宝物
アンケート用紙をペンのノック部分でいたずらしながら、さて、どう書くべきかと考える。くるくると回して、意味もなくノック部分に親指をぐっと押し当てた。新曲のメロディーラインを口ずさみ、それに合わせてカチカチとリズミカルに押せば、手軽な楽器の完成だ。
「……なんですか、落ち着きのない人ですね」
大袈裟な溜息とともに振ってきたのはいつものお小言だ。あまりにも聞き慣れた口調だから、今更どうってことない。
「えー、だってさぁ。なんて書こうかなぁって」
これ。そう言って反対の手でアンケート用紙の角をつまむ。ほとんどの項目は記入済みだが、一箇所だけ空白のままになっている。
「珍しいですね、七瀬さんが記入に詰まるなんて。四葉さんならまだしも」
「あー……環なぁ。環はいつもだろ」
陸は初めの頃こそアンケート用紙の記入に戸惑っていたが、それもほんのわずかの期間で、今では用紙いっぱいに独特のまるい文字で回答を記入するようになっている。記入になれた陸ですらこうなのだから、環はまだ大半が空白だろう。世話を焼くはめになる相方のことを想像すると、一織も陸も、大変そうだなぁと顔を見合わせるほかない。
「それで? なにに困っているんです」
「ここ」
陸が示したアンケート用紙を覗き込む。見せてきたということは、他の回答に目を通してもいいのだろう。すっかり見慣れたまるい文字に顔をほころばせながら、書かれた内容に目を通す。書いた本人も笑顔が明るくかわいいのだが、その文字からも人となりが伝わってきて心がむずがゆい。
「宝物……」
あなたにとっての宝物は? そう書かれた質問文の下が大きな空白のままで、一織は自分が書いた回答を脳裏に浮かべる。
一織にとっての宝物はIDOLiSH7で、兄・三月の存在で、目の前にいる七瀬陸だ。特に、一織の世界を大きく変えた陸が占める部分は大きい。応援したくなるような、皆に愛される存在の、IDOLiSH7のセンター・七瀬陸。ステージの上で、カメラの前で見せる笑顔は大輪の花のように華やかで、見ているだけでこちらまで明るい気分になる。きらきらと輝く柘榴色の瞳は、一織の誕生石であるガーネットを彷彿とさせる。どんなにしんどい時でも一織だけは自分を叱ってほしいと言われたあの日から、一織にとっての陸はメンバー以上の存在になった。なにがあっても彼のことを見捨てたりはしない、なにがあってもこの男を強く輝く存在にしてみせると誓った。そしてできれば――ステージの上でもカメラの前でもないところで、他のメンバーすらも見ていないところで、自分にだけこっそりとその光の底にあるものを見せてほしい。そう思うようになった。その時から、一織にとっての陸は〝宝物〟だ。
もちろん、アンケートにそれをそのまま書くわけにはいかないから、自分の中であらかじめルールとして決めてある回答を書いておいたのだが。
「……一織?」
押し黙ったままの一織を不審に思ったのか、陸がぐいと顔を近付けてきた。一方的に想いを寄せている一織にとって、この距離は近過ぎる。
「っ、なんでもありません」
「一織は? 一織はなんて書いた?」
「決まってるじゃないですか。私にとってはIDOLiSH7のメンバーと、家族、そして応援してくださるみなさんが大切で、かけがえのない宝物ですよ」
本心とはいえ、我ながら完璧な回答だと思う。心の中で秘かに満足感に浸る一織とは裏腹に、陸はむっと唇を尖らせた。
「なんか、つまんない!」
「……失礼な人だな、人の回答をつまらないってどういうことですか」
つまらないと言われて、正直、気分はよくない。陸の筆跡に頬をゆるませていたところから一変、一織の眉間には一瞬で深い深い皺が刻まれた。
「なーんか、優等生! って回答でつまんない! お手本って感じするし。……そりゃあ本心なんだろうけどさ、そんな回答聞いても、わくわくしないんだもん」
「もん、って……」
十八歳の男が語尾に「もん」をつけて許されるのか? そう自問して、七瀬陸だけは許されるなと自己解決する。やや粗野な口調のくせに、時折こうしてかわいらしい言葉遣いをするからたまらない。深く刻まれたはずの皺も、すぐにほころんでしまった。
「……人の回答をつまらないと言うからには、七瀬さんの中ではもう回答があるんじゃないですか? それをそのまま書けばいいんですよ」
「えっ!」
一織の提案に対し、陸は素っ頓狂な声を上げる。そんなに驚くことだろうかと疑問に思っていると、陸の顔はみるみるうちに赤くなっていった。
「七瀬さん?」
体調がよくないのだろうか。発熱していやしないかと手を伸ばしたところ、ものすごい勢いで陸が後退った。
「えっと! うん、わかった! ありがと一織!」
あとはオレ一人で書けるから! 叫ぶように言って、慌ただしく共有のリビングを飛び出す。
「……変な人だな」
急ぎ足で自室に戻り、部屋のドアを閉めた途端、陸はずるずるとその場にへたり込む。
「だって、書けるわけないよ……」
「……なんですか、落ち着きのない人ですね」
大袈裟な溜息とともに振ってきたのはいつものお小言だ。あまりにも聞き慣れた口調だから、今更どうってことない。
「えー、だってさぁ。なんて書こうかなぁって」
これ。そう言って反対の手でアンケート用紙の角をつまむ。ほとんどの項目は記入済みだが、一箇所だけ空白のままになっている。
「珍しいですね、七瀬さんが記入に詰まるなんて。四葉さんならまだしも」
「あー……環なぁ。環はいつもだろ」
陸は初めの頃こそアンケート用紙の記入に戸惑っていたが、それもほんのわずかの期間で、今では用紙いっぱいに独特のまるい文字で回答を記入するようになっている。記入になれた陸ですらこうなのだから、環はまだ大半が空白だろう。世話を焼くはめになる相方のことを想像すると、一織も陸も、大変そうだなぁと顔を見合わせるほかない。
「それで? なにに困っているんです」
「ここ」
陸が示したアンケート用紙を覗き込む。見せてきたということは、他の回答に目を通してもいいのだろう。すっかり見慣れたまるい文字に顔をほころばせながら、書かれた内容に目を通す。書いた本人も笑顔が明るくかわいいのだが、その文字からも人となりが伝わってきて心がむずがゆい。
「宝物……」
あなたにとっての宝物は? そう書かれた質問文の下が大きな空白のままで、一織は自分が書いた回答を脳裏に浮かべる。
一織にとっての宝物はIDOLiSH7で、兄・三月の存在で、目の前にいる七瀬陸だ。特に、一織の世界を大きく変えた陸が占める部分は大きい。応援したくなるような、皆に愛される存在の、IDOLiSH7のセンター・七瀬陸。ステージの上で、カメラの前で見せる笑顔は大輪の花のように華やかで、見ているだけでこちらまで明るい気分になる。きらきらと輝く柘榴色の瞳は、一織の誕生石であるガーネットを彷彿とさせる。どんなにしんどい時でも一織だけは自分を叱ってほしいと言われたあの日から、一織にとっての陸はメンバー以上の存在になった。なにがあっても彼のことを見捨てたりはしない、なにがあってもこの男を強く輝く存在にしてみせると誓った。そしてできれば――ステージの上でもカメラの前でもないところで、他のメンバーすらも見ていないところで、自分にだけこっそりとその光の底にあるものを見せてほしい。そう思うようになった。その時から、一織にとっての陸は〝宝物〟だ。
もちろん、アンケートにそれをそのまま書くわけにはいかないから、自分の中であらかじめルールとして決めてある回答を書いておいたのだが。
「……一織?」
押し黙ったままの一織を不審に思ったのか、陸がぐいと顔を近付けてきた。一方的に想いを寄せている一織にとって、この距離は近過ぎる。
「っ、なんでもありません」
「一織は? 一織はなんて書いた?」
「決まってるじゃないですか。私にとってはIDOLiSH7のメンバーと、家族、そして応援してくださるみなさんが大切で、かけがえのない宝物ですよ」
本心とはいえ、我ながら完璧な回答だと思う。心の中で秘かに満足感に浸る一織とは裏腹に、陸はむっと唇を尖らせた。
「なんか、つまんない!」
「……失礼な人だな、人の回答をつまらないってどういうことですか」
つまらないと言われて、正直、気分はよくない。陸の筆跡に頬をゆるませていたところから一変、一織の眉間には一瞬で深い深い皺が刻まれた。
「なーんか、優等生! って回答でつまんない! お手本って感じするし。……そりゃあ本心なんだろうけどさ、そんな回答聞いても、わくわくしないんだもん」
「もん、って……」
十八歳の男が語尾に「もん」をつけて許されるのか? そう自問して、七瀬陸だけは許されるなと自己解決する。やや粗野な口調のくせに、時折こうしてかわいらしい言葉遣いをするからたまらない。深く刻まれたはずの皺も、すぐにほころんでしまった。
「……人の回答をつまらないと言うからには、七瀬さんの中ではもう回答があるんじゃないですか? それをそのまま書けばいいんですよ」
「えっ!」
一織の提案に対し、陸は素っ頓狂な声を上げる。そんなに驚くことだろうかと疑問に思っていると、陸の顔はみるみるうちに赤くなっていった。
「七瀬さん?」
体調がよくないのだろうか。発熱していやしないかと手を伸ばしたところ、ものすごい勢いで陸が後退った。
「えっと! うん、わかった! ありがと一織!」
あとはオレ一人で書けるから! 叫ぶように言って、慌ただしく共有のリビングを飛び出す。
「……変な人だな」
急ぎ足で自室に戻り、部屋のドアを閉めた途端、陸はずるずるとその場にへたり込む。
「だって、書けるわけないよ……」