sentimentalism
*kfkeワンドロワンライ第4回から『嫉妬』『寝言』を選択
三日間の出張から戻ってきてかれこれ十日、可不可はずっと機嫌がよさそう。相手方との話がうまくまとまったのは聞いてる。でも、それだけでこんなに長く引っ張らないんじゃないかな。つまり、出張中か出張から戻ってきてすぐの頃に嬉しいことがあって、それが可不可を上機嫌にさせてるってこと。
HAMAの観光客誘致数は順調に増えてってるけど、まだまだKOBEには敵わない。この半月弱のあいだ、HAMAツアーズに大きな案件がきた形跡もない。仕事のことではなさそう。
この十日間、俺の出張や研修旅行への同行はなかったから、朝晩は必ず顔を合わせてる。というか、眠る前には絶対に一緒に過ごしてる。一緒に過ごしてるときに何日も引っ張るレベルのできごとに遭遇した様子は見受けられなかったから、やっぱり、出張中になにかあったんじゃないかな。
もちろん、それとなく訊いてみたことはある。なにかいいことあった? って。可不可は相変わらずきれいな顔で「プライベートにおいては、楓ちゃんと恋人になれたってだけで僕は世界一の果報者だよ」なんて返ってきた。そんなことを言うくせに、俺以外のことで十日もにこにこしてるの、気にするなっていうほうがおかしい。
「それで、坊ちゃまの出張中の話を、というわけですか」
可不可がいないタイミングを狙って、朔次郎さんから話を引き出せないか動くことにした。ちょっと卑怯かな、でも、可不可が教えてくれない以上は、出張についていった朔次郎さんが頼みの綱だ。
「はい、仕事の面では新規開拓に繋がりそうな手応えがあったという話は聞いたんですが、可不可がやけに上機嫌なので、他にもなにかあったのかなと」
言葉にしてから、今の俺ってすごくやだなって自覚した。これじゃあまるで、可不可を喜ばせたなにかに嫉妬してるみたい。……嫉妬、なのかな。
「……お役に立てず申し訳ございません。ですが、坊ちゃまの喜怒哀楽の根底は、いつも同じですよ」
朔次郎さんも具体的な心あたりはないってことだ。でも、最後の言葉が引っ掛かる。可不可の感情の、根底?
「気にかかるのであれば、直接尋ねられてみてはいかがですか」
「訊いたんですけど、なんだかはぐらかされたような気がして」
「それはそれは……ですが、どうしても気になるのだと楓さんが問い詰めれば、さすがの坊ちゃまもお答えになるでしょう」
なにせ、坊ちゃまは楓さんの意識がご自分に向くのが、なによりのよろこびですから。――その言葉に、そういえばこのひとだけは、俺たちが付き合ってることを知ってるんだったっけって思い至った。
「問い詰め……あんまり気が進まないんですけど、答えてくれるんでしょうか」
「えぇ。今のような切実さがあれば、坊ちゃまのほうから話したくなるでしょう」
どうしても知りたいって食い下がるの、ちょっと格好悪い気がして気が引けるんだけど、朔次郎さんの言うとおり、可不可ともっとちゃんと話したほうがいい気がしてきた。本当に教えてくれるのかな。
◇
可不可は俺のことが一番って言うけど、今の可不可がそんなに上機嫌になってる〝なにか〟に負けてるみたいに感じて、ちょっと悔しい。――恥ずかしさに何十、何百もの蓋をかぶせてそう言ったら、可不可は目をまあるく見開いたあと、熱でも出たんじゃないかってくらい顔を真っ赤にした。
「え、熱ある?」
気になるとはいえ、可不可が体調崩してるんだとしたら、日を改めるべきだよね。焦って額に手を伸ばしたら、可不可がぶんぶんと首を振った。
「ない、ないから」
「そう……?」
「ないよ。至って健康。……でも、そっか、楓ちゃん、そんなに気にしてたんだ」
「……だって、この前なんて鼻唄歌ってたんだよ。今みたいに部屋でふたりきりのときより楽しそうで、普通に気になって」
あんなに蓋をかぶせたはずなのに、どんどん恥ずかしさが増して、俺こそ熱が出てるんじゃないかってくらい、顔が熱くなってきた。滅多に寝込まないのが取り柄なのに。
「楓ちゃんって、僕が思ってる以上に、僕のこと好きになってくれてるんだね」
「それは……そうだよ。そうじゃなかったらキ、キスとか、触りっことか、しないし」
昨日もしたキスを思い出して、目が合わせられない。俺が些細なことを気にしてなければ、今日も、とっくにキスしてたと思う。
意味もなく自分の足許を見つめてたら、可不可がすすすと体を寄せてきた。可不可って、ことあるごとにこの距離で囁くみたいに話しかけてくるんだよね。そういうときは、決まって、俺が照れてるときなんだ。
「楓ちゃんが恥ずかしがるから、言わないでおこうと思ってたけど……嫉妬しなくていいのに嫉妬しちゃってるの、かわいいけどかわいそうだし、教えちゃおうかな」
「嫉妬?」
「じゃない?」
「……そう、かも。えー、やだなぁ。俺、すっごく格好悪いよね?」
言われてみれば、確かに、俺のこのもやもやの正体って嫉妬以外の何者でもない。本当、やだなぁ。……でも、しなくていい嫉妬って?
「出張中、夜に電話してたら、楓ちゃんが寝落ちしたことがあったでしょ?」
半月近く前の夜を思い起こす。そうだ、可不可の三日間の出張のうち、二日目の夜は前日の電話で長話し過ぎたのが祟ったのか、寝不足だったんだ。気付いたら朝で、電話は当然のように切れてて、可不可から「ちゃんと寝ること!」ってメッセージが届いてた。
「その節はご迷惑をおかけしました……」
でも、一日目の夜の電話だって、可不可がどきどきさせてくるのが悪いんだよ。あんな、あんな……いや、これ以上思い出すのはやめにしよう。せっかく落ち着いてきたのに、また、顔が熱くなってきた。
「僕が寝ちゃったのって訊いたら、……ふふ、あのときの楓ちゃん、積極的でかわいかったなぁ」
「えっ!?」
なにそれ、全っ然、記憶にないんだけど? 積極的ってなに? もしかして、もしかしなくても、やばいこと言った?
「完全に寝てたもんね。でも、楓ちゃんがそう言うならって、僕、帰ってきた日に実践したんだよ」
出張から帰ってきた日……日にちが変わる寸前に帰ってきた可不可ってば、スーツ姿のまま俺の部屋に来て、俺がドアを開けるなり――
「え、あ、あれって、そういう……?」
――〝僕もしたかったよ〟なんて言いながら後ろ手でドアを閉めて、俺の顔中、あっちこっちにキスしてきたんだ。
「大正解。楓ちゃんって、僕とキスするの好きなんだって。何回も名前呼ばれちゃった。本当、かわいかったなぁ」
具体的な言葉こそ教えてもらえなかったけど、これって、要は、俺が寝言で可不可とキスしたいだとか、可不可にキスされるのが好きだとか、そういうこと言ったってことだよね?
「わー! わー! 可不可、忘れよう。ね、それがいいよ! 俺も覚えてないし、一緒に忘れよう!」
「だーめ。絶対忘れないよ。それより、……今夜も、楓ちゃんの大好きなキス、そろそろしなくていいの?」
そんなの……したいに決まってる。
三日間の出張から戻ってきてかれこれ十日、可不可はずっと機嫌がよさそう。相手方との話がうまくまとまったのは聞いてる。でも、それだけでこんなに長く引っ張らないんじゃないかな。つまり、出張中か出張から戻ってきてすぐの頃に嬉しいことがあって、それが可不可を上機嫌にさせてるってこと。
HAMAの観光客誘致数は順調に増えてってるけど、まだまだKOBEには敵わない。この半月弱のあいだ、HAMAツアーズに大きな案件がきた形跡もない。仕事のことではなさそう。
この十日間、俺の出張や研修旅行への同行はなかったから、朝晩は必ず顔を合わせてる。というか、眠る前には絶対に一緒に過ごしてる。一緒に過ごしてるときに何日も引っ張るレベルのできごとに遭遇した様子は見受けられなかったから、やっぱり、出張中になにかあったんじゃないかな。
もちろん、それとなく訊いてみたことはある。なにかいいことあった? って。可不可は相変わらずきれいな顔で「プライベートにおいては、楓ちゃんと恋人になれたってだけで僕は世界一の果報者だよ」なんて返ってきた。そんなことを言うくせに、俺以外のことで十日もにこにこしてるの、気にするなっていうほうがおかしい。
「それで、坊ちゃまの出張中の話を、というわけですか」
可不可がいないタイミングを狙って、朔次郎さんから話を引き出せないか動くことにした。ちょっと卑怯かな、でも、可不可が教えてくれない以上は、出張についていった朔次郎さんが頼みの綱だ。
「はい、仕事の面では新規開拓に繋がりそうな手応えがあったという話は聞いたんですが、可不可がやけに上機嫌なので、他にもなにかあったのかなと」
言葉にしてから、今の俺ってすごくやだなって自覚した。これじゃあまるで、可不可を喜ばせたなにかに嫉妬してるみたい。……嫉妬、なのかな。
「……お役に立てず申し訳ございません。ですが、坊ちゃまの喜怒哀楽の根底は、いつも同じですよ」
朔次郎さんも具体的な心あたりはないってことだ。でも、最後の言葉が引っ掛かる。可不可の感情の、根底?
「気にかかるのであれば、直接尋ねられてみてはいかがですか」
「訊いたんですけど、なんだかはぐらかされたような気がして」
「それはそれは……ですが、どうしても気になるのだと楓さんが問い詰めれば、さすがの坊ちゃまもお答えになるでしょう」
なにせ、坊ちゃまは楓さんの意識がご自分に向くのが、なによりのよろこびですから。――その言葉に、そういえばこのひとだけは、俺たちが付き合ってることを知ってるんだったっけって思い至った。
「問い詰め……あんまり気が進まないんですけど、答えてくれるんでしょうか」
「えぇ。今のような切実さがあれば、坊ちゃまのほうから話したくなるでしょう」
どうしても知りたいって食い下がるの、ちょっと格好悪い気がして気が引けるんだけど、朔次郎さんの言うとおり、可不可ともっとちゃんと話したほうがいい気がしてきた。本当に教えてくれるのかな。
◇
可不可は俺のことが一番って言うけど、今の可不可がそんなに上機嫌になってる〝なにか〟に負けてるみたいに感じて、ちょっと悔しい。――恥ずかしさに何十、何百もの蓋をかぶせてそう言ったら、可不可は目をまあるく見開いたあと、熱でも出たんじゃないかってくらい顔を真っ赤にした。
「え、熱ある?」
気になるとはいえ、可不可が体調崩してるんだとしたら、日を改めるべきだよね。焦って額に手を伸ばしたら、可不可がぶんぶんと首を振った。
「ない、ないから」
「そう……?」
「ないよ。至って健康。……でも、そっか、楓ちゃん、そんなに気にしてたんだ」
「……だって、この前なんて鼻唄歌ってたんだよ。今みたいに部屋でふたりきりのときより楽しそうで、普通に気になって」
あんなに蓋をかぶせたはずなのに、どんどん恥ずかしさが増して、俺こそ熱が出てるんじゃないかってくらい、顔が熱くなってきた。滅多に寝込まないのが取り柄なのに。
「楓ちゃんって、僕が思ってる以上に、僕のこと好きになってくれてるんだね」
「それは……そうだよ。そうじゃなかったらキ、キスとか、触りっことか、しないし」
昨日もしたキスを思い出して、目が合わせられない。俺が些細なことを気にしてなければ、今日も、とっくにキスしてたと思う。
意味もなく自分の足許を見つめてたら、可不可がすすすと体を寄せてきた。可不可って、ことあるごとにこの距離で囁くみたいに話しかけてくるんだよね。そういうときは、決まって、俺が照れてるときなんだ。
「楓ちゃんが恥ずかしがるから、言わないでおこうと思ってたけど……嫉妬しなくていいのに嫉妬しちゃってるの、かわいいけどかわいそうだし、教えちゃおうかな」
「嫉妬?」
「じゃない?」
「……そう、かも。えー、やだなぁ。俺、すっごく格好悪いよね?」
言われてみれば、確かに、俺のこのもやもやの正体って嫉妬以外の何者でもない。本当、やだなぁ。……でも、しなくていい嫉妬って?
「出張中、夜に電話してたら、楓ちゃんが寝落ちしたことがあったでしょ?」
半月近く前の夜を思い起こす。そうだ、可不可の三日間の出張のうち、二日目の夜は前日の電話で長話し過ぎたのが祟ったのか、寝不足だったんだ。気付いたら朝で、電話は当然のように切れてて、可不可から「ちゃんと寝ること!」ってメッセージが届いてた。
「その節はご迷惑をおかけしました……」
でも、一日目の夜の電話だって、可不可がどきどきさせてくるのが悪いんだよ。あんな、あんな……いや、これ以上思い出すのはやめにしよう。せっかく落ち着いてきたのに、また、顔が熱くなってきた。
「僕が寝ちゃったのって訊いたら、……ふふ、あのときの楓ちゃん、積極的でかわいかったなぁ」
「えっ!?」
なにそれ、全っ然、記憶にないんだけど? 積極的ってなに? もしかして、もしかしなくても、やばいこと言った?
「完全に寝てたもんね。でも、楓ちゃんがそう言うならって、僕、帰ってきた日に実践したんだよ」
出張から帰ってきた日……日にちが変わる寸前に帰ってきた可不可ってば、スーツ姿のまま俺の部屋に来て、俺がドアを開けるなり――
「え、あ、あれって、そういう……?」
――〝僕もしたかったよ〟なんて言いながら後ろ手でドアを閉めて、俺の顔中、あっちこっちにキスしてきたんだ。
「大正解。楓ちゃんって、僕とキスするの好きなんだって。何回も名前呼ばれちゃった。本当、かわいかったなぁ」
具体的な言葉こそ教えてもらえなかったけど、これって、要は、俺が寝言で可不可とキスしたいだとか、可不可にキスされるのが好きだとか、そういうこと言ったってことだよね?
「わー! わー! 可不可、忘れよう。ね、それがいいよ! 俺も覚えてないし、一緒に忘れよう!」
「だーめ。絶対忘れないよ。それより、……今夜も、楓ちゃんの大好きなキス、そろそろしなくていいの?」
そんなの……したいに決まってる。