抱き締めてキスをして甘い声で囁いて
御曹司な面が覗く時の彼は、どちらかというと苦手だった。知らない人みたいだし、いつか、自分を置いて遠くへ行ってしまいそうに思えたから。
子どもは生まれる家を選べない。たまたま、壮五は裕福な家に生まれて、たまたま、自分は下の中くらいの家に生まれただけ。己の生きた証を音楽で残したいと切望する彼の隣で過ごしているうちに、御曹司な面も、逢坂壮五という人間を構成する要素のひとつだと思えるようになって、それからは、金持ちの家の生まれだろうがなんだろうが、気にならなくなった。それくらい、人として、壮五に惚れていたから。
壮五の気持ちにはなんとなく気付いていたけれど、好きを言葉にするのは許されないような気がして、お互い、たまにそういう視線で見つめ合うだけだった。
「僕と、一生をともにしてほしいんだ」
壮五の言葉が、ドラマや映画のセリフみたいだと思った。
ファンから「壮五さんって王子様みたいで格好いい」と言われているタイプの男は、プロポーズも格好いいんだなと、頭の中のどこか冷静な部分が分析している。分析、というほど、小難しくはないが。
ファイブスターカンパニーの子会社が所有する高層ビル。その展望フロアにあるこのレストランも、その企業が経営元らしい。どのメニューも長ったらしい名前で、環の知らない単語がたくさん盛り込まれていた。よくわからなくて、注文はすべて壮五に任せてしまったのは、自分でも格好悪いと思っている。……そんな格好悪い男に、自分の家が少なからず関係する店でプロポーズとは。
「えっと……」
「突然のことで驚かせてしまったとは思ってる。でも、どんどん魅力的になっていくきみを見て、焦がれる気持ちを、どうしても隠せなくなった。……前まで、環くんには、優しい女性と幸せな家庭を築いてほしいと思っていたのに、僕以上に環くんに近付く人が現れる未来を想像したら、気が狂いそうなくらい、嫉妬したんだ。いつ、どんなふうに現れるかもわからない……いや、もしかしたら、僕が知らないだけで、実はもう出会ってるのかもしれないけど」
「そーちゃん、その、長い。一瞬待って」
なにを言っているのか、わからなくなってきた。ただでさえ、突然のプロポーズに驚いているのに、これ以上、混乱させないでほしい。遮るのが憚られる内容だとわかってはいたものの、一旦、言葉を止めてほしい気持ちが勝ってしまった。
「あ、ごめん。……もしかして、もう、いい人と出会ってる?」
「……恋人いるのかって意味なら、いない」
環の返答に、壮五の表情がやわらぐ。たぶん、安堵。安堵……そうか、恋人がいないとわかると安心してしまうくらいには、気にしていたのかと、壮五の次の言葉を待つ。
「一気にまくし立ててしまったね。その、緊張、してて。せめて、話す場所だけでも、自分の見知った店にしようと思って、ここを選んだんだけど……環くんには退屈させてしまってるのかもしれない。だめだな、自分の都合ばかり押し付けて、環くんのことを考えないで、こんな話をして」
もっと、ちゃんと言いたかったな。――落ち込む壮五の代わりに涙を流すみたいに、グラスの水滴が、一筋流れて、テーブルクロスに染みた。
(……そーちゃんが泣きたい時、代わりに泣くの、俺なんだけどな)
出会った頃と違って、今の壮五は、自分でもちゃんと泣ける。それでも、自分は大人だからという矜持が涙を押しとどめてしまうことのほうが多いから、そういう時は、環が代わりに泣いてやるのだ。壮五の話を聞きながら、彼の心の底にある涙のもとをすくい上げて、環が涙を流す。膝、壮五が差し出してくれるハンカチ、自分の腕……涙がそこかしこに落ちるだけ落ちたら、二人で笑う。そうやって、過ごしてきた。
それを、今日初めて来た店のグラスとテーブルクロスに取られたみたいで、いやだと思った。
「そーちゃんは、めっちゃ格好いいよ」
「格好悪いよ。せっかく、お気に入りの服まで着てきたのに、こんな」
力がこもった壮五の拳。頑なな心ごと解かせるように、手を重ねた。環はこういう店には不慣れだが、他の客の目に触れないようなテーブル配置がなされていることには、とうに気付いていた。
「本当だって。びっくりしただけ。……俺も、いつかそーちゃんに言えたらいいなって思ってた。好きとかも、なんとなく、言えないまんまだったから」
「え?」
まさか、先を越されたうえ、一足飛びの展開になるなんて。ドラマや映画みたいなこの店も、予告なしのプロポーズも、格好いいくせに肝心な時に限ってギアのない、この人らしくて、かわいいな、と思った。
「……じゃあ、答え、が、ほしい」
「そんなの、オッケーに決まってんじゃん。でも、今度俺からもプロポーズさせて。そーちゃんが一番ときめきそうなやつがしたい」
「僕がときめくような……」
抱き締めてキスをして愛を囁いてほしい。――想いを重ねたばかりの環にとって、なかなかハードルが高いお願いだった。
子どもは生まれる家を選べない。たまたま、壮五は裕福な家に生まれて、たまたま、自分は下の中くらいの家に生まれただけ。己の生きた証を音楽で残したいと切望する彼の隣で過ごしているうちに、御曹司な面も、逢坂壮五という人間を構成する要素のひとつだと思えるようになって、それからは、金持ちの家の生まれだろうがなんだろうが、気にならなくなった。それくらい、人として、壮五に惚れていたから。
壮五の気持ちにはなんとなく気付いていたけれど、好きを言葉にするのは許されないような気がして、お互い、たまにそういう視線で見つめ合うだけだった。
「僕と、一生をともにしてほしいんだ」
壮五の言葉が、ドラマや映画のセリフみたいだと思った。
ファンから「壮五さんって王子様みたいで格好いい」と言われているタイプの男は、プロポーズも格好いいんだなと、頭の中のどこか冷静な部分が分析している。分析、というほど、小難しくはないが。
ファイブスターカンパニーの子会社が所有する高層ビル。その展望フロアにあるこのレストランも、その企業が経営元らしい。どのメニューも長ったらしい名前で、環の知らない単語がたくさん盛り込まれていた。よくわからなくて、注文はすべて壮五に任せてしまったのは、自分でも格好悪いと思っている。……そんな格好悪い男に、自分の家が少なからず関係する店でプロポーズとは。
「えっと……」
「突然のことで驚かせてしまったとは思ってる。でも、どんどん魅力的になっていくきみを見て、焦がれる気持ちを、どうしても隠せなくなった。……前まで、環くんには、優しい女性と幸せな家庭を築いてほしいと思っていたのに、僕以上に環くんに近付く人が現れる未来を想像したら、気が狂いそうなくらい、嫉妬したんだ。いつ、どんなふうに現れるかもわからない……いや、もしかしたら、僕が知らないだけで、実はもう出会ってるのかもしれないけど」
「そーちゃん、その、長い。一瞬待って」
なにを言っているのか、わからなくなってきた。ただでさえ、突然のプロポーズに驚いているのに、これ以上、混乱させないでほしい。遮るのが憚られる内容だとわかってはいたものの、一旦、言葉を止めてほしい気持ちが勝ってしまった。
「あ、ごめん。……もしかして、もう、いい人と出会ってる?」
「……恋人いるのかって意味なら、いない」
環の返答に、壮五の表情がやわらぐ。たぶん、安堵。安堵……そうか、恋人がいないとわかると安心してしまうくらいには、気にしていたのかと、壮五の次の言葉を待つ。
「一気にまくし立ててしまったね。その、緊張、してて。せめて、話す場所だけでも、自分の見知った店にしようと思って、ここを選んだんだけど……環くんには退屈させてしまってるのかもしれない。だめだな、自分の都合ばかり押し付けて、環くんのことを考えないで、こんな話をして」
もっと、ちゃんと言いたかったな。――落ち込む壮五の代わりに涙を流すみたいに、グラスの水滴が、一筋流れて、テーブルクロスに染みた。
(……そーちゃんが泣きたい時、代わりに泣くの、俺なんだけどな)
出会った頃と違って、今の壮五は、自分でもちゃんと泣ける。それでも、自分は大人だからという矜持が涙を押しとどめてしまうことのほうが多いから、そういう時は、環が代わりに泣いてやるのだ。壮五の話を聞きながら、彼の心の底にある涙のもとをすくい上げて、環が涙を流す。膝、壮五が差し出してくれるハンカチ、自分の腕……涙がそこかしこに落ちるだけ落ちたら、二人で笑う。そうやって、過ごしてきた。
それを、今日初めて来た店のグラスとテーブルクロスに取られたみたいで、いやだと思った。
「そーちゃんは、めっちゃ格好いいよ」
「格好悪いよ。せっかく、お気に入りの服まで着てきたのに、こんな」
力がこもった壮五の拳。頑なな心ごと解かせるように、手を重ねた。環はこういう店には不慣れだが、他の客の目に触れないようなテーブル配置がなされていることには、とうに気付いていた。
「本当だって。びっくりしただけ。……俺も、いつかそーちゃんに言えたらいいなって思ってた。好きとかも、なんとなく、言えないまんまだったから」
「え?」
まさか、先を越されたうえ、一足飛びの展開になるなんて。ドラマや映画みたいなこの店も、予告なしのプロポーズも、格好いいくせに肝心な時に限ってギアのない、この人らしくて、かわいいな、と思った。
「……じゃあ、答え、が、ほしい」
「そんなの、オッケーに決まってんじゃん。でも、今度俺からもプロポーズさせて。そーちゃんが一番ときめきそうなやつがしたい」
「僕がときめくような……」
抱き締めてキスをして愛を囁いてほしい。――想いを重ねたばかりの環にとって、なかなかハードルが高いお願いだった。