環くんが好きだよ
向けられる好意の種類を見極めるのには慣れていたから、気付いたのも、わりと早かったように思う。それでも、初めは、自分が相手をそう思っているから、都合よく捉えているだけなのでは? と懐疑的になった。だって、恋をすると世界が色づいて見えるようになるっていうし。
だから、壮五は幼い頃から学ばされてきた心理テクニックを使い、環が気持ちを打ち明けてくるよう仕向けた。
部屋に来てほしいと言われて真っ先に浮かんだ言葉は〝勝った〟の三文字。恋愛に勝ち負けなんてナンセンスだと誰かが歌っていそうだけれど、この世のすべては、大なり小なり、勝ち負けを繰り返して成り立っている。
今にもステップを踏みそうな自分の体に「おとなしくして」と言い聞かせ、緊張で喉をからからにしたまま、隣室を訪ねる。いつもよりきれいに整えられた環の部屋を見て、壮五は感動した。恋する相手に想いを伝える時に、部屋をきれいにする。少しでも印象をよくしたいと努力する。ささやかで当たり前のことだけれど、環が、自分のためにそれをしたという事実に、あらためて、自分は恋されている立場なのだと感激した。
プライベートでの言動を見る限り、どう見ても恋愛に不慣れな彼が、壮五の心を射止めるために……部屋を片付けながら、告白の言葉を考えていたかもしれない。壮五がどう返事をするかいろいろ想像して、暴れ出しそうになったり、よくない想像で落ち込んだりしたのでは。――きれいに整えられた部屋を見ただけで、そこまで考えてしまった。
この日のために、頭の中で何度もシミュレーションをしてきた。
たとえば、環が「俺、そーちゃんのこと、相方だけじゃなくて、そういう意味で好きなんだけど」と言ったら、壮五は「そういう意味って、どんな?」と質問する。曖昧な言葉で壮五の口から好きの二文字を出すのは、負けた気がしていやだ。
素直に「俺、そーちゃんが好き」と言われた場合も、まず、好意に対する礼を述べるに留めるだけ。好きだから、なに? 気持ちを伝えるだけで満足なのか、交際を望んでいるのか。ここも、自分から提案するのではなく、環の言葉で聞きたい。
次に、質問を投げかけられた場合はどうか。壮五と違って繊細なところがあるから、先に壮五の気持ちを確かめたがるかもしれない。この場合に考えられる発言は「そーちゃんって、好きな人とかいんの?」か「そーちゃん、俺のことどう思う? その、相方ってだけじゃなくて」あたりだろう。質問に質問で返すのはよくないが、自分から答えを言うわけにもいかない。背に腹は代えられないというやつだ。これに対しては、できるだけ優しく「どうして?」と返すだけでいい。焦れて、気持ちを打ち明けるだろう。
そーちゃん、ここ座って。――いつもの癖でラグに正座しようとしたのを止められ、ベッドの端を軽く叩いた。
「あ、え、うん。お邪魔します」
きれいに整えられた部屋。腰掛ける時にさり気なくシーツに触れてみたが、菓子のくずもない。
(……ちょっと待ってくれ)
そのパターンはシミュレーションにない。そんな、告白の場で、抱かれるなんて。
壮五の理想はこうだ。交際を始め、手を繋ぎ、ハグをして、唇を触れ合わせるだけのキス。まずはここまでで一ヵ月かける。キスに慣れてきたら、今度は壮五から、大人のキスに誘う。だって、初心な彼は、大人のキスを知らないだろうから。壮五だってキスの経験はないけれど、今までに聴いた曲の歌詞、見たドラマや映画で、舌の動かし方はなんとなく理解している。ドラマを見ている最中にラブシーンがくると慌てて視線を逸らす彼とは違って、自分はこんなところでも勉強熱心なのだ。
そうして、大人のキスを教え込んだら、熱くなった体を持て余す日々を送らせる。だいたい三ヵ月くらいはおあずけを食らわせたい。焦らして、焦らして、焦らしまくって、環が「そーちゃんといるとエロい気分になる」と半泣きになったところで、彼の童貞をいただく。――そういう、シミュレーションをしてきた。
もちろん、シミュレーションどおりにいかないことも想定済みだ。しかし、交際初日に最後までするなんて……、心は急いで準備できても、体はすぐに準備できない。
ぐるぐると回る頭の中をなんとか落ち着かせようと、ゆっくり、息を吐き出す。
「あのさ、俺、そーちゃんに訊きたいこと、あんだけど」
「……うん、なにかな」
きた。告白パターンその三、質問を投げかけてくるタイプだ。このあとに続くのは、恐らく「そーちゃんって、好きな人とかいんの?」か「俺のことどう思う? その、相方ってだけじゃなくて」のどちらか。質問に質問で返すことになるから、会話が長引くことが予想される。交際成立に至った途端押し倒されるにしても、時間は稼げそうだ。その間に心の準備を進め、体のほうは……そもそも準備が必要なことを知らないだろうから、今日は触れ合うだけにして、男同士でどうするのかを教えてあげればいい。準備に慣れるまで時間をくれと言えば、焦らしまくる作戦も問題なく遂行できる。自分のシミュレーションに穴はない。
「そーちゃんってさ、俺のこと、好きじゃん?」
「……えっ」
「いや、えっ? じゃなくて。あんた、俺のことずーっと見てんの、ばれてないとでも思った?」
意味がわからない。こんなパターンは想定していなかった。だって、彼は恋愛に不慣れで、恋とかよくわかんねえしという言葉が誰よりも似合う十七歳なのに?
「そりゃあ、きみのことを見てるよって、約束、したからね」
「おーじょーぎわ悪いぞ。あんな、そーちゃんが思ってるほど、俺、ガキじゃねえの。あんたが俺を見てる時の顔見てたらばればれだかんな」
「ばればれって……」
焦点が合わないほど顔を近付けられ、咄嗟に目を瞑る。もしかして、キス? まだなにも言ってもらえていないし、答えてもいないのに!
「……ばーか、するかよ。付き合ってもねえのに。目ぇ瞑んな」
自分よりひと回り大きな手に掻き乱されたのは、髪だけではないはずだ。どきどきとうるさい心臓を抑え込むように、胸に拳を当て、恐る恐る目を開く。
「そーちゃん、俺のこと見る時、こういう顔してんの。知らなかっただろ。鏡なかったら見れないもんな」
「……環くんだって、いつもそういう顔だよ」
瞳がきらきらして、心酔するみたいな顔で、視線が合うと、頬がばら色になる。
「そうなん?」
「そうだよ。鏡見る?」
「なくていい。それよりさ、訊いたこと答えて。そーちゃんは、俺のこと好き?」
部屋に呼ばれた時、勝ったと思っていたのに。大好きだからこそ、自分が主導権を握りたくて、たくさん、たくさん考えたのに。
「僕は……」
だから、壮五は幼い頃から学ばされてきた心理テクニックを使い、環が気持ちを打ち明けてくるよう仕向けた。
部屋に来てほしいと言われて真っ先に浮かんだ言葉は〝勝った〟の三文字。恋愛に勝ち負けなんてナンセンスだと誰かが歌っていそうだけれど、この世のすべては、大なり小なり、勝ち負けを繰り返して成り立っている。
今にもステップを踏みそうな自分の体に「おとなしくして」と言い聞かせ、緊張で喉をからからにしたまま、隣室を訪ねる。いつもよりきれいに整えられた環の部屋を見て、壮五は感動した。恋する相手に想いを伝える時に、部屋をきれいにする。少しでも印象をよくしたいと努力する。ささやかで当たり前のことだけれど、環が、自分のためにそれをしたという事実に、あらためて、自分は恋されている立場なのだと感激した。
プライベートでの言動を見る限り、どう見ても恋愛に不慣れな彼が、壮五の心を射止めるために……部屋を片付けながら、告白の言葉を考えていたかもしれない。壮五がどう返事をするかいろいろ想像して、暴れ出しそうになったり、よくない想像で落ち込んだりしたのでは。――きれいに整えられた部屋を見ただけで、そこまで考えてしまった。
この日のために、頭の中で何度もシミュレーションをしてきた。
たとえば、環が「俺、そーちゃんのこと、相方だけじゃなくて、そういう意味で好きなんだけど」と言ったら、壮五は「そういう意味って、どんな?」と質問する。曖昧な言葉で壮五の口から好きの二文字を出すのは、負けた気がしていやだ。
素直に「俺、そーちゃんが好き」と言われた場合も、まず、好意に対する礼を述べるに留めるだけ。好きだから、なに? 気持ちを伝えるだけで満足なのか、交際を望んでいるのか。ここも、自分から提案するのではなく、環の言葉で聞きたい。
次に、質問を投げかけられた場合はどうか。壮五と違って繊細なところがあるから、先に壮五の気持ちを確かめたがるかもしれない。この場合に考えられる発言は「そーちゃんって、好きな人とかいんの?」か「そーちゃん、俺のことどう思う? その、相方ってだけじゃなくて」あたりだろう。質問に質問で返すのはよくないが、自分から答えを言うわけにもいかない。背に腹は代えられないというやつだ。これに対しては、できるだけ優しく「どうして?」と返すだけでいい。焦れて、気持ちを打ち明けるだろう。
そーちゃん、ここ座って。――いつもの癖でラグに正座しようとしたのを止められ、ベッドの端を軽く叩いた。
「あ、え、うん。お邪魔します」
きれいに整えられた部屋。腰掛ける時にさり気なくシーツに触れてみたが、菓子のくずもない。
(……ちょっと待ってくれ)
そのパターンはシミュレーションにない。そんな、告白の場で、抱かれるなんて。
壮五の理想はこうだ。交際を始め、手を繋ぎ、ハグをして、唇を触れ合わせるだけのキス。まずはここまでで一ヵ月かける。キスに慣れてきたら、今度は壮五から、大人のキスに誘う。だって、初心な彼は、大人のキスを知らないだろうから。壮五だってキスの経験はないけれど、今までに聴いた曲の歌詞、見たドラマや映画で、舌の動かし方はなんとなく理解している。ドラマを見ている最中にラブシーンがくると慌てて視線を逸らす彼とは違って、自分はこんなところでも勉強熱心なのだ。
そうして、大人のキスを教え込んだら、熱くなった体を持て余す日々を送らせる。だいたい三ヵ月くらいはおあずけを食らわせたい。焦らして、焦らして、焦らしまくって、環が「そーちゃんといるとエロい気分になる」と半泣きになったところで、彼の童貞をいただく。――そういう、シミュレーションをしてきた。
もちろん、シミュレーションどおりにいかないことも想定済みだ。しかし、交際初日に最後までするなんて……、心は急いで準備できても、体はすぐに準備できない。
ぐるぐると回る頭の中をなんとか落ち着かせようと、ゆっくり、息を吐き出す。
「あのさ、俺、そーちゃんに訊きたいこと、あんだけど」
「……うん、なにかな」
きた。告白パターンその三、質問を投げかけてくるタイプだ。このあとに続くのは、恐らく「そーちゃんって、好きな人とかいんの?」か「俺のことどう思う? その、相方ってだけじゃなくて」のどちらか。質問に質問で返すことになるから、会話が長引くことが予想される。交際成立に至った途端押し倒されるにしても、時間は稼げそうだ。その間に心の準備を進め、体のほうは……そもそも準備が必要なことを知らないだろうから、今日は触れ合うだけにして、男同士でどうするのかを教えてあげればいい。準備に慣れるまで時間をくれと言えば、焦らしまくる作戦も問題なく遂行できる。自分のシミュレーションに穴はない。
「そーちゃんってさ、俺のこと、好きじゃん?」
「……えっ」
「いや、えっ? じゃなくて。あんた、俺のことずーっと見てんの、ばれてないとでも思った?」
意味がわからない。こんなパターンは想定していなかった。だって、彼は恋愛に不慣れで、恋とかよくわかんねえしという言葉が誰よりも似合う十七歳なのに?
「そりゃあ、きみのことを見てるよって、約束、したからね」
「おーじょーぎわ悪いぞ。あんな、そーちゃんが思ってるほど、俺、ガキじゃねえの。あんたが俺を見てる時の顔見てたらばればれだかんな」
「ばればれって……」
焦点が合わないほど顔を近付けられ、咄嗟に目を瞑る。もしかして、キス? まだなにも言ってもらえていないし、答えてもいないのに!
「……ばーか、するかよ。付き合ってもねえのに。目ぇ瞑んな」
自分よりひと回り大きな手に掻き乱されたのは、髪だけではないはずだ。どきどきとうるさい心臓を抑え込むように、胸に拳を当て、恐る恐る目を開く。
「そーちゃん、俺のこと見る時、こういう顔してんの。知らなかっただろ。鏡なかったら見れないもんな」
「……環くんだって、いつもそういう顔だよ」
瞳がきらきらして、心酔するみたいな顔で、視線が合うと、頬がばら色になる。
「そうなん?」
「そうだよ。鏡見る?」
「なくていい。それよりさ、訊いたこと答えて。そーちゃんは、俺のこと好き?」
部屋に呼ばれた時、勝ったと思っていたのに。大好きだからこそ、自分が主導権を握りたくて、たくさん、たくさん考えたのに。
「僕は……」