シュガーミルク、スパイス
滑り込みで紅葉デートにこぎつけたものの、木々が朱と黄金に染まる期間には間に合わなくて、ふたりで見たのは、秋が今まさに追い出されようとしてる景色だった。
今朝は風が強かったからか、普段なら端に寄せられてるであろう落葉が地面を覆っていて、歩くたびに秋の終わりの音が鳴る。それはそれで楽しいから、子どもっぽいと思われない程度に足踏みして、かさかさと音を立てた。
手を繋いだまま音を楽しんで動き回る。まるで、ダンスしてるみたいじゃない? 楓ちゃんは「この手、なんだか慣れないね」なんて言いながらも、一緒に楽しんでくれた。絡めた指はそのままにさせてもらったよ。だって、僕はもう〝年下の幼馴染み〟ってだけじゃないんだから。ちなみに、僕は慣れないなんて思ってない。ずっと、こうしたかった。
子どもっぽく思われないぎりぎりのラインでひとしきりはしゃいだあとは、喉も渇いたしどこかでお茶でもと、お店が多そうなエリアに向かって歩く。もちろん、手は繋いだまま。
この時間なら、どこもそんなには混んでなさそう。でも、夕と夜のあわいになると混み始めるから、その前に決めたい。
時折、立ち止まって、スマホの地図アプリで次の角を曲がったらどんなお店があるかを確かめる。一緒に画面を覗き込んでくれる顔の近さに相変わらずどきどきしたけど、なんとか平静を装った。
このあたりはディナーの準備で一時的に閉めてるお店が意外と多いみたい。公園に長居し過ぎたなと、心のなかで反省した。もう三十分早ければ、すぐそこのカフェで、楓ちゃんの好きそうな、河童のイラストが描かれた薄もなかを食べられたのに。
いつもの僕なら前もってお店の下調べをするんだけど、今日は、わざと調べなかった。その理由を楓ちゃんに察してほしいような、ほしくないような――
「可不可、寒い?」
「ううん」
「そう? 指先が冷えてきたみたいだから」
――はっきりしない願望を楓ちゃんと絡めた指を遊ばせて誤魔化してたら、寒さからくる行為だと思われた。確かに、楓ちゃんに比べたら指先はひんやりしてるほうだけど、寒さを感じるほどじゃないよ。
「そんなに寒くはないけど、手はこうしてていい?」
繋いだままの手を、コートのポケットに入れる。楓ちゃんの頬がふわっと赤く染まった。僕のほうが少し背が低いせいで、バランスはよくない。ちょっと歩きにくくさせちゃうかな。でも、これ、恋人になれたらやってみたかったことのひとつなんだよね。
「だめ?」
僕が返事を促すと、首の動きだけで答えが返ってきた。だめじゃないらしい。普段ははきはきした声で答えてくれるのにね。照れ屋なところがかわいいから、つい、からかいたくなっちゃう。
しばらくうろうろして、結局、駅の近くにある喫茶店に入った。駅にはまだ近付きたくなかったんだけど、楓ちゃんが喜びそうなメニューのあるお店でぴんとくるところがどこも開いてなかったんだから、しょうがないよね。
こぢんまりとしたレトい店内は、平成どころか昭和って感じ。これはこれでいいなと思う。目の前の楓ちゃんがそわそわと嬉しそうにしてるから。
「昔の喫茶店は椅子が結構ぴったりしたサイズっていうの、本当なんだね」
楓ちゃんが小声で言う。体格のいいダニエルにはきつそうだな。このお店の雰囲気にぴったりなひとといえば潜や夜鷹が浮かぶけど、彼らの長い脚はこの窮屈さに耐えられないかもしれない。
僕は紅茶を、楓ちゃんはクリームソーダを注文した。レトい喫茶店なら頼むのはこれだって、即決。凍えるほどではないとはいえ、外の風は冷たくなってきたんだし、冷えてお腹を壊さないでよね。
「いただきます。……やっぱりクリームソーダにはこれだよねー」
シロップでおもちゃみたいな赤に染まったさくらんぼをぱくっと食べて、たったひとくちでご満悦の様子。
そのあともバニラアイスを口に含んでは冷たくておいしいだの、五臓六腑に染み渡るだの言ってた。感情表現が素直で、表情も豊かで、ずっと見ていたくなる。僕が楓ちゃんをかわいいと思うの、こういうところだよ。でも、仕事を頑張ってくれてるところはすごく格好いい。
「……なんか、また惚れ直しちゃったなー」
「んっ!?」
楓ちゃんがいきなりむせた。炭酸でむせるって、普通にきつい。なにか言おうとしては咳き込む負の連鎖に陥りかけてたから、とりあえず水を飲むよう促す。
この場で一気飲み大会が開催されたら優勝するかもってくらいの勢いで水を飲み干した楓ちゃんは、グラスを勢いよく置いた。
「はー……びっくりした」
「びっくりしたのはこっち。なにをそんなに慌ててるの」
「だって可不可が」
そこまで言って、口ごもる。言葉の続きが聞けない代わりに、目の前の顔は、頬がじわじわと赤くなってきた。
「……もしかして、照れてる?」
あーあ、俯いちゃった。でも、正解ってことだ。本当、楓ちゃんって表情に出やすいんだから。
「な、なんかやっぱり」
「慣れない?」
視線を彷徨わせてからの頷きは、僕に遠慮してのことかな。慣れないって返事して落ち込ませたらどうしよう……なんて、思ってるのかもしれない。
「慣れなくていいよ。っていうか、慣れないで、僕にずーっとどきどきしてなよ」
おかしいよね、ちょっと前までは僕が好意的な態度を見せても平然としてたのに。
テーブルの上でかたく握られたままの楓ちゃんの手に触れる。手の甲を指でなぞって、くすぐったさで力がゆるんだ隙に全体を覆うように重ねた。楓ちゃんが手の力を更に抜いてくれたから、指先だけを軽く絡める。
「……外なのに」
「恋人の手に軽く触れただけだよ」
「恋人……」
ちらほらいる他のお客さんが座ってる席からは、僕たちのこの手は見えない。店主と思しきひとはお店の奥に引っ込んじゃって、必要最低限しか出てこないみたいだし、他の店員も見当たらない。
「ごめん、僕もちょっと照れくさくなっちゃった」
大好きだよって打ち明けて、僕の言葉で同じ気持ちなのを自覚した楓ちゃんが頷いてくれた日のこと、僕はこの先、何度でも鮮明に思い起こせる自信がある。思い起こすときには、今みたいな、時間の流れをゆるやかに感じられるだけの心のゆとりと、表情がくるくる変わるこの子へのときめきをひとさじのスパイスにして溶かしたような気持ちでいたい。紅茶には砂糖とミルクが定番だけど、体をあたためるスパイスティーも、僕は味わいたい。
いつまでも手を握ってちゃ、ふたりとも飲みものが飲めなくなるから、できるだけ自然な動作で、楓ちゃんの手を解放する。手が離れた瞬間、もういいの? といわんばかりの視線を感じた、ような気がした。
「アイス、まだ残ってるでしょ」
「う、うん」
わずかに残ったバニラアイスは、ソーダに混ざり始めてた。
お店を出る頃には西陽が強くなってて、夕食は寮でと決めて出てきた以上、そろそろ頭を帰るモードにしなきゃなぁと、心のなかで溜息をついた。仕事といい、デートといい、やりがいのあることや楽しいことって、どうしてこんなに時間の流れが速く感じるんだろう。
やっぱり、駅から離れたお店にすればよかったかな。そうしたら、駅までの道のりのぶんだけ、デートの時間も長くできるのに。
「そろそろ帰ろうか」
楓ちゃんの手を引いて駅のほうに視線を向けた瞬間、絡めた指に力が込められた。
「なぁに?」
「えっと……、可不可、疲れてない?」
「……キミとデートしてて疲れるわけないよ。むしろ元気をもらったくらい。どうしたの」
思いのほか歩きまわったけど、心地よい疲労感を充足感が完全に覆ってしまってるのか、まだまだ歩けそうだとすら思ってる。
「じゃあ、……ひと駅だけ、歩かない?」
楓ちゃんは活発なほうだし、目的地までの移動中も楽しむタイプだけど「健康のためにひと駅歩こう」とまでは言わない子だ。目の前に駅があれば、なんの迷いもなく電車に乗る。
意外だなと思ったのが顔に出てたのか、――
「もうちょっと、可不可とふたりでいたいなーって、思って……」
――楓ちゃんは高架沿いの道に向かって歩き出しながら、そう言った。なにそれ、かわい過ぎるんですけど。っていうか、そんなとっておきの殺し文句、顔を背けずに僕の顔見て言いなよ。
悔しくて、指先は絡めたまま、楓ちゃんの左半身に軽く体当たりするみたいに体を寄せた。
「そうやって、すーぐ僕をどきどきさせるんだから」
「別にそんなつもりないんだけど……。でも、もうちょっと時間延ばしたいのは本当だよ。さっきだって、残りのアイスが混ざりきっちゃってもいいのにって、こっそり思ってた」
ソーダに溶け込んだ部分もおいしいんだから! って言って、楓ちゃんがそっぽを向く。でも、繋いだ手の温度で、自分がちょっと大胆なこと言ったかもって照れてるの、しっかり伝わってきたよ。
今朝は風が強かったからか、普段なら端に寄せられてるであろう落葉が地面を覆っていて、歩くたびに秋の終わりの音が鳴る。それはそれで楽しいから、子どもっぽいと思われない程度に足踏みして、かさかさと音を立てた。
手を繋いだまま音を楽しんで動き回る。まるで、ダンスしてるみたいじゃない? 楓ちゃんは「この手、なんだか慣れないね」なんて言いながらも、一緒に楽しんでくれた。絡めた指はそのままにさせてもらったよ。だって、僕はもう〝年下の幼馴染み〟ってだけじゃないんだから。ちなみに、僕は慣れないなんて思ってない。ずっと、こうしたかった。
子どもっぽく思われないぎりぎりのラインでひとしきりはしゃいだあとは、喉も渇いたしどこかでお茶でもと、お店が多そうなエリアに向かって歩く。もちろん、手は繋いだまま。
この時間なら、どこもそんなには混んでなさそう。でも、夕と夜のあわいになると混み始めるから、その前に決めたい。
時折、立ち止まって、スマホの地図アプリで次の角を曲がったらどんなお店があるかを確かめる。一緒に画面を覗き込んでくれる顔の近さに相変わらずどきどきしたけど、なんとか平静を装った。
このあたりはディナーの準備で一時的に閉めてるお店が意外と多いみたい。公園に長居し過ぎたなと、心のなかで反省した。もう三十分早ければ、すぐそこのカフェで、楓ちゃんの好きそうな、河童のイラストが描かれた薄もなかを食べられたのに。
いつもの僕なら前もってお店の下調べをするんだけど、今日は、わざと調べなかった。その理由を楓ちゃんに察してほしいような、ほしくないような――
「可不可、寒い?」
「ううん」
「そう? 指先が冷えてきたみたいだから」
――はっきりしない願望を楓ちゃんと絡めた指を遊ばせて誤魔化してたら、寒さからくる行為だと思われた。確かに、楓ちゃんに比べたら指先はひんやりしてるほうだけど、寒さを感じるほどじゃないよ。
「そんなに寒くはないけど、手はこうしてていい?」
繋いだままの手を、コートのポケットに入れる。楓ちゃんの頬がふわっと赤く染まった。僕のほうが少し背が低いせいで、バランスはよくない。ちょっと歩きにくくさせちゃうかな。でも、これ、恋人になれたらやってみたかったことのひとつなんだよね。
「だめ?」
僕が返事を促すと、首の動きだけで答えが返ってきた。だめじゃないらしい。普段ははきはきした声で答えてくれるのにね。照れ屋なところがかわいいから、つい、からかいたくなっちゃう。
しばらくうろうろして、結局、駅の近くにある喫茶店に入った。駅にはまだ近付きたくなかったんだけど、楓ちゃんが喜びそうなメニューのあるお店でぴんとくるところがどこも開いてなかったんだから、しょうがないよね。
こぢんまりとしたレトい店内は、平成どころか昭和って感じ。これはこれでいいなと思う。目の前の楓ちゃんがそわそわと嬉しそうにしてるから。
「昔の喫茶店は椅子が結構ぴったりしたサイズっていうの、本当なんだね」
楓ちゃんが小声で言う。体格のいいダニエルにはきつそうだな。このお店の雰囲気にぴったりなひとといえば潜や夜鷹が浮かぶけど、彼らの長い脚はこの窮屈さに耐えられないかもしれない。
僕は紅茶を、楓ちゃんはクリームソーダを注文した。レトい喫茶店なら頼むのはこれだって、即決。凍えるほどではないとはいえ、外の風は冷たくなってきたんだし、冷えてお腹を壊さないでよね。
「いただきます。……やっぱりクリームソーダにはこれだよねー」
シロップでおもちゃみたいな赤に染まったさくらんぼをぱくっと食べて、たったひとくちでご満悦の様子。
そのあともバニラアイスを口に含んでは冷たくておいしいだの、五臓六腑に染み渡るだの言ってた。感情表現が素直で、表情も豊かで、ずっと見ていたくなる。僕が楓ちゃんをかわいいと思うの、こういうところだよ。でも、仕事を頑張ってくれてるところはすごく格好いい。
「……なんか、また惚れ直しちゃったなー」
「んっ!?」
楓ちゃんがいきなりむせた。炭酸でむせるって、普通にきつい。なにか言おうとしては咳き込む負の連鎖に陥りかけてたから、とりあえず水を飲むよう促す。
この場で一気飲み大会が開催されたら優勝するかもってくらいの勢いで水を飲み干した楓ちゃんは、グラスを勢いよく置いた。
「はー……びっくりした」
「びっくりしたのはこっち。なにをそんなに慌ててるの」
「だって可不可が」
そこまで言って、口ごもる。言葉の続きが聞けない代わりに、目の前の顔は、頬がじわじわと赤くなってきた。
「……もしかして、照れてる?」
あーあ、俯いちゃった。でも、正解ってことだ。本当、楓ちゃんって表情に出やすいんだから。
「な、なんかやっぱり」
「慣れない?」
視線を彷徨わせてからの頷きは、僕に遠慮してのことかな。慣れないって返事して落ち込ませたらどうしよう……なんて、思ってるのかもしれない。
「慣れなくていいよ。っていうか、慣れないで、僕にずーっとどきどきしてなよ」
おかしいよね、ちょっと前までは僕が好意的な態度を見せても平然としてたのに。
テーブルの上でかたく握られたままの楓ちゃんの手に触れる。手の甲を指でなぞって、くすぐったさで力がゆるんだ隙に全体を覆うように重ねた。楓ちゃんが手の力を更に抜いてくれたから、指先だけを軽く絡める。
「……外なのに」
「恋人の手に軽く触れただけだよ」
「恋人……」
ちらほらいる他のお客さんが座ってる席からは、僕たちのこの手は見えない。店主と思しきひとはお店の奥に引っ込んじゃって、必要最低限しか出てこないみたいだし、他の店員も見当たらない。
「ごめん、僕もちょっと照れくさくなっちゃった」
大好きだよって打ち明けて、僕の言葉で同じ気持ちなのを自覚した楓ちゃんが頷いてくれた日のこと、僕はこの先、何度でも鮮明に思い起こせる自信がある。思い起こすときには、今みたいな、時間の流れをゆるやかに感じられるだけの心のゆとりと、表情がくるくる変わるこの子へのときめきをひとさじのスパイスにして溶かしたような気持ちでいたい。紅茶には砂糖とミルクが定番だけど、体をあたためるスパイスティーも、僕は味わいたい。
いつまでも手を握ってちゃ、ふたりとも飲みものが飲めなくなるから、できるだけ自然な動作で、楓ちゃんの手を解放する。手が離れた瞬間、もういいの? といわんばかりの視線を感じた、ような気がした。
「アイス、まだ残ってるでしょ」
「う、うん」
わずかに残ったバニラアイスは、ソーダに混ざり始めてた。
お店を出る頃には西陽が強くなってて、夕食は寮でと決めて出てきた以上、そろそろ頭を帰るモードにしなきゃなぁと、心のなかで溜息をついた。仕事といい、デートといい、やりがいのあることや楽しいことって、どうしてこんなに時間の流れが速く感じるんだろう。
やっぱり、駅から離れたお店にすればよかったかな。そうしたら、駅までの道のりのぶんだけ、デートの時間も長くできるのに。
「そろそろ帰ろうか」
楓ちゃんの手を引いて駅のほうに視線を向けた瞬間、絡めた指に力が込められた。
「なぁに?」
「えっと……、可不可、疲れてない?」
「……キミとデートしてて疲れるわけないよ。むしろ元気をもらったくらい。どうしたの」
思いのほか歩きまわったけど、心地よい疲労感を充足感が完全に覆ってしまってるのか、まだまだ歩けそうだとすら思ってる。
「じゃあ、……ひと駅だけ、歩かない?」
楓ちゃんは活発なほうだし、目的地までの移動中も楽しむタイプだけど「健康のためにひと駅歩こう」とまでは言わない子だ。目の前に駅があれば、なんの迷いもなく電車に乗る。
意外だなと思ったのが顔に出てたのか、――
「もうちょっと、可不可とふたりでいたいなーって、思って……」
――楓ちゃんは高架沿いの道に向かって歩き出しながら、そう言った。なにそれ、かわい過ぎるんですけど。っていうか、そんなとっておきの殺し文句、顔を背けずに僕の顔見て言いなよ。
悔しくて、指先は絡めたまま、楓ちゃんの左半身に軽く体当たりするみたいに体を寄せた。
「そうやって、すーぐ僕をどきどきさせるんだから」
「別にそんなつもりないんだけど……。でも、もうちょっと時間延ばしたいのは本当だよ。さっきだって、残りのアイスが混ざりきっちゃってもいいのにって、こっそり思ってた」
ソーダに溶け込んだ部分もおいしいんだから! って言って、楓ちゃんがそっぽを向く。でも、繋いだ手の温度で、自分がちょっと大胆なこと言ったかもって照れてるの、しっかり伝わってきたよ。