温度
*kfkeワンドロワンライ第6回から『恋人繋ぎ』を選択
たまにはふたりで晩酌でもなんて誘っておきながら、可不可をおもてなしすることなく俺ばっかりお酒が進んじゃったのがよくなかった。いや、結果的にはよかったのかもしれないけど。よかったのかな? まだよくわからない。
酔った勢いで可不可とずっと一緒にいたいっていう激重感情を可不可本人に吐露しちゃってたのを、愛の告白だって指摘された。更には、可不可が「いやならしないよ」って顔を近付けてきたのを、俺は、拒絶しなかった。してみてほしいって、思ったから。
くちびるが軽く押し当てられただけのそれは、たぶんほんの数秒のはずなのに、数分くらいに思えて、醒めたはずの酔いがまた回った気がした。
「わーっ……」
また恥ずかしくなって、部屋でひとり、ベッドの上でごろんごろんと寝返りを打つ。数日経ってても鮮明に思い出せる。残り数センチがゼロになった瞬間、自分の五感はすべて可不可のためにあるんじゃないか……なんて、そんなわけないのに、確かに、そう感じたんだ。俺の二十数年の人生でもしかしたらこれが一番なんじゃないかってくらいの、強烈な体験。
本当にどうしよう、……本当にどうしよう。初めての経験でいっぱいいっぱいになってなにも言えなくなった俺に、可不可は、くちびるが離れたばかりの距離で「おやすみ」って言って帰っていった。
キスって、くちびる同士が触れてる真っ最中よりも、離れた瞬間のほうが実感が湧くものなのかも。可不可のおやすみの言葉と一緒に吐息がくちびるにかかったとき、誇張抜きで、くらっときた。あの夜は二時過ぎまで寝られなかったんだよ。それからも、毎晩、あの瞬間を思い出してなかなか眠れない状態が続いてる。
可不可は俺に片想いしてたとか言ってたし、俺は酔いに任せて愛の告白とやらをしたらしいから、キスしたってことは、つまり――
「……ん?」
――可不可と俺って、恋人になったんだっけ? 好きって言ってないし言われてないし、付き合おうって言葉、なかったよね? 可不可に「好きってことでしょ」って言われたとき以外、好きの二文字は一度も出てなかった……気がする。
そもそも、あれ以来、可不可と全然話せてない。朝、出社して「おはよう」って言うくらいで、ご飯の時間すら合わない日々が続いてる。職場では顔を合わせるけど、こんな話できるわけなくて、なにごともなかったかのように仕事してるし。
「……」
いやな汗が出てきた。可不可は冗談や遊びでキスするタイプじゃない。絶対、真剣だ。
恋愛についてあんまり考えたことないけど、手軽にいろんなひとと恋するより、一途に誰かを想う恋のほうが素敵だなって気持ちだけは、昔からある。それは大人になった今も変わらない。可不可のあの言葉が真実なら、まさにその〝一途〟はかなり長いこと俺に向けられてたってわけで……。そんな素敵な気持ちに、ついこの前まで気付かなかったなんて、いくら恋愛経験ゼロとはいえ、鈍過ぎるんじゃない?
それなのに、俺ときたらキスで舞い上がりっぱなしで、肝心なこと、言えてない。可不可からも、ちゃんと聞きたい。どうしよう。いや、どうしようもこうしようもなくて、今、俺がやるべきことは――
◇
改めて呼び出すのが照れくさくて、一階でお風呂を済ませて部屋に戻る途中の可不可を見つけるなり、腕を掴んだ。
「楓ちゃん?」
相変わらず細い腕だけど、寝間着の袖越しに伝わってくる体温にどきどきして、心配どころじゃない。研修旅行の自由時間に可不可と松本城を見に行ったときは、手を繋がれたって、なんとも思わなかった。手よりもハードルが低いはずの腕を掴んだだけで、もう、こんなに緊張してる。でも、緊張してる場合でもない。
――ちゃんと、可不可と話さなきゃ。今夜中に。
「えぇと、とりあえず、こっちに」
こっちってどっち。ちゃんと話そう。テンパってろくにものも言えない自分に泣きたくなった。このあと話す内容を考えたら、行くところなんて俺の部屋くらいしかない。しかも、さっさと部屋に行けばいいものを、周りに誰もいないかきょろきょろしちゃった。可不可と俺が立ち話してたって、誰もなにも思わないのに。
俺がもたもたのろのろしてるのをぽかんと見てた可不可が、小さく笑う。そうだよね、おかしいよね。自分でもわかってるよ。あれから連日寝不足で頭が回ってないせいってことにしてくれるかな。
「楓ちゃんの部屋に行けばいい?」
「え、あ、うん、そう……」
答えてから、うひゃあって叫びそうになった。わりとしっかりめに掴んでたはずの腕を難なく解いたかと思うと、あっという間に手を繋がれたから。
「か、可不可」
「ん?」
デートだからって言われて可不可と手を繋いだことはある。平熱が低めで、冷え性で、俺よりちょっとだけこぶりな手。子どもの頃から知ってる。でも、こんなのは知らないよ。
「あの、手が」
……たぶん、俺が一番、可不可の手を知ってる。初めてHAMAをふたりで歩き回った日は、一日中、可不可と手を繋いでた。病院から抜け出すなんてあり得ないって叱られてるあいだも、手は繋いだまま、大人たちから見えないように俯いて落ち込んでるふりしながら、可不可と視線だけでおしゃべりした。叱られちゃったけど楽しかったね、またいつかリベンジ旅しようねって。反省しなきゃだから声には出さなかったけど、繋いだ手の温度で、ちゃんとわかってたよ。
松本城を見て歩いたときも、ここまで来られてよかったって達成感と、もっと体力をつけなきゃって悔しがってる気持ちが伝わってきた。可不可はいつだって背筋をしゃんと伸ばして前を見据えて、すごく格好いい。でも、そのときは、どんな言葉も可不可の焦燥を逆撫でする気がして、繋いだ手を帰るまで離さないことでしか、寄り添えなかった。
それくらい、可不可と手を繋いで知れるものはたくさんあって、俺は誰よりも可不可のことをわかってるって思ってたのに――
「こういう繋ぎ方、だめ?」
――指と指のあいだのぬくもりを、今、初めて知った。可不可について知らないこと、もう、ないと思ってたのに。全然、知らないことばっかりだ。
「だめじゃない、けど」
「けど?」
この前のキスだってそう。なんてことない顔で迫ってきたくせして、くちびるから離れるとともにかかった吐息は、可不可らしくなく臆病だった。そう、臆病だったんだ。ずっと格好よかったのは、きっと、俺のためなんだよね。可不可の気持ちを知るまで、そんなことも知らなかった。
「……けどじゃない。何日もごめん。ちゃんと話さなきゃなのに、……照れて、混乱してたのも、もっとちゃんと謝りたい」
結構強引に迫ってきたの、全然いやじゃなかったよ。強引とはいえ、最後の最後は、ちゃんと俺に決断させてくれたから。そういう可不可だから、俺は一番近くにいたいって思うんだ。
「部屋に行くんでしょ?」
指を絡めたままの手をそっと引かれる。部屋で話したい、けど、あと数分の我慢もしたくない。ここで言いたい。
「その前に、言いたいことがあって」
指に力を入れると、可不可の肩がぴくっと跳ねた。……たったそれだけで、可不可がどんなに俺を好きでいてくれてるのかがわかっちゃったよ。
たまにはふたりで晩酌でもなんて誘っておきながら、可不可をおもてなしすることなく俺ばっかりお酒が進んじゃったのがよくなかった。いや、結果的にはよかったのかもしれないけど。よかったのかな? まだよくわからない。
酔った勢いで可不可とずっと一緒にいたいっていう激重感情を可不可本人に吐露しちゃってたのを、愛の告白だって指摘された。更には、可不可が「いやならしないよ」って顔を近付けてきたのを、俺は、拒絶しなかった。してみてほしいって、思ったから。
くちびるが軽く押し当てられただけのそれは、たぶんほんの数秒のはずなのに、数分くらいに思えて、醒めたはずの酔いがまた回った気がした。
「わーっ……」
また恥ずかしくなって、部屋でひとり、ベッドの上でごろんごろんと寝返りを打つ。数日経ってても鮮明に思い出せる。残り数センチがゼロになった瞬間、自分の五感はすべて可不可のためにあるんじゃないか……なんて、そんなわけないのに、確かに、そう感じたんだ。俺の二十数年の人生でもしかしたらこれが一番なんじゃないかってくらいの、強烈な体験。
本当にどうしよう、……本当にどうしよう。初めての経験でいっぱいいっぱいになってなにも言えなくなった俺に、可不可は、くちびるが離れたばかりの距離で「おやすみ」って言って帰っていった。
キスって、くちびる同士が触れてる真っ最中よりも、離れた瞬間のほうが実感が湧くものなのかも。可不可のおやすみの言葉と一緒に吐息がくちびるにかかったとき、誇張抜きで、くらっときた。あの夜は二時過ぎまで寝られなかったんだよ。それからも、毎晩、あの瞬間を思い出してなかなか眠れない状態が続いてる。
可不可は俺に片想いしてたとか言ってたし、俺は酔いに任せて愛の告白とやらをしたらしいから、キスしたってことは、つまり――
「……ん?」
――可不可と俺って、恋人になったんだっけ? 好きって言ってないし言われてないし、付き合おうって言葉、なかったよね? 可不可に「好きってことでしょ」って言われたとき以外、好きの二文字は一度も出てなかった……気がする。
そもそも、あれ以来、可不可と全然話せてない。朝、出社して「おはよう」って言うくらいで、ご飯の時間すら合わない日々が続いてる。職場では顔を合わせるけど、こんな話できるわけなくて、なにごともなかったかのように仕事してるし。
「……」
いやな汗が出てきた。可不可は冗談や遊びでキスするタイプじゃない。絶対、真剣だ。
恋愛についてあんまり考えたことないけど、手軽にいろんなひとと恋するより、一途に誰かを想う恋のほうが素敵だなって気持ちだけは、昔からある。それは大人になった今も変わらない。可不可のあの言葉が真実なら、まさにその〝一途〟はかなり長いこと俺に向けられてたってわけで……。そんな素敵な気持ちに、ついこの前まで気付かなかったなんて、いくら恋愛経験ゼロとはいえ、鈍過ぎるんじゃない?
それなのに、俺ときたらキスで舞い上がりっぱなしで、肝心なこと、言えてない。可不可からも、ちゃんと聞きたい。どうしよう。いや、どうしようもこうしようもなくて、今、俺がやるべきことは――
◇
改めて呼び出すのが照れくさくて、一階でお風呂を済ませて部屋に戻る途中の可不可を見つけるなり、腕を掴んだ。
「楓ちゃん?」
相変わらず細い腕だけど、寝間着の袖越しに伝わってくる体温にどきどきして、心配どころじゃない。研修旅行の自由時間に可不可と松本城を見に行ったときは、手を繋がれたって、なんとも思わなかった。手よりもハードルが低いはずの腕を掴んだだけで、もう、こんなに緊張してる。でも、緊張してる場合でもない。
――ちゃんと、可不可と話さなきゃ。今夜中に。
「えぇと、とりあえず、こっちに」
こっちってどっち。ちゃんと話そう。テンパってろくにものも言えない自分に泣きたくなった。このあと話す内容を考えたら、行くところなんて俺の部屋くらいしかない。しかも、さっさと部屋に行けばいいものを、周りに誰もいないかきょろきょろしちゃった。可不可と俺が立ち話してたって、誰もなにも思わないのに。
俺がもたもたのろのろしてるのをぽかんと見てた可不可が、小さく笑う。そうだよね、おかしいよね。自分でもわかってるよ。あれから連日寝不足で頭が回ってないせいってことにしてくれるかな。
「楓ちゃんの部屋に行けばいい?」
「え、あ、うん、そう……」
答えてから、うひゃあって叫びそうになった。わりとしっかりめに掴んでたはずの腕を難なく解いたかと思うと、あっという間に手を繋がれたから。
「か、可不可」
「ん?」
デートだからって言われて可不可と手を繋いだことはある。平熱が低めで、冷え性で、俺よりちょっとだけこぶりな手。子どもの頃から知ってる。でも、こんなのは知らないよ。
「あの、手が」
……たぶん、俺が一番、可不可の手を知ってる。初めてHAMAをふたりで歩き回った日は、一日中、可不可と手を繋いでた。病院から抜け出すなんてあり得ないって叱られてるあいだも、手は繋いだまま、大人たちから見えないように俯いて落ち込んでるふりしながら、可不可と視線だけでおしゃべりした。叱られちゃったけど楽しかったね、またいつかリベンジ旅しようねって。反省しなきゃだから声には出さなかったけど、繋いだ手の温度で、ちゃんとわかってたよ。
松本城を見て歩いたときも、ここまで来られてよかったって達成感と、もっと体力をつけなきゃって悔しがってる気持ちが伝わってきた。可不可はいつだって背筋をしゃんと伸ばして前を見据えて、すごく格好いい。でも、そのときは、どんな言葉も可不可の焦燥を逆撫でする気がして、繋いだ手を帰るまで離さないことでしか、寄り添えなかった。
それくらい、可不可と手を繋いで知れるものはたくさんあって、俺は誰よりも可不可のことをわかってるって思ってたのに――
「こういう繋ぎ方、だめ?」
――指と指のあいだのぬくもりを、今、初めて知った。可不可について知らないこと、もう、ないと思ってたのに。全然、知らないことばっかりだ。
「だめじゃない、けど」
「けど?」
この前のキスだってそう。なんてことない顔で迫ってきたくせして、くちびるから離れるとともにかかった吐息は、可不可らしくなく臆病だった。そう、臆病だったんだ。ずっと格好よかったのは、きっと、俺のためなんだよね。可不可の気持ちを知るまで、そんなことも知らなかった。
「……けどじゃない。何日もごめん。ちゃんと話さなきゃなのに、……照れて、混乱してたのも、もっとちゃんと謝りたい」
結構強引に迫ってきたの、全然いやじゃなかったよ。強引とはいえ、最後の最後は、ちゃんと俺に決断させてくれたから。そういう可不可だから、俺は一番近くにいたいって思うんだ。
「部屋に行くんでしょ?」
指を絡めたままの手をそっと引かれる。部屋で話したい、けど、あと数分の我慢もしたくない。ここで言いたい。
「その前に、言いたいことがあって」
指に力を入れると、可不可の肩がぴくっと跳ねた。……たったそれだけで、可不可がどんなに俺を好きでいてくれてるのかがわかっちゃったよ。