あと数センチ
*kfkeワンドロワンライ第5回から『ワイン』を選択
みんなで楽しく過ごすのも好きだけど、たまには、この仕事を始めた原点に立ち返って、可不可とのんびり過ごしたい。可不可にはもうお伺いを立ててOKももらってる。即答だった。
「お招きありがとう。でも珍しいね、呼び出してくれるなんて」
愛の告白? なんて冗談につられて、俺も笑う。笑いながら、内心、どきっとした。ここでもし俺がいつもの可不可みたいに「そうだよって言ったらどうする?」なんて返したら、どうなってたんだろうって、ちょっとだけ、興味もある。……言わないけど。
「さぁさぁ、座って」
可不可の手を引いて、部屋の真ん中に座ってもらう。テーブルの上に並べてあるのは、仕事のあとに寄り道がてら買ってきたおせんべいと、グラスと、ほどよく冷やしたボトルだ。
「これ……」
「たまには、部屋で晩酌もいいかなぁって」
寮でお酒を飲むってなったら、だいたいはダイニングのバーカウンターを使う。お酒好きなひとたちが思い思いに買ってきたいろんな種類のお酒があるし、ダイニングには――お酒を飲む飲まない問わず――誰かいて、なんだかんだとひとが集まってきて盛り上がるから。
可不可はテーブルの上に並んだものを見て、ちょっと首を傾げた。
「ワインにおせんべい?」
「あ、疑ってる? ざらめのおせんべいとすっごく合うんだよ」
ワインの葡萄でうっとりした舌にのせる甘じょっぱいおせんべい、レトい言葉を使うなら、軽く〝飛ぶ〟んだから。――なんて、可不可に言ったら言葉遣いにびっくりしそう。この前、朝班のミーティング中に話の流れで添くんが女性たちとどう過ごしたか語り始めたときそうだったけど、可不可ってちょっと俺のこと過保護通り越して神格化? みたいにしてるところがあると思うんだよね。大慌てで俺の耳塞いで「聞いちゃダメ」なんて言ってた。子どもじゃないんだから、人様のそういう話を聞いたところで大袈裟に照れたり騒いだりしない。言葉遣いだって、可不可には――可不可が俺に対してはきれいな言葉を選んでくれてるから、俺も――ていねいな言葉選びを意識してるだけで、雑な言葉もわりと使うよ。あ、でも、ケンカしたときは可不可が相手でも素の言葉遣いになっちゃってると思う。
グラスにワインを注いで、可不可に視線で合図を送る。気の置けない相手とのなんてことない晩酌でも、一杯目はきちんと乾杯したい。
「主任ちゃん、今日も一日お疲れさま」
「えぇ……役職名? 本日はもう業務終了してまーす」
「じゃあ、今日の主任ちゃんのお仕事を労いつつ、楓ちゃんとの素敵な夜にってことで」
ふざけて笑い合いながら、グラスを軽く上げた。
「……赤ワイン、まだ数回しか飲んだことないけど、結構好きかも」
「そういえば、潜さんの誕生日会にやったワインの飲み比べ、可不可は飲まなかったもんね」
あのとき、俺は普通に飲んで、普通に酔っ払った。主役の潜さんに飲んでみてよって言われた以上、断るわけにはいかなかったから。気付いたらダイニングテーブルに突っ伏して寝ちゃってて、他のみんなはもう各々の部屋に戻ってたのに、可不可だけは残ってたんだっけ。こんなところで寝ちゃだめでしょって怒られて、心配かけちゃったなって反省したけど、それ以上に、可不可がそばについててくれたの、なんか嬉しかったんだよね。
「だって、楓ちゃんが飲むなら、僕が見張ってないといけないでしょ」
「え〜? 酔いはするけど、周りに迷惑かけるほどは飲まないようにしてるし、大丈夫なのに」
本当、可不可って過保護だ。ここで暮らすってなったときも、これだけは譲れないって言って、俺より役職が上のひとたちを差し置いて、唯一のひとり部屋をあてがわれた。仕事を持って帰ったときなんかは周りを気にせず集中できてありがたいんだけど、いくら幼馴染みっていっても、特別扱いし過ぎじゃないかなぁ。
ワインのおつまみとして用意したおせんべいの袋をばりっと開ける。
「はー、やっぱりこの、甘いだけでもしょっぱいだけでもないのが最高……」
ざらめのつぶつぶ感がたまらない。もうちょっと醤油が濃くてもいいかも。
俺がおせんべいをばりばり食べてるのを見て、可不可も一枚、手に取って食べてくれた。
「ん、確かに合うね。……でも、夜も遅いんだし、食べ過ぎには注意だよ」
「はぁい。可不可は本当に心配性なんだから」
こっそりと、また過保護だなぁって思っちゃった。俺のほうが年上なんですけど。お酒だって、可不可の何倍も飲んだ経験あるはずだよ。なのに、どうして小さな子に言うみたいにするんだろう。
頭のなかでぐるぐる考えてるときって、お酒が勝手に進む。気付いたらグラスが空になってるから、じゃあ注がなきゃってなるんだよね。
「……楓ちゃん、ちょっとペース落としたほうがいいんじゃない?」
「んー? へいきへいき」
可不可のグラスを見遣ると、ワイン結構好きかもって言ってたわりに、たいして減ってない。そういえば、可不可はおかわりしてないかも。俺ばっかり飲んでる。
「なんで飲まないの」
あ、だめだ。理性がまだあるからわかるんだけど、今の俺の声、絡み酒する厄介なひと一歩手前になってる。そういう自覚があるのに、一度開いた口は簡単には閉じてくれない。どうしよう。
「一緒に飲めるようになったの、嬉しいんだよ。二十歳のお祝いだけじゃなくて、こうやって、過ごせるって」
やばい、なんか泣きそうになってきた。なんで泣きたいんだろう。
俺はただ、可不可と一緒にいたいだけなんだ。酔って寝落ちしてた俺のそばにいて、頃合いを見て起こしてくれたのが、すごく嬉しかった。なんで嬉しかったかなんてわからない。目を覚まして、可不可がいたことに、安心したのは確かだよ。子どものときは家の都合で離れなきゃならないのが歯がゆかったから、大人になった今は自分たちの力だけでこんなに近くにいられるのが、とにかく嬉しい。これからも、ずっとそうしていたい。もう、それしかわからないよ。
「楓ちゃん……」
「ん……?」
可不可がなんだか感極まってますって声だった気がして、ふわふわしてる目の焦点を、なんとか可不可にあてる。なんか、顔、赤い? 可不可も酔った?
「僕、今、ものすごい愛の告白されてる?」
あいのこくはく。…………愛の告白!?
「へっ!? え、あ、俺、声に出てた!?」
ふわふわしてた思考が一気に覚醒する。酔い? そんなものは醒めました! だって、可不可の様子を見る限り、数分前の俺、だいぶ重いこと言ってた気がする。いくら幼馴染みでも迷惑だよね。
「ばっちり出てたよ。……でも、そっか、そうなんだ」
「いや、あの」
長い付き合いだからこそ、一方的に重い感情を向けてちゃいけない気がする。これから先も長く続いてほしいと思うなら、なおのこと。だって、俺、可不可とは一生一緒に遊ぶって約束したし。
「片想い歴もかれこれ十年以上になるし、まだまだ長い戦いだ、難攻不落だって思ってたけど……そっかぁ」
「えっと、なにを納得してるか、訊いてもいい?」
どうやら、重くて困るとは言われないっぽくて、それはそれでありがたい。でも、なんだか、話がおかしな方向に進みそうな気がする。聞き間違いじゃなければ、片想いって聞こえた。え、可不可って俺のこと好きだったの? じゃあ、過保護って思ってたあれとかそれとか、全部〝そういう〟気持ちからきてたってこと?
「なにって、僕を好きってことでしょ? はぁ……夢みたいだ」
確かに可不可のことは大切だし、すごく好きだけど、なんだか、好きの意味、違ってない? 背中にだらだら汗をかきながら、なんて返せばいいかわからなくて、意味もなく口をはくはく動かしちゃった。
「あの、可不可?」
ちょっとずつ可不可の顔が近付いてくる。近い近い! 恋愛経験ゼロの俺でもわかる。これ、幼馴染みの距離じゃない。
「勘違いで浮かれてるだけだったら困るから、確かめさせてよ」
「た、確かめるって」
視界の端に、可不可が飲んでたグラスが入った。半分も減ってない。つまり、可不可は全然酔ってない。俺も、完全に酔いが醒めてる。誤魔化せない、でも――
「いやならしないよ。どう?」
――誤魔化す必要、そもそも、なくない? だって、頭のなかでわーわーしつつも、心はずっとどきどきしてるし、このままくっついちゃえばいいのにって、ちょっと思ってる。
そのせいか、そうするのがあたりまえみたいに、瞼は閉じたし、触れ合わせやすいように、くちびるをちょっとだけ突き出してた。
みんなで楽しく過ごすのも好きだけど、たまには、この仕事を始めた原点に立ち返って、可不可とのんびり過ごしたい。可不可にはもうお伺いを立ててOKももらってる。即答だった。
「お招きありがとう。でも珍しいね、呼び出してくれるなんて」
愛の告白? なんて冗談につられて、俺も笑う。笑いながら、内心、どきっとした。ここでもし俺がいつもの可不可みたいに「そうだよって言ったらどうする?」なんて返したら、どうなってたんだろうって、ちょっとだけ、興味もある。……言わないけど。
「さぁさぁ、座って」
可不可の手を引いて、部屋の真ん中に座ってもらう。テーブルの上に並べてあるのは、仕事のあとに寄り道がてら買ってきたおせんべいと、グラスと、ほどよく冷やしたボトルだ。
「これ……」
「たまには、部屋で晩酌もいいかなぁって」
寮でお酒を飲むってなったら、だいたいはダイニングのバーカウンターを使う。お酒好きなひとたちが思い思いに買ってきたいろんな種類のお酒があるし、ダイニングには――お酒を飲む飲まない問わず――誰かいて、なんだかんだとひとが集まってきて盛り上がるから。
可不可はテーブルの上に並んだものを見て、ちょっと首を傾げた。
「ワインにおせんべい?」
「あ、疑ってる? ざらめのおせんべいとすっごく合うんだよ」
ワインの葡萄でうっとりした舌にのせる甘じょっぱいおせんべい、レトい言葉を使うなら、軽く〝飛ぶ〟んだから。――なんて、可不可に言ったら言葉遣いにびっくりしそう。この前、朝班のミーティング中に話の流れで添くんが女性たちとどう過ごしたか語り始めたときそうだったけど、可不可ってちょっと俺のこと過保護通り越して神格化? みたいにしてるところがあると思うんだよね。大慌てで俺の耳塞いで「聞いちゃダメ」なんて言ってた。子どもじゃないんだから、人様のそういう話を聞いたところで大袈裟に照れたり騒いだりしない。言葉遣いだって、可不可には――可不可が俺に対してはきれいな言葉を選んでくれてるから、俺も――ていねいな言葉選びを意識してるだけで、雑な言葉もわりと使うよ。あ、でも、ケンカしたときは可不可が相手でも素の言葉遣いになっちゃってると思う。
グラスにワインを注いで、可不可に視線で合図を送る。気の置けない相手とのなんてことない晩酌でも、一杯目はきちんと乾杯したい。
「主任ちゃん、今日も一日お疲れさま」
「えぇ……役職名? 本日はもう業務終了してまーす」
「じゃあ、今日の主任ちゃんのお仕事を労いつつ、楓ちゃんとの素敵な夜にってことで」
ふざけて笑い合いながら、グラスを軽く上げた。
「……赤ワイン、まだ数回しか飲んだことないけど、結構好きかも」
「そういえば、潜さんの誕生日会にやったワインの飲み比べ、可不可は飲まなかったもんね」
あのとき、俺は普通に飲んで、普通に酔っ払った。主役の潜さんに飲んでみてよって言われた以上、断るわけにはいかなかったから。気付いたらダイニングテーブルに突っ伏して寝ちゃってて、他のみんなはもう各々の部屋に戻ってたのに、可不可だけは残ってたんだっけ。こんなところで寝ちゃだめでしょって怒られて、心配かけちゃったなって反省したけど、それ以上に、可不可がそばについててくれたの、なんか嬉しかったんだよね。
「だって、楓ちゃんが飲むなら、僕が見張ってないといけないでしょ」
「え〜? 酔いはするけど、周りに迷惑かけるほどは飲まないようにしてるし、大丈夫なのに」
本当、可不可って過保護だ。ここで暮らすってなったときも、これだけは譲れないって言って、俺より役職が上のひとたちを差し置いて、唯一のひとり部屋をあてがわれた。仕事を持って帰ったときなんかは周りを気にせず集中できてありがたいんだけど、いくら幼馴染みっていっても、特別扱いし過ぎじゃないかなぁ。
ワインのおつまみとして用意したおせんべいの袋をばりっと開ける。
「はー、やっぱりこの、甘いだけでもしょっぱいだけでもないのが最高……」
ざらめのつぶつぶ感がたまらない。もうちょっと醤油が濃くてもいいかも。
俺がおせんべいをばりばり食べてるのを見て、可不可も一枚、手に取って食べてくれた。
「ん、確かに合うね。……でも、夜も遅いんだし、食べ過ぎには注意だよ」
「はぁい。可不可は本当に心配性なんだから」
こっそりと、また過保護だなぁって思っちゃった。俺のほうが年上なんですけど。お酒だって、可不可の何倍も飲んだ経験あるはずだよ。なのに、どうして小さな子に言うみたいにするんだろう。
頭のなかでぐるぐる考えてるときって、お酒が勝手に進む。気付いたらグラスが空になってるから、じゃあ注がなきゃってなるんだよね。
「……楓ちゃん、ちょっとペース落としたほうがいいんじゃない?」
「んー? へいきへいき」
可不可のグラスを見遣ると、ワイン結構好きかもって言ってたわりに、たいして減ってない。そういえば、可不可はおかわりしてないかも。俺ばっかり飲んでる。
「なんで飲まないの」
あ、だめだ。理性がまだあるからわかるんだけど、今の俺の声、絡み酒する厄介なひと一歩手前になってる。そういう自覚があるのに、一度開いた口は簡単には閉じてくれない。どうしよう。
「一緒に飲めるようになったの、嬉しいんだよ。二十歳のお祝いだけじゃなくて、こうやって、過ごせるって」
やばい、なんか泣きそうになってきた。なんで泣きたいんだろう。
俺はただ、可不可と一緒にいたいだけなんだ。酔って寝落ちしてた俺のそばにいて、頃合いを見て起こしてくれたのが、すごく嬉しかった。なんで嬉しかったかなんてわからない。目を覚まして、可不可がいたことに、安心したのは確かだよ。子どものときは家の都合で離れなきゃならないのが歯がゆかったから、大人になった今は自分たちの力だけでこんなに近くにいられるのが、とにかく嬉しい。これからも、ずっとそうしていたい。もう、それしかわからないよ。
「楓ちゃん……」
「ん……?」
可不可がなんだか感極まってますって声だった気がして、ふわふわしてる目の焦点を、なんとか可不可にあてる。なんか、顔、赤い? 可不可も酔った?
「僕、今、ものすごい愛の告白されてる?」
あいのこくはく。…………愛の告白!?
「へっ!? え、あ、俺、声に出てた!?」
ふわふわしてた思考が一気に覚醒する。酔い? そんなものは醒めました! だって、可不可の様子を見る限り、数分前の俺、だいぶ重いこと言ってた気がする。いくら幼馴染みでも迷惑だよね。
「ばっちり出てたよ。……でも、そっか、そうなんだ」
「いや、あの」
長い付き合いだからこそ、一方的に重い感情を向けてちゃいけない気がする。これから先も長く続いてほしいと思うなら、なおのこと。だって、俺、可不可とは一生一緒に遊ぶって約束したし。
「片想い歴もかれこれ十年以上になるし、まだまだ長い戦いだ、難攻不落だって思ってたけど……そっかぁ」
「えっと、なにを納得してるか、訊いてもいい?」
どうやら、重くて困るとは言われないっぽくて、それはそれでありがたい。でも、なんだか、話がおかしな方向に進みそうな気がする。聞き間違いじゃなければ、片想いって聞こえた。え、可不可って俺のこと好きだったの? じゃあ、過保護って思ってたあれとかそれとか、全部〝そういう〟気持ちからきてたってこと?
「なにって、僕を好きってことでしょ? はぁ……夢みたいだ」
確かに可不可のことは大切だし、すごく好きだけど、なんだか、好きの意味、違ってない? 背中にだらだら汗をかきながら、なんて返せばいいかわからなくて、意味もなく口をはくはく動かしちゃった。
「あの、可不可?」
ちょっとずつ可不可の顔が近付いてくる。近い近い! 恋愛経験ゼロの俺でもわかる。これ、幼馴染みの距離じゃない。
「勘違いで浮かれてるだけだったら困るから、確かめさせてよ」
「た、確かめるって」
視界の端に、可不可が飲んでたグラスが入った。半分も減ってない。つまり、可不可は全然酔ってない。俺も、完全に酔いが醒めてる。誤魔化せない、でも――
「いやならしないよ。どう?」
――誤魔化す必要、そもそも、なくない? だって、頭のなかでわーわーしつつも、心はずっとどきどきしてるし、このままくっついちゃえばいいのにって、ちょっと思ってる。
そのせいか、そうするのがあたりまえみたいに、瞼は閉じたし、触れ合わせやすいように、くちびるをちょっとだけ突き出してた。