2026/07/07 Tue NOVELS 秘密にしたい 楓ちゃんの部屋のなか、ラグの上で膝を突き合わせる。部屋に呼んでから「今度クッションを買うから今日はここで許してね」って焦ってたけど、別に、買わなくていいんじゃないかな。 「僕が相手なんだから、ここじゃなくてよくない?」 まだまだ黙ってるつもりだったのに、楓ちゃんからもしかしてって訊かれて、降参するみたいに告白しちゃったのが、夕べの話。十数年ものあいだ気付かなかったのに突然どうしたのかと思ったら、僕のことを目で追う機会が増えて、なんとなくそんな感じがしたんだって。 どうして目で追う機会が増えたの? なにか思うところがあったの? ――降参しっぱなしでは終わらせたくないのと、わずかな期待を込めて反撃したら、今度は楓ちゃんが降参した。楓ちゃんにしては珍しい、ものすごく小さな声で「好きだからだよ」って言われたんだ。 初めは、手術を終えて外の世界を満喫してる様子に、感慨深くなってただけだった。いろいろなことに一緒に挑戦できる、隣で同じ景色を見れるのが嬉しくて、どきどきするようになった。高揚感で片付けるには、ちょっと違う種類のどきどき。それを、楓ちゃんなりに考えた結果がこうだったらしい。 おそろいの気持ちなことが夢みたいに嬉しくて、夕べは部屋に戻ってからもなかなか寝付けなかった。好きな子に目の下の隈なんて見せたくないから、気合いで眠ったけどね。 ……で、夕べからすっかり舞い上がってる僕は、今日の夕食後、みんなとの団欒もそこそこに、こうして楓ちゃんの部屋にお邪魔してるというわけ。 「ここじゃないならどこに座るの?」 「そりゃあ」 僕の視線はベッドの上。楓ちゃんが僕の視線を追いかけ、かぁっと顔を赤くする。 「生々しいよ! っていうか昨日の今日でそれはさすがにちょっと、いや、俺も絶対の絶対にだめってわけじゃないけどここまでの急展開に対応できるものはなにもないわけで」 「待って、楓ちゃんストップ」 どうしよう、口許がゆるみそう。楓ちゃんって、恋人になった途端そういうことも込みでぐるぐる考えちゃうタイプなんだ。対応できるものとやらがあったらOKって言ってるも同然なこと、本人は気付いてないんだろうな。まぁ、僕も期待されたら速やかに応えるのはやぶさかではないけど、さすがに……ね。世界一大切な子だから、ゆっくり時間をかけて進みたいと思ってる。 驚かせないように、そうっと、そうっと、楓ちゃんの両手を握る。元々あたたかい手だけど、今はいつもよりあたたかい、というかちょっと熱い。そんなにも意識してくれてるんだね。嬉しいな。これが、楓ちゃんのなかにある恋の温度なんだ。僕だけに教えてくれる熱さなんだ。 「性急にあれこれ進めようとは思ってないよ。僕はこういうの初めてだし……ゆっくりしてもらえると嬉しいな」 「そんなの、俺だって初めてだよ……」 ちょっと探りを入れるみたいなもの言いをしたのはわざと。入院してた頃、お見舞いに来てくれたときには学校や職場の話もたくさん聞かせてくれてたし、この子は隠しごとが苦手だから話に出てこない人間関係はないだろうと踏んでたけど、本当に僕が初めてなんだ。……あぁ、よかった。外に出られない僕を気遣って黙ってただけで実は過去に恋人がいましたなんて言われた日には、嫉妬と羨望、そして楓ちゃんと途中で関係を終わらせた相手へのいらだちで心がめちゃくちゃになってただろうから。 「なら、僕たちには僕たちのペースがあるだろうし、ひとつずつ確かめていこうよ」 繋いでるうちに、僕の手もさっきより熱くなった。手を繋ぐことでおそろいの温度になるのは、気持ちがおそろいな証拠だと思っていい? 「……あの、可不可」 「うん?」 「これ、恥ずかしい……」 楓ちゃんの手が僕から逃げようとしてる。子どもの頃から数えきれないくらい繋いでるのに、今更になって恥ずかしがるなんて、理由はひとつしかない。 「そんなに、好きになってくれてたんだ?」 あ、声が浮かれた。両想いは確かに嬉しいけど、浮かれてるところは見せたくない。照れ屋で初心な楓ちゃんを引っ張っていける男だってところを見せたいのに、これじゃあ、格好つかないよ。 「ど、どきどきはしてた、けど、好きだって言葉にしたら、言う前より、すごくて。実感がわいたみたいな……」 「……」 浮かれずにはいられない。浮かれ具合が声に出ても仕方ないよね。事実、夕べから僕はずっと舞い上がってるわけだし。 「なにか言ってよ」 「いや、僕も実感がわいてきて……」 顔が熱い。繋いだままの手を経由して、楓ちゃんの照れが移ったのかも。そうじゃなきゃ、ずっとこの子への恋を募らせてきた僕が今更ここまで照れくさくなるなんてあり得ない。もしかすると、恋人としてこれからずっと一緒にいると、もっといろいろなものが移って、おそろいが増えていくのかもしれない。一緒にいる時間が長いと似てくるともいうしね。 「も、もう手を繋ぐのはおしまい」 楓ちゃんの手がするっと逃げていった。正確には、逃げられるようにしてあげた。指先を絡めるだけで盛大に照れる時期を、明日以降も長く味わいたいと思ったから。 ただ、懸念事項はある。 「……そんなに照れてて大丈夫?」 なにが? ――楓ちゃんが目を瞬かせた。次いで、なにかに気付いたかのように、はっと表情をこわばらせる。 「違う違う、別に今すぐ取って食おうってわけじゃないよ。言ったでしょ、ゆっくりしたいって」 手が離れたから、他のスキンシップを求めてると思ったみたい。そんなに警戒しなくてもと思う反面、意識されてる証拠がどんどん見つかって嬉しい気持ちもある。 「僕が言いたいのは、みんなの前でも、僕がそばにいたらそうなっちゃうんじゃないかってこと」 仕事も生活拠点も一緒だ。しかも、僕たちを含めて二十五人と一匹の大所帯。そんな大勢の前で、この子はしょっちゅうこんな顔をするようになるんだろうか。今日は普通の顔で過ごしてたけど、明日からもそうしていられる? 手を繋いだだけでこうなるのに? 「みんなには……秘密にしない?」 なんとなく、そう返ってくるだろうなと思ってた。でも、僕は譲りたくない。 「別にやましい関係じゃないんだし、照れくさくても堂々としてればいいと思うんだけど」 「や、やだよ」 「それこそいやだよ」 本当なら、全世界に向けて大声で言いたいくらいなんだよ。この子が僕の大事な子で、ずっと、ずーっと僕だけが一方的に恋してる日々だったけど、今はおそろいの気持ちでいてくれてるんだよって。いつか、この子と世界中を旅してまわりたいと思ってるんだって、言いたい。 「変に気を遣わせたくないし、たとえば可不可と出かけるだけで今頃デートしてるのかなーとか思われるんだよ?」 「僕と出かけるのはデートだからなにも間違ってないよ」 「そっ……それはそう、だけど!」 ずっと顔が赤い。かわいい。まだもうちょっと照れててほしくて、ちょっといじわるな言い方しちゃう。僕のよくないところだ。 「いいよ。楓ちゃんに合わせる」 こういうのは惚れたほうが負けっていうからね。それに、ふたりで秘密の時間を過ごすっていうのも、どきどきしていいかも。 僕が引き下がったからか、楓ちゃんはほっと胸を撫で下ろし、へなへなとベッドにもたれかかった。もしHPが可視化される環境だったなら、今の楓ちゃんは一桁だろう。 「……本当はね」 のっそりと起き上がった楓ちゃんが、吐息をこぼすように話し始めた。 「なにがなんでも内緒にしたいってわけじゃないよ。俺だって、可不可はすっごく素敵なひとなんだよって打ち明けたい。でも」 「楓ちゃん……」 突然抱き締められて、体がかっと熱くなる。酔いに任せて自分から抱っこをねだったのとは違う。正真正銘、恋人としてのハグだ。 「可不可に好きって思われてること、まだもうちょっとだけ、俺だけの秘密にしておきたい……」 うーん……僕が楓ちゃんを好きなことを知ってるひと、結構いるんだけどな。隠してこなかったから。隠す必要ないし。 って言うとそれはそれで大騒ぎしちゃうだろうから、一旦置いておこう。それに、とんでもなく嬉しい言葉が飛び出してきたわけだし、僕にとってはそっちが優先。 「秘密にしておきたいんだ?」 「……なんかもったいなくて」 「もったいぶるものじゃないけどね」 僕からもようやく抱き締め返す。僕の、楓ちゃんに対する愛は尽きることがない。宝箱を開けて空気に晒しても輝きを失うことはないし、派手にひっくり返したからって傷つくことはない。 「ちょっとだけひとりじめしたら、……今度は自慢したくなるのかも」 「反動で?」 抱き締め合ってるから顔は見えないけど、首の動きで、楓ちゃんが頷いたのがわかった。自慢する楓ちゃんを想像して、こっそり笑う。 「今、笑ったでしょ」 「ばれた?」 「……わかるよ、可不可のことなら」 つい夕べ、気持ちを確かめるまで知らなかったのに? ——また笑っちゃって、また、楓ちゃんにちょっと叱られた。 でも、今はそれすら嬉しくて、抱き締める腕に力を込めて反撃した。
秘密にしたい
楓ちゃんの部屋のなか、ラグの上で膝を突き合わせる。部屋に呼んでから「今度クッションを買うから今日はここで許してね」って焦ってたけど、別に、買わなくていいんじゃないかな。
「僕が相手なんだから、ここじゃなくてよくない?」
まだまだ黙ってるつもりだったのに、楓ちゃんからもしかしてって訊かれて、降参するみたいに告白しちゃったのが、夕べの話。十数年ものあいだ気付かなかったのに突然どうしたのかと思ったら、僕のことを目で追う機会が増えて、なんとなくそんな感じがしたんだって。
どうして目で追う機会が増えたの? なにか思うところがあったの? ――降参しっぱなしでは終わらせたくないのと、わずかな期待を込めて反撃したら、今度は楓ちゃんが降参した。楓ちゃんにしては珍しい、ものすごく小さな声で「好きだからだよ」って言われたんだ。
初めは、手術を終えて外の世界を満喫してる様子に、感慨深くなってただけだった。いろいろなことに一緒に挑戦できる、隣で同じ景色を見れるのが嬉しくて、どきどきするようになった。高揚感で片付けるには、ちょっと違う種類のどきどき。それを、楓ちゃんなりに考えた結果がこうだったらしい。
おそろいの気持ちなことが夢みたいに嬉しくて、夕べは部屋に戻ってからもなかなか寝付けなかった。好きな子に目の下の隈なんて見せたくないから、気合いで眠ったけどね。
……で、夕べからすっかり舞い上がってる僕は、今日の夕食後、みんなとの団欒もそこそこに、こうして楓ちゃんの部屋にお邪魔してるというわけ。
「ここじゃないならどこに座るの?」
「そりゃあ」
僕の視線はベッドの上。楓ちゃんが僕の視線を追いかけ、かぁっと顔を赤くする。
「生々しいよ! っていうか昨日の今日でそれはさすがにちょっと、いや、俺も絶対の絶対にだめってわけじゃないけどここまでの急展開に対応できるものはなにもないわけで」
「待って、楓ちゃんストップ」
どうしよう、口許がゆるみそう。楓ちゃんって、恋人になった途端そういうことも込みでぐるぐる考えちゃうタイプなんだ。対応できるものとやらがあったらOKって言ってるも同然なこと、本人は気付いてないんだろうな。まぁ、僕も期待されたら速やかに応えるのはやぶさかではないけど、さすがに……ね。世界一大切な子だから、ゆっくり時間をかけて進みたいと思ってる。
驚かせないように、そうっと、そうっと、楓ちゃんの両手を握る。元々あたたかい手だけど、今はいつもよりあたたかい、というかちょっと熱い。そんなにも意識してくれてるんだね。嬉しいな。これが、楓ちゃんのなかにある恋の温度なんだ。僕だけに教えてくれる熱さなんだ。
「性急にあれこれ進めようとは思ってないよ。僕はこういうの初めてだし……ゆっくりしてもらえると嬉しいな」
「そんなの、俺だって初めてだよ……」
ちょっと探りを入れるみたいなもの言いをしたのはわざと。入院してた頃、お見舞いに来てくれたときには学校や職場の話もたくさん聞かせてくれてたし、この子は隠しごとが苦手だから話に出てこない人間関係はないだろうと踏んでたけど、本当に僕が初めてなんだ。……あぁ、よかった。外に出られない僕を気遣って黙ってただけで実は過去に恋人がいましたなんて言われた日には、嫉妬と羨望、そして楓ちゃんと途中で関係を終わらせた相手へのいらだちで心がめちゃくちゃになってただろうから。
「なら、僕たちには僕たちのペースがあるだろうし、ひとつずつ確かめていこうよ」
繋いでるうちに、僕の手もさっきより熱くなった。手を繋ぐことでおそろいの温度になるのは、気持ちがおそろいな証拠だと思っていい?
「……あの、可不可」
「うん?」
「これ、恥ずかしい……」
楓ちゃんの手が僕から逃げようとしてる。子どもの頃から数えきれないくらい繋いでるのに、今更になって恥ずかしがるなんて、理由はひとつしかない。
「そんなに、好きになってくれてたんだ?」
あ、声が浮かれた。両想いは確かに嬉しいけど、浮かれてるところは見せたくない。照れ屋で初心な楓ちゃんを引っ張っていける男だってところを見せたいのに、これじゃあ、格好つかないよ。
「ど、どきどきはしてた、けど、好きだって言葉にしたら、言う前より、すごくて。実感がわいたみたいな……」
「……」
浮かれずにはいられない。浮かれ具合が声に出ても仕方ないよね。事実、夕べから僕はずっと舞い上がってるわけだし。
「なにか言ってよ」
「いや、僕も実感がわいてきて……」
顔が熱い。繋いだままの手を経由して、楓ちゃんの照れが移ったのかも。そうじゃなきゃ、ずっとこの子への恋を募らせてきた僕が今更ここまで照れくさくなるなんてあり得ない。もしかすると、恋人としてこれからずっと一緒にいると、もっといろいろなものが移って、おそろいが増えていくのかもしれない。一緒にいる時間が長いと似てくるともいうしね。
「も、もう手を繋ぐのはおしまい」
楓ちゃんの手がするっと逃げていった。正確には、逃げられるようにしてあげた。指先を絡めるだけで盛大に照れる時期を、明日以降も長く味わいたいと思ったから。
ただ、懸念事項はある。
「……そんなに照れてて大丈夫?」
なにが? ――楓ちゃんが目を瞬かせた。次いで、なにかに気付いたかのように、はっと表情をこわばらせる。
「違う違う、別に今すぐ取って食おうってわけじゃないよ。言ったでしょ、ゆっくりしたいって」
手が離れたから、他のスキンシップを求めてると思ったみたい。そんなに警戒しなくてもと思う反面、意識されてる証拠がどんどん見つかって嬉しい気持ちもある。
「僕が言いたいのは、みんなの前でも、僕がそばにいたらそうなっちゃうんじゃないかってこと」
仕事も生活拠点も一緒だ。しかも、僕たちを含めて二十五人と一匹の大所帯。そんな大勢の前で、この子はしょっちゅうこんな顔をするようになるんだろうか。今日は普通の顔で過ごしてたけど、明日からもそうしていられる? 手を繋いだだけでこうなるのに?
「みんなには……秘密にしない?」
なんとなく、そう返ってくるだろうなと思ってた。でも、僕は譲りたくない。
「別にやましい関係じゃないんだし、照れくさくても堂々としてればいいと思うんだけど」
「や、やだよ」
「それこそいやだよ」
本当なら、全世界に向けて大声で言いたいくらいなんだよ。この子が僕の大事な子で、ずっと、ずーっと僕だけが一方的に恋してる日々だったけど、今はおそろいの気持ちでいてくれてるんだよって。いつか、この子と世界中を旅してまわりたいと思ってるんだって、言いたい。
「変に気を遣わせたくないし、たとえば可不可と出かけるだけで今頃デートしてるのかなーとか思われるんだよ?」
「僕と出かけるのはデートだからなにも間違ってないよ」
「そっ……それはそう、だけど!」
ずっと顔が赤い。かわいい。まだもうちょっと照れててほしくて、ちょっといじわるな言い方しちゃう。僕のよくないところだ。
「いいよ。楓ちゃんに合わせる」
こういうのは惚れたほうが負けっていうからね。それに、ふたりで秘密の時間を過ごすっていうのも、どきどきしていいかも。
僕が引き下がったからか、楓ちゃんはほっと胸を撫で下ろし、へなへなとベッドにもたれかかった。もしHPが可視化される環境だったなら、今の楓ちゃんは一桁だろう。
「……本当はね」
のっそりと起き上がった楓ちゃんが、吐息をこぼすように話し始めた。
「なにがなんでも内緒にしたいってわけじゃないよ。俺だって、可不可はすっごく素敵なひとなんだよって打ち明けたい。でも」
「楓ちゃん……」
突然抱き締められて、体がかっと熱くなる。酔いに任せて自分から抱っこをねだったのとは違う。正真正銘、恋人としてのハグだ。
「可不可に好きって思われてること、まだもうちょっとだけ、俺だけの秘密にしておきたい……」
うーん……僕が楓ちゃんを好きなことを知ってるひと、結構いるんだけどな。隠してこなかったから。隠す必要ないし。
って言うとそれはそれで大騒ぎしちゃうだろうから、一旦置いておこう。それに、とんでもなく嬉しい言葉が飛び出してきたわけだし、僕にとってはそっちが優先。
「秘密にしておきたいんだ?」
「……なんかもったいなくて」
「もったいぶるものじゃないけどね」
僕からもようやく抱き締め返す。僕の、楓ちゃんに対する愛は尽きることがない。宝箱を開けて空気に晒しても輝きを失うことはないし、派手にひっくり返したからって傷つくことはない。
「ちょっとだけひとりじめしたら、……今度は自慢したくなるのかも」
「反動で?」
抱き締め合ってるから顔は見えないけど、首の動きで、楓ちゃんが頷いたのがわかった。自慢する楓ちゃんを想像して、こっそり笑う。
「今、笑ったでしょ」
「ばれた?」
「……わかるよ、可不可のことなら」
つい夕べ、気持ちを確かめるまで知らなかったのに? ——また笑っちゃって、また、楓ちゃんにちょっと叱られた。
でも、今はそれすら嬉しくて、抱き締める腕に力を込めて反撃した。