お持ち帰り計画
持ち帰った仕事を終わらせてぐっと背を伸ばす。うわ、すごい音。終わったらすぐ眠れるようにって先にお風呂は済ませておいたけど、こんなにも肩や背中がばきばきになるなら、仕事のあとにお風呂ってすればよかった。
かといって、わざわざもう一度お風呂に入り直そうとまでは思わない。ここはおとなしくさっさと寝て、明日の休みを満喫しよう。そのためにこの時間までかけて仕事を終わらせたんだから。
明日の朝は、いつもより三十分くらい遅めでいいかな。アラームをセットしようとスマホに手を伸ばしたタイミングで、ピロンと音が鳴った。差出人が添くんって時点であまりいい話じゃない予感がするんだけど、未読放置するわけにはいかない。主任って立場もあるし、なにより、俺の性格がそれを許さない。
まぁ、明日は休みだし、まだ起きてたし、すぐに返事できそうな内容なら早く返しちゃおう。簡単な用件でありますように。スマホに向かって祈りながらメッセージを開いた俺の目に飛び込んできたのは、――
『このひとのこと、なんとかしてくれます?』
――幼馴染みの写真だった。
「お邪魔しまーす」
「あ、来てくれたんですねー。いやー、ほんと困りましたよ。飲み会から帰ってきたら、部屋がひどいありさまで」
部屋はきちんと片付いてる。添くんが言いたいのは、目の前で転がってるふたりを指してるんだろう。
「んん~? しゅにんも、しゃけのむのかぁ〜?」
うわ、さ行の発音が怪しい。ゆらりと体を起こした練牙くんは、勢い余って反対側にひっくり返った。ぐにゃんぐにゃんの軟体動物みたい。
「んぇ? 主任ちゃん? ……あー! 主任ちゃんだぁ」
練牙くんが倒れ込んだときの衝撃音で、テーブルにつっぷしてた可不可が顔を上げた。……うわ、頬が真っ赤っか。
「ちょっと、可不可、そんなに飲んだの?」
「ぜーんぜん。これくらいだよ〜」
五ミリくらいの幅を指でつくってみせてくれたけど、絶対そんなはずないと思う。飲酒量、三十パーセントオフで申告してない? セールじゃないんだから割引されても喜ばないよ。
「とりあえず水……」
テーブルの上にはない。冷蔵庫からもらおう。部屋にある小型冷蔵庫のほうを振り返る。
「主任、社長のことお持ち帰りしてくれません?」
「え?」
部屋に来たときから自然と俺は可不可、添くんが練牙くんの面倒を見るんだろうなとは思ってたけど、お持ち帰りってなに?
「ここでふたりしてこの酔っぱらいふたりの面倒見る図、地獄でしょ。こっちは友だちのよしみで練牙さん引き取るんで、主任は幼馴染みのよしみで社長ってことで。酔っぱらい同士はとりあえず引き離したほうがいいと思うんですよねー」
さっきまで一緒に飲んでた相手がそのままいると、またグラスに手を伸ばしそうじゃないですか。――添くんの言うことも一理ある。一理あるけど、お持ち帰りって響きが、なんか……。
「んー……ふふ、主任ちゃんにお持ち帰りされちゃうんだ〜?」
軟体動物と化した可不可がしがみついてきた。いつもより高めの体温とか、アルコールに上書きされつつある可不可の香り。なんかこれ、心臓によくない!
「えっ……と、水! 水飲もう、可不可!」
飲んでないのに俺まで暑い。背中に汗が滲んだのを自覚しつつ、可不可の体をべりっと剥がす。
俺が可不可に絡まれてるあいだに、添くんがミネラルウォーターの入ったペットボトルをテーブルの上に置いてくれてたらしい。練牙くんもおとなしく水を飲んでるし、わざわざ酔っぱらい同士を引き離さなくてもいい気がしてきたんだけど。
「ほら、可不可、自分で持てる?」
キャップを開けて可不可の口許に近付ける。
たいして酔ってないときは申し訳なさそうに受け取って飲むのに、今夜はなかなか受け取ってくれない。
「……持てない」
「えぇ……」
ここまで酔うの珍しいな。俺は大仕事のあととか、もうやってられないってときにお酒とおつまみを買い込んでひとりでぱーっとやっちゃうんだけど、可不可にも、そんなに飲みたくなることがあったのかな。ここ最近の可不可の様子を思い出してみても、派手に飲みたくなるような心当たりがなくて、ちょっともやっとする。
「社長、ごねてますね。ここでうるさくされると練牙さんがまた騒がしくなっちゃうんで、ほんと、引き取ってもらえると助かるんですけど」
添くんが笑ってない。ここは穏便にいったほうがいいって、俺の本能が警鐘を鳴らしてる。
「……わかった。ほら、可不可。俺の部屋に行こう?」
顔を覗き込んで話しかけると、可不可の頬がさらに赤く染まる。そうだよね、人前で、子どもに話しかけるみたいな話し方されて、恥ずかしいよね。
「だ、抱っこ……」
「えぇ……」
ちょっと、いや、結構、面倒くさい酔い方だ。でも、これ以上ここにいて、添くんの顔からどんどん温度がなくなるのは見たくない。のちのち、このことを引き合いに出して面倒なことに巻き込まれそうな気がするから。
「わっ、え……?」
「ほら、しっかり掴まって」
真正面から可不可を抱き上げ、しがみつくよう促す。食事量はちょっとずつ増えてるはずなのに、相変わらず、軽い。でも、退院してすぐの頃に比べて筋肉が増えたのは知ってる。
「よろしくお願いしまーす。……社長も、おやすみなさい」
部屋のドアを開けてくれた添くんにお礼を言って、足許が見えないなか、揺れで可不可が酔いを回さないよう、ゆっくりと自分の部屋に向かう。こんなところを誰かに見られたら恥ずかしいの、可不可だと思うよ。俺もまぁまぁ恥ずかしいけど、俺は「可不可が酔っちゃったからです」っていう正当な理由があるから、恥ずかしさはなんとかカバーできる。
「もう……休みの前の日だからって、そんなになるまで飲んじゃだめだよ」
「……ごめん」
しがみついてる可不可の腕に、力がこもった。そんなふうにしおらしく謝られると、許したくなっちゃう。俺もたいがい、可不可に甘い。
いくら軽いとはいえ、可不可を抱っこしたままドアを開けるのはかなり苦労した。でも、一旦下ろしていいか訊いたらしがみついてきて、意地でも離れませんって感じだったから、半分、脚で開けました。
「せめて水は飲んでよ」
可不可をベッドに座らせて、あ、せっかく出してもらった水を寅部屋に忘れてきたなって思い出す。わざわざ取りに戻るのも手間だし、仕方なく、自分の部屋にある冷蔵庫から、運よく未開封のまま残ってたペットボトルを差し出した。
「ありがとう……」
今度は自分で飲んでくれるみたい。ほっと胸を撫で下ろす。ここまで運んでるあいだに少し落ち着いたのかな。それなら、あとで部屋に帰らせたほうがいいよね。自分のベッドが一番寝やすいし、なにより、ここにベッドはひとつしかない。ベッドはひとり用、いくら俺たちが付き合ってるとはいえ、まだそういうことはしてない。……もしものときは、俺が椅子で寝て、可不可をベッドに寝かせよう。
「結構飲んだ? 気分悪いとかない?」
「……ない」
なんだろう。なにかが引っ掛かった。
「楽しく飲むのはいいけど、ほどほどに。あとで部屋に戻ったら、添くんにも謝るんだよ」
飲んでる最中のことは知らないけど、練牙くんにまで迷惑をかけてないといいな。可不可、お酒が入ると甘えっこになるから、練牙くんにまで抱っこをせがんでたらどうしよう。普通にいやだな。
「戻らない……」
「えぇ……」
椅子で寝る。ただでさえばきばきになってる肩や背中の悪化――翌朝の自分の体を思うと、ちょっと溜息が出そうになった。でも、好きなひととくっついて眠るなんて恥ずかしいこと、できるわけない。
「戻らないからね」
引っ掛かりの正体に思い至って、恐る恐る、口を開く。
「……もしかして、あんまり酔ってない?」
「よ、酔ってる」
「それ、酔ってないひとの言葉だよ」
大変だ。俺は可不可が酔い潰れたと思って、可不可に言われるがまま、抱っこして、部屋まで連れてきたのに、これじゃあ素面の恋人を連れ込んだのと変わらないんじゃない? いや、酔ってても連れ込んだことには変わらないんだけど。
「もしかして……」
添くんも、可不可がたいして酔ってないことをわかってて、わざと、俺が可不可を部屋に連れて行くよう仕向けた? そんな気がしてきた。やたらと可不可を押し付けてきたし。
「……添くんになにか言った?」
さすがにバツが悪くなったのか、可不可が視線を逸らして、珍しく小声で話す。
「好きな子とふたりきりになる方法を、後学のために……」
それだ。そういう経験が多い添くんらしいアドバイスだと思う。テンプレ過ぎるよ。頭を抱えそうになって、重大なことに気付く。
「待って、添くんって俺たちのこと知ってるってこと?」
「言ってない! 言ってないからね? ただ、添はそういうの鋭いから、気付いててもおかしくないかなとは思ったよ」
どうしよう。だめなことしてるってわけじゃないけど、付き合ってますってわざわざ言うの照れくさいからみんなには内緒にしてたのに、明日からどんな顔すればいい?
「いつまでも内緒ってわけにはいかないんだから」
ついさっきまでしおらしかった可不可が、だんだんいつもの調子を取り戻してきた。やっぱり、しおらしい可不可なんてレア過ぎたんだ。
「それはそうだけど、なにごとも心の準備ってものがあるでしょ」
「心の準備、ねぇ」
はっとして顔を上げる。違う、そういう意味は含んでない。でも、付き合ってるふたりが密室でふたりきりになってて、今の話の流れで〝心の準備〟なんてワードを使うの、そっちの意味でも受け取ってくださいって言ってるようなものだ。
「か、可不可」
ベッドから降りた可不可が、じりじりと俺に近付いてくる。
「ほかのことも、心の準備はまだ先かな?」
近い近い! ただでさえきれいな顔なのに、至近距離なんて、キャパオーバーだよ。
「ほ、ほかのこと」
格好よ過ぎて目を開けてられない。とらわれたら最後、もっとだめになる気がする。
「楓ちゃんが僕の気持ちに応えてくれてから四ヵ月、初めてのキスをしてから三ヵ月半……」
〝……まだ、だめ?〟――耳許で囁かれて、腰が抜けそうになった。なんとか踏ん張ろうと、生唾を飲み込んで、体に力を入れる。
「僕をお持ち帰りしても、楓ちゃんは、そういうこと、したくない?」
「し、したくないわけじゃ」
正直、そろそろかなとは思ってたよ。でも、恥ずかしくて言い出せないし、今まで恋愛のれの字も経験してこなかったせいでそれっぽいムードにする方法も知らないし、可不可が踏み込んできてくれたら俺も勇気を出せるかなとは思ってた。
「もちろん、いやがることはしないよ。ただ、ひと晩中、口説かせてくれるだけでいいから」
ただでさえ毎日のように好き好き言われてるのに、これ以上口説かれるの? ひと晩中?
「心臓、もたないよ……」
完全に腰が抜けた。へなへなと床にくずおれた俺を見て、可不可が「あはは」と笑う。笑いごとじゃないよ。
「ごめん、強引にいき過ぎたね。……本当に、楓ちゃんがいやがることはしないよ。でも、せっかくだから、くっついて眠るだけでも、だめ?」
可不可のうしろに、自分がいつも眠ってるベッドがある。ここに、可不可と俺が? それはそれで、ちょっと興味がある。
「だ、だめじゃない……」
かといって、わざわざもう一度お風呂に入り直そうとまでは思わない。ここはおとなしくさっさと寝て、明日の休みを満喫しよう。そのためにこの時間までかけて仕事を終わらせたんだから。
明日の朝は、いつもより三十分くらい遅めでいいかな。アラームをセットしようとスマホに手を伸ばしたタイミングで、ピロンと音が鳴った。差出人が添くんって時点であまりいい話じゃない予感がするんだけど、未読放置するわけにはいかない。主任って立場もあるし、なにより、俺の性格がそれを許さない。
まぁ、明日は休みだし、まだ起きてたし、すぐに返事できそうな内容なら早く返しちゃおう。簡単な用件でありますように。スマホに向かって祈りながらメッセージを開いた俺の目に飛び込んできたのは、――
『このひとのこと、なんとかしてくれます?』
――幼馴染みの写真だった。
「お邪魔しまーす」
「あ、来てくれたんですねー。いやー、ほんと困りましたよ。飲み会から帰ってきたら、部屋がひどいありさまで」
部屋はきちんと片付いてる。添くんが言いたいのは、目の前で転がってるふたりを指してるんだろう。
「んん~? しゅにんも、しゃけのむのかぁ〜?」
うわ、さ行の発音が怪しい。ゆらりと体を起こした練牙くんは、勢い余って反対側にひっくり返った。ぐにゃんぐにゃんの軟体動物みたい。
「んぇ? 主任ちゃん? ……あー! 主任ちゃんだぁ」
練牙くんが倒れ込んだときの衝撃音で、テーブルにつっぷしてた可不可が顔を上げた。……うわ、頬が真っ赤っか。
「ちょっと、可不可、そんなに飲んだの?」
「ぜーんぜん。これくらいだよ〜」
五ミリくらいの幅を指でつくってみせてくれたけど、絶対そんなはずないと思う。飲酒量、三十パーセントオフで申告してない? セールじゃないんだから割引されても喜ばないよ。
「とりあえず水……」
テーブルの上にはない。冷蔵庫からもらおう。部屋にある小型冷蔵庫のほうを振り返る。
「主任、社長のことお持ち帰りしてくれません?」
「え?」
部屋に来たときから自然と俺は可不可、添くんが練牙くんの面倒を見るんだろうなとは思ってたけど、お持ち帰りってなに?
「ここでふたりしてこの酔っぱらいふたりの面倒見る図、地獄でしょ。こっちは友だちのよしみで練牙さん引き取るんで、主任は幼馴染みのよしみで社長ってことで。酔っぱらい同士はとりあえず引き離したほうがいいと思うんですよねー」
さっきまで一緒に飲んでた相手がそのままいると、またグラスに手を伸ばしそうじゃないですか。――添くんの言うことも一理ある。一理あるけど、お持ち帰りって響きが、なんか……。
「んー……ふふ、主任ちゃんにお持ち帰りされちゃうんだ〜?」
軟体動物と化した可不可がしがみついてきた。いつもより高めの体温とか、アルコールに上書きされつつある可不可の香り。なんかこれ、心臓によくない!
「えっ……と、水! 水飲もう、可不可!」
飲んでないのに俺まで暑い。背中に汗が滲んだのを自覚しつつ、可不可の体をべりっと剥がす。
俺が可不可に絡まれてるあいだに、添くんがミネラルウォーターの入ったペットボトルをテーブルの上に置いてくれてたらしい。練牙くんもおとなしく水を飲んでるし、わざわざ酔っぱらい同士を引き離さなくてもいい気がしてきたんだけど。
「ほら、可不可、自分で持てる?」
キャップを開けて可不可の口許に近付ける。
たいして酔ってないときは申し訳なさそうに受け取って飲むのに、今夜はなかなか受け取ってくれない。
「……持てない」
「えぇ……」
ここまで酔うの珍しいな。俺は大仕事のあととか、もうやってられないってときにお酒とおつまみを買い込んでひとりでぱーっとやっちゃうんだけど、可不可にも、そんなに飲みたくなることがあったのかな。ここ最近の可不可の様子を思い出してみても、派手に飲みたくなるような心当たりがなくて、ちょっともやっとする。
「社長、ごねてますね。ここでうるさくされると練牙さんがまた騒がしくなっちゃうんで、ほんと、引き取ってもらえると助かるんですけど」
添くんが笑ってない。ここは穏便にいったほうがいいって、俺の本能が警鐘を鳴らしてる。
「……わかった。ほら、可不可。俺の部屋に行こう?」
顔を覗き込んで話しかけると、可不可の頬がさらに赤く染まる。そうだよね、人前で、子どもに話しかけるみたいな話し方されて、恥ずかしいよね。
「だ、抱っこ……」
「えぇ……」
ちょっと、いや、結構、面倒くさい酔い方だ。でも、これ以上ここにいて、添くんの顔からどんどん温度がなくなるのは見たくない。のちのち、このことを引き合いに出して面倒なことに巻き込まれそうな気がするから。
「わっ、え……?」
「ほら、しっかり掴まって」
真正面から可不可を抱き上げ、しがみつくよう促す。食事量はちょっとずつ増えてるはずなのに、相変わらず、軽い。でも、退院してすぐの頃に比べて筋肉が増えたのは知ってる。
「よろしくお願いしまーす。……社長も、おやすみなさい」
部屋のドアを開けてくれた添くんにお礼を言って、足許が見えないなか、揺れで可不可が酔いを回さないよう、ゆっくりと自分の部屋に向かう。こんなところを誰かに見られたら恥ずかしいの、可不可だと思うよ。俺もまぁまぁ恥ずかしいけど、俺は「可不可が酔っちゃったからです」っていう正当な理由があるから、恥ずかしさはなんとかカバーできる。
「もう……休みの前の日だからって、そんなになるまで飲んじゃだめだよ」
「……ごめん」
しがみついてる可不可の腕に、力がこもった。そんなふうにしおらしく謝られると、許したくなっちゃう。俺もたいがい、可不可に甘い。
いくら軽いとはいえ、可不可を抱っこしたままドアを開けるのはかなり苦労した。でも、一旦下ろしていいか訊いたらしがみついてきて、意地でも離れませんって感じだったから、半分、脚で開けました。
「せめて水は飲んでよ」
可不可をベッドに座らせて、あ、せっかく出してもらった水を寅部屋に忘れてきたなって思い出す。わざわざ取りに戻るのも手間だし、仕方なく、自分の部屋にある冷蔵庫から、運よく未開封のまま残ってたペットボトルを差し出した。
「ありがとう……」
今度は自分で飲んでくれるみたい。ほっと胸を撫で下ろす。ここまで運んでるあいだに少し落ち着いたのかな。それなら、あとで部屋に帰らせたほうがいいよね。自分のベッドが一番寝やすいし、なにより、ここにベッドはひとつしかない。ベッドはひとり用、いくら俺たちが付き合ってるとはいえ、まだそういうことはしてない。……もしものときは、俺が椅子で寝て、可不可をベッドに寝かせよう。
「結構飲んだ? 気分悪いとかない?」
「……ない」
なんだろう。なにかが引っ掛かった。
「楽しく飲むのはいいけど、ほどほどに。あとで部屋に戻ったら、添くんにも謝るんだよ」
飲んでる最中のことは知らないけど、練牙くんにまで迷惑をかけてないといいな。可不可、お酒が入ると甘えっこになるから、練牙くんにまで抱っこをせがんでたらどうしよう。普通にいやだな。
「戻らない……」
「えぇ……」
椅子で寝る。ただでさえばきばきになってる肩や背中の悪化――翌朝の自分の体を思うと、ちょっと溜息が出そうになった。でも、好きなひととくっついて眠るなんて恥ずかしいこと、できるわけない。
「戻らないからね」
引っ掛かりの正体に思い至って、恐る恐る、口を開く。
「……もしかして、あんまり酔ってない?」
「よ、酔ってる」
「それ、酔ってないひとの言葉だよ」
大変だ。俺は可不可が酔い潰れたと思って、可不可に言われるがまま、抱っこして、部屋まで連れてきたのに、これじゃあ素面の恋人を連れ込んだのと変わらないんじゃない? いや、酔ってても連れ込んだことには変わらないんだけど。
「もしかして……」
添くんも、可不可がたいして酔ってないことをわかってて、わざと、俺が可不可を部屋に連れて行くよう仕向けた? そんな気がしてきた。やたらと可不可を押し付けてきたし。
「……添くんになにか言った?」
さすがにバツが悪くなったのか、可不可が視線を逸らして、珍しく小声で話す。
「好きな子とふたりきりになる方法を、後学のために……」
それだ。そういう経験が多い添くんらしいアドバイスだと思う。テンプレ過ぎるよ。頭を抱えそうになって、重大なことに気付く。
「待って、添くんって俺たちのこと知ってるってこと?」
「言ってない! 言ってないからね? ただ、添はそういうの鋭いから、気付いててもおかしくないかなとは思ったよ」
どうしよう。だめなことしてるってわけじゃないけど、付き合ってますってわざわざ言うの照れくさいからみんなには内緒にしてたのに、明日からどんな顔すればいい?
「いつまでも内緒ってわけにはいかないんだから」
ついさっきまでしおらしかった可不可が、だんだんいつもの調子を取り戻してきた。やっぱり、しおらしい可不可なんてレア過ぎたんだ。
「それはそうだけど、なにごとも心の準備ってものがあるでしょ」
「心の準備、ねぇ」
はっとして顔を上げる。違う、そういう意味は含んでない。でも、付き合ってるふたりが密室でふたりきりになってて、今の話の流れで〝心の準備〟なんてワードを使うの、そっちの意味でも受け取ってくださいって言ってるようなものだ。
「か、可不可」
ベッドから降りた可不可が、じりじりと俺に近付いてくる。
「ほかのことも、心の準備はまだ先かな?」
近い近い! ただでさえきれいな顔なのに、至近距離なんて、キャパオーバーだよ。
「ほ、ほかのこと」
格好よ過ぎて目を開けてられない。とらわれたら最後、もっとだめになる気がする。
「楓ちゃんが僕の気持ちに応えてくれてから四ヵ月、初めてのキスをしてから三ヵ月半……」
〝……まだ、だめ?〟――耳許で囁かれて、腰が抜けそうになった。なんとか踏ん張ろうと、生唾を飲み込んで、体に力を入れる。
「僕をお持ち帰りしても、楓ちゃんは、そういうこと、したくない?」
「し、したくないわけじゃ」
正直、そろそろかなとは思ってたよ。でも、恥ずかしくて言い出せないし、今まで恋愛のれの字も経験してこなかったせいでそれっぽいムードにする方法も知らないし、可不可が踏み込んできてくれたら俺も勇気を出せるかなとは思ってた。
「もちろん、いやがることはしないよ。ただ、ひと晩中、口説かせてくれるだけでいいから」
ただでさえ毎日のように好き好き言われてるのに、これ以上口説かれるの? ひと晩中?
「心臓、もたないよ……」
完全に腰が抜けた。へなへなと床にくずおれた俺を見て、可不可が「あはは」と笑う。笑いごとじゃないよ。
「ごめん、強引にいき過ぎたね。……本当に、楓ちゃんがいやがることはしないよ。でも、せっかくだから、くっついて眠るだけでも、だめ?」
可不可のうしろに、自分がいつも眠ってるベッドがある。ここに、可不可と俺が? それはそれで、ちょっと興味がある。
「だ、だめじゃない……」