romanticism
*kfkeワンドロワンライ第1回から『十五夜』を選択
*月齢等はこの世界が2055年と仮定した際の〝中秋の名月〟を調べた結果をもとにしています
HAMAハウスのみんなでお月見会と称して、千弥の配信を見た。中秋の名月の夜に礼光の飼ってるうさぎが出た効果もあって、配信の同時接続数はここ数週間の全配信者のなかでもトップレベル。さすが千弥だねと――糖衣だけはずっと口を手で覆うなか、みんなで――笑って、早々にお開きになった。初めの頃に比べたらまとまってるけど、やっぱり、みんな個性的だから〝会社として〟の打ち上げでもない限り、夜遅くまで全員がそのまま同じ過ごし方をするってことはない。僕はそれでいいと思ってる。こういう会こそ自由なくらいが、今後もうまくやっていくためには必要だからね。
でも、普通に楽しかったし、眠るにはまだ早いし、なにより、お月見会と称したわりに肝心の月を見てない。酔いやすいひとはお酒を控えめにして、配信を見ながら、月見団子みたいに積まれた雪風のシュウマイとか、潮がつくってくれた天体チョコレートをおいしくいただいたって感じ。
せっかくなら本物の月を見てから眠りたいな。そう思って、楓ちゃんをそれとなく誘って、二階のベランダに出た。二階の部屋で過ごすメンバーから見て廊下の端にあたるこの位置は南向きで、今夜の月を眺めるのにぴったり。楓ちゃんの部屋からは遠回りだから、こんなところまで呼び出すなんてちょっと申し訳ないけど、夜は本当にひとが来ないんだ。
「さすがにこの時間ともなると涼しいね」
楓ちゃんはリビングにいたときより一枚多く上着を羽織って、僕のためにってブランケットを持ってきてくれた。椅子なんてないから、ふたりともぺたんと座ってる。
現在の時刻は二十三時半過ぎ、月齢は十四.〇、満月に対する今の月のかたちは九十九.九パーセント、満月になるまであと四時間くらいある。さすがにその時間まで起きてるわけにはいかないけど、せっかく晴れてるんだし、きれいなものは大切なひとと見なきゃもったいない。
「……なにか、俺に話したかったんだよね」
最近、もしかして楓ちゃんは僕の気持ちに気付いてるんじゃないかなって思うことが増えた。少しでも好きな子の近くにいたくて照れも矜持もそっちのけで甘えるのを、前までは笑って受け止めてくれてたのが、いつの頃からか、一瞬の沈黙が生まれるようになった。いい大人がなにをやってるんだって呆れたのかと焦ったけど、楓ちゃんの顔には恥じらいが滲んでるんだ。つまり、悪くないって思ってるってこと。
「どんなに本気でも、怖くて、冗談めかす癖がついちゃってたなぁって思って」
「うん」
「楓ちゃんは、さ」
こんなときこそまっすぐ顔を見つめるべきなのに、緊張して、そっぽを向いてしまう。楓ちゃんも、僕につられて空を見上げたような気がした。だって、もう顔が見られないくらいどきどきしてるから、楓ちゃんが実は横目で僕を見てたとしても、今の僕にそれを確かめる勇気はない。
「……僕が、月がきれいですねって言ったら、なんて答える?」
ストレートに好きだよって言えたらよかった。秒で後悔する。でも、好きの二文字が言えるなら、たぶん、とっくに言ってるよ。こんなに長く言えなくて、寸前で言うのをやめたり、距離の近さを自分で冗談めかしたりする癖がついちゃってる。有名な言葉にでも頼らなきゃって、挫けた。
楓ちゃんは黙ってる。どう受け取った? いつもの冗談? それとも、この言葉を知ってるかの謎かけだと思った? きっとそんなに長くないはずの時間が、今夜ここに来てからの時間よりも長く感じる。
「死んでもいいわ、かな」
「っ、それって」
期待していい? あの恥じらいは同じ気持ちの証だって、僕の思い込みじゃないんだって、思ってもいい? ――思わず、楓ちゃんのほうを向いた。
「なーんてね」
「えっ」
少なくとも僕より先に月を見るのをやめてたらしい楓ちゃんが、あははと笑う。……ひどい子。恐らくは僕の気持ちを知ってるくせに、肝心なときに振り回すなんて。
やっぱり、有名な言葉に頼ったのがだめだったのかも。でも、じゃあ、僕はどんな言葉で、今更、この子への恋心を百パーセント伝えきれる?
「あのね、可不可」
俯く僕の手に、楓ちゃんの手が重なる。
「俺なら、俺も好きだよって返すよ」
「ふーん……」
期待しそうになって、いや、これは僕に対してなわけないって、慌てて打ち消す。そのせいで不貞腐れた声が出た。
「拗ねないの! ……ごめん、俺が肝心なときにはぐらかそうとしたからだよね。でも、可不可も、ずっとそうだったでしょ」
確かにそのとおりだ。他のことなら、成功率がわずかでも見込めたらあとは実力でなんとかしてみせようって決めて、ためらいなく挑戦するくせに、大事なものに対して臆病だった。
「可不可とは一緒に長ーく生きたいから、どんなにロマンティックでも、その言葉は使わない。それに、俺がロマンティックな言葉で言うタイプじゃないの、可不可が誰よりわかってるでしょ」
重ねられただけだった手の、指がからめとられる。こんな繋ぎ方、今まで一度だってしたことない。今夜何度目かの期待に顔を上げると、楓ちゃんの顔が目の前にあった。
「それに、可不可と見る月は、ずっときれいだったよ。たぶんね。空ばかり見てたわけじゃないから断定できないけど、今思えば、そうだった気がする」
「うまいこと言っちゃって……楓ちゃんって、実は僕以上にロマンチストだよね」
その返しに込められた意味はわかる。でも、さすがに〝ずっと〟とは思えないよ。僕のこと、喜ばせ過ぎじゃない?
「そうかな。正直言って、いつからかなんてわからないよ。いつの間にか大切で、ずっと一緒にいたいって思うようになってた。可不可もそうじゃないの?」
もう、あとほんの少しで触れてもおかしくない距離だ。目の焦点はどこに合わせたらいい? こんなに近かったことなんてなくて、どうしても、伏し目がちになる。
「僕は覚えてるよ。だって、世界が変わったんだから」
吐息だけなら、もう触れた気がする。ちゃんと触れたい。お伺いを立てるように至近距離で瞬きをすると、楓ちゃんが瞼を閉じた。
「本当に、いいの? そんなふうにされると、勘違いしちゃうんだけど」
「勘違いじゃないから、目を閉じたんだよ。今まではぐらかしたぶん、責任取って、俺に思い知らせてよ」
そこまで言われて日和るわけにはいかない。かぶりつくみたいにくちづけて、楓ちゃんの了解も得ずに舌を捩じ込む。だって、思い知らせてって言った。おままごとみたいなキスをするだけじゃ、一パーセントだって伝わらないよ。
「……僕の気持ち、伝わった?」
「うーん……今日のぶんなら……」
「えー、なにそれ」
「これでも照れてるんだよ。照れ隠し! ……今、すっごく恥ずかしいんだから」
そう言うと、楓ちゃんはしばらくのあいだ顔を覆っちゃった。隠しきれてない耳が真っ赤だなぁって気付いた頃、ようやく顔を上げて――
「これから毎日、教えてよ。俺も同じだけ返すから」
――今度は、楓ちゃんから同じくらいの〝お返し〟があった。
*月齢等はこの世界が2055年と仮定した際の〝中秋の名月〟を調べた結果をもとにしています
HAMAハウスのみんなでお月見会と称して、千弥の配信を見た。中秋の名月の夜に礼光の飼ってるうさぎが出た効果もあって、配信の同時接続数はここ数週間の全配信者のなかでもトップレベル。さすが千弥だねと――糖衣だけはずっと口を手で覆うなか、みんなで――笑って、早々にお開きになった。初めの頃に比べたらまとまってるけど、やっぱり、みんな個性的だから〝会社として〟の打ち上げでもない限り、夜遅くまで全員がそのまま同じ過ごし方をするってことはない。僕はそれでいいと思ってる。こういう会こそ自由なくらいが、今後もうまくやっていくためには必要だからね。
でも、普通に楽しかったし、眠るにはまだ早いし、なにより、お月見会と称したわりに肝心の月を見てない。酔いやすいひとはお酒を控えめにして、配信を見ながら、月見団子みたいに積まれた雪風のシュウマイとか、潮がつくってくれた天体チョコレートをおいしくいただいたって感じ。
せっかくなら本物の月を見てから眠りたいな。そう思って、楓ちゃんをそれとなく誘って、二階のベランダに出た。二階の部屋で過ごすメンバーから見て廊下の端にあたるこの位置は南向きで、今夜の月を眺めるのにぴったり。楓ちゃんの部屋からは遠回りだから、こんなところまで呼び出すなんてちょっと申し訳ないけど、夜は本当にひとが来ないんだ。
「さすがにこの時間ともなると涼しいね」
楓ちゃんはリビングにいたときより一枚多く上着を羽織って、僕のためにってブランケットを持ってきてくれた。椅子なんてないから、ふたりともぺたんと座ってる。
現在の時刻は二十三時半過ぎ、月齢は十四.〇、満月に対する今の月のかたちは九十九.九パーセント、満月になるまであと四時間くらいある。さすがにその時間まで起きてるわけにはいかないけど、せっかく晴れてるんだし、きれいなものは大切なひとと見なきゃもったいない。
「……なにか、俺に話したかったんだよね」
最近、もしかして楓ちゃんは僕の気持ちに気付いてるんじゃないかなって思うことが増えた。少しでも好きな子の近くにいたくて照れも矜持もそっちのけで甘えるのを、前までは笑って受け止めてくれてたのが、いつの頃からか、一瞬の沈黙が生まれるようになった。いい大人がなにをやってるんだって呆れたのかと焦ったけど、楓ちゃんの顔には恥じらいが滲んでるんだ。つまり、悪くないって思ってるってこと。
「どんなに本気でも、怖くて、冗談めかす癖がついちゃってたなぁって思って」
「うん」
「楓ちゃんは、さ」
こんなときこそまっすぐ顔を見つめるべきなのに、緊張して、そっぽを向いてしまう。楓ちゃんも、僕につられて空を見上げたような気がした。だって、もう顔が見られないくらいどきどきしてるから、楓ちゃんが実は横目で僕を見てたとしても、今の僕にそれを確かめる勇気はない。
「……僕が、月がきれいですねって言ったら、なんて答える?」
ストレートに好きだよって言えたらよかった。秒で後悔する。でも、好きの二文字が言えるなら、たぶん、とっくに言ってるよ。こんなに長く言えなくて、寸前で言うのをやめたり、距離の近さを自分で冗談めかしたりする癖がついちゃってる。有名な言葉にでも頼らなきゃって、挫けた。
楓ちゃんは黙ってる。どう受け取った? いつもの冗談? それとも、この言葉を知ってるかの謎かけだと思った? きっとそんなに長くないはずの時間が、今夜ここに来てからの時間よりも長く感じる。
「死んでもいいわ、かな」
「っ、それって」
期待していい? あの恥じらいは同じ気持ちの証だって、僕の思い込みじゃないんだって、思ってもいい? ――思わず、楓ちゃんのほうを向いた。
「なーんてね」
「えっ」
少なくとも僕より先に月を見るのをやめてたらしい楓ちゃんが、あははと笑う。……ひどい子。恐らくは僕の気持ちを知ってるくせに、肝心なときに振り回すなんて。
やっぱり、有名な言葉に頼ったのがだめだったのかも。でも、じゃあ、僕はどんな言葉で、今更、この子への恋心を百パーセント伝えきれる?
「あのね、可不可」
俯く僕の手に、楓ちゃんの手が重なる。
「俺なら、俺も好きだよって返すよ」
「ふーん……」
期待しそうになって、いや、これは僕に対してなわけないって、慌てて打ち消す。そのせいで不貞腐れた声が出た。
「拗ねないの! ……ごめん、俺が肝心なときにはぐらかそうとしたからだよね。でも、可不可も、ずっとそうだったでしょ」
確かにそのとおりだ。他のことなら、成功率がわずかでも見込めたらあとは実力でなんとかしてみせようって決めて、ためらいなく挑戦するくせに、大事なものに対して臆病だった。
「可不可とは一緒に長ーく生きたいから、どんなにロマンティックでも、その言葉は使わない。それに、俺がロマンティックな言葉で言うタイプじゃないの、可不可が誰よりわかってるでしょ」
重ねられただけだった手の、指がからめとられる。こんな繋ぎ方、今まで一度だってしたことない。今夜何度目かの期待に顔を上げると、楓ちゃんの顔が目の前にあった。
「それに、可不可と見る月は、ずっときれいだったよ。たぶんね。空ばかり見てたわけじゃないから断定できないけど、今思えば、そうだった気がする」
「うまいこと言っちゃって……楓ちゃんって、実は僕以上にロマンチストだよね」
その返しに込められた意味はわかる。でも、さすがに〝ずっと〟とは思えないよ。僕のこと、喜ばせ過ぎじゃない?
「そうかな。正直言って、いつからかなんてわからないよ。いつの間にか大切で、ずっと一緒にいたいって思うようになってた。可不可もそうじゃないの?」
もう、あとほんの少しで触れてもおかしくない距離だ。目の焦点はどこに合わせたらいい? こんなに近かったことなんてなくて、どうしても、伏し目がちになる。
「僕は覚えてるよ。だって、世界が変わったんだから」
吐息だけなら、もう触れた気がする。ちゃんと触れたい。お伺いを立てるように至近距離で瞬きをすると、楓ちゃんが瞼を閉じた。
「本当に、いいの? そんなふうにされると、勘違いしちゃうんだけど」
「勘違いじゃないから、目を閉じたんだよ。今まではぐらかしたぶん、責任取って、俺に思い知らせてよ」
そこまで言われて日和るわけにはいかない。かぶりつくみたいにくちづけて、楓ちゃんの了解も得ずに舌を捩じ込む。だって、思い知らせてって言った。おままごとみたいなキスをするだけじゃ、一パーセントだって伝わらないよ。
「……僕の気持ち、伝わった?」
「うーん……今日のぶんなら……」
「えー、なにそれ」
「これでも照れてるんだよ。照れ隠し! ……今、すっごく恥ずかしいんだから」
そう言うと、楓ちゃんはしばらくのあいだ顔を覆っちゃった。隠しきれてない耳が真っ赤だなぁって気付いた頃、ようやく顔を上げて――
「これから毎日、教えてよ。俺も同じだけ返すから」
――今度は、楓ちゃんから同じくらいの〝お返し〟があった。