恋心・ザ・ラン
リビングのソファに大きな影。寮生活を始めて幾度となく目にしたかたちの影に、またかと思いつつ、足音を立てないよう歩み寄る。
「やっぱり……」
案の定、環がスマートフォンを腹にのせたまま、くぅくぅと寝息を立てていた。ゲームに興じているうちに、うたた寝をしてしまったのだろう。
(また薄着で……風邪を引いたらどうするんだ)
寒暖差の激しい季節だ。代謝のいい環は薄手のシャツにジーンズで過ごしているが、冷え性の壮五はストールが手離せない。……手離せないけれど、少し逡巡したのち、環の腹にのったままのスマートフォンをテーブルへ移動させ、自身が羽織っているストールをかけてやった。
ようやく見つけた少女には養父――それも、九条天の養父と同一人物――がおり、環の呼びかけには応じてくれなかった。
(……環くんがアイドルをする理由が、理ちゃんだけじゃなくなればいいんだけどな)
環と陸の間で〝九条鷹匡は敵〟という共通認識ができたことで、一応は心を落ち着かせたようだ。彼らのきょうだいは、いずれも、九条鷹匡の養子であり続けることを望んでいるという点では同じ。しかし、厳しい態度を見せる時があるとはいえ、仕事で顔を合わせる機会が多い天とは違い、環は、理と連絡を取ることもままならない。
妹を見つけ、もう一度ともに暮らす。その目的のためだけに、環は頑張ってきた。それなのに、その妹はというと、血の繋がった兄を拒絶している。このままでは、環が「なんのためにアイドルになったんだろう」などと考えてしまいかねない。壮五は、それを恐れている。
八乙女事務所からの引き抜きを回避するために結成された、はりぼてみたいなユニットだったのは確かだけれど、今ではIDOLiSH7と同じくらい、大切な宝物だから。
その場で突っ立っているのもおかしな話だ。環を起こさないよう、斜向かいのソファに腰掛けて、テーブルの端に置かれたままの雑誌を手に取る。大和か三月あたりが置いたのだろう。既に壮五も目を通したもので、ゼロ・アリーナのこけら落とし公演が特集されている。Re:valeがステージに立っている間、ゼロの格好をした人物を追いかけていた。誰よりも速く走る環の姿に、いつか、自分のもとを去る日がきたらこんなふうにあっという間にいなくなってしまうんだろうかなどと考えてしまったものだ。
彼がアイドルを続ける理由が、妹だけじゃなくなれば、こんな不安に駆られることもなくなるだろうに。
そこまで考えて、相方にここまで焦がれている自分がなんだかおかしくて、笑えた。だって、今、自分が思っていることを歌詞みたいな言葉で説明したら、恋しているみたいだと思ったから。
恋、じゃないのに。
「んん……あれ? そーちゃん……」
緩慢な動作で起き上がった拍子に、ストールが落ちかけたものの、壮五が「あ」と言うより早く、環が鷲掴みにする。寝起きすぐでこの反射神経。いつもこの状態を発揮してほしいものだ。
「おはよう。こんなところで寝てたら風邪を引くよ」
言ってから、もしかして小言がうるさいと眉を顰められるかと身構えたが、頭はまだぼんやりしているらしく、環の返事は「くぁっ」という大きなあくびだけだった。
「……ちょー謎な夢見た」
「そうなんだ」
目をこすった環に「こすっちゃだめだよ」と声をかけると、今度は眉間に皺が寄る。だんだん、覚醒してきたようだ。
「プリン・ザ・ランあんじゃん? ……夢で、俺がそれの王様プリン役になってんの」
環が言っているのは、エネミーを避け、プリンやスプーンといったアイテムをひとつでも多く獲得しながら、王様プリンを走らせたりジャンプさせたりしてゴールに向かうという、大人気のアプリゲームだ。
「ふふ、ゴールまで辿り着けた?」
なんてかわいい夢なんだろうと、思わず、壮五の頬がゆるむ。
「最初難しくて、でも、そーちゃん出てきたらゴールまで一気」
「えっ、僕?」
ようやく仲良くなれてきたかなとは思っていたが、まさか夢に登場させてもらえるなんて。
「そ、無敵モードにさせてくれるメレンゲ姫、に……」
それまで普通に話していた環の語尾がだんだん小さくなっていく。メレンゲ姫とは、ゲーム内で〝お助けキャラ〟として登場する、王様プリンの友達だ。環の友達役として登場したのが自分であることに、少し、照れくささを感じる。しかも、環を無敵状態にする役割。――実際の壮五が、環にそれだけの力を与えられている自信はないけれど。
「環くんを助けられたなら、登場した甲斐があったよ。って僕が言うのも変かな。僕が出ようと思って出たわけじゃなくて、環くんが僕を当てはめてくれて」
「~~っ、もうこの話おしまい!」
鷲掴みにしたままのストールにようやく気付いたらしく、壮五の胸元にぐいと押しつけて、どすどすと足音を立てて自室へと向かってしまった。
しんと静まり返ったリビングに寒さを感じ、突き返されたストールを羽織る。
せっかく……せっかく、楽しく話せるかもと思ったのに。心の中で呟いて、あぁ、だめだ、また、恋をしているみたいな気持ちになってしまったと、落ち込む。最近、こうなることが多い。
(……まさかね)
◇
自室に飛び込み、環は勢いよくベッドにダイブした。あまりにも恥ずかしくて、しばらくは壮五の顔を見られないと思う。
「くそ……顔熱い……」
絶対に教えられない。壮五にはもちろん、メンバーにも、誰にも。
メレンゲ姫は王様プリンの友達として登場したキャラクターだが、王様プリンは、かわいくて優しく、強いメレンゲ姫にほのかに想いを寄せているのだ。壮五に知られたら、環が壮五に向けている感情を悟られてしまいかねない。
(そーちゃんが、同じ気持ちになってくれたら、言えるのに)
壮五の視線に〝それ〟に近いものを感じては、期待してしまう。
(違う、だめなんだってば)
環が年下の相方だから世話を焼いてくれているだけ。壮五がいればなんでもできてしまう気分になれる自分とは、絶対に違う。
「あー……めんどくせ」
恋って面倒くさい。もっと大人になれたら、じょうずに恋ができるのだろうか。もっと大人になったら、助けを借りて無敵モードにならなくても、強くなれるのだろうか。ベッドの端に鎮座する王様プリンぬいぐるみを引き寄せ、ままならないくせに走り出しそうな恋心を抑え込むみたいに、ぎゅうっと抱き締めた。
「やっぱり……」
案の定、環がスマートフォンを腹にのせたまま、くぅくぅと寝息を立てていた。ゲームに興じているうちに、うたた寝をしてしまったのだろう。
(また薄着で……風邪を引いたらどうするんだ)
寒暖差の激しい季節だ。代謝のいい環は薄手のシャツにジーンズで過ごしているが、冷え性の壮五はストールが手離せない。……手離せないけれど、少し逡巡したのち、環の腹にのったままのスマートフォンをテーブルへ移動させ、自身が羽織っているストールをかけてやった。
ようやく見つけた少女には養父――それも、九条天の養父と同一人物――がおり、環の呼びかけには応じてくれなかった。
(……環くんがアイドルをする理由が、理ちゃんだけじゃなくなればいいんだけどな)
環と陸の間で〝九条鷹匡は敵〟という共通認識ができたことで、一応は心を落ち着かせたようだ。彼らのきょうだいは、いずれも、九条鷹匡の養子であり続けることを望んでいるという点では同じ。しかし、厳しい態度を見せる時があるとはいえ、仕事で顔を合わせる機会が多い天とは違い、環は、理と連絡を取ることもままならない。
妹を見つけ、もう一度ともに暮らす。その目的のためだけに、環は頑張ってきた。それなのに、その妹はというと、血の繋がった兄を拒絶している。このままでは、環が「なんのためにアイドルになったんだろう」などと考えてしまいかねない。壮五は、それを恐れている。
八乙女事務所からの引き抜きを回避するために結成された、はりぼてみたいなユニットだったのは確かだけれど、今ではIDOLiSH7と同じくらい、大切な宝物だから。
その場で突っ立っているのもおかしな話だ。環を起こさないよう、斜向かいのソファに腰掛けて、テーブルの端に置かれたままの雑誌を手に取る。大和か三月あたりが置いたのだろう。既に壮五も目を通したもので、ゼロ・アリーナのこけら落とし公演が特集されている。Re:valeがステージに立っている間、ゼロの格好をした人物を追いかけていた。誰よりも速く走る環の姿に、いつか、自分のもとを去る日がきたらこんなふうにあっという間にいなくなってしまうんだろうかなどと考えてしまったものだ。
彼がアイドルを続ける理由が、妹だけじゃなくなれば、こんな不安に駆られることもなくなるだろうに。
そこまで考えて、相方にここまで焦がれている自分がなんだかおかしくて、笑えた。だって、今、自分が思っていることを歌詞みたいな言葉で説明したら、恋しているみたいだと思ったから。
恋、じゃないのに。
「んん……あれ? そーちゃん……」
緩慢な動作で起き上がった拍子に、ストールが落ちかけたものの、壮五が「あ」と言うより早く、環が鷲掴みにする。寝起きすぐでこの反射神経。いつもこの状態を発揮してほしいものだ。
「おはよう。こんなところで寝てたら風邪を引くよ」
言ってから、もしかして小言がうるさいと眉を顰められるかと身構えたが、頭はまだぼんやりしているらしく、環の返事は「くぁっ」という大きなあくびだけだった。
「……ちょー謎な夢見た」
「そうなんだ」
目をこすった環に「こすっちゃだめだよ」と声をかけると、今度は眉間に皺が寄る。だんだん、覚醒してきたようだ。
「プリン・ザ・ランあんじゃん? ……夢で、俺がそれの王様プリン役になってんの」
環が言っているのは、エネミーを避け、プリンやスプーンといったアイテムをひとつでも多く獲得しながら、王様プリンを走らせたりジャンプさせたりしてゴールに向かうという、大人気のアプリゲームだ。
「ふふ、ゴールまで辿り着けた?」
なんてかわいい夢なんだろうと、思わず、壮五の頬がゆるむ。
「最初難しくて、でも、そーちゃん出てきたらゴールまで一気」
「えっ、僕?」
ようやく仲良くなれてきたかなとは思っていたが、まさか夢に登場させてもらえるなんて。
「そ、無敵モードにさせてくれるメレンゲ姫、に……」
それまで普通に話していた環の語尾がだんだん小さくなっていく。メレンゲ姫とは、ゲーム内で〝お助けキャラ〟として登場する、王様プリンの友達だ。環の友達役として登場したのが自分であることに、少し、照れくささを感じる。しかも、環を無敵状態にする役割。――実際の壮五が、環にそれだけの力を与えられている自信はないけれど。
「環くんを助けられたなら、登場した甲斐があったよ。って僕が言うのも変かな。僕が出ようと思って出たわけじゃなくて、環くんが僕を当てはめてくれて」
「~~っ、もうこの話おしまい!」
鷲掴みにしたままのストールにようやく気付いたらしく、壮五の胸元にぐいと押しつけて、どすどすと足音を立てて自室へと向かってしまった。
しんと静まり返ったリビングに寒さを感じ、突き返されたストールを羽織る。
せっかく……せっかく、楽しく話せるかもと思ったのに。心の中で呟いて、あぁ、だめだ、また、恋をしているみたいな気持ちになってしまったと、落ち込む。最近、こうなることが多い。
(……まさかね)
◇
自室に飛び込み、環は勢いよくベッドにダイブした。あまりにも恥ずかしくて、しばらくは壮五の顔を見られないと思う。
「くそ……顔熱い……」
絶対に教えられない。壮五にはもちろん、メンバーにも、誰にも。
メレンゲ姫は王様プリンの友達として登場したキャラクターだが、王様プリンは、かわいくて優しく、強いメレンゲ姫にほのかに想いを寄せているのだ。壮五に知られたら、環が壮五に向けている感情を悟られてしまいかねない。
(そーちゃんが、同じ気持ちになってくれたら、言えるのに)
壮五の視線に〝それ〟に近いものを感じては、期待してしまう。
(違う、だめなんだってば)
環が年下の相方だから世話を焼いてくれているだけ。壮五がいればなんでもできてしまう気分になれる自分とは、絶対に違う。
「あー……めんどくせ」
恋って面倒くさい。もっと大人になれたら、じょうずに恋ができるのだろうか。もっと大人になったら、助けを借りて無敵モードにならなくても、強くなれるのだろうか。ベッドの端に鎮座する王様プリンぬいぐるみを引き寄せ、ままならないくせに走り出しそうな恋心を抑え込むみたいに、ぎゅうっと抱き締めた。