君と逃げちゃいたい
「MEZZO"の」
「きみと」
「逃げちゃい隊!」
自分たちの番組がオンエアされているのを見ながら、壮五は考える。
もし、アイドルじゃなかったら?
人間とは不思議なもので、今の人生が順調な時に限って「もし、自分が違う道を歩んでいたら」という想像をしてしまうことがある。小鳥遊事務所に入らなければ、彼とも出会うことはなかったのだろうか。壮五はふと、そう考えた。
あのまま大学に通い続けていれば、卒業に必要な単位は難なく取得しただろうし、卒業論文だって問題なく受理されただろう。卒業後は勉強のためFSC子会社のひとつにでも入社させられていたに違いない。あぁ、そう思うと、家を飛び出して小鳥遊事務所に入っていなければ、出会うことはなかったかなと結論付けた。
(でも……)
目の前のソファーで漫画を読んでいる環を見遣る。自分の出演作はしっかり確認するようにと日頃から言い聞かせているのだが、他のことをしている最中に話しかけても、機嫌を損ねるだけだ。壮五も、自分の発言に改善点はないかチェックしようと思って画面に注視するものの、どうにも集中できない。しかも、ちらちらと環を見てしまう気の散りようだ。そうしている間にも、番組はどんどん進んでいく。
(まぁ、録画してあるし……)
次回のロケまでまだ日数もある。環と二人で反省点を出し合ったほうが効率的だし、またの機会にしよう。テレビのリモコンを手に取ると、赤い電源ボタンを押し、テーブルの上に静かに置いた。そのまま、環に気付かれないように、そっと忍び寄る。
「んあ?」
漫画雑誌を読んでいたところに、まるい影。頭の形がきれいにまるいのは、赤ん坊の頃に同じ方向で寝ないよう面倒を見てもらっていたからだということを、つい最近、テレビで見たばかりだ。壮五の家のことは今でも好きになれないが、頭の形も顔もきれいで、全身あちこちぴかぴかだから、そういうところはしっかり世話されていたんだろうなぁと、覗き込んできた壮五を見ながら、ぼんやりと考えた。
「なにを読んでるの?」
「漫画。クライマックスで、すっげえ盛り上がってんの」
ちょうど、主人公がライバルと対峙するシーンで、大きなコマ割りがなされている。環は「ん」と開いているページが見えるよう、雑誌を傾けた。
「あ、ごめんね。大事な展開のところに……というか、そもそも読書中なのに話しかけてごめん……」
「別に。読むの二回目だし。……なんかあった?」
確かに大事なシーンだが、二度も謝るほどのことではない。漫画を読んでいる視界の端で、壮五がオンエアのチェックをしようとしていたことを把握できているくらいには、この漫画を流し読みしていた。それよりも、壮五がテレビの電源をオフにしてまで話しかけてきたことのほうが重大だと思う。自分たちはそろそろ短くない付き合いだと言ってもいい。集中力が高く、一度やり始めたらとことん突き進む……時には突き進み過ぎる傾向にある壮五が、なぜ。しかも、オンエアのチェックを途中でやめるなんて。
「ん? なんだろうね。なんとなく、かな」
環も漫画雑誌を閉じて、そこらに放った。壮五に「放っちゃだめじゃないか」と窘められたのも、聞こえないふり。だって、今は漫画よりも大事なことがあるから。それに、環が置き直すより早く、壮五がテーブルの上へと丁寧に置いてしまった。窘めておきながら見せる、さり気ない優しさが嬉しくて、小さな声で「ありがと」と言っておく。
「きみとね、……ううん、みんなと、もしも出会えてなかったら、どうだったのかなって考えてたんだ」
壮五の言わんとすることがなんなのか。あまりにも突飛だから、もう少し話をしてもらわないとわからない。
「ふーん。んで、考えた結果は?」
「……すごく、怖くなった」
呟くように言った壮五は俯いていて。きちんと泣くことができるんだということがわかったとはいえ、まさか今も泣いてしまったのではないかと環は慌てる。
「なっ、……想像だろ? 会えてんじゃん。もしもの想像とかやめろよ」
俯く壮五を覗き込む。泣いてはいなかったものの、眉を八の字に下げて、自分の想像に自分でショックを受けている様子だった。
「うん。でも、あの……」
まだなにかあるのかと訝し気に壮五を見る。
「言えよ。聞くから」
以前に比べれば、自分の思っていることを声に出して言えるようになってきたといっていいだろう。しかし、まだまだ遠慮の気持ちが強いらしい。こうして「言っていい」と環が促さなければ、今でも壮五は言葉を飲み込んでしまうことが多いのだ。
「あのね。……もしも出会えてなかったら、……そう思ったら、すごく怖かったんだ。でも、出会えていなくても、僕はきみを探しに行きたいなって思った」
「……は?」
この人、今、自分がものすごいこと言った自覚はあるんだろうか。環の顔がじわじわと赤く染まっていく。
(あぁもう、こういう時にいきなり爆弾投下してくんの、ほんっと、そーちゃんのずるいとこじゃん)
熱烈な告白ともいえる言葉に、環は言葉を失ってしまった。
「あ、引いた、かな……違うんだ、きみだけじゃなくて、もちろん一織くんや大和さんや三月さんやナギくんや陸くんのことも……っ」
環は覗き込んだ姿勢のまま、壮五にくちづけた。だって、最初に環の名前が出てくる時点で、熱烈過ぎる。
「…………あんたさぁ、ほんと、そういうとこだよ」
計算ではないのかもしれないが、だからこそ、たちが悪い。
「……こんなところでキス、なんて。誰かに見られたら」
ここは共有スペースのリビングだ。いつ、メンバーの誰かが来てもおかしくない。
「ちゃんと誰も来ないの見てやってっし」
「そういう問題じゃ……」
まぁ、ここの皆なら、大丈夫だろうけれど。もしも咎められたら、どうしよう。
「なんか言われたらそーちゃん抱っこして、こっから逃げる」
「愛の逃避行?」
「そ、四葉環の、そーちゃんを連れて逃げちゃいたい、ってやる」
なんだそれ。実際に逃げたりはしないと思う。でも、環の言葉ひとつで、本当に大丈夫な気がして、壮五は笑ってしまった。
「きみと」
「逃げちゃい隊!」
自分たちの番組がオンエアされているのを見ながら、壮五は考える。
もし、アイドルじゃなかったら?
人間とは不思議なもので、今の人生が順調な時に限って「もし、自分が違う道を歩んでいたら」という想像をしてしまうことがある。小鳥遊事務所に入らなければ、彼とも出会うことはなかったのだろうか。壮五はふと、そう考えた。
あのまま大学に通い続けていれば、卒業に必要な単位は難なく取得しただろうし、卒業論文だって問題なく受理されただろう。卒業後は勉強のためFSC子会社のひとつにでも入社させられていたに違いない。あぁ、そう思うと、家を飛び出して小鳥遊事務所に入っていなければ、出会うことはなかったかなと結論付けた。
(でも……)
目の前のソファーで漫画を読んでいる環を見遣る。自分の出演作はしっかり確認するようにと日頃から言い聞かせているのだが、他のことをしている最中に話しかけても、機嫌を損ねるだけだ。壮五も、自分の発言に改善点はないかチェックしようと思って画面に注視するものの、どうにも集中できない。しかも、ちらちらと環を見てしまう気の散りようだ。そうしている間にも、番組はどんどん進んでいく。
(まぁ、録画してあるし……)
次回のロケまでまだ日数もある。環と二人で反省点を出し合ったほうが効率的だし、またの機会にしよう。テレビのリモコンを手に取ると、赤い電源ボタンを押し、テーブルの上に静かに置いた。そのまま、環に気付かれないように、そっと忍び寄る。
「んあ?」
漫画雑誌を読んでいたところに、まるい影。頭の形がきれいにまるいのは、赤ん坊の頃に同じ方向で寝ないよう面倒を見てもらっていたからだということを、つい最近、テレビで見たばかりだ。壮五の家のことは今でも好きになれないが、頭の形も顔もきれいで、全身あちこちぴかぴかだから、そういうところはしっかり世話されていたんだろうなぁと、覗き込んできた壮五を見ながら、ぼんやりと考えた。
「なにを読んでるの?」
「漫画。クライマックスで、すっげえ盛り上がってんの」
ちょうど、主人公がライバルと対峙するシーンで、大きなコマ割りがなされている。環は「ん」と開いているページが見えるよう、雑誌を傾けた。
「あ、ごめんね。大事な展開のところに……というか、そもそも読書中なのに話しかけてごめん……」
「別に。読むの二回目だし。……なんかあった?」
確かに大事なシーンだが、二度も謝るほどのことではない。漫画を読んでいる視界の端で、壮五がオンエアのチェックをしようとしていたことを把握できているくらいには、この漫画を流し読みしていた。それよりも、壮五がテレビの電源をオフにしてまで話しかけてきたことのほうが重大だと思う。自分たちはそろそろ短くない付き合いだと言ってもいい。集中力が高く、一度やり始めたらとことん突き進む……時には突き進み過ぎる傾向にある壮五が、なぜ。しかも、オンエアのチェックを途中でやめるなんて。
「ん? なんだろうね。なんとなく、かな」
環も漫画雑誌を閉じて、そこらに放った。壮五に「放っちゃだめじゃないか」と窘められたのも、聞こえないふり。だって、今は漫画よりも大事なことがあるから。それに、環が置き直すより早く、壮五がテーブルの上へと丁寧に置いてしまった。窘めておきながら見せる、さり気ない優しさが嬉しくて、小さな声で「ありがと」と言っておく。
「きみとね、……ううん、みんなと、もしも出会えてなかったら、どうだったのかなって考えてたんだ」
壮五の言わんとすることがなんなのか。あまりにも突飛だから、もう少し話をしてもらわないとわからない。
「ふーん。んで、考えた結果は?」
「……すごく、怖くなった」
呟くように言った壮五は俯いていて。きちんと泣くことができるんだということがわかったとはいえ、まさか今も泣いてしまったのではないかと環は慌てる。
「なっ、……想像だろ? 会えてんじゃん。もしもの想像とかやめろよ」
俯く壮五を覗き込む。泣いてはいなかったものの、眉を八の字に下げて、自分の想像に自分でショックを受けている様子だった。
「うん。でも、あの……」
まだなにかあるのかと訝し気に壮五を見る。
「言えよ。聞くから」
以前に比べれば、自分の思っていることを声に出して言えるようになってきたといっていいだろう。しかし、まだまだ遠慮の気持ちが強いらしい。こうして「言っていい」と環が促さなければ、今でも壮五は言葉を飲み込んでしまうことが多いのだ。
「あのね。……もしも出会えてなかったら、……そう思ったら、すごく怖かったんだ。でも、出会えていなくても、僕はきみを探しに行きたいなって思った」
「……は?」
この人、今、自分がものすごいこと言った自覚はあるんだろうか。環の顔がじわじわと赤く染まっていく。
(あぁもう、こういう時にいきなり爆弾投下してくんの、ほんっと、そーちゃんのずるいとこじゃん)
熱烈な告白ともいえる言葉に、環は言葉を失ってしまった。
「あ、引いた、かな……違うんだ、きみだけじゃなくて、もちろん一織くんや大和さんや三月さんやナギくんや陸くんのことも……っ」
環は覗き込んだ姿勢のまま、壮五にくちづけた。だって、最初に環の名前が出てくる時点で、熱烈過ぎる。
「…………あんたさぁ、ほんと、そういうとこだよ」
計算ではないのかもしれないが、だからこそ、たちが悪い。
「……こんなところでキス、なんて。誰かに見られたら」
ここは共有スペースのリビングだ。いつ、メンバーの誰かが来てもおかしくない。
「ちゃんと誰も来ないの見てやってっし」
「そういう問題じゃ……」
まぁ、ここの皆なら、大丈夫だろうけれど。もしも咎められたら、どうしよう。
「なんか言われたらそーちゃん抱っこして、こっから逃げる」
「愛の逃避行?」
「そ、四葉環の、そーちゃんを連れて逃げちゃいたい、ってやる」
なんだそれ。実際に逃げたりはしないと思う。でも、環の言葉ひとつで、本当に大丈夫な気がして、壮五は笑ってしまった。