マーキング
(またかよ……)
寝て起きたら、背中になにかがくっついている。自分の腕の中には王様プリンのぬいぐるみ。その自分を抱き枕のようにしている存在があるのだ。
「なんでいんの……」
相変わらず素直じゃない。恋人なんだし、たまには一緒に寝ようと誘っても「翌朝、きみの部屋から僕が出てくるところをみんなに見られたらどうするんだ」なんて言って断るくせに、環が眠っている隙に、部屋に忍び込んで勝手に添い寝しているのだ。そんなことをするくらいなら、自分がねだった時に、素直に首を縦に振ってほしい。
しっかりとホールドされているが、体格ではこちらが有利。環は懸命に身体を動かして寝返りを打った。ついでに恐る恐る掛け布団をめくったのは、以前、今と同じように一方的に添い寝してきた壮五が、環のシャツをだらしなく着ていたことがあり、今回もそうしているのではないかという疑念が湧いたからだ。ちなみに、その時は寝苦しさで予定よりもかなり早く目を覚ましてしまったこともあって、……いわゆる彼シャツで誘惑をしてきた壮五に、言葉通り、のせられてしまった。
どきどきしながら掛け布団をめくったものの、今回は期待……いや、恐れていたような事態にはなっておらず、見慣れたぺらぺらの寝間着姿だった。安心? がっかり? 自分の中の感情がどちらなのか、いまひとつ、判断ができない。
以前は寝たふりをしていた確信犯の壮五だったが、今回は本当に眠っているらしい。前髪をすくい上げて額にくちづけても、んん……とむずがる程度に留まっている。昨日は帰りが遅かったようだから、よほど疲れが溜まっているのだろう。よく見れば、うっすらと隈ができている。
(あーあ、アイドルなのに)
下瞼をそっとなぞる。この指先から体温が伝わって、疲れているであろう壮五の瞳を癒してあげられたらいいのに。
(しっかし、起きねえのな)
いつもの壮五なら、環が懸命に寝返りを打った時点で目を覚ましそうなものだ。元々、壮五はぐっすり眠るタイプではない。いつだって眠りが浅く、起こしてもなかなか起きない環を、嫌味半分、羨望半分といった態度で叩き起こすのが壮五だ。
(いや、そーでもない、かも)
ひとつだけ例外がある。環がベッドまで運んでやらなければならないほど酒に酔った時は、ぐっすり眠っている。厳密には、泥酔と熟睡は別なのだが。
「ん……」
壮五の下瞼を親指でなぞっていたのがくすぐったいのだろう。眉間に皺を寄せて小さくかぶりを振った。その拍子に、普段は毛先に隠れている耳が露わになる。壮五を抱く時、ここに触れると身体を震わせて感じ入った声を上げてくれるのだ。
眠っている恋人の顔に情事の時の様子を思い出してしまったせいか、環の中に湧き上がってくるものがある。
基本的に、環は、大事な人たちには優しくしてやりたい性分だ。それはIDOLiSH7のメンバーであったり、マネージャーであったり。自分によくしてくれる人たちには、与えられた優しさと同じくらいか、それ以上の優しさを返してやりたい。妹に至っては、叶うなら、世界で一番優しくしてやりたいと思っている。優しさだけを与えたい。
だが、壮五は違う。もちろん優しくしてやりたいとは思っている。IDOLiSH7のメンバーで、MEZZO"の相方。そして、自分が初めて好きになった相手で、恋人。妹と同じくらい優しくしてやりたい。それなのに、時々、いじわるやいたずらをしたくなってしまう時がある。度を越えないよう、ぎりぎりのところで、わざと困らせてしまいたくなることがある。――今、環の中に湧き上がってきたのは、壮五にちょっとしたいたずらをしたいという感情。あくまでも、好きだからこそだ。
(そーちゃんがムボービなのが悪い)
勝手に人のベッドに潜り込んで、こんなかわいい寝顔を見せて。あまつさえ、弱い耳を見せつけてくるなんて。いたずらをしてくれと言っているようなものだ。いたずらだが、これは恋人としてのコミュニケーションの一環であり、決して、いやがらせではない。
壮五の髪を指先ですくい上げ、露わになった耳の後ろ……普段ならば髪で覆われているところに顔を寄せる。眠っている間に汗をかいたのだろう、汗が引いたあとの体臭と、かろうじて残っているボディソープが混ざった香りが鼻を掠めた。いつも、この香りに興奮してしまう。
興奮に身を任せて顔を押し付けると、壮五の意識が浮上したのか「んん」と、さきほどよりはっきりした声が上がる。あぁ、だめだ。たりない。
「っん……、なに……」
さすがにここまでされては壮五も目を覚ます。むしろ、よく今まで眠っていたものだ。
「なに、って」
今しがた、壮五が目を覚ます直前に唇で触れた、耳の後ろを指先でなぞる。少し湿っているのは、環が吸い付いた時の唾液。
「なにかあった……?」
しきりに耳の後ろを撫でる環を不思議に思ったのだろう。寝起き特有のぼんやりとした表情で、壮五が訪ねる。
「えっと……」
吸い付いたあと、唇を離した時に、環はこの目で確認した。しっかり痕が残ってしまって、証拠を消すのに数日かかりそうだ。いくら髪で隠れるところとはいえ、感情に身を任せて痕を付けてしまった。
恋人にじっと見つめられて、誤魔化せるタイプではない。
「えっと、……ごめん」
耳の後ろを撫でながら謝罪する環に、壮五の意識がじわじわと覚醒する。
「……? ~~っ、まさか!」
勢いよく飛び起きて環の身体を押し退けると、部屋にある姿見に飛び付いた。耳を折り畳んで、必死に首の後ろを見たものの、見える範囲のところにはなにもない。
叱られるだろうなと思いつつ、身だしなみとして持ち歩くよう言われている手鏡を壮五に差し出す。合わせ鏡にすれば、鏡の世界に映る壮五の首筋、耳の後ろの少し下に刻まれている環の所有欲が見えた。
「これ……」
「ごめん! 俺ら、アイドルなのに、…………」
勢いよく頭を下げる環を前に、壮五はゆるゆると息を吐いた。
環の反応を見る限り、たった今、付けたばかりの痕なのだろう。あまり濃い鬱血痕でもないから、タオルであたためてから軟膏を塗ればいい。幸い、髪で隠れるところだし、心配ならコンシーラーを塗っておけば、誰かに気付かれることもなさそうだ。
それに、環を一方的に叱ることはできない。そもそも、環からの誘いを断っておきながら彼の部屋に忍び込んで勝手に添い寝をしたのは自分だ。
「いや、……僕がきみのベッドに潜り込みさえしなければよかったんだ」
「そういえば、なんで? 俺が一緒に寝よって言ってもだめしか言わねえのに」
環の質問に顔を赤らめながら、壮五はもじもじと膝を擦り合わせた。
「それは、……この前、朝にそういうことをしたのが…………」
それ以上は恥ずかしさが勝って言えず、両手で顔を覆った。しかし、それだけで、環にはじゅうぶん伝わったらしい。
「…………あんたさぁ……」
へなへなとその場にしゃがみ込み、頭を抱えた。恥ずかしさで顔が熱い。それならそれで、夜のうちに言ってくれればいいのに。
寝て起きたら、背中になにかがくっついている。自分の腕の中には王様プリンのぬいぐるみ。その自分を抱き枕のようにしている存在があるのだ。
「なんでいんの……」
相変わらず素直じゃない。恋人なんだし、たまには一緒に寝ようと誘っても「翌朝、きみの部屋から僕が出てくるところをみんなに見られたらどうするんだ」なんて言って断るくせに、環が眠っている隙に、部屋に忍び込んで勝手に添い寝しているのだ。そんなことをするくらいなら、自分がねだった時に、素直に首を縦に振ってほしい。
しっかりとホールドされているが、体格ではこちらが有利。環は懸命に身体を動かして寝返りを打った。ついでに恐る恐る掛け布団をめくったのは、以前、今と同じように一方的に添い寝してきた壮五が、環のシャツをだらしなく着ていたことがあり、今回もそうしているのではないかという疑念が湧いたからだ。ちなみに、その時は寝苦しさで予定よりもかなり早く目を覚ましてしまったこともあって、……いわゆる彼シャツで誘惑をしてきた壮五に、言葉通り、のせられてしまった。
どきどきしながら掛け布団をめくったものの、今回は期待……いや、恐れていたような事態にはなっておらず、見慣れたぺらぺらの寝間着姿だった。安心? がっかり? 自分の中の感情がどちらなのか、いまひとつ、判断ができない。
以前は寝たふりをしていた確信犯の壮五だったが、今回は本当に眠っているらしい。前髪をすくい上げて額にくちづけても、んん……とむずがる程度に留まっている。昨日は帰りが遅かったようだから、よほど疲れが溜まっているのだろう。よく見れば、うっすらと隈ができている。
(あーあ、アイドルなのに)
下瞼をそっとなぞる。この指先から体温が伝わって、疲れているであろう壮五の瞳を癒してあげられたらいいのに。
(しっかし、起きねえのな)
いつもの壮五なら、環が懸命に寝返りを打った時点で目を覚ましそうなものだ。元々、壮五はぐっすり眠るタイプではない。いつだって眠りが浅く、起こしてもなかなか起きない環を、嫌味半分、羨望半分といった態度で叩き起こすのが壮五だ。
(いや、そーでもない、かも)
ひとつだけ例外がある。環がベッドまで運んでやらなければならないほど酒に酔った時は、ぐっすり眠っている。厳密には、泥酔と熟睡は別なのだが。
「ん……」
壮五の下瞼を親指でなぞっていたのがくすぐったいのだろう。眉間に皺を寄せて小さくかぶりを振った。その拍子に、普段は毛先に隠れている耳が露わになる。壮五を抱く時、ここに触れると身体を震わせて感じ入った声を上げてくれるのだ。
眠っている恋人の顔に情事の時の様子を思い出してしまったせいか、環の中に湧き上がってくるものがある。
基本的に、環は、大事な人たちには優しくしてやりたい性分だ。それはIDOLiSH7のメンバーであったり、マネージャーであったり。自分によくしてくれる人たちには、与えられた優しさと同じくらいか、それ以上の優しさを返してやりたい。妹に至っては、叶うなら、世界で一番優しくしてやりたいと思っている。優しさだけを与えたい。
だが、壮五は違う。もちろん優しくしてやりたいとは思っている。IDOLiSH7のメンバーで、MEZZO"の相方。そして、自分が初めて好きになった相手で、恋人。妹と同じくらい優しくしてやりたい。それなのに、時々、いじわるやいたずらをしたくなってしまう時がある。度を越えないよう、ぎりぎりのところで、わざと困らせてしまいたくなることがある。――今、環の中に湧き上がってきたのは、壮五にちょっとしたいたずらをしたいという感情。あくまでも、好きだからこそだ。
(そーちゃんがムボービなのが悪い)
勝手に人のベッドに潜り込んで、こんなかわいい寝顔を見せて。あまつさえ、弱い耳を見せつけてくるなんて。いたずらをしてくれと言っているようなものだ。いたずらだが、これは恋人としてのコミュニケーションの一環であり、決して、いやがらせではない。
壮五の髪を指先ですくい上げ、露わになった耳の後ろ……普段ならば髪で覆われているところに顔を寄せる。眠っている間に汗をかいたのだろう、汗が引いたあとの体臭と、かろうじて残っているボディソープが混ざった香りが鼻を掠めた。いつも、この香りに興奮してしまう。
興奮に身を任せて顔を押し付けると、壮五の意識が浮上したのか「んん」と、さきほどよりはっきりした声が上がる。あぁ、だめだ。たりない。
「っん……、なに……」
さすがにここまでされては壮五も目を覚ます。むしろ、よく今まで眠っていたものだ。
「なに、って」
今しがた、壮五が目を覚ます直前に唇で触れた、耳の後ろを指先でなぞる。少し湿っているのは、環が吸い付いた時の唾液。
「なにかあった……?」
しきりに耳の後ろを撫でる環を不思議に思ったのだろう。寝起き特有のぼんやりとした表情で、壮五が訪ねる。
「えっと……」
吸い付いたあと、唇を離した時に、環はこの目で確認した。しっかり痕が残ってしまって、証拠を消すのに数日かかりそうだ。いくら髪で隠れるところとはいえ、感情に身を任せて痕を付けてしまった。
恋人にじっと見つめられて、誤魔化せるタイプではない。
「えっと、……ごめん」
耳の後ろを撫でながら謝罪する環に、壮五の意識がじわじわと覚醒する。
「……? ~~っ、まさか!」
勢いよく飛び起きて環の身体を押し退けると、部屋にある姿見に飛び付いた。耳を折り畳んで、必死に首の後ろを見たものの、見える範囲のところにはなにもない。
叱られるだろうなと思いつつ、身だしなみとして持ち歩くよう言われている手鏡を壮五に差し出す。合わせ鏡にすれば、鏡の世界に映る壮五の首筋、耳の後ろの少し下に刻まれている環の所有欲が見えた。
「これ……」
「ごめん! 俺ら、アイドルなのに、…………」
勢いよく頭を下げる環を前に、壮五はゆるゆると息を吐いた。
環の反応を見る限り、たった今、付けたばかりの痕なのだろう。あまり濃い鬱血痕でもないから、タオルであたためてから軟膏を塗ればいい。幸い、髪で隠れるところだし、心配ならコンシーラーを塗っておけば、誰かに気付かれることもなさそうだ。
それに、環を一方的に叱ることはできない。そもそも、環からの誘いを断っておきながら彼の部屋に忍び込んで勝手に添い寝をしたのは自分だ。
「いや、……僕がきみのベッドに潜り込みさえしなければよかったんだ」
「そういえば、なんで? 俺が一緒に寝よって言ってもだめしか言わねえのに」
環の質問に顔を赤らめながら、壮五はもじもじと膝を擦り合わせた。
「それは、……この前、朝にそういうことをしたのが…………」
それ以上は恥ずかしさが勝って言えず、両手で顔を覆った。しかし、それだけで、環にはじゅうぶん伝わったらしい。
「…………あんたさぁ……」
へなへなとその場にしゃがみ込み、頭を抱えた。恥ずかしさで顔が熱い。それならそれで、夜のうちに言ってくれればいいのに。