交際初日
自分以外の誰にも、この人は手に負えないと思う。他の人には見せないような顔を、自分だけに見せてほしい。小説やドラマで描かれるような甘酸っぱさとは少し違った、やや閉塞的ともいえる感情を持て余した二人は、この心の置き場所はどこが適切なのかと悩んだ末、相方以上の関係になることを選んだ。
関係を変えることが正しい選択かどうかはわからない。わかるのは、相方のままでいればよかったと思うほどの失敗をしてからだと思う。いつかそんな日がくるのだろうかなんて考えただけで心が張り裂けそうだけれど、今日も明日も明後日も友人や相方のままでいるのは、もっと苦しかった。だって、とっくに、相方では許されないところにまで、踏み込みたいと思っていたから。
「でもさ、いきなり雰囲気変えるって、難しくね?」
きちんと整えられたベッドに並んで腰掛け、昨日変わったばかりの関係に戸惑いをこぼす。部屋の中は、少し、大人っぽい香りだ。隣室だし、相方だし、なんだかんだ言って毎日のように訪れる部屋なのに、昨日までと、どこか違う気がする。こんな香り、していたっけ。
昨日より前がどうだったか思い出そうとしても、鼻腔を優しく刺激する彼らしくない甘さに意識を持っていかれる。香りの記憶の糸はほつれ、辿れなくなった。
「そう? 僕は結構、どきどきしてるんだけど」
ただでさえ近い距離なのに、わざわざ顔を覗き込まれ、反射的に体を引いた。引いてから、あ、これは間違った行動だったかと気付く。しかし、その程度の失敗で傷付きはしないとでも言いたげに、ゆっくりと、手を握られた。
「たとえば……手を繋ぐとか」
ライブの終盤は客席に向かって、七人で手を繋いで礼を言う。これくらい普通だ。それに、自分たちはユニットも組んでいる――しかも、デビューしてすぐの頃は見る側が照れてしまうほどのあやうい距離感が売りだった――から、撮影で顔を近付けたことも、ハグをしたこともある。ハグも、七人でのライブでよくやることだ。
「ね、どきどきしない?」
「ちょっとは。でも、手繋ぐの、よくやるし」
その言葉に、壮五は、関係を変えるのは早まったか? と懸念する。しかし、互いに感情を持て余していたのは確かで、ぐずぐずしていたら、横からどんなやつが出てくるかわかったものじゃない。それくらい、最近の彼の表情はクるものがあった。早まったかもしれないけれど、これ以上待てなかったのも事実だ。
「そうか……じゃあ、これは?」
するすると指を絡ませ、指の腹で手の甲に浮いた筋を確かめる。仕事でもやったことがあるとはいえ、あまり慣れたものでもないからか、二人とも、指のつけ根にわずかな汗が滲んだ。
「緊張してるね。手を繋ぐの、よくやるんじゃなかったっけ」
「うっさい。恥ずかしいこと言うな。あんたも汗かいてるくせに」
視線が合わなくなった。環には元々、照れ屋なところがあるとはいえ、こんな恥じらい方を見たのは初めてで、いつも一緒にいるのに知らないことだらけだと気付く。
「ごめんね、からかいたくなっちゃった。でも、どきどきしてるって言っただろう?」
「そうだけど……」
もう少し。もう少し、意識させてみたい。せっかく、自分たちの関係を進展させると決めたのだから、他の誰にも見せない顔を見せてほしい。
「僕からアクションを起こすだけなのもフェアじゃないから、次は、きみが思うようにやってみて」
「俺? ……いきなりそういうの、ちょっとぞわぞわする」
自然と解かれた指先のやり場に困り、環は少し汗ばんだ手をジーンズで拭う。
「ぞわぞわ? 悪寒?」
「じゃなくて。うまくできるかわかんない怖さ? みたいなやつ」
「僕だってうまくできる自信なんてないよ。相方、友人、仲間……お互い、それらの言葉で説明できる気持ちじゃないって結論に至って、今日に進んだ。これまでの関係じゃしないことも、今日からは……もちろん、一足飛びにとは言わないけど、きみとなら、きみとだから、やってみたいって思うんだ。けど、……どうかな」
言いながら、結構恥ずかしい言葉を並べてしまった気がして、最後にお伺いの言葉をつけたしてしまったあたり、格好がつかない。年上だから、彼をリードしなければと思っているのに。
「だめじゃねえけど、……やべ、恥ずかしいの、ぶわーって増えてきた」
暑いと言って、Tシャツの襟ぐりを掴んで遊ばせている。とてもじゃないが、ファンやメディアには見せられないような表情だ。――あぁ、これが見たかった。これこそが、昨日までの関係では見られなかったものだから。
関係を変えることが正しい選択かどうかはわからない。わかるのは、相方のままでいればよかったと思うほどの失敗をしてからだと思う。いつかそんな日がくるのだろうかなんて考えただけで心が張り裂けそうだけれど、今日も明日も明後日も友人や相方のままでいるのは、もっと苦しかった。だって、とっくに、相方では許されないところにまで、踏み込みたいと思っていたから。
「でもさ、いきなり雰囲気変えるって、難しくね?」
きちんと整えられたベッドに並んで腰掛け、昨日変わったばかりの関係に戸惑いをこぼす。部屋の中は、少し、大人っぽい香りだ。隣室だし、相方だし、なんだかんだ言って毎日のように訪れる部屋なのに、昨日までと、どこか違う気がする。こんな香り、していたっけ。
昨日より前がどうだったか思い出そうとしても、鼻腔を優しく刺激する彼らしくない甘さに意識を持っていかれる。香りの記憶の糸はほつれ、辿れなくなった。
「そう? 僕は結構、どきどきしてるんだけど」
ただでさえ近い距離なのに、わざわざ顔を覗き込まれ、反射的に体を引いた。引いてから、あ、これは間違った行動だったかと気付く。しかし、その程度の失敗で傷付きはしないとでも言いたげに、ゆっくりと、手を握られた。
「たとえば……手を繋ぐとか」
ライブの終盤は客席に向かって、七人で手を繋いで礼を言う。これくらい普通だ。それに、自分たちはユニットも組んでいる――しかも、デビューしてすぐの頃は見る側が照れてしまうほどのあやうい距離感が売りだった――から、撮影で顔を近付けたことも、ハグをしたこともある。ハグも、七人でのライブでよくやることだ。
「ね、どきどきしない?」
「ちょっとは。でも、手繋ぐの、よくやるし」
その言葉に、壮五は、関係を変えるのは早まったか? と懸念する。しかし、互いに感情を持て余していたのは確かで、ぐずぐずしていたら、横からどんなやつが出てくるかわかったものじゃない。それくらい、最近の彼の表情はクるものがあった。早まったかもしれないけれど、これ以上待てなかったのも事実だ。
「そうか……じゃあ、これは?」
するすると指を絡ませ、指の腹で手の甲に浮いた筋を確かめる。仕事でもやったことがあるとはいえ、あまり慣れたものでもないからか、二人とも、指のつけ根にわずかな汗が滲んだ。
「緊張してるね。手を繋ぐの、よくやるんじゃなかったっけ」
「うっさい。恥ずかしいこと言うな。あんたも汗かいてるくせに」
視線が合わなくなった。環には元々、照れ屋なところがあるとはいえ、こんな恥じらい方を見たのは初めてで、いつも一緒にいるのに知らないことだらけだと気付く。
「ごめんね、からかいたくなっちゃった。でも、どきどきしてるって言っただろう?」
「そうだけど……」
もう少し。もう少し、意識させてみたい。せっかく、自分たちの関係を進展させると決めたのだから、他の誰にも見せない顔を見せてほしい。
「僕からアクションを起こすだけなのもフェアじゃないから、次は、きみが思うようにやってみて」
「俺? ……いきなりそういうの、ちょっとぞわぞわする」
自然と解かれた指先のやり場に困り、環は少し汗ばんだ手をジーンズで拭う。
「ぞわぞわ? 悪寒?」
「じゃなくて。うまくできるかわかんない怖さ? みたいなやつ」
「僕だってうまくできる自信なんてないよ。相方、友人、仲間……お互い、それらの言葉で説明できる気持ちじゃないって結論に至って、今日に進んだ。これまでの関係じゃしないことも、今日からは……もちろん、一足飛びにとは言わないけど、きみとなら、きみとだから、やってみたいって思うんだ。けど、……どうかな」
言いながら、結構恥ずかしい言葉を並べてしまった気がして、最後にお伺いの言葉をつけたしてしまったあたり、格好がつかない。年上だから、彼をリードしなければと思っているのに。
「だめじゃねえけど、……やべ、恥ずかしいの、ぶわーって増えてきた」
暑いと言って、Tシャツの襟ぐりを掴んで遊ばせている。とてもじゃないが、ファンやメディアには見せられないような表情だ。――あぁ、これが見たかった。これこそが、昨日までの関係では見られなかったものだから。