紅も楓も
*たびはじマンスリー企画11月から『紅葉』を選択
『紅葉おすすめスポット特集!』と銘打たれた番組を見て、楓ちゃんが目をきらきらさせてる。させてた、というのが正しい。お風呂を済ませた僕がリビングに顔を出したときには、番組のエンディングだったから。
いつものように楓ちゃんの部屋に立ち寄って、テレビで仕入れたばかりの情報を楽しそうに話すのに相槌を打ちながら――
「近場になるけど、今度、行ってみようか」
――当然のようにデートに誘った。紅葉の名所はJPNあちこちにあるけれど、長く病院生活だった僕は、紅葉に限らずHAMAの名所すらまだ行ってないところがたくさんある。
「視察?」
「ううん、プライベートで。ふたりきりで。他のひとを誘うのも楽しそうだけど、それは別の機会にしよう」
せっかくだからみんなでなんて提案されたらどうやって軌道修正しようか身構えてたけど、楓ちゃんは少し考えたあと、頷いた。
「可不可と朝からふたりで出かけられるの、久しぶりだからね」
よかった。最近はいろいろと忙しくて、ふたりきりといえば、眠る前に楓ちゃんの部屋で一時間くらい過ごすのがやっとなんだ。この前だって、仕事のあとちょっと付き合ってって買いものに連れて行って、そのまま強引にお泊まりに持ち込んだようなものだったから。……簡単に会えなかった日々を思えば、贅沢過ぎるくらいなのはわかってる。
「それで、近場って?」
楓ちゃんは行ったことあるだろうけど……と心当たりの場所を告げると、意外にも行ったことがないらしい。
「こういう仕事だけど、地元の名所ほど行く機会逃してるって、あるあるだよ」
「じゃあ、決まりだね。……あ、社用のスマホやカメラは持ってこなくていいから」
目的地は会社から車で二十分ほどの場所、4区の端にある。ツアーパッケージにはまだ採用したことがない紅葉の名所だから、念押ししておかないと、旅と仕事が大好きなこの子は「仕事に役立つかも」なんて言って資料用の写真を撮りかねない。
「わかってるよ! ……仕事人間な自覚はあるけど、これってデートってことでしょ。俺だってさすがにいつまでも鈍感じゃないから」
「えー? そうかなぁ」
一瞬の沈黙のあと、どちらからともなく笑った。
◇
「天候は問題なし、でも」
「見頃にはやっぱり早かったかぁ……」
広大な園内の木々はところどころ紅や黄を差してはいるものの、それでも秋の彩りに一歩届いてないもののほうが多い。
でも、今みたいな、季節と季節のあいだにしか見られない景色も、僕は好きだよ。ここは秋に限らず四季折々の景観が楽しめる庭園というのもあって、歴史ある建造物を眺められるのもいい。
それに、旅って、たとえ同じ目的地に同じルートで向かったとしても、以前とまったく同じ景色なんてひとつもないんだ。だから、今、僕たちが見たこの景色は、今だけのもの。そう考えたら、紅葉シーズンに一歩届いてない景色も、それはそれで素敵でしょ?
「紅葉シーズン本番になったらもっと混雑するだろうし、僕たちもまた忙しくなるから」
「そっか、クリスマス商戦だ」
僕たちが生まれるずっと前のHAMAは四季がほぼ均等だったらしいけど、今は夏が長い。夏に圧迫された春と秋は駆け足で現れて、あっという間に去ってしまう。この時期は短い秋に縋りながら冬支度しないといけなくて、季節に合わせた旅も服装も難易度が高いんだよね。
「そう。ミーティングは来週…………あ」
プライベートって散々念押ししておきながら、僕らしくなく、口を滑らせた。
「可不可〜?」
言葉の応酬では僕が有利なことが多いから、楓ちゃんはめったにないチャンスといわんばかりに僕の顔を見てにやにやしてる。
「あーあーあー、楓ちゃんの思考回路移っちゃったなー」
本当に悔しい。僕、こんなミスめったにしないんだけど! ……今日は緊張してるせいかも。
「移るってなにそれ。……でも、俺もそうかも」
手に触れた感触にびっくりして、僕より少し目線の高い楓ちゃんを見る。
「珍しいね」
だって、いつもは僕から手を繋いでた。それが、楓ちゃんのほうからこうやって指を絡めてくるなんて。
「だから、移ったの! 可不可のせいだよ!」
自分からきておいて照れてる。恋人としてのスキンシップにちょっと積極的になった楓ちゃんにどきどきしながら、僕も負けたくなくて、その手を引いた。
「紅葉には早かったけど、僕といるときの楓ちゃんは年中だね」
手の甲にくちびるを触れさせただけで赤くなっちゃうんだから。
「……それ、言ってて恥ずかしくない?」
「全然? だって本心だし」
予定ではこのあともう少し見て回ってから、本当にふたりきりになれるところに行って、そこで……っていうつもりだった。でも、なんとなく、今かなって思ったんだ。
「可不可?」
いつまでも足を止めたままの僕に、楓ちゃんが困惑の色を滲ませた声で呼びかけてくる。さすがに緊張するんだよね、ずっと決めてたこととはいえ、生まれて初めてだから。
「少しだけ、目を閉じててくれる?」
「え? ……い、いいよ」
もしかしてキスされると思ったのかな。素早く周りを確認したあと目をかたく瞑って、くちびるを軽く突き出してる。うーん、それもすごく魅力的だけど、周囲の目がこっちを向いてない隙を狙うスリルさより、今は、こっちかな。
「そろそろ、こういう〝おそろい〟がほしいなと思って」
今はまだこっちだけど、いつか、反対側の同じ指に、もっときらめくものを贈らせてほしい。
「……これって」
「もちろん、僕も同じものを持ってる。このためにつくってもらったから……似たものはあるけど、完全に同じものはないよ。正真正銘、僕たちだけのおそろい」
出張のお土産でおそろいのものを増やす作戦はこれからも続けるけど、それだけだと、仕事のパートナーとしてのおそろいみたいじゃない? 僕は恋人としてのおそろいもほしい。
僕がよくばりなことなんて誰よりも知ってるくせに、楓ちゃんは自分の右手薬指をじっと見つめたままだ。
「……僕の気持ち、重い?」
「そんなことないよ! びっくりしただけで……だけじゃない、その、すごく照れちゃって、顔が熱くて、……どうしよう、今の俺、変な顔になってない?」
楓ちゃんが両頬を押さえた拍子に、リングがきらっと光った。うん、すごく似合う。それから――
「あー……今の楓ちゃん、すっごい顔してる」
「だよね? ごめん、外なのに。早く戻すから」
また目を瞑って、今度は自分の頬をぐっと押さえつけてる。にやけそうなのを我慢するときの、楓ちゃんの癖だ。あーあ、それだと変顔になっちゃうよ。
「お昼過ぎにはゆっくりできるところに行こうって予定だったよね」
「う、うん……」
僕に腕を掴まれたまま、楓ちゃんの頬がぽぽぽと赤く染まった。今日はいつもより赤くなるね。まぁ、僕がそうさせてる自覚はあるよ。
「ちょっと早いけど、楓ちゃんがいいなら、もう向かおうかなって思ってるんだけど」
――すっごくかわいい顔だから、早くひとりじめさせてほしいな。表情は戻さなくていいよ。
『紅葉おすすめスポット特集!』と銘打たれた番組を見て、楓ちゃんが目をきらきらさせてる。させてた、というのが正しい。お風呂を済ませた僕がリビングに顔を出したときには、番組のエンディングだったから。
いつものように楓ちゃんの部屋に立ち寄って、テレビで仕入れたばかりの情報を楽しそうに話すのに相槌を打ちながら――
「近場になるけど、今度、行ってみようか」
――当然のようにデートに誘った。紅葉の名所はJPNあちこちにあるけれど、長く病院生活だった僕は、紅葉に限らずHAMAの名所すらまだ行ってないところがたくさんある。
「視察?」
「ううん、プライベートで。ふたりきりで。他のひとを誘うのも楽しそうだけど、それは別の機会にしよう」
せっかくだからみんなでなんて提案されたらどうやって軌道修正しようか身構えてたけど、楓ちゃんは少し考えたあと、頷いた。
「可不可と朝からふたりで出かけられるの、久しぶりだからね」
よかった。最近はいろいろと忙しくて、ふたりきりといえば、眠る前に楓ちゃんの部屋で一時間くらい過ごすのがやっとなんだ。この前だって、仕事のあとちょっと付き合ってって買いものに連れて行って、そのまま強引にお泊まりに持ち込んだようなものだったから。……簡単に会えなかった日々を思えば、贅沢過ぎるくらいなのはわかってる。
「それで、近場って?」
楓ちゃんは行ったことあるだろうけど……と心当たりの場所を告げると、意外にも行ったことがないらしい。
「こういう仕事だけど、地元の名所ほど行く機会逃してるって、あるあるだよ」
「じゃあ、決まりだね。……あ、社用のスマホやカメラは持ってこなくていいから」
目的地は会社から車で二十分ほどの場所、4区の端にある。ツアーパッケージにはまだ採用したことがない紅葉の名所だから、念押ししておかないと、旅と仕事が大好きなこの子は「仕事に役立つかも」なんて言って資料用の写真を撮りかねない。
「わかってるよ! ……仕事人間な自覚はあるけど、これってデートってことでしょ。俺だってさすがにいつまでも鈍感じゃないから」
「えー? そうかなぁ」
一瞬の沈黙のあと、どちらからともなく笑った。
◇
「天候は問題なし、でも」
「見頃にはやっぱり早かったかぁ……」
広大な園内の木々はところどころ紅や黄を差してはいるものの、それでも秋の彩りに一歩届いてないもののほうが多い。
でも、今みたいな、季節と季節のあいだにしか見られない景色も、僕は好きだよ。ここは秋に限らず四季折々の景観が楽しめる庭園というのもあって、歴史ある建造物を眺められるのもいい。
それに、旅って、たとえ同じ目的地に同じルートで向かったとしても、以前とまったく同じ景色なんてひとつもないんだ。だから、今、僕たちが見たこの景色は、今だけのもの。そう考えたら、紅葉シーズンに一歩届いてない景色も、それはそれで素敵でしょ?
「紅葉シーズン本番になったらもっと混雑するだろうし、僕たちもまた忙しくなるから」
「そっか、クリスマス商戦だ」
僕たちが生まれるずっと前のHAMAは四季がほぼ均等だったらしいけど、今は夏が長い。夏に圧迫された春と秋は駆け足で現れて、あっという間に去ってしまう。この時期は短い秋に縋りながら冬支度しないといけなくて、季節に合わせた旅も服装も難易度が高いんだよね。
「そう。ミーティングは来週…………あ」
プライベートって散々念押ししておきながら、僕らしくなく、口を滑らせた。
「可不可〜?」
言葉の応酬では僕が有利なことが多いから、楓ちゃんはめったにないチャンスといわんばかりに僕の顔を見てにやにやしてる。
「あーあーあー、楓ちゃんの思考回路移っちゃったなー」
本当に悔しい。僕、こんなミスめったにしないんだけど! ……今日は緊張してるせいかも。
「移るってなにそれ。……でも、俺もそうかも」
手に触れた感触にびっくりして、僕より少し目線の高い楓ちゃんを見る。
「珍しいね」
だって、いつもは僕から手を繋いでた。それが、楓ちゃんのほうからこうやって指を絡めてくるなんて。
「だから、移ったの! 可不可のせいだよ!」
自分からきておいて照れてる。恋人としてのスキンシップにちょっと積極的になった楓ちゃんにどきどきしながら、僕も負けたくなくて、その手を引いた。
「紅葉には早かったけど、僕といるときの楓ちゃんは年中だね」
手の甲にくちびるを触れさせただけで赤くなっちゃうんだから。
「……それ、言ってて恥ずかしくない?」
「全然? だって本心だし」
予定ではこのあともう少し見て回ってから、本当にふたりきりになれるところに行って、そこで……っていうつもりだった。でも、なんとなく、今かなって思ったんだ。
「可不可?」
いつまでも足を止めたままの僕に、楓ちゃんが困惑の色を滲ませた声で呼びかけてくる。さすがに緊張するんだよね、ずっと決めてたこととはいえ、生まれて初めてだから。
「少しだけ、目を閉じててくれる?」
「え? ……い、いいよ」
もしかしてキスされると思ったのかな。素早く周りを確認したあと目をかたく瞑って、くちびるを軽く突き出してる。うーん、それもすごく魅力的だけど、周囲の目がこっちを向いてない隙を狙うスリルさより、今は、こっちかな。
「そろそろ、こういう〝おそろい〟がほしいなと思って」
今はまだこっちだけど、いつか、反対側の同じ指に、もっときらめくものを贈らせてほしい。
「……これって」
「もちろん、僕も同じものを持ってる。このためにつくってもらったから……似たものはあるけど、完全に同じものはないよ。正真正銘、僕たちだけのおそろい」
出張のお土産でおそろいのものを増やす作戦はこれからも続けるけど、それだけだと、仕事のパートナーとしてのおそろいみたいじゃない? 僕は恋人としてのおそろいもほしい。
僕がよくばりなことなんて誰よりも知ってるくせに、楓ちゃんは自分の右手薬指をじっと見つめたままだ。
「……僕の気持ち、重い?」
「そんなことないよ! びっくりしただけで……だけじゃない、その、すごく照れちゃって、顔が熱くて、……どうしよう、今の俺、変な顔になってない?」
楓ちゃんが両頬を押さえた拍子に、リングがきらっと光った。うん、すごく似合う。それから――
「あー……今の楓ちゃん、すっごい顔してる」
「だよね? ごめん、外なのに。早く戻すから」
また目を瞑って、今度は自分の頬をぐっと押さえつけてる。にやけそうなのを我慢するときの、楓ちゃんの癖だ。あーあ、それだと変顔になっちゃうよ。
「お昼過ぎにはゆっくりできるところに行こうって予定だったよね」
「う、うん……」
僕に腕を掴まれたまま、楓ちゃんの頬がぽぽぽと赤く染まった。今日はいつもより赤くなるね。まぁ、僕がそうさせてる自覚はあるよ。
「ちょっと早いけど、楓ちゃんがいいなら、もう向かおうかなって思ってるんだけど」
――すっごくかわいい顔だから、早くひとりじめさせてほしいな。表情は戻さなくていいよ。