議題『寝室』
「ここは寝室で、ここは仕事部屋に」
「ま、待って。寝室、ひとつ? しかもこの案だとベッドもひとつ?」
目の前の間取り図は、俺たちが住む予定のところ。正確には、細かいところを詰めて、これから建ててもらうフルオーダータイプの家だ。
「そうだよ?」
なにを疑問に思うことがあるの? といわんばかりの顔だ。そりゃあ、可不可の性格を考えれば、寝室が別々なんて天地が引っくり返ってもありえないんだろうけど――
「可不可、仕事で俺の何倍も忙しいのに、ゆっくり休めないんじゃない?」
――寝室は休息の場所なんだから、ひとりでゆったり過ごしてほしい。
「……楓ちゃんは、僕がいたら眠れない?」
「そんなことはない、……うそ、たまにある。でも、可不可はいつも俺のこと大事にしてくれてるし、全然眠れないことはない、かな」
これまでは〝最後までする夜〟は外泊で済ませてきた。HAMAハウスにはみんながいるし、可不可が買い上げた建物とはいえ、HAMAツアーズの経費で維持してる場所でめちゃくちゃになるのは抵抗があったから。HAMAハウスの俺の部屋では、キスと軽い触り合いまでって決めてる。
じゃあなんでこれからも外泊じゃないのかっていうと、可不可が目指してた国内初の六つ星レビュー認定を受けて、HAMAの観光はJPNどころか世界中からも高い評価をもらえるようになって、HAMAハウスでの生活は任意制度に変わったから。HAMAハウスに住み続けるのもよし、自宅との二重生活もよし、HAMAハウスを出て自宅に戻るのもよし。ただし、これまでどおり結束力は高めておきたいから、観光区長とHAMAツアーズの業務委託契約は続行で、定期的なミーティングもある。住むところが自由になるというだけ。
事実上のHAMAハウス解散の決定を下した可不可は、0区長の座を明け渡してHAMAツアーズに専念したいなぁなんて言ってたけど、可不可の後任になれるようなひとなんてそうそういるわけもなくて、結局、社長業と0区長を兼任したままだ。
「もしかしてHAMAハウスを出ようって、俺と暮らしたいから?」
声に出してからすごく図々しい質問をしてしまったことに気付く。手で口を覆っても遅い。……可不可が俺を甘やかすせいだ。毎日毎日甘やかすから、俺って可不可に好かれてるんだってわからされちゃって、こんな図々しい言葉が言えちゃうんだ。
「ご名答。外泊もいいけど、僕たちだけの家で楓ちゃんをひとりじめしたい。だめ?」
そういうこと口に出すの、恥ずかしくないのかなぁ。恥ずかしく、ないんだろうな。ふたりきりになった途端の可不可って、俺の耳をばかにするのが趣味みたいなところがある。そして俺は何年経っても、可不可のお願いに弱い。幼馴染みでしかなかった頃より、弱くなった。でも、俺にだって譲れないポイントはある。
「だめじゃないけど、俺は可不可にゆっくり休んでほしい」
寝起きをともにしたい気持ちはわかるけど、朝起きて一番に「おはよう」を言い合えるだけじゃだめかな。
「僕は楓ちゃんの隣で眠りたい」
「う……」
恋人からそんなふうに望まれて「だめ」とは言えない。惚れた弱みってやつかな。でも、前に別のことで惚れた弱みだって言ったら「楓ちゃんがそれ言う? 僕は十年以上そうなんだけど」ってくちびるをとがらせてたっけ。
「じゃあ、寝室は同じでいいから、せめてベッドは分けよう」
「だめ。楓ちゃんは僕と広いベッドの真ん中でくっついて眠るんだから」
「えぇ……ハリウッドツインって手は」
「ないね。あいだの溝が煩わしくなる」
くっついて眠るって、それはそれで別の問題が出てくる。可不可は俺のことを本当に大切にしてくれてるけど、たまに、すごく稀に、もっと触ってほしいなって思う夜がある。軽い触り合いじゃ熱を発散しきれなくて、可不可が部屋に戻ったあと、ひとりで発散したことなんて、数え切れないほどある。こんなの、恋人であっても恥ずかしくて言えないから、可不可と一緒に暮らすようになっても秘密にさせてほしいのに、毎日くっついて眠ったら、隠しとおせなくなる。
「ね、楓ちゃん」
髪を梳いて、耳にかけられる。これ、キスする前に可不可がする合図だ。――俺はきゅっと目を瞑った。キスしていいよの返事に気をよくしたらしい可不可が、すぐにくちびるを重ねてくる。
「ん、……は、んっ……」
耳輪から耳朶までのかたちを確かめるように指で擦られ、体温の低いはずのそこがじわじわと熱を帯びていく。あ、これ、だめなやつだ。
最後にリップ音を立てて離れていったくちびるから、目が離せない。可不可が思うより、俺は可不可にのめり込んでる自覚がある。
「ふたりで暮らしたら、僕と一緒に寝てくれる?」
気持ちいいキスと、至近距離で見つめてくる破壊力抜群の格好いい顔、こんなの、断れるわけないよ!
「ま、待って。寝室、ひとつ? しかもこの案だとベッドもひとつ?」
目の前の間取り図は、俺たちが住む予定のところ。正確には、細かいところを詰めて、これから建ててもらうフルオーダータイプの家だ。
「そうだよ?」
なにを疑問に思うことがあるの? といわんばかりの顔だ。そりゃあ、可不可の性格を考えれば、寝室が別々なんて天地が引っくり返ってもありえないんだろうけど――
「可不可、仕事で俺の何倍も忙しいのに、ゆっくり休めないんじゃない?」
――寝室は休息の場所なんだから、ひとりでゆったり過ごしてほしい。
「……楓ちゃんは、僕がいたら眠れない?」
「そんなことはない、……うそ、たまにある。でも、可不可はいつも俺のこと大事にしてくれてるし、全然眠れないことはない、かな」
これまでは〝最後までする夜〟は外泊で済ませてきた。HAMAハウスにはみんながいるし、可不可が買い上げた建物とはいえ、HAMAツアーズの経費で維持してる場所でめちゃくちゃになるのは抵抗があったから。HAMAハウスの俺の部屋では、キスと軽い触り合いまでって決めてる。
じゃあなんでこれからも外泊じゃないのかっていうと、可不可が目指してた国内初の六つ星レビュー認定を受けて、HAMAの観光はJPNどころか世界中からも高い評価をもらえるようになって、HAMAハウスでの生活は任意制度に変わったから。HAMAハウスに住み続けるのもよし、自宅との二重生活もよし、HAMAハウスを出て自宅に戻るのもよし。ただし、これまでどおり結束力は高めておきたいから、観光区長とHAMAツアーズの業務委託契約は続行で、定期的なミーティングもある。住むところが自由になるというだけ。
事実上のHAMAハウス解散の決定を下した可不可は、0区長の座を明け渡してHAMAツアーズに専念したいなぁなんて言ってたけど、可不可の後任になれるようなひとなんてそうそういるわけもなくて、結局、社長業と0区長を兼任したままだ。
「もしかしてHAMAハウスを出ようって、俺と暮らしたいから?」
声に出してからすごく図々しい質問をしてしまったことに気付く。手で口を覆っても遅い。……可不可が俺を甘やかすせいだ。毎日毎日甘やかすから、俺って可不可に好かれてるんだってわからされちゃって、こんな図々しい言葉が言えちゃうんだ。
「ご名答。外泊もいいけど、僕たちだけの家で楓ちゃんをひとりじめしたい。だめ?」
そういうこと口に出すの、恥ずかしくないのかなぁ。恥ずかしく、ないんだろうな。ふたりきりになった途端の可不可って、俺の耳をばかにするのが趣味みたいなところがある。そして俺は何年経っても、可不可のお願いに弱い。幼馴染みでしかなかった頃より、弱くなった。でも、俺にだって譲れないポイントはある。
「だめじゃないけど、俺は可不可にゆっくり休んでほしい」
寝起きをともにしたい気持ちはわかるけど、朝起きて一番に「おはよう」を言い合えるだけじゃだめかな。
「僕は楓ちゃんの隣で眠りたい」
「う……」
恋人からそんなふうに望まれて「だめ」とは言えない。惚れた弱みってやつかな。でも、前に別のことで惚れた弱みだって言ったら「楓ちゃんがそれ言う? 僕は十年以上そうなんだけど」ってくちびるをとがらせてたっけ。
「じゃあ、寝室は同じでいいから、せめてベッドは分けよう」
「だめ。楓ちゃんは僕と広いベッドの真ん中でくっついて眠るんだから」
「えぇ……ハリウッドツインって手は」
「ないね。あいだの溝が煩わしくなる」
くっついて眠るって、それはそれで別の問題が出てくる。可不可は俺のことを本当に大切にしてくれてるけど、たまに、すごく稀に、もっと触ってほしいなって思う夜がある。軽い触り合いじゃ熱を発散しきれなくて、可不可が部屋に戻ったあと、ひとりで発散したことなんて、数え切れないほどある。こんなの、恋人であっても恥ずかしくて言えないから、可不可と一緒に暮らすようになっても秘密にさせてほしいのに、毎日くっついて眠ったら、隠しとおせなくなる。
「ね、楓ちゃん」
髪を梳いて、耳にかけられる。これ、キスする前に可不可がする合図だ。――俺はきゅっと目を瞑った。キスしていいよの返事に気をよくしたらしい可不可が、すぐにくちびるを重ねてくる。
「ん、……は、んっ……」
耳輪から耳朶までのかたちを確かめるように指で擦られ、体温の低いはずのそこがじわじわと熱を帯びていく。あ、これ、だめなやつだ。
最後にリップ音を立てて離れていったくちびるから、目が離せない。可不可が思うより、俺は可不可にのめり込んでる自覚がある。
「ふたりで暮らしたら、僕と一緒に寝てくれる?」
気持ちいいキスと、至近距離で見つめてくる破壊力抜群の格好いい顔、こんなの、断れるわけないよ!