チョコレートフェス
*kfkeワンドロワンライ第11回から『バレンタインデー』を選択
*2025/2/4~2025/2/12開催シーズンイベント『人呼んで…ラヴ、伝道師!』イベントストーリー読了前提
いつもは雪風とつくってるチョコを、今年はひとりで頑張りたいらしい。らしいっていうか、朔次郎情報だから確実。そのやりとりを偶然目撃したんだって。壁に朔次郎あり、障子に朔次郎あり。ただし、僕があの子と過ごすときは壁にも障子にも朔次郎はいない。有能だよね、さすがは僕の執事。
バレンタインを間近に控え、世間はそわそわムードだ。かくいう僕も朔次郎からの情報に浮かれて、バレンタイン前日、休みなのをいいことに好きな子をデートに誘うなんていう〝明日は期待してます〟アピールの真っ最中。
「うわぁ~! すっごく華やか……!」
楓ちゃんは小声で感嘆の声を上げて、ぱっと口を覆った。大丈夫、僕にしか聞こえないくらいの声量だったよ。
小ぶりなパフェに、ショートケーキ、ムース、サブレ、プリン、タルト、ガナッシュ……とにかくチョコレートづくしのスイーツメニュー。それから、セイボリーにはサンドイッチやスープ、キッシュがあって、ちょっと食いしんぼうなところがある楓ちゃんはきらきらと目を輝かせてる。お腹に入る量は控えめになるけど、こういうのは目で楽しんで、雰囲気を食べるものだ。
「ここ、写真って大丈夫だよね?」
楓ちゃんを連れてきたのは、HAMAでも有名なホテルのラウンジ。がやがやと賑やかなアフタヌーンティーじゃなくて、ドレスコードが決められた、いわゆる〝ちょっと格式が高い〟とされる場所だ。ここで一月末から二月末まで開催される『チョコレート・フェス・アフタヌーンティー』は一年のなかでも、五本の指に入るくらい人気のテーマらしい。
「大丈夫だよ。周りも結構撮ってる」
もちろん、ホテル側も、騒がしくさえしなければ撮影はOKとしてくれてる。僕の言葉に安心したのか、楓ちゃんはいそいそとスマホを取り出して、テーブルの上に並んだものを素早くカメラにおさめた。こういうときに腰を浮かさずに最低限の腕の動きだけでささっと済ませるところに、楓ちゃんの品のよさを感じる。普段はそんな素振り見せないけど、この子って結構上品なところがあるんだよね。子どもの頃からいろんな国を飛びまわって、たくさんのものを目にしてきたのが、影響してるんだと思う。目の前の文化や慣習を大切にしようっていう、ご両親の教えがあるんだろうな。
小声で「いただきます」の挨拶をして、お互いにちらちらと視線を交わしながらセイボリーに手を伸ばす。
「ん、これすごくおいしい」
楓ちゃんの頬が淡く染まる。評判を調べに調べてここのラウンジにしたとはいえ、口に合ったみたいでよかった。心の裡でこっそりと胸を撫で下ろす。
こう見えても、お付き合いを始める前も、今も、デートのたびにすごく緊張してるんだ。好きな子には絶対の絶対に喜んでほしい、楽しかったって思わせたい。いつだって必死だよ。
いくらなんでも無言で食べ続けるのも変だから、目の前の食べものを視覚でも愛でつつ、たわいもない話に花を咲かせた。もちろん、他者には内容までは聞こえないくらいの声のトーンで、万が一聞こえたとしても内容がわからないようぼかすよう心掛けてる。
「明日、朝は結構早めなんだよね?」
あく太の〝全校生徒にチョコレートを配る〟という壮大な計画に協力を買って出た楓ちゃんは、明日、浜あすなろ高校の開門時刻より前に学校へ出向くことになってる。
「そうだね。朝七時前……ううん、念には念を入れて、六時には出発しようかって話になってるんだ。寮から車で十五分くらいかかるし」
これまでのバレンタインは、楓ちゃんが病室まで――雪風と一緒につくったらしい――お手製のチョコレートを持ってきてくれてた。今年は今までと違って恋人という立場なわけだし、楓ちゃんの性格を考えれば誰よりも最初に僕にチョコレートをプレゼントしてくれる予感しかしない。しかも、今年はひとりで手づくりするらしいとの確かな情報もある。これはもう、過去最高にハッピーなバレンタインだ、僕はなんて果報者なんだと、世間にバレンタインムードが訪れる前から浮かれてたんだけど――
「そっか……朝、すごく早いね。頑張ってね」
――さすがに、朝の慌ただしいときにプレゼントなんて、なさそう。っていうか、僕にプレゼントを渡すためだけに更に早起きなんてさせたくない。
これが、僕だけにチョコレートを用意するのであれば、もらえるのが夜遅くても気にしないでいられる。でも、朔次郎情報によると、HAMAハウス全員につくるっぽいんだよね。つまり、僕より先に楓ちゃんのお手製チョコレートをもらうひとがいるかもしれないってこと。そんなの、天地が引っくり返っても阻止したい。だからって、なりふり構わず「誰よりも早く僕にちょうだい」とも言えない。好きな子の前でそんなダサい言動、できるわけないでしょ。
「……えっと、可不可」
もともと小声で話してたのを、さらに小さくした声で楓ちゃんが囁く。
「明日は朝早くに出ちゃうから、一日早いけど、このあと、渡してもいい?」
「え」
それって。――こんな場所で盛大に驚いた声を上げそうになって、すんでのところで声を飲み込んだ。
「可不可のは、みんなにあげるのとはちょっと種類も違ってて……あ、これも自分なりに練習して、味は大丈夫だから。見た目はちょっといびつだけどね」
どうしよう、すごく嬉しい。僕が一番でいたい気持ちをわかってくれてるのも、他のみんなとは違う特別扱いなのも、なにもかも嬉しい。顔がにやけそうになるのを我慢するので精一杯。奥歯を噛み締めてなきゃ、情けない顔になってたと思う。
「だ……」
「だ?」
「……昔から、楓ちゃんは僕を喜ばせる天才だよね」
危ない、抱き締めたいって言いそうになった。ぎゅうぎゅう抱き着いて、顔じゅうあちこちにキスしたいくらい、気持ちが昂ってる。好きの度合いがまた更新された。
「天才はどうかはわからないけど、……俺だって、好きなひとを特別扱いしたいんだよ」
楓ちゃんはそう言うと、タルトやガナッシュをひょいひょいと口に放り込んだ。
「……来月、期待していいからね」
まだもらう前なのに、もうお返しのことを考えちゃう。僕だって好きな子のことはいつも特別扱いしたいし、してるんだよ。
*2025/2/4~2025/2/12開催シーズンイベント『人呼んで…ラヴ、伝道師!』イベントストーリー読了前提
いつもは雪風とつくってるチョコを、今年はひとりで頑張りたいらしい。らしいっていうか、朔次郎情報だから確実。そのやりとりを偶然目撃したんだって。壁に朔次郎あり、障子に朔次郎あり。ただし、僕があの子と過ごすときは壁にも障子にも朔次郎はいない。有能だよね、さすがは僕の執事。
バレンタインを間近に控え、世間はそわそわムードだ。かくいう僕も朔次郎からの情報に浮かれて、バレンタイン前日、休みなのをいいことに好きな子をデートに誘うなんていう〝明日は期待してます〟アピールの真っ最中。
「うわぁ~! すっごく華やか……!」
楓ちゃんは小声で感嘆の声を上げて、ぱっと口を覆った。大丈夫、僕にしか聞こえないくらいの声量だったよ。
小ぶりなパフェに、ショートケーキ、ムース、サブレ、プリン、タルト、ガナッシュ……とにかくチョコレートづくしのスイーツメニュー。それから、セイボリーにはサンドイッチやスープ、キッシュがあって、ちょっと食いしんぼうなところがある楓ちゃんはきらきらと目を輝かせてる。お腹に入る量は控えめになるけど、こういうのは目で楽しんで、雰囲気を食べるものだ。
「ここ、写真って大丈夫だよね?」
楓ちゃんを連れてきたのは、HAMAでも有名なホテルのラウンジ。がやがやと賑やかなアフタヌーンティーじゃなくて、ドレスコードが決められた、いわゆる〝ちょっと格式が高い〟とされる場所だ。ここで一月末から二月末まで開催される『チョコレート・フェス・アフタヌーンティー』は一年のなかでも、五本の指に入るくらい人気のテーマらしい。
「大丈夫だよ。周りも結構撮ってる」
もちろん、ホテル側も、騒がしくさえしなければ撮影はOKとしてくれてる。僕の言葉に安心したのか、楓ちゃんはいそいそとスマホを取り出して、テーブルの上に並んだものを素早くカメラにおさめた。こういうときに腰を浮かさずに最低限の腕の動きだけでささっと済ませるところに、楓ちゃんの品のよさを感じる。普段はそんな素振り見せないけど、この子って結構上品なところがあるんだよね。子どもの頃からいろんな国を飛びまわって、たくさんのものを目にしてきたのが、影響してるんだと思う。目の前の文化や慣習を大切にしようっていう、ご両親の教えがあるんだろうな。
小声で「いただきます」の挨拶をして、お互いにちらちらと視線を交わしながらセイボリーに手を伸ばす。
「ん、これすごくおいしい」
楓ちゃんの頬が淡く染まる。評判を調べに調べてここのラウンジにしたとはいえ、口に合ったみたいでよかった。心の裡でこっそりと胸を撫で下ろす。
こう見えても、お付き合いを始める前も、今も、デートのたびにすごく緊張してるんだ。好きな子には絶対の絶対に喜んでほしい、楽しかったって思わせたい。いつだって必死だよ。
いくらなんでも無言で食べ続けるのも変だから、目の前の食べものを視覚でも愛でつつ、たわいもない話に花を咲かせた。もちろん、他者には内容までは聞こえないくらいの声のトーンで、万が一聞こえたとしても内容がわからないようぼかすよう心掛けてる。
「明日、朝は結構早めなんだよね?」
あく太の〝全校生徒にチョコレートを配る〟という壮大な計画に協力を買って出た楓ちゃんは、明日、浜あすなろ高校の開門時刻より前に学校へ出向くことになってる。
「そうだね。朝七時前……ううん、念には念を入れて、六時には出発しようかって話になってるんだ。寮から車で十五分くらいかかるし」
これまでのバレンタインは、楓ちゃんが病室まで――雪風と一緒につくったらしい――お手製のチョコレートを持ってきてくれてた。今年は今までと違って恋人という立場なわけだし、楓ちゃんの性格を考えれば誰よりも最初に僕にチョコレートをプレゼントしてくれる予感しかしない。しかも、今年はひとりで手づくりするらしいとの確かな情報もある。これはもう、過去最高にハッピーなバレンタインだ、僕はなんて果報者なんだと、世間にバレンタインムードが訪れる前から浮かれてたんだけど――
「そっか……朝、すごく早いね。頑張ってね」
――さすがに、朝の慌ただしいときにプレゼントなんて、なさそう。っていうか、僕にプレゼントを渡すためだけに更に早起きなんてさせたくない。
これが、僕だけにチョコレートを用意するのであれば、もらえるのが夜遅くても気にしないでいられる。でも、朔次郎情報によると、HAMAハウス全員につくるっぽいんだよね。つまり、僕より先に楓ちゃんのお手製チョコレートをもらうひとがいるかもしれないってこと。そんなの、天地が引っくり返っても阻止したい。だからって、なりふり構わず「誰よりも早く僕にちょうだい」とも言えない。好きな子の前でそんなダサい言動、できるわけないでしょ。
「……えっと、可不可」
もともと小声で話してたのを、さらに小さくした声で楓ちゃんが囁く。
「明日は朝早くに出ちゃうから、一日早いけど、このあと、渡してもいい?」
「え」
それって。――こんな場所で盛大に驚いた声を上げそうになって、すんでのところで声を飲み込んだ。
「可不可のは、みんなにあげるのとはちょっと種類も違ってて……あ、これも自分なりに練習して、味は大丈夫だから。見た目はちょっといびつだけどね」
どうしよう、すごく嬉しい。僕が一番でいたい気持ちをわかってくれてるのも、他のみんなとは違う特別扱いなのも、なにもかも嬉しい。顔がにやけそうになるのを我慢するので精一杯。奥歯を噛み締めてなきゃ、情けない顔になってたと思う。
「だ……」
「だ?」
「……昔から、楓ちゃんは僕を喜ばせる天才だよね」
危ない、抱き締めたいって言いそうになった。ぎゅうぎゅう抱き着いて、顔じゅうあちこちにキスしたいくらい、気持ちが昂ってる。好きの度合いがまた更新された。
「天才はどうかはわからないけど、……俺だって、好きなひとを特別扱いしたいんだよ」
楓ちゃんはそう言うと、タルトやガナッシュをひょいひょいと口に放り込んだ。
「……来月、期待していいからね」
まだもらう前なのに、もうお返しのことを考えちゃう。僕だって好きな子のことはいつも特別扱いしたいし、してるんだよ。