恋も病も
*たびはじマンスリー企画10月から『ハロウィン』を選択
可不可主催のハロウィンパーティーは、全員仮装必須っていうルールで、朔次郎さんがいつにも増して生き生きしてる。ショッピングモールでそれっぽいのを買ってくるひとたちもいるけど、そこそこの人数分は朔次郎さんがつくるみたい。
俺はシーツおばけにしようかな。自分で用意できるし、飾りをつけたりカラーペンで模様を描いたりしたら、結構派手になりそう。
それにしても可不可、すっごくはりきってるなぁ。夏くらいから、季節ごとのアウトドアやイベントのいくつかを、HAMAツアーズ社内のレクリエーションに盛り込んでは「社長命令」なんて言って、みんなを巻き込んでる。
きっと、大勢でわいわい過ごしたい気持ちからきてるんだと思う。可不可が入院してた頃、病棟で簡単なハロウィンパーティーがあって、俺がお見舞いに行ったタイミングだったから見学したけど、仮装するのは看護師さんたちだった。渡されるのも、お菓子じゃなくて、ちょっとしたおもちゃだったっけ。
その季節ならではのイベントごとが楽しくて仕方ないって顔してるの、俺は好きだよ。だから、相変わらず強引なんだからって思いながらも、可不可を笑顔にしたくて、めいっぱい頑張りたくなる。
……いけない、いけない。仕事中なのに可不可のこと考えちゃってた。でもパソコンとにらめっこし過ぎてるしちょっとだけ休憩しようと、目頭を指先で軽くマッサージしながら、ハロウィンのことを考える。HAMAツアーズ社内のレクリエーションのことであって可不可のことじゃないから、公私混同じゃない、セーフだよね。
シーツおばけ、目のところは小さく穴を開けて、ちょっと怖く見えるように逆三角の目を大きめに描いて……模様描くのにも使いたいから、黒いペンは二本買ったほうがいいかも。ハロウィンだからってオレンジと紫と黒でいくんじゃなくて、もっとカラフルなのにしちゃおうか。可不可が見たら、すごい色だねって――
「主任ちゃん」
「わっ」
――笑うところを想像してたら、張本人に声をかけられて、思わず飛び上がった。いや、実際には飛んでない。心境的に飛んだ。
そういえば、ハロウィンのこと考えてたはずなのにいつの間にか可不可のことになってた。……結構、重症かも。恋の病なんてこっ恥ずかしいフレーズが浮かんで、頭のなかで必死にそれを追い払う。
「今日はそんなに遅くならないでしょ? 帰り、ちょっと付き合ってよ。僕も早めに終わらせるからさ」
「え、あ、うん、わかった。巻きで終わらせるね!」
「あはは、嬉しいけど、無理は禁物だよ」
頭のなかでわーわーしながら答えちゃったけど、俺、今、変な顔してなかった? 大丈夫?
◇
仕事のあと可不可と向かったのはここから一番近いショッピングモールで、吹き抜けになってる広場も、エレベーター近くのポスターも、三階にある広い雑貨屋さんも、完全にハロウィン仕様。どこもかしこも、そわそわと浮かれた雰囲気だ。俺たちが生まれる前は〝よその国が発祥なのにただ浮かれるための理由にされてる、リスペクトがない〟って言われてた頃があったらしいけど、今はJPNなりのハロウィンの過ごし方が確立されてる。
可不可がいつの間にか「夕食はふたりで外食する」って朔次郎さんに連絡してたみたいで、七階のレストラン街でほどよくお腹を満たして、今はお腹が落ち着くのを待つがてら、エスカレーターでゆっくり下ってるところ。
「可不可からのお誘いだったのに、買いものに付き合わせちゃってごめん」
ちょうどいい感じのシーツ、ジャック・オ・ランタンとコウモリを模したワッペン、――カラーペンで派手にらくがきしちゃおうなんて考えてたけど、それはやめて――可不可が「これいいんじゃない?」って選んでくれた黒いとんがり帽子を買った。
「気にしないで。僕の目的は仕事帰りのデートだから」
「デート……」
言われてみれば、俺の買いものに付き合うばかりで、可不可は特定のお店に用があるわけじゃないって感じだった。でも、デートならデートって言ってくれたら、俺も仕事終わりのくたびれた格好じゃなくて、もっとちゃんとしたのに。どんなに気心が知れた間柄でも、恋人には、いつでも素敵だって思われたいよ。
そんなことを考えてたのが顔に出ちゃってたのか、空いてるほうの手指に可不可の指が絡んできて、本日二度目、心のなかで飛び上がった。そりゃあ、付き合ってるからだめじゃないけど――
「ねぇ、楓ちゃん」
「言わないで」
「手を繋いでるだけなのに、そんなに真っ赤になっちゃうんだ?」
「言わないでって言った……」
――部屋でふたりきりのときはほとんどずっと手を握られっぱなしだけど、外で繋ぐ機会ってそんなにないから、すごくどきどきする。あ、手汗かきそう。どうしよう、可不可と付き合うようになってから、格好悪いところばかり見せてる気がする。じゃあ付き合う前は格好いいところを見せてたのかって問われると、そっちも全然自信ないけど。
「えー、いいじゃない。いつまでも照れ屋なところ、すっごくかわいい」
指のはらが手の甲を滑って、指の付け根を何度か擦る。指のあいだを窮屈そうに越えては擦るその動きに、こんなところで想像すべきじゃない光景が脳裏を過った。
「あ、あの、えっと」
「ほら、僕ってサプライズ好きじゃない?」
可不可がなにか言い出したけど、自分の脳内に浮かんだとんでもない妄想をただちに追い払いたい気持ちが強くて、うまく答えられない。ほら、俺って同時にふたつのことこなすの無理なタイプじゃない?
「明日は、この前の休日出勤の振替日だったよね? ハロウィンパーティーの衣装をつくる予定だって」
「言ったかなぁ?」
声が上擦る。いや、言った。俺はばっちり言いました。覚えてます。この前、可不可が部屋に泊まりに来たときに、次の休みの予定を訊かれて、シーツおばけをやるつもりってことや、材料を買いに行く話をした。
「飾りつける前でいいからさ、シーツおばけになったかわいい楓ちゃん、見せてほしいな」
あわあわしてて、周りの景色をちゃんと見てなかった。はっとして顔を上げると、駅とは真逆、前に可不可と泊まったことのあるホテルが視界に入る。
「か、可不可」
「もちろん、無理強いはしないよ、楓ちゃんの意志が最優先。でも、たまには、ちょっと大騒ぎ、してみたくない?」
可不可ってば、相変わらず強引だよね。でも、俺は可不可のそういうところも好きで一緒にいたいんだから、やっぱり、重症かも。
たぶんとっくに手汗かいちゃってるけど、俺からも、可不可の手指に自分の指を絡め直した。
可不可主催のハロウィンパーティーは、全員仮装必須っていうルールで、朔次郎さんがいつにも増して生き生きしてる。ショッピングモールでそれっぽいのを買ってくるひとたちもいるけど、そこそこの人数分は朔次郎さんがつくるみたい。
俺はシーツおばけにしようかな。自分で用意できるし、飾りをつけたりカラーペンで模様を描いたりしたら、結構派手になりそう。
それにしても可不可、すっごくはりきってるなぁ。夏くらいから、季節ごとのアウトドアやイベントのいくつかを、HAMAツアーズ社内のレクリエーションに盛り込んでは「社長命令」なんて言って、みんなを巻き込んでる。
きっと、大勢でわいわい過ごしたい気持ちからきてるんだと思う。可不可が入院してた頃、病棟で簡単なハロウィンパーティーがあって、俺がお見舞いに行ったタイミングだったから見学したけど、仮装するのは看護師さんたちだった。渡されるのも、お菓子じゃなくて、ちょっとしたおもちゃだったっけ。
その季節ならではのイベントごとが楽しくて仕方ないって顔してるの、俺は好きだよ。だから、相変わらず強引なんだからって思いながらも、可不可を笑顔にしたくて、めいっぱい頑張りたくなる。
……いけない、いけない。仕事中なのに可不可のこと考えちゃってた。でもパソコンとにらめっこし過ぎてるしちょっとだけ休憩しようと、目頭を指先で軽くマッサージしながら、ハロウィンのことを考える。HAMAツアーズ社内のレクリエーションのことであって可不可のことじゃないから、公私混同じゃない、セーフだよね。
シーツおばけ、目のところは小さく穴を開けて、ちょっと怖く見えるように逆三角の目を大きめに描いて……模様描くのにも使いたいから、黒いペンは二本買ったほうがいいかも。ハロウィンだからってオレンジと紫と黒でいくんじゃなくて、もっとカラフルなのにしちゃおうか。可不可が見たら、すごい色だねって――
「主任ちゃん」
「わっ」
――笑うところを想像してたら、張本人に声をかけられて、思わず飛び上がった。いや、実際には飛んでない。心境的に飛んだ。
そういえば、ハロウィンのこと考えてたはずなのにいつの間にか可不可のことになってた。……結構、重症かも。恋の病なんてこっ恥ずかしいフレーズが浮かんで、頭のなかで必死にそれを追い払う。
「今日はそんなに遅くならないでしょ? 帰り、ちょっと付き合ってよ。僕も早めに終わらせるからさ」
「え、あ、うん、わかった。巻きで終わらせるね!」
「あはは、嬉しいけど、無理は禁物だよ」
頭のなかでわーわーしながら答えちゃったけど、俺、今、変な顔してなかった? 大丈夫?
◇
仕事のあと可不可と向かったのはここから一番近いショッピングモールで、吹き抜けになってる広場も、エレベーター近くのポスターも、三階にある広い雑貨屋さんも、完全にハロウィン仕様。どこもかしこも、そわそわと浮かれた雰囲気だ。俺たちが生まれる前は〝よその国が発祥なのにただ浮かれるための理由にされてる、リスペクトがない〟って言われてた頃があったらしいけど、今はJPNなりのハロウィンの過ごし方が確立されてる。
可不可がいつの間にか「夕食はふたりで外食する」って朔次郎さんに連絡してたみたいで、七階のレストラン街でほどよくお腹を満たして、今はお腹が落ち着くのを待つがてら、エスカレーターでゆっくり下ってるところ。
「可不可からのお誘いだったのに、買いものに付き合わせちゃってごめん」
ちょうどいい感じのシーツ、ジャック・オ・ランタンとコウモリを模したワッペン、――カラーペンで派手にらくがきしちゃおうなんて考えてたけど、それはやめて――可不可が「これいいんじゃない?」って選んでくれた黒いとんがり帽子を買った。
「気にしないで。僕の目的は仕事帰りのデートだから」
「デート……」
言われてみれば、俺の買いものに付き合うばかりで、可不可は特定のお店に用があるわけじゃないって感じだった。でも、デートならデートって言ってくれたら、俺も仕事終わりのくたびれた格好じゃなくて、もっとちゃんとしたのに。どんなに気心が知れた間柄でも、恋人には、いつでも素敵だって思われたいよ。
そんなことを考えてたのが顔に出ちゃってたのか、空いてるほうの手指に可不可の指が絡んできて、本日二度目、心のなかで飛び上がった。そりゃあ、付き合ってるからだめじゃないけど――
「ねぇ、楓ちゃん」
「言わないで」
「手を繋いでるだけなのに、そんなに真っ赤になっちゃうんだ?」
「言わないでって言った……」
――部屋でふたりきりのときはほとんどずっと手を握られっぱなしだけど、外で繋ぐ機会ってそんなにないから、すごくどきどきする。あ、手汗かきそう。どうしよう、可不可と付き合うようになってから、格好悪いところばかり見せてる気がする。じゃあ付き合う前は格好いいところを見せてたのかって問われると、そっちも全然自信ないけど。
「えー、いいじゃない。いつまでも照れ屋なところ、すっごくかわいい」
指のはらが手の甲を滑って、指の付け根を何度か擦る。指のあいだを窮屈そうに越えては擦るその動きに、こんなところで想像すべきじゃない光景が脳裏を過った。
「あ、あの、えっと」
「ほら、僕ってサプライズ好きじゃない?」
可不可がなにか言い出したけど、自分の脳内に浮かんだとんでもない妄想をただちに追い払いたい気持ちが強くて、うまく答えられない。ほら、俺って同時にふたつのことこなすの無理なタイプじゃない?
「明日は、この前の休日出勤の振替日だったよね? ハロウィンパーティーの衣装をつくる予定だって」
「言ったかなぁ?」
声が上擦る。いや、言った。俺はばっちり言いました。覚えてます。この前、可不可が部屋に泊まりに来たときに、次の休みの予定を訊かれて、シーツおばけをやるつもりってことや、材料を買いに行く話をした。
「飾りつける前でいいからさ、シーツおばけになったかわいい楓ちゃん、見せてほしいな」
あわあわしてて、周りの景色をちゃんと見てなかった。はっとして顔を上げると、駅とは真逆、前に可不可と泊まったことのあるホテルが視界に入る。
「か、可不可」
「もちろん、無理強いはしないよ、楓ちゃんの意志が最優先。でも、たまには、ちょっと大騒ぎ、してみたくない?」
可不可ってば、相変わらず強引だよね。でも、俺は可不可のそういうところも好きで一緒にいたいんだから、やっぱり、重症かも。
たぶんとっくに手汗かいちゃってるけど、俺からも、可不可の手指に自分の指を絡め直した。