愛情表現
MEZZO"の仕事はとにかく身体的な距離が近い。デビューが決まってすぐの頃は、みっつしか違わない同性と、顔を近付けたり、腰を抱いたりといったポーズを求められるたびにどぎまぎしたが、これが事務所の考えたMEZZO"の路線だ、IDOLiSH7の道を切り拓くために必要なことだと割り切っているうちに、だんだんと、抵抗感はなくなっていったように思う。
今では、オフの日に二人で出かける機会も増えたし、寮でのんびり過ごす時に会話に困るなんてこともなくなった。自分たちの関係は仕事仲間だけに留まらない。さまざまなことを乗り越え、今では互いに友愛ともいえる情を抱いている。少なくとも、壮五はそう思っている。
「そーちゃん、ここの読み方わかんない」
環の部屋でアンケートの記入を済ませ、なにか困っていることはないか尋ねると、すぐに答えが返ってきた。環単独の仕事での台本だが、頼られて悪い気はしない。どれどれと彼の手許を覗き込み、視線で、環の人差し指を辿る。
壮五より少し大きな手で、骨ばった指。特になんの手入れもしていないそうだが、その言葉が信じられないほど、きれいな手だ。若いとはいえ、食器洗いや風呂掃除をきちんと手伝う彼だから、洗剤で指先が荒れていてもおかしくないのに。
「あぁ、これか。これは……」
なんとなく視線を感じて顔を上げると、思っていた以上に至近距離に環の顔があり、心臓がどくんと跳ねる。
MEZZO"の仕事はとにかく身体的な距離が近い。デビューが決まってすぐの頃は、みっつしか違わない同性と、顔を近付けたり、腰を抱いたりといったポーズを求められるたびにどぎまぎしたが、これが事務所の考えたMEZZO"の路線だ、IDOLiSH7の道を切り拓くために必要なことだと割り切っているうちに、だんだんと、抵抗感はなくなっていったように思う。だから、この距離も、抵抗感はない。よくあることだ。
でも、今は、プライベートの時間。プライベートで、こんなに、顔が近い、なんて。
「環く……」
彼には、友愛ともいえる情を抱いている。友愛。
――本当に?
頭の中で、そう問いかける声がする。だって、友人とこんなに顔を近付けるなんて、考えにくい。この距離は、まるで、キスをする直前のようではないか。
(どうしよう、でも、いや、ではないし……)
壮五はぎゅうっと目を瞑り、次に訪れるであろう衝撃に備える。仕事でもプライベートでも、まだ、誰にも触れさせたことのない唇に、訪れるであろう衝撃。
乾燥しやすい季節だから手入れは念入りにしているが、手入れをし過ぎて、べたついていないだろうか? 歯磨きをしてからどれくらいの時間が経った? あれ、呼吸ってどうすればいいんだっけ? なにもかもわからないことだらけで、拳に力が入る。
「ん?」
待てど暮らせど、覚悟していたような衝撃は唇には訪れず、代わりに、鼻先になにかが触れる。今、なにが触れた? 恐る恐る目を開けると、あんなに近かった環の顔は、すっかりいつもどおりの距離に戻っていて、拍子抜けしてしまった。
「あの、環くん、今のって」
もしかして、鼻にキスをされたのか? キスしたの? と訊いてみたいが、キスという単語を恥じらう彼にそんな質問はしづらいし、キスと決めつけて尋ねるほどの図々しさは壮五にはない。
「ごめん、なんか、ぶつかった。それより、台本のここ」
「……えっ、あ、あぁ、そうだったね」
慌てて台本に視線を落とし、どの漢字だったかなと、少し前の思考に巻き戻した。
(なんだ、ぶつかっただけか)
心の中でそう呟く自分が、どこか落胆していて、壮五は小さく首を傾げる。しかし、落胆の理由に気付いてはいけないような気がした。
なんてことない顔をして部屋へと帰った壮五に、やはり彼はこの手のことには鈍いのだなと悟る。アンケートの記入も、台本でわからない漢字を訊くのも、少しでも壮五と一緒にいたいからなのに。
(ま、やたら詳しくてもむかつくけど)
環がそれを知ったのは偶然だ。学校の休み時間に、同じクラスの女子生徒たちがきゃあきゃあと騒いでいるのを耳にした。人が寝てるのにうるせえなと思いつつ、それが恋愛に関する話題だったから、こっそりと聞き耳を立ててしまった。キスは場所によって意味が違って、地域によっては、鼻同士を合わせることを愛情表現とする場合もあるらしい。
付き合ってもいないのに唇をくっつけるなんて絶対にできないが、鼻同士なら、それとなく気持ちを伝えられるのでは。もし壮五が鼻同士のキスを知らなかったら、ぶつかったとでも言えばいいし。そう思って、そっと鼻を近付けたのだ。
「でも、伝わんねえのも、悔しいかも……」
今では、オフの日に二人で出かける機会も増えたし、寮でのんびり過ごす時に会話に困るなんてこともなくなった。自分たちの関係は仕事仲間だけに留まらない。さまざまなことを乗り越え、今では互いに友愛ともいえる情を抱いている。少なくとも、壮五はそう思っている。
「そーちゃん、ここの読み方わかんない」
環の部屋でアンケートの記入を済ませ、なにか困っていることはないか尋ねると、すぐに答えが返ってきた。環単独の仕事での台本だが、頼られて悪い気はしない。どれどれと彼の手許を覗き込み、視線で、環の人差し指を辿る。
壮五より少し大きな手で、骨ばった指。特になんの手入れもしていないそうだが、その言葉が信じられないほど、きれいな手だ。若いとはいえ、食器洗いや風呂掃除をきちんと手伝う彼だから、洗剤で指先が荒れていてもおかしくないのに。
「あぁ、これか。これは……」
なんとなく視線を感じて顔を上げると、思っていた以上に至近距離に環の顔があり、心臓がどくんと跳ねる。
MEZZO"の仕事はとにかく身体的な距離が近い。デビューが決まってすぐの頃は、みっつしか違わない同性と、顔を近付けたり、腰を抱いたりといったポーズを求められるたびにどぎまぎしたが、これが事務所の考えたMEZZO"の路線だ、IDOLiSH7の道を切り拓くために必要なことだと割り切っているうちに、だんだんと、抵抗感はなくなっていったように思う。だから、この距離も、抵抗感はない。よくあることだ。
でも、今は、プライベートの時間。プライベートで、こんなに、顔が近い、なんて。
「環く……」
彼には、友愛ともいえる情を抱いている。友愛。
――本当に?
頭の中で、そう問いかける声がする。だって、友人とこんなに顔を近付けるなんて、考えにくい。この距離は、まるで、キスをする直前のようではないか。
(どうしよう、でも、いや、ではないし……)
壮五はぎゅうっと目を瞑り、次に訪れるであろう衝撃に備える。仕事でもプライベートでも、まだ、誰にも触れさせたことのない唇に、訪れるであろう衝撃。
乾燥しやすい季節だから手入れは念入りにしているが、手入れをし過ぎて、べたついていないだろうか? 歯磨きをしてからどれくらいの時間が経った? あれ、呼吸ってどうすればいいんだっけ? なにもかもわからないことだらけで、拳に力が入る。
「ん?」
待てど暮らせど、覚悟していたような衝撃は唇には訪れず、代わりに、鼻先になにかが触れる。今、なにが触れた? 恐る恐る目を開けると、あんなに近かった環の顔は、すっかりいつもどおりの距離に戻っていて、拍子抜けしてしまった。
「あの、環くん、今のって」
もしかして、鼻にキスをされたのか? キスしたの? と訊いてみたいが、キスという単語を恥じらう彼にそんな質問はしづらいし、キスと決めつけて尋ねるほどの図々しさは壮五にはない。
「ごめん、なんか、ぶつかった。それより、台本のここ」
「……えっ、あ、あぁ、そうだったね」
慌てて台本に視線を落とし、どの漢字だったかなと、少し前の思考に巻き戻した。
(なんだ、ぶつかっただけか)
心の中でそう呟く自分が、どこか落胆していて、壮五は小さく首を傾げる。しかし、落胆の理由に気付いてはいけないような気がした。
なんてことない顔をして部屋へと帰った壮五に、やはり彼はこの手のことには鈍いのだなと悟る。アンケートの記入も、台本でわからない漢字を訊くのも、少しでも壮五と一緒にいたいからなのに。
(ま、やたら詳しくてもむかつくけど)
環がそれを知ったのは偶然だ。学校の休み時間に、同じクラスの女子生徒たちがきゃあきゃあと騒いでいるのを耳にした。人が寝てるのにうるせえなと思いつつ、それが恋愛に関する話題だったから、こっそりと聞き耳を立ててしまった。キスは場所によって意味が違って、地域によっては、鼻同士を合わせることを愛情表現とする場合もあるらしい。
付き合ってもいないのに唇をくっつけるなんて絶対にできないが、鼻同士なら、それとなく気持ちを伝えられるのでは。もし壮五が鼻同士のキスを知らなかったら、ぶつかったとでも言えばいいし。そう思って、そっと鼻を近付けたのだ。
「でも、伝わんねえのも、悔しいかも……」