交際0日プロポーズ
お花見の季節には早いけど、両親と妹が一時帰国する――なにげない雑談でそうこぼしたら、可不可からうちに遊びにおいでよって誘われた。
「いつもお世話になってるお礼もしたいし、僕も久しぶりに会いたいな」
椛は可不可と普通に面識あるけど、両親は俺たちが子どもの頃に何度か顔を合わせた程度。うちの家族はみんなおおらかな性格とはいえ、HAMAの名家にお呼ばれとなるとさすがに緊張しそうだ。そう思って、寮に来てもらうんじゃだめかなって提案したんだけど、あっさりと却下された。幼馴染みとその家族の水入らずがいいとかなんとか。でも、可不可の家と俺の家って、水入らずって言葉を使うような感じじゃないよね?
「まぁ、椛も久しぶりに会いたいだろうし……」
会うことそのものを断る理由はない。とりあえず、日にちを決めなきゃ。
その日の夜、椛に電話して可不可の家に家族全員お呼ばれしてることを話したら、ワンピースを新調しなきゃとか、当日は朝早くに美容院に行かなきゃとか言い出した。
「え、そんなに畏まらなくていいんじゃないかな?」
確かに大きなお家だけど、ドレスコードが決められてるわけじゃない。お正月も、俺は普段着で行ったし。――俺の言葉に、椛は「顔合わせなんだからしっかりしなきゃいけないでしょ! お兄ちゃんもスーツにして!」だって。遊びにおいでって言われただけなのに顔合わせだなんて、大袈裟過ぎる。
◇
可不可は好きな格好でいいよって言ってくれてたのを椛にもう一度伝えたら「そんなわけにいかないよ! っていうか、それ、可不可はお兄ちゃんに気を遣ってくれてるだけなの!」って怒るから、変だなぁと思いつつ、めったに着ないスーツに袖を通した。
お正月ぶりに来た大黒家のダイニングでは、朔次郎さんに言われるがまま、可不可と理非人さん、俺たち家族が向かい合わせになるよう腰掛けた。テーブルの上には朔次郎さんお手製の日本料理がずらりと並んでる。……確かに、この雰囲気なら、それなりにきちんとした格好で正解かも。なんだかんだいって、可不可もスーツだし。
理非人さんが朔次郎さんの手料理は二ヵ月ぶりだと喜んでたり、うちの両親が柄にもなく恐縮したりなのに、椛はひょいひょいぱくぱく食べてた。食べることに遠慮のえの字もないなんて、一体、誰に似たんだか。
「お兄ちゃん、これ、口に入れたそばからほろほろ溶ける……!」
椛に腕をつつかれて、まだ箸をつけてなかったそれを口に含んだ。
「うわぁ、本当だ……! こんなの、無限に食べれちゃうよ……」
「それってつまり、実質ゼロカロリーってこと!?」
「さすがにそれはないかな」
でも、俺まで椛みたいにひょいひょいぱくぱくいっちゃいそう。……ううん、だめだ。いくら幼馴染みとはいえよその家なんだから行儀よく食べなきゃ。
それにしても……と、浜咲家の親子間で食事中の温度差が出てることになんとなくいたたまれなさを感じて、ちらりと可不可を見遣る。
「キミはいつも本当においしそうに食べるよね」
うわ、微笑ましそうな顔された。あとで絶対にからかわれるやつだ。
「……では、場も和んできたところで」
あらかた食べ終えたあたりで、可不可がそう切り出した。
「楓さんは僕にとって初めての友人で、今ではかけがえのないひとです。HAMAの観光を復興させたいという同じ志を持ち、仕事のパートナーとしても、非常によくやってくれています」
いきなり褒められてる。なにこれ。え、俺の仕事ぶりを話す会だった?
「幼い頃、彼は〝一生一緒に遊ぼう〟と、僕に言ってくれました。当時はまだ先の見えない入院生活で、楓さんの言葉に応えられるだけのものを持ち合わせておらず、ひっそりと心のよりどころにするだけでしたが……」
顔が熱くなる。確かに言ったけど、それは可不可と俺しか知らないことなんだから、家族の前で言われるのは恥ずかしいよ。でも、なんとなく、可不可の話を遮ってはいけませんオーラが俺以外の全員から出てるのを感じて、俯くしかできない。照れくさいから、早く終わらないかな、これ。
「ようやく手術を受けられ、立ち上げた会社も、軌道に乗ったといえるまでになりました。まだまだ未熟な僕ですが――」
会社の話になったおかげで、恥ずかしいのが少しましになってきた。未熟なんてとんでもない。可不可はいつだってすごいよ。
「――楓さんを必ず幸せにします。僕たちの結婚を認めてください」
「……ん!?」
えーっと、いきなりなんの話? 聞き間違いじゃなければ、結婚って聞こえたんだけど。誰と誰が? びっくりし過ぎて、思わず、顔を上げる。
「よろしくお願いします」
「えっ!?」
聞こえてきた言葉を必死に理解しようとしてる俺をよそに、隣に座ってる両親が頭を下げてそう言った。椛も頭を下げてる。本当に、なに?
「ありがとうございます。……楓さん」
両親の前だからかいつもと違う呼び方で、可不可がテーブルをぐるっと回ってこっちに歩いてきた。なになに、どういうこと? 意味がわからないけど、そっぽを向くわけにもいかなくて、慌てて立ち上がり、体ごと、可不可に向き直る。
可不可は俺の目の前に立つと、そうするのが当然みたいに跪いた。
「ご家族の許可もいただけたことだし、これからは人生のパートナーとして歩んでいこうね」
優しく握られた手の甲に、可不可がくちびるを押し当てる。
今でも混乱してるしどういう流れかもわかってないけど、プロポーズされてるってことだけはわかる。
「お兄ちゃん、返事!」
椛が小声で俺を急かす。返事? 返事ってプロポーズの……だよね。
「えっと……俺たちって付き合っては」
「ないよ」
だよね。実は付き合っててその部分だけ記憶喪失なんてことにはなってなかったみたいで、胸を撫で下ろす。
「返事って……」
情けなくも、助けを求めるように椛のほうを振り返る。うんうん頷いてる両親と、ハンカチで目許を押さえてる理非人さんが視界に入った。え? 俺以外、誰ひとりとしてこの流れに特にびっくりしてないんだ?
「お兄ちゃん、可不可に人生賭けてるんなら、ハイかイエスに決まってるでしょ」
確かに人生を賭けるとは言ったけど、結婚とかそういう話では……って、なんでそのこと知ってるの? それに――
「可不可って、俺のこと……」
「世界中の誰よりも大切で、心の底から大好きだよ。子どもの頃からずっと、恋してるんだ」
握られたままの手が熱いと感じるようになった。手汗出てきたかも。
――可不可が俺をそう思ってたことにもびっくりだ。
手だけじゃない、顔もすっごく熱い。さっきから驚いてばかりで、ひとつひとつ確かめなきゃ落ち着けそうにない。確かめたところで落ち着けない可能性のほうが大きいけど。
「もしかして、俺以外みんな、このこと知ってる?」
このことってのは、今日こういう話になるとか、そもそも可不可が俺を好きってこととか、全部。
またしても助けを求めるように椛を見ると、あっけらかんとした顔で言われた。
「可不可がお兄ちゃんを好きなのなんて、みんな知ってるよ。会社のひとたちもわかってるんじゃない?」
「そ、そうなんだ……」
うわぁ、すっごく恥ずかしい。仕事中に俺たちが話すのを見て微笑ましく見てるひとがいるってことだよね。明日からどんな顔して仕事しよう。っていうか、今夜どんな顔で寮に帰ればいいんだろう。
「その可不可が浜咲家全員を招くなんて、両家顔合わせしかないじゃない? だから、お兄ちゃんから電話がきてすぐ家族会議したってわけ」
「いや、その思考回路はやっぱりわからないんだけど……」
わからないけど、椛が顔合わせって言ってた理由だけは理解した。
俺が頭のなかでわぁわぁしてるあいだに、可不可は立ち上がって、俺の背に手を添えて椅子に座らせた。こんな所作も可不可がやると絵になるからすごい。
「……お兄ちゃんは、可不可が自分のそばにいない人生、考えられる? 自分じゃないひとが可不可の隣にいる、可不可じゃないひとがお兄ちゃんの隣にいる。想像できる?」
さっきまで食いしんぼうだったひとと同一人物とは思えないくらい、真面目な顔だ。
椛の言葉を心のなかで反芻する。あまりにもシンプルな質問だったおかげで、答えも、迷いようがない。
「……考えられない。可不可がいない人生なんていやだよ」
「じゃあ、お兄ちゃんの気持ちも決まってるね」
いやいや、決まってない。決まってないよ? だって、可不可は俺のことがそういう意味で好きみたいだけど、俺は今の今までその気持ちに全然気付かなかったくらいには、可不可を幼馴染みとしか思ってない。
「友情婚……じゃないんだよね?」
俺の質問に、可不可が大きく頷く。
「できればおそろいの気持ちになってから言いたかったけど、待ってるだけじゃ変わらないって思ったんだ。これからはどんどん攻めて、確実に僕に恋させるよ」
俺の隣で椛が歓声を上げる。
「よく言った、可不可! これで落ちないお兄ちゃんはいない!」
「いや、さっきから椛はどういう目線で……」
椛は俺の妹なのに可不可の味方ばかりしてる。可不可のお姉さんじゃあるまいし。……あれ? でも、俺たちが結婚したら、椛は可不可からみて年上の義妹になるわけだし、完全な無関係ではないってこと? ……いやいや、そもそもまだ結婚してないから。だめだ、さっきから結婚結婚言われて、わけがわからなくなってきた。
「どういう目線? うーん、可不可とお兄ちゃんの結婚ルートを後方腕組みで見守る感じかな。あ、結婚式は最前管理するけどね」
「結婚式!?」
「あはは、さすがにそれは気が早いよ」
そうだよね、まだ結婚するって決まったわけじゃないのに、式の話なんて。
「僕の立場だけを考えれば数百人規模になるけど、彼がそれをOKするかは別問題だからね。指輪もつくりたいし、服も決めなきゃならない。ふたりで意見を出し合って、じっくり考えたいな」
可不可が俺の顔を覗き込む。
「えーっと……」
あれ、可不可ってこんなに格好よかったっけ。もともとずっと格好よかったけど、なんていうか、きらきらしてる、ような……。
「僕は洋装も和装も見たいなと思ってるんだけど、キミは僕にこういうのを着てほしいって要望はある?」
「……可不可はどっちも似合うと、思う、けど」
そう答えてから、とんでもないことを口走ったことに気付いたけど、ときすでに遅し。可不可は「じゃあ両方着よう」なんて言ってる。
これ、このままだと本当に結婚する流れじゃない?
「お兄ちゃんはHAMAの海が好きだから、海が見えるところだといいかも」
「なるほど、参考にさせてもらうよ」
ふたりのやりとりを見て、頭のなかに、可不可の隣に立つ自分を想像した。HAMAの海が見える教会で純白のタキシードに身を包んだ俺たちが、――和歌山の研修旅行で千弥くんにリクエストされてロケハンに付き合ったみたいに――腕を組んで歩く。
「……なんか鮮明に浮かんじゃったんだけど!?」
「うんうん、いい傾向だ」
可不可が嬉しそうに頷く。いい傾向じゃないよ! さっきの今で、想像できそうもなかったはずの可不可との結婚が容易に想像できるようになったなんて、これじゃあ、俺も可不可と結婚したいみたいじゃない?
「悪くないかもって思ったでしょ?」
微笑む可不可に、なにも答えられない。だって、悪くないなって思っちゃったんだから。
「いつもお世話になってるお礼もしたいし、僕も久しぶりに会いたいな」
椛は可不可と普通に面識あるけど、両親は俺たちが子どもの頃に何度か顔を合わせた程度。うちの家族はみんなおおらかな性格とはいえ、HAMAの名家にお呼ばれとなるとさすがに緊張しそうだ。そう思って、寮に来てもらうんじゃだめかなって提案したんだけど、あっさりと却下された。幼馴染みとその家族の水入らずがいいとかなんとか。でも、可不可の家と俺の家って、水入らずって言葉を使うような感じじゃないよね?
「まぁ、椛も久しぶりに会いたいだろうし……」
会うことそのものを断る理由はない。とりあえず、日にちを決めなきゃ。
その日の夜、椛に電話して可不可の家に家族全員お呼ばれしてることを話したら、ワンピースを新調しなきゃとか、当日は朝早くに美容院に行かなきゃとか言い出した。
「え、そんなに畏まらなくていいんじゃないかな?」
確かに大きなお家だけど、ドレスコードが決められてるわけじゃない。お正月も、俺は普段着で行ったし。――俺の言葉に、椛は「顔合わせなんだからしっかりしなきゃいけないでしょ! お兄ちゃんもスーツにして!」だって。遊びにおいでって言われただけなのに顔合わせだなんて、大袈裟過ぎる。
◇
可不可は好きな格好でいいよって言ってくれてたのを椛にもう一度伝えたら「そんなわけにいかないよ! っていうか、それ、可不可はお兄ちゃんに気を遣ってくれてるだけなの!」って怒るから、変だなぁと思いつつ、めったに着ないスーツに袖を通した。
お正月ぶりに来た大黒家のダイニングでは、朔次郎さんに言われるがまま、可不可と理非人さん、俺たち家族が向かい合わせになるよう腰掛けた。テーブルの上には朔次郎さんお手製の日本料理がずらりと並んでる。……確かに、この雰囲気なら、それなりにきちんとした格好で正解かも。なんだかんだいって、可不可もスーツだし。
理非人さんが朔次郎さんの手料理は二ヵ月ぶりだと喜んでたり、うちの両親が柄にもなく恐縮したりなのに、椛はひょいひょいぱくぱく食べてた。食べることに遠慮のえの字もないなんて、一体、誰に似たんだか。
「お兄ちゃん、これ、口に入れたそばからほろほろ溶ける……!」
椛に腕をつつかれて、まだ箸をつけてなかったそれを口に含んだ。
「うわぁ、本当だ……! こんなの、無限に食べれちゃうよ……」
「それってつまり、実質ゼロカロリーってこと!?」
「さすがにそれはないかな」
でも、俺まで椛みたいにひょいひょいぱくぱくいっちゃいそう。……ううん、だめだ。いくら幼馴染みとはいえよその家なんだから行儀よく食べなきゃ。
それにしても……と、浜咲家の親子間で食事中の温度差が出てることになんとなくいたたまれなさを感じて、ちらりと可不可を見遣る。
「キミはいつも本当においしそうに食べるよね」
うわ、微笑ましそうな顔された。あとで絶対にからかわれるやつだ。
「……では、場も和んできたところで」
あらかた食べ終えたあたりで、可不可がそう切り出した。
「楓さんは僕にとって初めての友人で、今ではかけがえのないひとです。HAMAの観光を復興させたいという同じ志を持ち、仕事のパートナーとしても、非常によくやってくれています」
いきなり褒められてる。なにこれ。え、俺の仕事ぶりを話す会だった?
「幼い頃、彼は〝一生一緒に遊ぼう〟と、僕に言ってくれました。当時はまだ先の見えない入院生活で、楓さんの言葉に応えられるだけのものを持ち合わせておらず、ひっそりと心のよりどころにするだけでしたが……」
顔が熱くなる。確かに言ったけど、それは可不可と俺しか知らないことなんだから、家族の前で言われるのは恥ずかしいよ。でも、なんとなく、可不可の話を遮ってはいけませんオーラが俺以外の全員から出てるのを感じて、俯くしかできない。照れくさいから、早く終わらないかな、これ。
「ようやく手術を受けられ、立ち上げた会社も、軌道に乗ったといえるまでになりました。まだまだ未熟な僕ですが――」
会社の話になったおかげで、恥ずかしいのが少しましになってきた。未熟なんてとんでもない。可不可はいつだってすごいよ。
「――楓さんを必ず幸せにします。僕たちの結婚を認めてください」
「……ん!?」
えーっと、いきなりなんの話? 聞き間違いじゃなければ、結婚って聞こえたんだけど。誰と誰が? びっくりし過ぎて、思わず、顔を上げる。
「よろしくお願いします」
「えっ!?」
聞こえてきた言葉を必死に理解しようとしてる俺をよそに、隣に座ってる両親が頭を下げてそう言った。椛も頭を下げてる。本当に、なに?
「ありがとうございます。……楓さん」
両親の前だからかいつもと違う呼び方で、可不可がテーブルをぐるっと回ってこっちに歩いてきた。なになに、どういうこと? 意味がわからないけど、そっぽを向くわけにもいかなくて、慌てて立ち上がり、体ごと、可不可に向き直る。
可不可は俺の目の前に立つと、そうするのが当然みたいに跪いた。
「ご家族の許可もいただけたことだし、これからは人生のパートナーとして歩んでいこうね」
優しく握られた手の甲に、可不可がくちびるを押し当てる。
今でも混乱してるしどういう流れかもわかってないけど、プロポーズされてるってことだけはわかる。
「お兄ちゃん、返事!」
椛が小声で俺を急かす。返事? 返事ってプロポーズの……だよね。
「えっと……俺たちって付き合っては」
「ないよ」
だよね。実は付き合っててその部分だけ記憶喪失なんてことにはなってなかったみたいで、胸を撫で下ろす。
「返事って……」
情けなくも、助けを求めるように椛のほうを振り返る。うんうん頷いてる両親と、ハンカチで目許を押さえてる理非人さんが視界に入った。え? 俺以外、誰ひとりとしてこの流れに特にびっくりしてないんだ?
「お兄ちゃん、可不可に人生賭けてるんなら、ハイかイエスに決まってるでしょ」
確かに人生を賭けるとは言ったけど、結婚とかそういう話では……って、なんでそのこと知ってるの? それに――
「可不可って、俺のこと……」
「世界中の誰よりも大切で、心の底から大好きだよ。子どもの頃からずっと、恋してるんだ」
握られたままの手が熱いと感じるようになった。手汗出てきたかも。
――可不可が俺をそう思ってたことにもびっくりだ。
手だけじゃない、顔もすっごく熱い。さっきから驚いてばかりで、ひとつひとつ確かめなきゃ落ち着けそうにない。確かめたところで落ち着けない可能性のほうが大きいけど。
「もしかして、俺以外みんな、このこと知ってる?」
このことってのは、今日こういう話になるとか、そもそも可不可が俺を好きってこととか、全部。
またしても助けを求めるように椛を見ると、あっけらかんとした顔で言われた。
「可不可がお兄ちゃんを好きなのなんて、みんな知ってるよ。会社のひとたちもわかってるんじゃない?」
「そ、そうなんだ……」
うわぁ、すっごく恥ずかしい。仕事中に俺たちが話すのを見て微笑ましく見てるひとがいるってことだよね。明日からどんな顔して仕事しよう。っていうか、今夜どんな顔で寮に帰ればいいんだろう。
「その可不可が浜咲家全員を招くなんて、両家顔合わせしかないじゃない? だから、お兄ちゃんから電話がきてすぐ家族会議したってわけ」
「いや、その思考回路はやっぱりわからないんだけど……」
わからないけど、椛が顔合わせって言ってた理由だけは理解した。
俺が頭のなかでわぁわぁしてるあいだに、可不可は立ち上がって、俺の背に手を添えて椅子に座らせた。こんな所作も可不可がやると絵になるからすごい。
「……お兄ちゃんは、可不可が自分のそばにいない人生、考えられる? 自分じゃないひとが可不可の隣にいる、可不可じゃないひとがお兄ちゃんの隣にいる。想像できる?」
さっきまで食いしんぼうだったひとと同一人物とは思えないくらい、真面目な顔だ。
椛の言葉を心のなかで反芻する。あまりにもシンプルな質問だったおかげで、答えも、迷いようがない。
「……考えられない。可不可がいない人生なんていやだよ」
「じゃあ、お兄ちゃんの気持ちも決まってるね」
いやいや、決まってない。決まってないよ? だって、可不可は俺のことがそういう意味で好きみたいだけど、俺は今の今までその気持ちに全然気付かなかったくらいには、可不可を幼馴染みとしか思ってない。
「友情婚……じゃないんだよね?」
俺の質問に、可不可が大きく頷く。
「できればおそろいの気持ちになってから言いたかったけど、待ってるだけじゃ変わらないって思ったんだ。これからはどんどん攻めて、確実に僕に恋させるよ」
俺の隣で椛が歓声を上げる。
「よく言った、可不可! これで落ちないお兄ちゃんはいない!」
「いや、さっきから椛はどういう目線で……」
椛は俺の妹なのに可不可の味方ばかりしてる。可不可のお姉さんじゃあるまいし。……あれ? でも、俺たちが結婚したら、椛は可不可からみて年上の義妹になるわけだし、完全な無関係ではないってこと? ……いやいや、そもそもまだ結婚してないから。だめだ、さっきから結婚結婚言われて、わけがわからなくなってきた。
「どういう目線? うーん、可不可とお兄ちゃんの結婚ルートを後方腕組みで見守る感じかな。あ、結婚式は最前管理するけどね」
「結婚式!?」
「あはは、さすがにそれは気が早いよ」
そうだよね、まだ結婚するって決まったわけじゃないのに、式の話なんて。
「僕の立場だけを考えれば数百人規模になるけど、彼がそれをOKするかは別問題だからね。指輪もつくりたいし、服も決めなきゃならない。ふたりで意見を出し合って、じっくり考えたいな」
可不可が俺の顔を覗き込む。
「えーっと……」
あれ、可不可ってこんなに格好よかったっけ。もともとずっと格好よかったけど、なんていうか、きらきらしてる、ような……。
「僕は洋装も和装も見たいなと思ってるんだけど、キミは僕にこういうのを着てほしいって要望はある?」
「……可不可はどっちも似合うと、思う、けど」
そう答えてから、とんでもないことを口走ったことに気付いたけど、ときすでに遅し。可不可は「じゃあ両方着よう」なんて言ってる。
これ、このままだと本当に結婚する流れじゃない?
「お兄ちゃんはHAMAの海が好きだから、海が見えるところだといいかも」
「なるほど、参考にさせてもらうよ」
ふたりのやりとりを見て、頭のなかに、可不可の隣に立つ自分を想像した。HAMAの海が見える教会で純白のタキシードに身を包んだ俺たちが、――和歌山の研修旅行で千弥くんにリクエストされてロケハンに付き合ったみたいに――腕を組んで歩く。
「……なんか鮮明に浮かんじゃったんだけど!?」
「うんうん、いい傾向だ」
可不可が嬉しそうに頷く。いい傾向じゃないよ! さっきの今で、想像できそうもなかったはずの可不可との結婚が容易に想像できるようになったなんて、これじゃあ、俺も可不可と結婚したいみたいじゃない?
「悪くないかもって思ったでしょ?」
微笑む可不可に、なにも答えられない。だって、悪くないなって思っちゃったんだから。