お出かけ前夜の可不楓



 天気予報では何日も前から「——方面、日曜は朝から強い雨が降るでしょう」って言ってた。前日になってもその予報は変わってない。テレビ、ネット、スマホのお天気アプリ……どれを見たって同じ話をしてるのに、どうにか晴れマークが見つけられないかと、彼は数日前から何度も天気予報をチェックしてる。
「そうだ、とんでもなく強い風が雨雲をひと吹きで飛ばしてくれたら。一気にびゅうって」
 スマホを握り締めたまま、大きく息を吸って、ふーっと吹く。それってもしかして、風のつもり?
「……そんな強い風が吹いたら、今度は別の心配が出てきそうだけどね。竜巻でHAMAハウスが吹き飛ばされたら困るでしょ?」
 楓ちゃんは「う」と呻くと、テーブルの上にスマホを伏せた。天気予報との睨めっこ、さすがにもう諦めてくれたかな。
 対する僕は、珍しく、自分の発言から昔観た映画を思い出していた。竜巻に巻き込まれ、別の世界に家ごと吹き飛ばされた少女と犬。下敷きになって死んだ悪い魔女の靴と加護のキスを善い魔女から与えられ、元の世界に帰りたいという願いを叶えてもらうための冒険に出る。
「可不可が雨の日好きなのは知ってるし、俺も、雨には雨なりの楽しみ方があるって思ってるよ。でも」
 そこまで言うと、押し黙ってしまった。
 気持ちはわかるよ。明日のデートは電車を乗り継いで少し遠出をするつもりだった。この子が憧れてるヒーローも登場するショーがあって、興味津々って顔をしてたからお誘いしたんだ。久しぶりにふたりきりでお出かけできる機会だから、僕もすごく楽しみにしてた。今のところ、ショーについては『開催の有無は明日の朝九時におしらせ』と告知されてるけど……この天気予報じゃ、ほぼ確実に、中止になる。
 楓ちゃんが憧れるヒーローが羨ましいな。大人になってもこんなに焦がれてもらえるんだから。……なんて、嫉妬すべきじゃないって頭ではわかってるのに、天気ひとつでこんなに落ち込んでるところを見ると、ちょっぴり悔しくなっちゃう。この悔しい気持ちこそ、楓ちゃんのさっきのひと吹きで吹き飛ばしてもらえたらよかったのに。
 そこまで考えて、あ、と閃く。
「さっきみたいにふーってしてくれる?」
「え……」
 楓ちゃんに向かって手を差し出した。なにを言ってるんだって顔だ。うん、自分でもそう思うよ。
「いいから。ほら、早く」
「えぇ……意味がわからないけど、可不可がそう言うなら……?」
 首を傾げつつも、ふーっと息を吹きかけてくれた。さっきの半分くらいの威力しかなかったけど、僕にとってはじゅうぶん。ほんの一瞬だけでも、明日の天気に落ち込むこの子の気を紛らわせてあげられたはずだから。
「……うん、外の雨雲は吹き飛ばせなくても、効果はあるね」
「なんの?」
 楓ちゃんの頭の上に、ハテナマークがいくつも浮かんでる。ちゃんと答えてハテナマークを吹き飛ばしてあげてもいいけど……落ち込んでる顔より今の顔のほうがずっとかわいいから、種明かしは雨雲が本当に吹き飛んだらにしようかな。
「なんでも。ねぇ、ショーは難しいかもしれないけど、明日は予定どおりデートしようよ。遠出できなかったとしても、ちょっとそのへんをお散歩するのはどう?」
 予定してた地域は雨予報だけど、HAMAはぎりぎり曇り予報。雨雲レーダーを見ても、まぁ、小雨で済むかなって感じ。
「うーん……ショーはたぶん無理だけど、いいよ」
「言っておくけど、ふたりでだよ」
 わがままな幼馴染みって思われるかな。それでもいいよ。だって、久しぶりのデートなんだから。しゅうまいを連れていくくらいなら全然OKだけど、他のひとたちにだけは邪魔されたくない。
「あはは、わかってる。最近ばたついてて、ふたりで遊びにいけてなかったもんね」
 口ではそう言ってるけど、顔には『可不可はしょうがないなぁ』って書いてある。やっぱり、わがままって思われてるっぽい。
 あーあ、僕の言う「デート」の意味がおそろいになったらいいのにな。そうしたら、ふたりきりだよって念押ししなくても、視線だけで伝わるのに。
 明日、出かけるときに、靴のかかとを三回鳴らして願ってみようかな?