2024/08/18 Sun NOVELS 心の温度 くらかぐ 続きを読む「うーちゃんと視線が合うたび起こる鼓動の高鳴りを否定できない以上、自分たちの関係を幼馴染みという言葉のみで完結させてはいけないように思うのだが、どうだろうか」 反射的に聞き返しそうになって、やめた。聞こえなかったわけじゃないし、もう一度言われたら、なにか答えなきゃならなくなる。それが怖くて、でも、なにを言うべきかわからなくて、ただ、お姫様みたいにきれいな顔を眺めた。 お互いの人生の半分以上を知ってるけど、ここまで真っ赤になったところは、初めて見た気がする。いや、久しぶりかも。前に見たのは、まだ、俺がむーちゃんと手を繋げた頃。珍しく転んで「恥ずかしいところを見せてしまったな」って俯いたとき。俺は、むーちゃんの睫毛が長いことに初めて気付いて、そこばかり見てたっけ。 〝お姫様みたいにきれいな顔〟なんて、いまどき同人誌でだって使わない。それでもそんな言葉を選ぶ時点で、こっちも〝そう〟なんだけど、幼馴染みのままでいたほうがいい理由が理由だから「俺も」とは言ってあげられない。だって、どんなに好きでも、俺はむーちゃんに触れられないし、触っていいよとも言えない。恋人になったら、触りたい気持ちを我慢できなくなる気がして、じゃあ今のままがいいってなる。人生って、好都合だと思えるほうを選んで生きていくほうが、たぶん、苦しくない。 むーちゃんもそれをわかってるから、あからさまな言葉を使わないんだろう。どうだろうか、なんて、こっちに判断を委ねる。ちょっとずるいよね。 「むーちゃんは、どうしたい?」 質問に質問で返す、自分でも最悪だと思う言葉しか出せなかった。愛想尽かすまではないと思うけど、さすがのむーちゃんも、困るでしょ。困って、諦めないかな。無理かな。無理で、あってほしい。矛盾。 「心の温度が限りなく等しくなれたら、いいなと思う。触れ合うばかりが恋ではないだろうし、それに、これから先、……潮に懸想する相手ができるとしたら、僕がいい。わがままだという自覚はある。でも、どうしても諦められなくて、困っているんだ」 むーちゃんは少し俯いて瞼を伏せた。睫毛、やっぱり長いな。今考えることじゃないのに、やっぱり、むーちゃんから目が離せない。あーあ、俺、本当に重症かも。ま、人生の半分以上使ってる初恋だし、重症化してても当然だよね。 「……宗氏は、恋愛をきれいごとで済ませられるって思う?」 よっぽどのことがない限り普段は呼ばない本名に、むーちゃんが肩を小さく跳ねさせた。言っとくけど、仕返しだから。先に呼んだのはそっち。 「正直にいうと、わからない。人の感情は変化するものだし、今は〝触れ合うばかりが恋ではない〟と思っていても、自分たちの関係が恋人と呼べるようになった途端、あれとこれもと欲深くなる可能性だってある。……うーちゃんは、そう言いたいのか?」 「まぁ、そんなとこ」 たぶん、今ので、俺の気持ちもむーちゃんにはバレたはずだ。わざと伝わるようにした。すんなり頷いてあげられない俺なりの返事。でも、まだ続きがある。 むーちゃんは言葉どおり〝お互いの気持ちを確かめ合えたらそれでいい〟のかもしれないけど、残念ながら、俺は小さな頃からむーちゃんのことが大好きで、世界中のなにもかもをきらいになったと絶望しかけたときでもむーちゃんのことは大好きなままだったくらいには宝物で、気持ちが通じあえたらそれでいいなんて次元は、とっくの昔にこえてる。触れられるなら触れたい。でも、それができないから、じゃあこの気持ちごと蓋をしておこうって決めたのに。……むーちゃんのばか。 「……むーちゃんには悪いけど、俺たちはこれからも幼馴染み」 むーちゃんが顔を上げて、また、俯いた。俯くまでのほんの一瞬で、この世の終わりみたいな顔になったのが見えて、だから俺は言わずにいたのにって思った。むーちゃん、俺たちは、好きって言ったら負けなんだよ。俺の世界が変わったときから、そう決まってる。 「そうか……」 「でも、俺はむーちゃんのことが子どもの頃から大事だし、他の誰にも触らせたくないって思ってる。俺は触れないくせに、そういうわがまま、むーちゃんよりも長く抱えてるんだよね」 きっと、むーちゃんに初めて見惚れた日から、独占欲だけは立派に抱え込んでた。 「……そうか。でも、年数なら負けない自信がある」 むーちゃんが顔を上げた。さっきはこの世の終わりみたいな顔してたくせに、もう笑ってる。むーちゃんのきれいな顔って目が合ったら三秒でだめになるとか聞いたことあるけど、俺は一生見てられる自信がある。だてに長年幼馴染みやってないんで。 「そこ、張り合うとこ?」 「あぁ、うーちゃんと出会ってからの日々は、喜びも、哀しみも、すべてが宝物だ。一生かかっても語り尽くせないかもしれない」 じゃあ、一生聞かせて。本当に語り尽くせないのか、一生そばにいて確かめたい。 好きって言葉を口に出したら負けだって思ってるけど、ここまで話してもお互いに声に出してないなら、俺たちはまだお互いを諦めなくていいんだって、思ってもいいよね。直接的な言葉がなくても好意を伝え合えるってことは、俺たちに〝恋人〟という関係を増やさなくても、むーちゃんの望む〝心の温度が限りなく等しければ〟ができてるってこと。 まぁ、人の感情は変化するものだし、この先、好きって言葉を我慢できなくて言っちゃったら、そのときは観念して、最初に言われたとおり、やっぱり俺たちは幼馴染みだけじゃ完結しなかったねって笑い合うしかない。畳む
心の温度
くらかぐ
「うーちゃんと視線が合うたび起こる鼓動の高鳴りを否定できない以上、自分たちの関係を幼馴染みという言葉のみで完結させてはいけないように思うのだが、どうだろうか」
反射的に聞き返しそうになって、やめた。聞こえなかったわけじゃないし、もう一度言われたら、なにか答えなきゃならなくなる。それが怖くて、でも、なにを言うべきかわからなくて、ただ、お姫様みたいにきれいな顔を眺めた。
お互いの人生の半分以上を知ってるけど、ここまで真っ赤になったところは、初めて見た気がする。いや、久しぶりかも。前に見たのは、まだ、俺がむーちゃんと手を繋げた頃。珍しく転んで「恥ずかしいところを見せてしまったな」って俯いたとき。俺は、むーちゃんの睫毛が長いことに初めて気付いて、そこばかり見てたっけ。
〝お姫様みたいにきれいな顔〟なんて、いまどき同人誌でだって使わない。それでもそんな言葉を選ぶ時点で、こっちも〝そう〟なんだけど、幼馴染みのままでいたほうがいい理由が理由だから「俺も」とは言ってあげられない。だって、どんなに好きでも、俺はむーちゃんに触れられないし、触っていいよとも言えない。恋人になったら、触りたい気持ちを我慢できなくなる気がして、じゃあ今のままがいいってなる。人生って、好都合だと思えるほうを選んで生きていくほうが、たぶん、苦しくない。
むーちゃんもそれをわかってるから、あからさまな言葉を使わないんだろう。どうだろうか、なんて、こっちに判断を委ねる。ちょっとずるいよね。
「むーちゃんは、どうしたい?」
質問に質問で返す、自分でも最悪だと思う言葉しか出せなかった。愛想尽かすまではないと思うけど、さすがのむーちゃんも、困るでしょ。困って、諦めないかな。無理かな。無理で、あってほしい。矛盾。
「心の温度が限りなく等しくなれたら、いいなと思う。触れ合うばかりが恋ではないだろうし、それに、これから先、……潮に懸想する相手ができるとしたら、僕がいい。わがままだという自覚はある。でも、どうしても諦められなくて、困っているんだ」
むーちゃんは少し俯いて瞼を伏せた。睫毛、やっぱり長いな。今考えることじゃないのに、やっぱり、むーちゃんから目が離せない。あーあ、俺、本当に重症かも。ま、人生の半分以上使ってる初恋だし、重症化してても当然だよね。
「……宗氏は、恋愛をきれいごとで済ませられるって思う?」
よっぽどのことがない限り普段は呼ばない本名に、むーちゃんが肩を小さく跳ねさせた。言っとくけど、仕返しだから。先に呼んだのはそっち。
「正直にいうと、わからない。人の感情は変化するものだし、今は〝触れ合うばかりが恋ではない〟と思っていても、自分たちの関係が恋人と呼べるようになった途端、あれとこれもと欲深くなる可能性だってある。……うーちゃんは、そう言いたいのか?」
「まぁ、そんなとこ」
たぶん、今ので、俺の気持ちもむーちゃんにはバレたはずだ。わざと伝わるようにした。すんなり頷いてあげられない俺なりの返事。でも、まだ続きがある。
むーちゃんは言葉どおり〝お互いの気持ちを確かめ合えたらそれでいい〟のかもしれないけど、残念ながら、俺は小さな頃からむーちゃんのことが大好きで、世界中のなにもかもをきらいになったと絶望しかけたときでもむーちゃんのことは大好きなままだったくらいには宝物で、気持ちが通じあえたらそれでいいなんて次元は、とっくの昔にこえてる。触れられるなら触れたい。でも、それができないから、じゃあこの気持ちごと蓋をしておこうって決めたのに。……むーちゃんのばか。
「……むーちゃんには悪いけど、俺たちはこれからも幼馴染み」
むーちゃんが顔を上げて、また、俯いた。俯くまでのほんの一瞬で、この世の終わりみたいな顔になったのが見えて、だから俺は言わずにいたのにって思った。むーちゃん、俺たちは、好きって言ったら負けなんだよ。俺の世界が変わったときから、そう決まってる。
「そうか……」
「でも、俺はむーちゃんのことが子どもの頃から大事だし、他の誰にも触らせたくないって思ってる。俺は触れないくせに、そういうわがまま、むーちゃんよりも長く抱えてるんだよね」
きっと、むーちゃんに初めて見惚れた日から、独占欲だけは立派に抱え込んでた。
「……そうか。でも、年数なら負けない自信がある」
むーちゃんが顔を上げた。さっきはこの世の終わりみたいな顔してたくせに、もう笑ってる。むーちゃんのきれいな顔って目が合ったら三秒でだめになるとか聞いたことあるけど、俺は一生見てられる自信がある。だてに長年幼馴染みやってないんで。
「そこ、張り合うとこ?」
「あぁ、うーちゃんと出会ってからの日々は、喜びも、哀しみも、すべてが宝物だ。一生かかっても語り尽くせないかもしれない」
じゃあ、一生聞かせて。本当に語り尽くせないのか、一生そばにいて確かめたい。
好きって言葉を口に出したら負けだって思ってるけど、ここまで話してもお互いに声に出してないなら、俺たちはまだお互いを諦めなくていいんだって、思ってもいいよね。直接的な言葉がなくても好意を伝え合えるってことは、俺たちに〝恋人〟という関係を増やさなくても、むーちゃんの望む〝心の温度が限りなく等しければ〟ができてるってこと。
まぁ、人の感情は変化するものだし、この先、好きって言葉を我慢できなくて言っちゃったら、そのときは観念して、最初に言われたとおり、やっぱり俺たちは幼馴染みだけじゃ完結しなかったねって笑い合うしかない。畳む