2026/07/19 Sun NOVELS *失恋直後の斜木をちいかわ映画に誘う"俺" *"俺"の気持ちは成就しません *しれっと可不楓が結婚確定してます *ちいかわ原作履修してますがちいかわ映画公開前に書いたので実際の映画当日の"俺"だけが浮かれてる様子については書いてません 続きを読む 現役あす高生がHAMAの観光区長になったと聞いて、真っ先に思い浮かんだのは、俺が三年生の頃に入ってきた新入生の顔だ。 彼は男女問わずモテるのに誰とも深い関係にはならず、ずっと、音楽を聴いてる。スレたところがあるのかと思いきや、部活で弾くギターを扱う手はやけにさみしそうで、目が離せなかった。 二学年も離れてるせいで接点がないまま俺は卒業したものの、大学進学と同時に始めたバイト先のビルのオーナーがHAMAツアーズ社長だったらしく、思いもよらない〝彼〟との接点ができた。活発そうな同級生に引きずられて彼が弁当を買いにきたとき、あす高卒業生だと名乗るべきか悩んでいたら、その、引きずってきた子が、俺のことを覚えてた。そういえば、廊下でペンケースの中身をぶち撒けたのを拾ったことがあったっけ。 五十竹くんを介してわかったのは、学校がある日は神名雪風の弁当が昼食、神名選手の大会前はここの弁当を買うことにしてること。俺が気にかけていた彼は斜木七基くんという名であること。 初めは五十竹くんとしか話さなかったのが、徐々に、斜木くんとも言葉を交わすようになった。 あるとき、バイトが休みの日に、わざとバイト先の近くを通ってから本屋に行こうとした。あわよくば斜木くんを見かけられたら、なんていう下心だ。 「あれ……」 いた。今日の俺は運がいい。斜木くんがいた。しかも、ひとりだ。 ……だが、少し、様子がおかしい。斜木くんは、ビルの階段の前で俯いたまま、微動だにしない。 「どうしたの?」 びくりと肩を跳ねさせてこちらを振り向いた斜木くんの顔は真っ青で、俺のほうが驚いてしまったほどだ。 「あ……##NAME1##さん……」 まるで悪事がバレたみたいな顔に、俺はこくっと生唾を飲み込む。本能が、俺に「今だ」と囁いてる。踏み込む隙は、ここだと、教えられてる。 「……あ〜〜……えっと、斜木くん、忙しい?」 怪訝な表情に変わった。そりゃそうだ。でも、ここで引いたら、それこそ終わりだと思う。俺はうるさく騒ぐ心臓に気付かないふりをして、普段どおりの声のトーンでいるよう、喉に力を込めた。 「実はさ、気になってる映画、ツレが一緒に行けなくなっちゃって。今度の金曜から始まる話題作なんだけど、どうかな」 映画は本当。でも、ツレはうそ。普通に、ぼっち鑑賞のつもりだ。 「えっと……?」 うん、困惑する気持ちはわかるよ。映画なら五十竹くんを誘ったほうが色よい返事がもらえることも、これまでの少なくない会話でわかってる。でも、俺は君だから誘いたいんだ。 「劇中の音楽も、公開前から話題でさ。斜木くん、音楽やってるだろ? 普段は馴染みのない系統の映画かもしれないけど、だからこそ、こういう、周りに誘われでもしなきゃ縁がないままの作品に触れてみるのもいいんじゃないかな」 「はぁ……」 劇中の音楽云々は特に話題にはなってない。いや、たぶん……というか絶対にすごくいいんだろうけど、それよりも話題になってるのはグッズやコラボカフェのメニューの〝ひとの心のなさ〟だ。 「それに、……今にも倒れそうな顔をしてる君を放っておけない。頭を空っぽにして知らない映画でも観て、気分転換するのはどうかな」 うそだ。頭を空っぽにして観れるようなストーリーじゃない。原作を知ってる俺にはわかる。観終えたあとは、他のことなんて考えられなくなる。それこそが、今の斜木くんに必要だと思うんだ。 俺があまりにも必死だったせいか、斜木くんは口許を覆って、小さく笑った。 「##NAME1##さん、どうしたんですか。まるで……絶対行きたいみたいな……」 「っ、そりゃあ、君と行きたいよ!」 「え」 しまった。顔どころか頭のてっぺんから足の先までかーっと熱くなる。 「いや、今のは違、……違うんだ! えぇと、なんていうか、斜木くんのような、芸術に興味がある子に観てほしくて!」 「……映画なら、他のひとのほうが飛びつくと思いますよ。それに、他にも……ゆるキャラが好きそうなメンバー、HAMAツアーズにいますし。別に、俺にこだわらなくても」 「それは、そうだろうけど……」 俺は君だからこだわってるんだよ! わかってくれ! ……とは言えず、かといってここまで必死になっておいて引き下がるのも変で、頭のなかになにかいい言葉が隠れてないかと、散らかった脳内を探し回る。 「はぁ……あのひとも、そうだったらよかったのに……」 泣いてはないのに泣き濡れたようなか細い声に、そっと、斜木くんの表情を窺う。 ……あぁ、そうか。彼には―― 「いいですよ、映画。といっても、今度の金曜から始まるっていう映画に心当たりないんで、どう考えてもあらすじも登場人物も知らない初心者、ですけど」 それでよければ。……そう言って切なそうに微笑んだ斜木くんの瞳に、俺は映ってはいない。 バイト帰り、何度かこのあたりを歩く斜木くんを見てたから知ってる。――想い人がいたこと、そして、そのひとには大切な幼馴染みがいて、ふたりは近々家族になるらしいこと。ふたりのことは五十竹くんが嬉しそうに話すから、完全な部外者の俺でも知ってるよ。そのうち片方が斜木くんの想い人だったことは、五十竹くんたちも知らなかったみたいだけど、離れたところから見てたからこそ、俺にはわかってたよ。 「初心者でも、全然……! 一度観たら忘れられない映画になるはずだから、楽しみにしてて!」 連絡先交換なんて烏滸がましいことはできないから、今度の俺のバイト前にここで落ち合って待ち合わせ時間を決めようとだけ約束して、当初の予定どおり、本屋に向かった。 映画を観た斜木くんが困惑した目で「ちょっと、話が合わなくて……」と俺を避けるようになるなんて、このときは露ほども思わなかった。畳む
*"俺"の気持ちは成就しません
*しれっと可不楓が結婚確定してます
*ちいかわ原作履修してますがちいかわ映画公開前に書いたので実際の映画当日の"俺"だけが浮かれてる様子については書いてません
現役あす高生がHAMAの観光区長になったと聞いて、真っ先に思い浮かんだのは、俺が三年生の頃に入ってきた新入生の顔だ。
彼は男女問わずモテるのに誰とも深い関係にはならず、ずっと、音楽を聴いてる。スレたところがあるのかと思いきや、部活で弾くギターを扱う手はやけにさみしそうで、目が離せなかった。
二学年も離れてるせいで接点がないまま俺は卒業したものの、大学進学と同時に始めたバイト先のビルのオーナーがHAMAツアーズ社長だったらしく、思いもよらない〝彼〟との接点ができた。活発そうな同級生に引きずられて彼が弁当を買いにきたとき、あす高卒業生だと名乗るべきか悩んでいたら、その、引きずってきた子が、俺のことを覚えてた。そういえば、廊下でペンケースの中身をぶち撒けたのを拾ったことがあったっけ。
五十竹くんを介してわかったのは、学校がある日は神名雪風の弁当が昼食、神名選手の大会前はここの弁当を買うことにしてること。俺が気にかけていた彼は斜木七基くんという名であること。
初めは五十竹くんとしか話さなかったのが、徐々に、斜木くんとも言葉を交わすようになった。
あるとき、バイトが休みの日に、わざとバイト先の近くを通ってから本屋に行こうとした。あわよくば斜木くんを見かけられたら、なんていう下心だ。
「あれ……」
いた。今日の俺は運がいい。斜木くんがいた。しかも、ひとりだ。
……だが、少し、様子がおかしい。斜木くんは、ビルの階段の前で俯いたまま、微動だにしない。
「どうしたの?」
びくりと肩を跳ねさせてこちらを振り向いた斜木くんの顔は真っ青で、俺のほうが驚いてしまったほどだ。
「あ……##NAME1##さん……」
まるで悪事がバレたみたいな顔に、俺はこくっと生唾を飲み込む。本能が、俺に「今だ」と囁いてる。踏み込む隙は、ここだと、教えられてる。
「……あ〜〜……えっと、斜木くん、忙しい?」
怪訝な表情に変わった。そりゃそうだ。でも、ここで引いたら、それこそ終わりだと思う。俺はうるさく騒ぐ心臓に気付かないふりをして、普段どおりの声のトーンでいるよう、喉に力を込めた。
「実はさ、気になってる映画、ツレが一緒に行けなくなっちゃって。今度の金曜から始まる話題作なんだけど、どうかな」
映画は本当。でも、ツレはうそ。普通に、ぼっち鑑賞のつもりだ。
「えっと……?」
うん、困惑する気持ちはわかるよ。映画なら五十竹くんを誘ったほうが色よい返事がもらえることも、これまでの少なくない会話でわかってる。でも、俺は君だから誘いたいんだ。
「劇中の音楽も、公開前から話題でさ。斜木くん、音楽やってるだろ? 普段は馴染みのない系統の映画かもしれないけど、だからこそ、こういう、周りに誘われでもしなきゃ縁がないままの作品に触れてみるのもいいんじゃないかな」
「はぁ……」
劇中の音楽云々は特に話題にはなってない。いや、たぶん……というか絶対にすごくいいんだろうけど、それよりも話題になってるのはグッズやコラボカフェのメニューの〝ひとの心のなさ〟だ。
「それに、……今にも倒れそうな顔をしてる君を放っておけない。頭を空っぽにして知らない映画でも観て、気分転換するのはどうかな」
うそだ。頭を空っぽにして観れるようなストーリーじゃない。原作を知ってる俺にはわかる。観終えたあとは、他のことなんて考えられなくなる。それこそが、今の斜木くんに必要だと思うんだ。
俺があまりにも必死だったせいか、斜木くんは口許を覆って、小さく笑った。
「##NAME1##さん、どうしたんですか。まるで……絶対行きたいみたいな……」
「っ、そりゃあ、君と行きたいよ!」
「え」
しまった。顔どころか頭のてっぺんから足の先までかーっと熱くなる。
「いや、今のは違、……違うんだ! えぇと、なんていうか、斜木くんのような、芸術に興味がある子に観てほしくて!」
「……映画なら、他のひとのほうが飛びつくと思いますよ。それに、他にも……ゆるキャラが好きそうなメンバー、HAMAツアーズにいますし。別に、俺にこだわらなくても」
「それは、そうだろうけど……」
俺は君だからこだわってるんだよ! わかってくれ! ……とは言えず、かといってここまで必死になっておいて引き下がるのも変で、頭のなかになにかいい言葉が隠れてないかと、散らかった脳内を探し回る。
「はぁ……あのひとも、そうだったらよかったのに……」
泣いてはないのに泣き濡れたようなか細い声に、そっと、斜木くんの表情を窺う。
……あぁ、そうか。彼には――
「いいですよ、映画。といっても、今度の金曜から始まるっていう映画に心当たりないんで、どう考えてもあらすじも登場人物も知らない初心者、ですけど」
それでよければ。……そう言って切なそうに微笑んだ斜木くんの瞳に、俺は映ってはいない。
バイト帰り、何度かこのあたりを歩く斜木くんを見てたから知ってる。――想い人がいたこと、そして、そのひとには大切な幼馴染みがいて、ふたりは近々家族になるらしいこと。ふたりのことは五十竹くんが嬉しそうに話すから、完全な部外者の俺でも知ってるよ。そのうち片方が斜木くんの想い人だったことは、五十竹くんたちも知らなかったみたいだけど、離れたところから見てたからこそ、俺にはわかってたよ。
「初心者でも、全然……! 一度観たら忘れられない映画になるはずだから、楽しみにしてて!」
連絡先交換なんて烏滸がましいことはできないから、今度の俺のバイト前にここで落ち合って待ち合わせ時間を決めようとだけ約束して、当初の予定どおり、本屋に向かった。
映画を観た斜木くんが困惑した目で「ちょっと、話が合わなくて……」と俺を避けるようになるなんて、このときは露ほども思わなかった。畳む