目撃者K
*名前のないモブ視点、『MECHANICAL LULLABY』パロディ(アプリル×メイア)
からん……というドアベルの音に気付いた店主がこちらを振り返った。
「いらっしゃいませ、Capsaicinへようこそ」
カウンターの奥から出迎えてくれた店主がこちらに駆け寄ってきた。コートを預かってくれるということなので、お言葉に甘えさせてもらう。
「今日は寒いでしょう? それに、雨もぱらついて。あっ、傘はそちらへどうぞ!」
店内をぐるりと見渡すが、あまり……いや、まったく、混んでいない。アコルダトゥーラに着いてすぐ、時計塔にいた眼鏡の男にこの店を教えられたから来てみたのだが、もしかして、あまり繁盛していないのだろうか。
「あっ、……ええと、今日は天気がよくないから空いているんです。それに、ロボットドールは皆それぞれの『役割』があって、この時間は忙しいみたいですよ」
ただいまの時刻は午後四時半。窓際の席であれば夕方には夕陽を背負った時計塔が遠くに見えるとかで、店主には窓際の席を案内されたが、せっかくなら店主と語らいたい。そう告げるとカウンター席へと誘導されたため、端に腰掛けようとする。しかし、尻が座面に触れる前に、店主が「あっ」と声を上げた。
「あの、その席は予約席、なんです」
これは失礼。軽く頭を下げ、ふたつ隣の席に腰掛けることとした。
……それにしても、だ。客が少ない時間帯とはいえ、自分のように気まぐれで訪れる者もいるのだから、予約席があるのならプレートを置いておくべきではないだろうか。もやりとした感情をそのままぶつけようと口を開いたのだが、店主がにこにこと微笑むものだから口を閉じてしまった。毒気が抜かれるというのはこういうことかもしれない。
メニュー表を眺め、どれにしたものかと視線を彷徨わせていると、視界の端に動くものが見える。ちらちらと入る影が煩わしくて顔を上げたところ、店主がカウンターを挟んだ向こうで調理を始めようとしていた。
「あ、これですか? これは……予約の方がそろそろお越しになるので」
それなら自分もその予約客と同じメニューでいいと告げる。別々のメニューを二人ぶん調理するより、初めから同じ材料で二人ぶんのメニューを調理したほうが効率がいいからだ。しかも、詳しく聞けば、つくろうとしているのはこの店のオススメメニューだというじゃないか。店主がオススメメニューと言うからには、一番うまいものを出してくれるに違いない。店主も、一見の客である自分がオススメメニューを注文したということで、嬉しそうにしている。これは相当すごいものが出てくるぞと判断し、さきほどから唸っている腹の虫にもう少し辛抱していろと言い聞かせた。
カウンターの中で忙しく動き回る店主を眺めながら、オススメメニューとやらが出てくるのを待つ。彼が動くたびにひょこひょこと揺れる髪を視線で追っているうち、既視感のようなものを抱く。なんだ? なにに似て……。
(雛だ……)
雛鳥が親鳥のあとをついてたどたどしく歩いた時の尾の揺れを彷彿とさせるのだ。それに気付いた途端、店主が愛らしい存在に思えた。よく考えたら、微笑んだ時に小さな花が舞っていたような気がする。まなじりを赤く染めながら景観のいい席を勧めてきた時なんて、ファンになってしまうかと思った。……ファン? そうだ、ファン。つまりこの店主は、いわば、この店のアイドル的存在と言ってもいいのではないだろうか。
そう結論付けてしまうと、店主が本物のアイドルに見えてくる。握っている調味料の瓶は、さしずめ、マイクといったところか。鍋に投入される唐辛子のかたまりは……かたまり? ちょっと待て、どうしてそんなに唐辛子を使うんだ。
「どうしました?」
大きな音を立てて勢いよく立ち上がった自分に、店主がこてんと首を傾げる。声にならない声で鍋に投げ込まれた唐辛子を指差すと「あぁ」と言って微笑んだ。
「オススメメニューのメインの材料です。新鮮なんですよ」
唐辛子をかたまりでぶち込む料理ってどういうことだろう。視線をそっと動かすと、調理場の端に、赤い粉末が詰まった瓶がいくつも並んでいるのが見えた。一番手前にあるのは死神の異名を持った、世界でもっとも辛い唐辛子に認定されている〝キャロライナリーパー〟だ。あぁ、そういえばCapsaicinという店名も、唐辛子の辛み成分のことでは?
ぐるぐると考えていると、背後でドアベルの音が鳴った。
「アプリルさん!」
自分を出迎えてくれた時とは比べものにならないほど大量の花を撒き散らしながら、やって来た客の傍へと駆け寄る。
「おー、……つか今日は客いんじゃん。よかったな」
「そうなんです! しかも、アプリルさんと同じく、僕のオススメメニューを食べてくださるんですよ」
店主の語尾にハートマークが付いているように聞こえるのは気のせいだろうか。
「げ。あんた、また犠牲者増やすのかよ。あー、あー。かわいそ。見たところここ来るの初めてっぽいじゃん。きちょーなお客さんなのに真っ赤な料理じゃかわいそうだろ」
真っ赤な料理。メニュー表に並んでいるものはすべて普通のメニューだったが、店主のオススメとしか書かれていない謎のメニューは、この男の話しぶりからすると〝必ず激辛のもの〟らしい。
それにしてもこの男、どうもこの店の常連客のようだ。しかも、店主がカウンターの端の席に案内したことから、店主が言っていた〝予約客〟がこの男とみて間違いない。オススメメニューを食べるために予約する常連客。この男も店主同様、辛党なのか?
「今日は赤いの、たくさんかけんなよ。あと、おれはいつも通り、食後にプリン食うからな」
辛党なのかという予想は瞬時に否定された。食後に甘いデザートを求めるあたり、少なくとも辛党ではない。真の辛党は辛さで熱くなった口内を冷水で宥め、ひりついた口のまま、時間経過で辛さが治まるのをじっくりと待つからだ。
「今日はちょっとしかかけてません! 今日はおいしくできているはずなので、食べてみてください!」
男に言い返しながら頬を染めている店主に「なるほど」と思う。つまり、この予約客は店主の〝いい人〟といったところか。それならわざわざ予約席のプレートを置いていないのも仕方ないのかもしれない。店主にとって、彼は〝予約客〟ではないのだから。
そうとわかったら、長居をするわけにはいかない。ひっそりと甘い時間を過ごす二人の邪魔をするほど愚かではないし、ここにいては胸焼けしてしまいそうだからだ。
「どうぞ、できました!」
花が咲いたような愛らしい笑顔とともに、テーブルに並べられた皿を見遣る。
(少ししか、か……)
皿の半分以上を占める唐辛子に、真っ赤なソース。なかなかに刺激的な色をしている。
「メイア! ちょっとって言ったじゃんか!」
隣に座る男の前に並べられた皿も同様に赤くて、まだ口をつけていないというのに、真っ赤な顔をして怒っている。どうやら常連客らしい彼がここまで怒るということは、相当な覚悟を決めてかからないと完食することは難しいのだろう。
――前言撤回。長居をするわけにはいかないと思ったが、やむを得ず、長居するはめになりそうだ。彼らの甘い雰囲気で中和できればいいのだが。
からん……というドアベルの音に気付いた店主がこちらを振り返った。
「いらっしゃいませ、Capsaicinへようこそ」
カウンターの奥から出迎えてくれた店主がこちらに駆け寄ってきた。コートを預かってくれるということなので、お言葉に甘えさせてもらう。
「今日は寒いでしょう? それに、雨もぱらついて。あっ、傘はそちらへどうぞ!」
店内をぐるりと見渡すが、あまり……いや、まったく、混んでいない。アコルダトゥーラに着いてすぐ、時計塔にいた眼鏡の男にこの店を教えられたから来てみたのだが、もしかして、あまり繁盛していないのだろうか。
「あっ、……ええと、今日は天気がよくないから空いているんです。それに、ロボットドールは皆それぞれの『役割』があって、この時間は忙しいみたいですよ」
ただいまの時刻は午後四時半。窓際の席であれば夕方には夕陽を背負った時計塔が遠くに見えるとかで、店主には窓際の席を案内されたが、せっかくなら店主と語らいたい。そう告げるとカウンター席へと誘導されたため、端に腰掛けようとする。しかし、尻が座面に触れる前に、店主が「あっ」と声を上げた。
「あの、その席は予約席、なんです」
これは失礼。軽く頭を下げ、ふたつ隣の席に腰掛けることとした。
……それにしても、だ。客が少ない時間帯とはいえ、自分のように気まぐれで訪れる者もいるのだから、予約席があるのならプレートを置いておくべきではないだろうか。もやりとした感情をそのままぶつけようと口を開いたのだが、店主がにこにこと微笑むものだから口を閉じてしまった。毒気が抜かれるというのはこういうことかもしれない。
メニュー表を眺め、どれにしたものかと視線を彷徨わせていると、視界の端に動くものが見える。ちらちらと入る影が煩わしくて顔を上げたところ、店主がカウンターを挟んだ向こうで調理を始めようとしていた。
「あ、これですか? これは……予約の方がそろそろお越しになるので」
それなら自分もその予約客と同じメニューでいいと告げる。別々のメニューを二人ぶん調理するより、初めから同じ材料で二人ぶんのメニューを調理したほうが効率がいいからだ。しかも、詳しく聞けば、つくろうとしているのはこの店のオススメメニューだというじゃないか。店主がオススメメニューと言うからには、一番うまいものを出してくれるに違いない。店主も、一見の客である自分がオススメメニューを注文したということで、嬉しそうにしている。これは相当すごいものが出てくるぞと判断し、さきほどから唸っている腹の虫にもう少し辛抱していろと言い聞かせた。
カウンターの中で忙しく動き回る店主を眺めながら、オススメメニューとやらが出てくるのを待つ。彼が動くたびにひょこひょこと揺れる髪を視線で追っているうち、既視感のようなものを抱く。なんだ? なにに似て……。
(雛だ……)
雛鳥が親鳥のあとをついてたどたどしく歩いた時の尾の揺れを彷彿とさせるのだ。それに気付いた途端、店主が愛らしい存在に思えた。よく考えたら、微笑んだ時に小さな花が舞っていたような気がする。まなじりを赤く染めながら景観のいい席を勧めてきた時なんて、ファンになってしまうかと思った。……ファン? そうだ、ファン。つまりこの店主は、いわば、この店のアイドル的存在と言ってもいいのではないだろうか。
そう結論付けてしまうと、店主が本物のアイドルに見えてくる。握っている調味料の瓶は、さしずめ、マイクといったところか。鍋に投入される唐辛子のかたまりは……かたまり? ちょっと待て、どうしてそんなに唐辛子を使うんだ。
「どうしました?」
大きな音を立てて勢いよく立ち上がった自分に、店主がこてんと首を傾げる。声にならない声で鍋に投げ込まれた唐辛子を指差すと「あぁ」と言って微笑んだ。
「オススメメニューのメインの材料です。新鮮なんですよ」
唐辛子をかたまりでぶち込む料理ってどういうことだろう。視線をそっと動かすと、調理場の端に、赤い粉末が詰まった瓶がいくつも並んでいるのが見えた。一番手前にあるのは死神の異名を持った、世界でもっとも辛い唐辛子に認定されている〝キャロライナリーパー〟だ。あぁ、そういえばCapsaicinという店名も、唐辛子の辛み成分のことでは?
ぐるぐると考えていると、背後でドアベルの音が鳴った。
「アプリルさん!」
自分を出迎えてくれた時とは比べものにならないほど大量の花を撒き散らしながら、やって来た客の傍へと駆け寄る。
「おー、……つか今日は客いんじゃん。よかったな」
「そうなんです! しかも、アプリルさんと同じく、僕のオススメメニューを食べてくださるんですよ」
店主の語尾にハートマークが付いているように聞こえるのは気のせいだろうか。
「げ。あんた、また犠牲者増やすのかよ。あー、あー。かわいそ。見たところここ来るの初めてっぽいじゃん。きちょーなお客さんなのに真っ赤な料理じゃかわいそうだろ」
真っ赤な料理。メニュー表に並んでいるものはすべて普通のメニューだったが、店主のオススメとしか書かれていない謎のメニューは、この男の話しぶりからすると〝必ず激辛のもの〟らしい。
それにしてもこの男、どうもこの店の常連客のようだ。しかも、店主がカウンターの端の席に案内したことから、店主が言っていた〝予約客〟がこの男とみて間違いない。オススメメニューを食べるために予約する常連客。この男も店主同様、辛党なのか?
「今日は赤いの、たくさんかけんなよ。あと、おれはいつも通り、食後にプリン食うからな」
辛党なのかという予想は瞬時に否定された。食後に甘いデザートを求めるあたり、少なくとも辛党ではない。真の辛党は辛さで熱くなった口内を冷水で宥め、ひりついた口のまま、時間経過で辛さが治まるのをじっくりと待つからだ。
「今日はちょっとしかかけてません! 今日はおいしくできているはずなので、食べてみてください!」
男に言い返しながら頬を染めている店主に「なるほど」と思う。つまり、この予約客は店主の〝いい人〟といったところか。それならわざわざ予約席のプレートを置いていないのも仕方ないのかもしれない。店主にとって、彼は〝予約客〟ではないのだから。
そうとわかったら、長居をするわけにはいかない。ひっそりと甘い時間を過ごす二人の邪魔をするほど愚かではないし、ここにいては胸焼けしてしまいそうだからだ。
「どうぞ、できました!」
花が咲いたような愛らしい笑顔とともに、テーブルに並べられた皿を見遣る。
(少ししか、か……)
皿の半分以上を占める唐辛子に、真っ赤なソース。なかなかに刺激的な色をしている。
「メイア! ちょっとって言ったじゃんか!」
隣に座る男の前に並べられた皿も同様に赤くて、まだ口をつけていないというのに、真っ赤な顔をして怒っている。どうやら常連客らしい彼がここまで怒るということは、相当な覚悟を決めてかからないと完食することは難しいのだろう。
――前言撤回。長居をするわけにはいかないと思ったが、やむを得ず、長居するはめになりそうだ。彼らの甘い雰囲気で中和できればいいのだが。