられる。歩みをおぼえたばかりの、今よりずっとずっと小さかった頃は、たいへんおかわいらしい笑顔を見せてくださったというのに。
これまで幾度か提案しても「必要ない」のひとことで却下され続けていた庭の手入れを、旦那様のご両親が亡くなられて以来数年ぶりに、ひとに任せてみることにした。美しい花で癒されれば、あの頃のような穏やかな笑みを見せてくださるかもしれないと期待してのことだ。気難しい旦那様の承諾は、新しい宝飾を手に入れて機嫌のよさそうなときに得た。聞き流されているような気もしたが、頷いてくださったことにはかわりない。
早速、十数年前に雇っていた庭師を呼び戻そうとしたところ、彼は既にこの世を去っていると知った。死去時の連絡はもらっていない。いったい、誰のおかげで生活できていたのか――連絡を寄越さなかった遺族に少しのいらだちをおぼえたものの、ひとり息子が同じ仕事をしていると知り、彼を呼びつけることで、鬱憤は腹のなかにおさめることとした。
呼びつけた庭師は、旦那様よりみっつばかり年の若い、力のありそうな少年だ。せめてもう少し身元の確かな少年であれば、旦那様の話し相手として呼ぶこともできただろうに。
初めは「いらないと言った気がするけど」と顔を顰めていた旦那様も、荒れた庭が見違えたように美しくなるのを目の当たりにされてからは、穏やかな表情で窓の外をご覧になる時間が増えたように思う。あのような顔を見られるのは、果たして、何年ぶりか。
庭師の少年には現状維持に努めてもらうよう言いつけ、適度に暇を与えてもいいかもしれない。――そう考えていたところ、旦那様が「温室をつくるように」と仰った。敷地にも費用にも問題はないものの、そのような要望を出されるとは思っていなかったものだから、暇を与えようとした庭師を大慌てで引き止めるはめになったものだ。
ふたつ返事で引き受けた少年は、どうやら、売れない画家と生活しているらしい。なるほど、主な収入源がこの家での仕事ならば、そりゃあ引き受けもするだろう。
旦那様の要望で、温室にはベッドが搬入された。思わず「なぜ」とこぼした私のひとりごとをまんまと拾った旦那様は「美しいところで眠ってみるのもいいかもしれないから」と微笑まれた。恐らく、幼少期以来の笑顔。
美しい花で癒されてはくれないか――その願いは、きっと、叶いつつある。
◇
夜遅く、温室のほうから物音が聞こえることがある。――使用人のあいだでそのような話が出ていると知り、執事長として看過してはおけないと、自ら温室周辺を見張ることに決めた。年老いた体に秋の夜長は堪えるが、幼くして爵位を継いだ旦那様をもっとも知るのはこの私で、この屋敷と旦那様を守る義務がある以上、年齢をいいわけにするなど許されない。
しかし、旦那様のコレクションが盗まれたという話も聞かないし、温室はもちろん庭の草木が荒らされた様子もない。温室のあたりで物音を立てるものの正体は、猫かなにかだろうか。もしそうなら、猫嫌いのメイド長が大騒ぎする前にそっとつまみ出さなければ。
「……っ、あ」
瞬時に、猫の声ではないと悟った。では、今のは?
「もうちょっと、力、抜けませんか」
何度か聞いた、うちで雇っている庭師の少年の声だ。そういえば、物音がすると報告があった日は、決まって、彼が庭や温室の手入れに来た日ではないか。
雇うときにもっと身元を調べるべきだった。まさか、旦那様の温室に女を連れ込んで不埒な情事に耽るなど。
旦那様には申し訳ないが、明朝、温室は即刻取り壊したほうがいいと進言しよう。その前に、不埒なあの男をこの屋敷、いや、この街から一秒でも早く追い出すのが先だ。ともに暮らす画家の生活など知ったことか。
「あ、まって」
恐らく、少年を制止する声だったのだろうが、その声は私の足をも制止させた。
「どうしてですか」
「誰か、いるかも」
背に浮かぶ汗を拭うため? それとも、声の主に気付かれたくないから? ――自分でもどちらが先に湧いた感情かわからないまま、足音を立てぬよう、そっと、温室の入口から離れる。
少し離れてからは足音が立つのも気にせず歩みを速め、長く執事長として勤める私に先代の旦那様が用意してくださった自室に飛び込んだ。
温室で少年と睦みあっていた旦那様。もしかして、温室をつくりたいというのは、あの少年を引き止める策だったのかもしれない。
◆◆
「誰かって、誰です?」
「その言葉遣い、やめて。今はふたりきりなのに。……夜遅くにここに気配を感じるという噂もあったらしいから、執事長かも」
浅い息を繰り返してしまうのは、中途半端なところまで彼のものを咥えこんでいるせいだ。いっそひと思いにと何度頼んでも、毎回、こちらの様子を窺いながら侵入してくる。曰く、「狭いところに自分のものが本当に入るのか、怖い」とのこと。確かに内臓を押し上げられる苦しみはあれど、結果として下生えが触れるまで入ってこられてるじゃないか。
「やめる?」
「やめない。もういなくなったみたいだし。それに、君だってここでやめられないだろ?」
わざと締めつけると、目の前の顔が快感で歪む。すごく気分がいい。彼が見せてくれる表情のなかで、もっとも好ましいのはこの表情だ。
庭師として雇った彼とこういう関係になったのは、ひとつ前の季節の頃だった。そう、あの飛行艇がこの街を去った少しあとだ。
なにを盗まれるのか見当もつかず、自分のコレクションをひとつの部屋に運ばせ、誰も近寄らせないよう言いつけて引きこもった。教会の子どもたちへ本を贈る時期も含まれていたけれど、使用人経由で数日ほど遅れる旨を詫びてまで、引きこもり続けた。
盗むなら、きっと、陽のない時間――そう思ったから、執事長の助けを借りつつ、浅い仮眠だけで過ごすこと一週間。自分の視界から見えるものはなにひとつ奪われることなく、飛行艇は去っていった。話によると、庭師と暮らす画家の絵を盗んでいったらしい。
こんなに美しいものばかりが揃ったここにあるものではなく、名も知られていない画家の絵を? 彼らの好みは理解しがたい。たとえばこの冠は隣国の職人につくらせた一点物で、硝子と見まごうほど澄んだ水晶のいたるところに大振りの紫水晶を埋め込んである、一級品だ。――そんなふうに自分のコレクションを眺めていると、窓の外で枝の剪定をしてくれている彼と視線が合った。屋敷の庭を整え、理想どおりの温室を用意してくれた、彼の技術もまた、コレクションのひとつだ。
自分の容姿が他人からどう見られているかはわかる。縁談目当てと思しき封書の数がそれを物語っているから。自分のコレクションを上回るような魅力を感じない相手と縁を結ぶつもりはなく、老いれば今いる使用人たちに暇を与えてこの家を自分の代で終わらせようとも思っているほどだ。……まるで親のように育ててくれた執事長が知ったら卒倒するから、適当な理由をつけて縁談を断わっているけれど。
窓越しに、彼にだけ向けて人好きのする笑みを浮かべる。彼はぽかんと口を開けて、周りをきょろきょろと見渡した。こんな高さにいるのは、どこかの木に巣を持つ鳥か、君くらいだよ。――窓を開けてそう言ったあの日の夜、彼と関係を持った。
恋心はあとからついてきた。いや、知らず知らずのうちに心の奥にいたのかもしれない。どちらが先かなんて、今となってはわからない。どちらでもいいと思う。
とにかく、彼につくらせた温室に置いたベッドで、星空と、春の空みたいな彼の下ではしたない姿をさらす行為に、僕はあっという間に夢中になった。
「……俺に集中して」
じわりじわりとなかを拡げていた彼のものが、これ以上入りようがないところまで届いた。こんなにもすべてを満たしてくれるのは彼だけで、一流の職人につくらせた冠も彫像も、それなりの報酬さえあれば他の者でも買えるものでしかないと思い知らされる。
「してるよ。こう見えて、君に夢中なんだ」
「ならいいけど」
彼の腰に脚をからめ、また、わざと締めつける。そこから先のことは快感でよく覚えていない。
「俺とこういうことしてて、いいの?」
「なにをいまさら」
やはり、ここにベッドを用意したのは正解だった。彼が手入れした花々、教えてもらうまで名前しか知らなかった木、夜の終わりと朝の始まりが小さな諍いをする空の色……それらの美しさを知ったのは、ここで彼と寝るようになってからだ。
「貴族様なら、いいとこのお嬢さんをもらうだろ」
「世間的にはね。でも、他のひとでも手に入れられそうなものに興味はないかな」
初めて触れ合ったあと、どうして誘いに乗ったのか訊いたら、小さな声で「ひと目惚れだったから」と返ってきた。こんな機会は一生に一度きりだろうから逃すわけにはいかないと思ったらしい。だから抱いてくれたのかと、快感の残る頭で理解したものだ。
「一度きりじゃなかったのはびっくりした」
「手に入れたものは離さない主義なんだ。君も聞いたことくらいあるだろ、僕のコレクションの多さ」
「まぁ、噂でなら」
「今度、屋敷のなかに招待するよ。コレクションを見ていくといい」
あわよくば、自室でもこの空を眺めたい。
幼い頃に両親を亡くされ爵位を継いだ旦那様は、まだお若いというのに笑顔ひとつ見せず、職務を淡々とこなされては自室に引きこもっておられる。歩みをおぼえたばかりの、今よりずっとずっと小さかった頃は、たいへんおかわいらしい笑顔を見せてくださったというのに。
これまで幾度か提案しても「必要ない」のひとことで却下され続けていた庭の手入れを、旦那様のご両親が亡くなられて以来数年ぶりに、ひとに任せてみることにした。美しい花で癒されれば、あの頃のような穏やかな笑みを見せてくださるかもしれないと期待してのことだ。気難しい旦那様の承諾は、新しい宝飾を手に入れて機嫌のよさそうなときに得た。聞き流されているような気もしたが、頷いてくださったことにはかわりない。
早速、十数年前に雇っていた庭師を呼び戻そうとしたところ、彼は既にこの世を去っていると知った。死去時の連絡はもらっていない。いったい、誰のおかげで生活できていたのか――連絡を寄越さなかった遺族に少しのいらだちをおぼえたものの、ひとり息子が同じ仕事をしていると知り、彼を呼びつけることで、鬱憤は腹のなかにおさめることとした。
呼びつけた庭師は、旦那様よりみっつばかり年の若い、力のありそうな少年だ。せめてもう少し身元の確かな少年であれば、旦那様の話し相手として呼ぶこともできただろうに。
初めは「いらないと言った気がするけど」と顔を顰めていた旦那様も、荒れた庭が見違えたように美しくなるのを目の当たりにされてからは、穏やかな表情で窓の外をご覧になる時間が増えたように思う。あのような顔を見られるのは、果たして、何年ぶりか。
庭師の少年には現状維持に努めてもらうよう言いつけ、適度に暇を与えてもいいかもしれない。――そう考えていたところ、旦那様が「温室をつくるように」と仰った。敷地にも費用にも問題はないものの、そのような要望を出されるとは思っていなかったものだから、暇を与えようとした庭師を大慌てで引き止めるはめになったものだ。
ふたつ返事で引き受けた少年は、どうやら、売れない画家と生活しているらしい。なるほど、主な収入源がこの家での仕事ならば、そりゃあ引き受けもするだろう。
旦那様の要望で、温室にはベッドが搬入された。思わず「なぜ」とこぼした私のひとりごとをまんまと拾った旦那様は「美しいところで眠ってみるのもいいかもしれないから」と微笑まれた。恐らく、幼少期以来の笑顔。
美しい花で癒されてはくれないか――その願いは、きっと、叶いつつある。
◇
夜遅く、温室のほうから物音が聞こえることがある。――使用人のあいだでそのような話が出ていると知り、執事長として看過してはおけないと、自ら温室周辺を見張ることに決めた。年老いた体に秋の夜長は堪えるが、幼くして爵位を継いだ旦那様をもっとも知るのはこの私で、この屋敷と旦那様を守る義務がある以上、年齢をいいわけにするなど許されない。
しかし、旦那様のコレクションが盗まれたという話も聞かないし、温室はもちろん庭の草木が荒らされた様子もない。温室のあたりで物音を立てるものの正体は、猫かなにかだろうか。もしそうなら、猫嫌いのメイド長が大騒ぎする前にそっとつまみ出さなければ。
「……っ、あ」
瞬時に、猫の声ではないと悟った。では、今のは?
「もうちょっと、力、抜けませんか」
何度か聞いた、うちで雇っている庭師の少年の声だ。そういえば、物音がすると報告があった日は、決まって、彼が庭や温室の手入れに来た日ではないか。
雇うときにもっと身元を調べるべきだった。まさか、旦那様の温室に女を連れ込んで不埒な情事に耽るなど。
旦那様には申し訳ないが、明朝、温室は即刻取り壊したほうがいいと進言しよう。その前に、不埒なあの男をこの屋敷、いや、この街から一秒でも早く追い出すのが先だ。ともに暮らす画家の生活など知ったことか。
「あ、まって」
恐らく、少年を制止する声だったのだろうが、その声は私の足をも制止させた。
「どうしてですか」
「誰か、いるかも」
背に浮かぶ汗を拭うため? それとも、声の主に気付かれたくないから? ――自分でもどちらが先に湧いた感情かわからないまま、足音を立てぬよう、そっと、温室の入口から離れる。
少し離れてからは足音が立つのも気にせず歩みを速め、長く執事長として勤める私に先代の旦那様が用意してくださった自室に飛び込んだ。
温室で少年と睦みあっていた旦那様。もしかして、温室をつくりたいというのは、あの少年を引き止める策だったのかもしれない。
◆◆
「誰かって、誰です?」
「その言葉遣い、やめて。今はふたりきりなのに。……夜遅くにここに気配を感じるという噂もあったらしいから、執事長かも」
浅い息を繰り返してしまうのは、中途半端なところまで彼のものを咥えこんでいるせいだ。いっそひと思いにと何度頼んでも、毎回、こちらの様子を窺いながら侵入してくる。曰く、「狭いところに自分のものが本当に入るのか、怖い」とのこと。確かに内臓を押し上げられる苦しみはあれど、結果として下生えが触れるまで入ってこられてるじゃないか。
「やめる?」
「やめない。もういなくなったみたいだし。それに、君だってここでやめられないだろ?」
わざと締めつけると、目の前の顔が快感で歪む。すごく気分がいい。彼が見せてくれる表情のなかで、もっとも好ましいのはこの表情だ。
庭師として雇った彼とこういう関係になったのは、ひとつ前の季節の頃だった。そう、あの飛行艇がこの街を去った少しあとだ。
なにを盗まれるのか見当もつかず、自分のコレクションをひとつの部屋に運ばせ、誰も近寄らせないよう言いつけて引きこもった。教会の子どもたちへ本を贈る時期も含まれていたけれど、使用人経由で数日ほど遅れる旨を詫びてまで、引きこもり続けた。
盗むなら、きっと、陽のない時間――そう思ったから、執事長の助けを借りつつ、浅い仮眠だけで過ごすこと一週間。自分の視界から見えるものはなにひとつ奪われることなく、飛行艇は去っていった。話によると、庭師と暮らす画家の絵を盗んでいったらしい。
こんなに美しいものばかりが揃ったここにあるものではなく、名も知られていない画家の絵を? 彼らの好みは理解しがたい。たとえばこの冠は隣国の職人につくらせた一点物で、硝子と見まごうほど澄んだ水晶のいたるところに大振りの紫水晶を埋め込んである、一級品だ。――そんなふうに自分のコレクションを眺めていると、窓の外で枝の剪定をしてくれている彼と視線が合った。屋敷の庭を整え、理想どおりの温室を用意してくれた、彼の技術もまた、コレクションのひとつだ。
自分の容姿が他人からどう見られているかはわかる。縁談目当てと思しき封書の数がそれを物語っているから。自分のコレクションを上回るような魅力を感じない相手と縁を結ぶつもりはなく、老いれば今いる使用人たちに暇を与えてこの家を自分の代で終わらせようとも思っているほどだ。……まるで親のように育ててくれた執事長が知ったら卒倒するから、適当な理由をつけて縁談を断わっているけれど。
窓越しに、彼にだけ向けて人好きのする笑みを浮かべる。彼はぽかんと口を開けて、周りをきょろきょろと見渡した。こんな高さにいるのは、どこかの木に巣を持つ鳥か、君くらいだよ。――窓を開けてそう言ったあの日の夜、彼と関係を持った。
恋心はあとからついてきた。いや、知らず知らずのうちに心の奥にいたのかもしれない。どちらが先かなんて、今となってはわからない。どちらでもいいと思う。
とにかく、彼につくらせた温室に置いたベッドで、星空と、春の空みたいな彼の下ではしたない姿をさらす行為に、僕はあっという間に夢中になった。
「……俺に集中して」
じわりじわりとなかを拡げていた彼のものが、これ以上入りようがないところまで届いた。こんなにもすべてを満たしてくれるのは彼だけで、一流の職人につくらせた冠も彫像も、それなりの報酬さえあれば他の者でも買えるものでしかないと思い知らされる。
「してるよ。こう見えて、君に夢中なんだ」
「ならいいけど」
彼の腰に脚をからめ、また、わざと締めつける。そこから先のことは快感でよく覚えていない。
「俺とこういうことしてて、いいの?」
「なにをいまさら」
やはり、ここにベッドを用意したのは正解だった。彼が手入れした花々、教えてもらうまで名前しか知らなかった木、夜の終わりと朝の始まりが小さな諍いをする空の色……それらの美しさを知ったのは、ここで彼と寝るようになってからだ。
「貴族様なら、いいとこのお嬢さんをもらうだろ」
「世間的にはね。でも、他のひとでも手に入れられそうなものに興味はないかな」
初めて触れ合ったあと、どうして誘いに乗ったのか訊いたら、小さな声で「ひと目惚れだったから」と返ってきた。こんな機会は一生に一度きりだろうから逃すわけにはいかないと思ったらしい。だから抱いてくれたのかと、快感の残る頭で理解したものだ。
「一度きりじゃなかったのはびっくりした」
「手に入れたものは離さない主義なんだ。君も聞いたことくらいあるだろ、僕のコレクションの多さ」
「まぁ、噂でなら」
「今度、屋敷のなかに招待するよ。コレクションを見ていくといい」
あわよくば、自室でもこの空を眺めたい。