どきどきチョコタイム
かなり遅くなった昼休み、一周回ってあんまりお腹が空いてなかったから、引き出しに隠してたお菓子を休憩室に持ち込んで頬張った。寮の自分の部屋ならもっといろいろあるんだけど、ここには仕事の合間につまめそうな、手がそんなに汚れないものしかない。あと、引き出しの容量もそんなに圧迫しないものって決めてる。
「あ、お菓子食べてる」
可不可の声に、慌てて時間を確認する。そっか、外回りから帰ってくる時間だったっけ。今日、ずっとばたばたしてて他のひとたちの予定が頭から抜けてた。さくさく、ごくん。急いで噛み砕いて飲み込む。
「お帰りなさい」
「うん、ただいま」
今でも、可不可と一緒に仕事してるのが、なんだか不思議に思えてくる。今みたいに、お帰りなさいとかただいまって言葉を交わしたときなんかは、特に。
「あ、昼休みで食べてるだけだからね。食い意地張ってるわけじゃないから」
「別になにも言ってないのに。でも珍しいね、主任ちゃんがお菓子をつまむ程度でお昼を済ませるなんて」
普段はもっと食べるのにって思われてるみたいで、ちょっと恥ずかしい。一応、こう見えても体型には気を遣ってるし、前に受けた健康診断も問題なかった。体重も許容範囲内だよ。
「いつもの量だと、夜に食べられなくなりそうだから」
多少残業したとしても、晩ごはんを食べるまでそんなに時間は空かない。今は小腹が空いたのを宥めるくらいでちょうどいい。
可不可は機嫌よさそうに俺の向かい側に座って「僕もいい?」って訊いてきた。別に、希少価値の高いお菓子ってわけでもないし、断る理由もないから、なんにも考えずに頷く。
「はい、あーん」
「え? 自分で食べられるよ」
「いいから。ほら、早く」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
口を開けてから、あ、これって恥ずかしいかもって思った。だって、人前で口をぽかんと開けるなんて、間抜けな顔に見られない? 思わず瞼を閉じちゃった。少し前までなら全然気にならなかった自分の動作が、今はどんなに些細なものでも気になる。だって、付き合ってるからには、今日も素敵だって思われたい。
舌に触れたチョコレートがじわじわ溶け始めて、軽く歯を立てる。さくさく、チョコレートに包まれたプレッツェルが小気味いい音を立てた。
「可不可に食べさせてもらったのって初めてだからかな、……なんだか、照れるね」
口許がむずむずする。休憩中とはいえ、ここは職場だ。だらしない顔なんてしちゃいけない。
「そう? なんだか、餌付けしてるみたいで僕は楽しいなって思ったよ」
「餌付けって……え、あ、また?」
次の一本を口の前に差し出されて、反射的に口を開く。瞼はやっぱり伏せた。
「だってまだ休憩中でしょ? それとももう食べない?」
「食べるけど……」
自分のペースで食べるのと同じはずなのに、チョコレートが溶けるまでが少し早い気がする。どきどきしてるから? そんなことある?
瞼を伏せてても、可不可がプレッツェルの部分から手を放したのがわかって、じゃあ自分で食べようと――
「んっ?」
――手を伸ばす寸前に、可不可が近付いてきた感じがして目を開いた。え、近い近い!
動揺し過ぎて身動きひとつ取れないあいだに、可不可はさくさくと、反対側から少しずつ囓ってる。どんどん迫ってくる顔に見惚れそうになったけど……ここ、職場! 休憩室でも、だめなものはだめ!
「っ、ちょっと……!」
自分の口に含んでるところまでで勢いよく折って、さくさくさくさくって素早く噛んで飲み込んだ。
「残念、折られちゃった」
「折られちゃったじゃないよ! あんな、あんな……」
びっくりした、キスされるかと思った。だって、キスするときにしかあんなに近付かないし、可不可の視線だって、明らかにそういう色を滲ませてた。
「まぁ、さすがにここでするつもりはないけどね」
「あたりまえでしょ……」
こっちは未だにどきどきしてるのに、可不可は平然としてて、なんか、やられたって感じ。
「ここではしないけど、って言い直してほしい?」
「え?」
袋からまた一本取り上げられて、咄嗟に身構える。でも、ここでするつもりはないっていうのは本当だったみたいで、可不可はそのまま自分でひとくちめを囓った。
「仕事が終わったあとなら、僕はいつでも、いくらでも大歓迎だよ」
そう言うと、食べさしのそれを俺の口のなかに押し込んで、けらけらと笑う。ちょっと待って、口と口ではしてないけど、これ、間接キスじゃない?
「あ、お菓子食べてる」
可不可の声に、慌てて時間を確認する。そっか、外回りから帰ってくる時間だったっけ。今日、ずっとばたばたしてて他のひとたちの予定が頭から抜けてた。さくさく、ごくん。急いで噛み砕いて飲み込む。
「お帰りなさい」
「うん、ただいま」
今でも、可不可と一緒に仕事してるのが、なんだか不思議に思えてくる。今みたいに、お帰りなさいとかただいまって言葉を交わしたときなんかは、特に。
「あ、昼休みで食べてるだけだからね。食い意地張ってるわけじゃないから」
「別になにも言ってないのに。でも珍しいね、主任ちゃんがお菓子をつまむ程度でお昼を済ませるなんて」
普段はもっと食べるのにって思われてるみたいで、ちょっと恥ずかしい。一応、こう見えても体型には気を遣ってるし、前に受けた健康診断も問題なかった。体重も許容範囲内だよ。
「いつもの量だと、夜に食べられなくなりそうだから」
多少残業したとしても、晩ごはんを食べるまでそんなに時間は空かない。今は小腹が空いたのを宥めるくらいでちょうどいい。
可不可は機嫌よさそうに俺の向かい側に座って「僕もいい?」って訊いてきた。別に、希少価値の高いお菓子ってわけでもないし、断る理由もないから、なんにも考えずに頷く。
「はい、あーん」
「え? 自分で食べられるよ」
「いいから。ほら、早く」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
口を開けてから、あ、これって恥ずかしいかもって思った。だって、人前で口をぽかんと開けるなんて、間抜けな顔に見られない? 思わず瞼を閉じちゃった。少し前までなら全然気にならなかった自分の動作が、今はどんなに些細なものでも気になる。だって、付き合ってるからには、今日も素敵だって思われたい。
舌に触れたチョコレートがじわじわ溶け始めて、軽く歯を立てる。さくさく、チョコレートに包まれたプレッツェルが小気味いい音を立てた。
「可不可に食べさせてもらったのって初めてだからかな、……なんだか、照れるね」
口許がむずむずする。休憩中とはいえ、ここは職場だ。だらしない顔なんてしちゃいけない。
「そう? なんだか、餌付けしてるみたいで僕は楽しいなって思ったよ」
「餌付けって……え、あ、また?」
次の一本を口の前に差し出されて、反射的に口を開く。瞼はやっぱり伏せた。
「だってまだ休憩中でしょ? それとももう食べない?」
「食べるけど……」
自分のペースで食べるのと同じはずなのに、チョコレートが溶けるまでが少し早い気がする。どきどきしてるから? そんなことある?
瞼を伏せてても、可不可がプレッツェルの部分から手を放したのがわかって、じゃあ自分で食べようと――
「んっ?」
――手を伸ばす寸前に、可不可が近付いてきた感じがして目を開いた。え、近い近い!
動揺し過ぎて身動きひとつ取れないあいだに、可不可はさくさくと、反対側から少しずつ囓ってる。どんどん迫ってくる顔に見惚れそうになったけど……ここ、職場! 休憩室でも、だめなものはだめ!
「っ、ちょっと……!」
自分の口に含んでるところまでで勢いよく折って、さくさくさくさくって素早く噛んで飲み込んだ。
「残念、折られちゃった」
「折られちゃったじゃないよ! あんな、あんな……」
びっくりした、キスされるかと思った。だって、キスするときにしかあんなに近付かないし、可不可の視線だって、明らかにそういう色を滲ませてた。
「まぁ、さすがにここでするつもりはないけどね」
「あたりまえでしょ……」
こっちは未だにどきどきしてるのに、可不可は平然としてて、なんか、やられたって感じ。
「ここではしないけど、って言い直してほしい?」
「え?」
袋からまた一本取り上げられて、咄嗟に身構える。でも、ここでするつもりはないっていうのは本当だったみたいで、可不可はそのまま自分でひとくちめを囓った。
「仕事が終わったあとなら、僕はいつでも、いくらでも大歓迎だよ」
そう言うと、食べさしのそれを俺の口のなかに押し込んで、けらけらと笑う。ちょっと待って、口と口ではしてないけど、これ、間接キスじゃない?